AERAに前編・後編の2つの記事が載りましたので紹介します。
記事の趣旨は、新潟県が柏崎刈羽原発の重大事故時に主体的に取り組まず、資料の開示請求をしても、自分たちに不都合な部分を大々的に黒塗りにしたものしか示さないと非難する内容になっています。
例えば「30キロ圏外でも100ミリシーベルト(/時)を超す/最悪条件下/6号機 事故の試算」の部分を墨塗りしたりしている点(後日 毎日新聞の記事であることが判明)や、配布資料中、前年度避難訓練時の「要員一覧表」に、参加人数61人のうち43人が「東電」職員で、さらに欄外には「車両検査の責任者も東電にしてもらいたい」と手書きされているなど、避難時の諸作業のかなりの部分を東電に頼っている実態が明らかにされました。記者が丹念に調べた結果が記されています。
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原発事故の「避難計画」の実効性は… 再稼働に進む東京電力柏崎刈羽原発 「密室」の議事録に見えた新潟県の「変節」
AERA 2025/5/1
新潟県にある東京電力柏崎刈羽原発の再稼働をめぐる議論が活発化してきた。東京電力ホールディングスは2月、テロ対策施設の完成延期とあわせて、夏までに7号機、そして6号機の再稼働を目指す方針を発表。再稼働の是非を問う県民投票の条例案は県議会で否決されたが、再稼働の焦点は、新潟県と原発30キロ圏内の9市町村が策定する事故に備えた避難計画の“実効性”だ。私は5年にわたり、国と自治体の担当者が集う非公開会議の議事録を中心に情報公開請求を続けてきた。膨大な公文書によって解明された東京電力福島第一原発事故後14年間の政策プロセスからは、泉田裕彦・元知事から花角英世・現知事までの代替わりに伴い、新潟県の方針が180度変わっていく姿が浮き彫りになった。
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■正面から対決した泉田知事時代
「規制委(編集部注・原子力規制委員会)は原発設備の性能や断層の危険性だけを審査するだけで良いと考えているようです。米国は緊急時対策が整っていなければ稼働許可を出しません。日本も多重防護の考え方をとっていますが、新規制基準は避難計画を含めていないので不十分です。重大事故が起きた時に誰が現場で事故対応するのか、そんな議論すらない。『事故は起きない』という安全神話に回帰しているようにしか見えません」
これは2014年7月16日付の毎日新聞朝刊に掲載された泉田知事(当時)のインタビュー記事「そこが聞きたい=中越沖地震7年の提言」の一節だ。泉田知事は、原発再稼働の可否を決める安全審査の枠外に置いた原発避難計画の欠落を指摘していた。
泉田知事が言う通り、原発避難計画をめぐる最大の問題点は再稼働との法的関係が不明確なことにある。
2011年3月に起きた福島第一原発事故後の避難の混乱を思えば、避難計画「なし」での再稼働など許されるはずがない。それなのに国は「再稼働に関係なく核燃料がある限りは避難計画が必要」とする詭弁を使い、原発運転により利益を得る電力会社にではなく、直接の利益がない自治体に避難計画を策定させている(しかも義務付ける法的な根拠なく)。法的義務がないため、国は密室の中で自治体に事細かに指示をしてきた。それに対して真っ向から反論したのが泉田知事だった。
泉田知事に後押しされるように、密室の中でも新潟県の担当者たちは厳しく矛盾を追及していた。
原子力規制委員会(※当時は担当者が内閣府と併任)が2013~14年に関係道府県の担当者を集めて4回にわたり行った非公開会議「地域防災計画等の充実支援のためのワーキングチーム」(通称:合同ワーキングチーム)。2014年1月12日の第3回会合で、新潟県は「国の原子力防災計画等ワーキングへ提出した課題と国の対応」と題する1枚の文書を提出した。避難計画の基本課題ごとに、国が法整備や財源確保を手当てしているかを評価した一覧表だった。
全11項目の中に「〇」は一つもなく、特に法整備については「原子力災害と自然災害に対応する法体系の一本化」「国、地方自治体の指揮命令系統の明確化」など5項目に「×」がつけられている。要は法的根拠がほとんどない現状を可視化していた。
出席した新潟県の原子力安全対策課長(当時)は、
「こういった課題をクリアしないと具体的で実効性のある避難計画は作れないのではないかと思います」
と訴えたが、規制委(内閣府)の担当者からまともな答えは返ってこなかった。
■指針見直しの訴えも規制委は無視
2015年8月24日、泉田知事は自らが主導した全国知事会の提言を携えて東京・六本木の規制委に乗り込み、田中俊一委員長(当時)に対して直接、原子力防災体制を改めるよう迫った。
泉田知事が特に強く求めたのが「安定ヨウ素剤」だった。事故によって原発の外に放出された放射性物質を吸引する直前に服用することで、のど元にある臓器・甲状腺に放射性ヨウ素がたまるのを妨げ、がん発症を低減させる効果があるとされる。
規制委が定めた原子力災害対策指針では、事故発生後すぐに避難するPAZ(5キロ圏内)では事前に配布する一方、屋内退避するUPZ(5~30キロ圏内)では空間放射線量が基準値を超えて避難する際に一時集合所などで配布する(緊急時配布)のが原則となっている。原発避難計画をめぐるリアリティーの欠如が顕著に表れている課題だった。
「新潟県の30キロ圏内には40万人が居住しており、数時間で配るのは極めて難しい」
泉田知事は、指針を改めるよう求めた。
これに対して、田中委員長は「ご要望の趣旨は理解したつもり」「40万人の方に数時間で配るのは不可能だというのはたぶんおっしゃるとおり」としながらも、指針見直しについては何も明言しなかった。
全国知事会からの提言を受けて、政府は2016年4月、自衛隊や警察など実動組織の協力などについて協議する「原子力災害対策関係府省連絡会議」を設置した。
しかし、実施された会合はわずか2回。三つの分科会から上がってきた結論を基に、道府県に対して現地の警察や自衛隊と連携するよう求めただけ。
全国知事会からの提言に対応した体裁を取る目的だったのは明らかだった。
■宿願は果たされたのか
泉田知事は2016年8月、4選を目指す立候補を撤回し、退任。泉田路線を引き継ぐとして初当選した米山隆一知事も女性問題の発覚によって、わずか1年半で辞職した。
2018年6月に自民、公明両党の支持を受けて初当選したのが、元運輸・国土交通官僚で副知事の経験もある花角英世氏だった。
そして新潟県は2021年9月、「豪雪地域で緊急時配布が難しい」として、UPZ内での安定ヨウ素剤の事前配布を2022年度から開始する方針を明らかにした。これは半島や離島などUPZでも地理的に緊急時配布が難しい地域に事前配布を認める指針の例外規定を拡大解釈した措置だった。
これで泉田知事時代からの宿願が果たされたわけではなかった。泉田知事からの「指針見直し」を求める旗を、県自らが降ろしたことになるからだった。
(後編「公表資料を「のり弁」にした新潟県 柏崎刈羽原発の再稼働に動く東電への『依存』強まる 密室の議事録から消えた『厳しい姿勢』」に続きます)(日野行介)
日野行介(ひの・こうすけ) 調査報道記者・作家 1975年生まれ。元毎日新聞記者。福島第一原発事故の被災者政策や原発再稼働の真相を調査報道で追及している。著書に『福島原発事故 県民健康管理調査の闇』(岩波新書)、『原発再稼働 葬られた過酷事故の教訓』(集英社新書)など。
公表資料を「のり弁」にした新潟県 柏崎刈羽原発の再稼働に動く東電への「依存」強まる 密室の議事録から消えた「厳しい姿勢」
AERA 2025/5/1
再稼働をめぐる議論が活発化している、新潟県にある東京電力柏崎刈羽原発。東京電力ホールディングスはテロ対策施設の完成延期とあわせて6、7号機の再稼働をめざす方針だ。再稼働の是非を問う県民投票の条例案は県議会で否決されたが、その再稼働の焦点となるのが、県や地元市町村が策定する事故に備えた避難計画の“実効性”。情報公開請求で明らかにされた、国と自治体の担当者が集う非公開会議の議事録からは、泉田裕彦・元知事から花角英世・現知事までの代替わりに伴う新潟県の180度の方針転換が浮き彫りになった。
(前編「原発事故の『避難計画』の実効性は… 再稼働に進む東京電力柏崎刈羽原発 『密室』の議事録に見えた新潟県の『変節』」はこちら)
【写真説明】新潟県に開示請求し、真っ黒に塗りつぶされて「のり弁」となった資料(撮影・日野行介)
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泉田裕彦知事(当時)は2016年8月、4選を目指す立候補を撤回し、退任。泉田路線を引き継ぐとして初当選した米山隆一知事(同)も女性問題の発覚によって、わずか1年半で辞職した。
そして2018年6月に自民、公明両党の支持を受けて初当選したのが、元運輸・国土交通官僚で副知事の経験もある花角英世氏だった。
新潟県は2021年9月、原発事故直後の甲状腺被ばくを防ぐために市民に配る計画となっていた安定ヨウ素剤について、「豪雪地域で緊急時配布が難しい」として、UPZ(5~30キロ圏内)でも事前に配布する方針を明らかにした。
これは半島や離島など、UPZでも地理的に緊急時配布が難しい地域に事前配布を認める指針の例外規定を拡大解釈した措置だった。
安定ヨウ素剤の事前配布を原子力規制委員会に求めていた泉田知事時代からの「宿願」が果たされたように見えるが、実際は違っていた。指針が定める緊急時配布の「原則」は守られたからだ。新潟県は原発避難計画が持つ虚構の維持に一役買ったことになる。
非公開会議の議事録から浮かび上がるのは、国の指示を拒絶せずに条件闘争に終始する「現実路線」に転じた新潟県の姿だった。
■多くの道府県が強く反発する中、新潟県は
規制委は2021年6月、新たに「甲状腺被ばく線量モニタリング」を導入する指針改定に先立ち、道府県向けにオンラインで説明会を実施した。
このモニタリングは原発事故の直後に、主に子供を対象にして甲状腺の内部被ばく線量を測定するもので、東京電力福島第一原発事故後には国が測定したものの検査人数が1080人にとどまり、精度も低かったことから、その後福島県の甲状腺検査で多数見つかった小児甲状腺がん患者と事故の被ばくとの因果関係をめぐって続く“水掛け論”の一因になった。
この甲状腺被ばく線量モニタリングについて、規制委は避難所を会場にして道府県の職員に担わせる腹づもりでいた。だが、負担増となる道府県からすれば簡単に受け入れられる話ではない。
複数の道府県から開示された復命書(議事録)によると、多くの道府県の担当者が強く反発する中、新潟県の担当者は「本県では100カ所以上の避難所を開設する。それを2週間で回って検査するのは実効性の面でかなり疑問」と難色を示しつつも、拒否はせずに「人員が足りない。原子力事業者にやってもらいたいが活用可能か?」と要望。原子力規制庁の担当者も「電事連(電気事業連合会)には規制庁から依頼する。体制整備にあたっては事業者(電力会社)の活用を検討してほしい」と応じている。
■避難の「支援」をめぐる東電との密室協議
新潟県は2020年10月、東京電力ホールディングスと原発事故時の住民避難への「支援」などを約束する協力協定を締結した。
事故を起こした当事者が「支援」する立場にあたるかは疑問だが、自然災害の救助に関する法制度を原発事故にも準用する形で住民避難の責任を自治体に負わせる現行の仕組みではそうなってしまう。検査や連絡調整などに多くの人員を必要とする道府県と、避難計画への協力が再稼働の後押しになる原発事業者の間で利害は一致し、本来守らなければならないモラルは置き去りになる。
それから新潟県は協力協定に基づき、東電と非公開協議を続けている。情報公開請求で県から開示された議事録からは、高まっていく東電への依存と、県民への情報公開の後退が鮮明になっている。
2020年12月2日の協議のテーマは「DIANA 意見交換について」だった。
「DIANA」とは、東電が開発した事故時の放射性物質の拡散を予測するシステムだ。原発事故の進展に伴う放射性物質の放出想定は、避難計画の体制や規模を大きく左右する。
開示された議事次第には、「〇配布資料『DIANAとは』を説明。(添付資料1参照)」「〇配布資料『「放射性物質拡散予測の提供」に関する運用について』を説明。(添付資料2参照)」と記述がある。
ところが、あわせて開示された2種類の添付資料(計14ページ)は全面黒塗りの、いわゆる「のり弁」。非公開決定通知を見ると、非公開部分は「DIANAの機能や技術仕様、活動実績」「放射性物質拡散予測情報の提供の運用」とあり、黒塗りの理由は「東電が保有するシステムのノウハウが公開されることにより、同社の権利、競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるため」「県の要請を受けて、公にしないとの条件で任意に提供されたものであるため」「公開することにより東電との信頼関係が損なわれ、事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるため」と記されていた。
■公表した資料を「のり弁」に
「のり弁」で開示された東電の「DIANA」について、インターネット上で検索してみると、驚くべき資料が見つかった。
泉田知事時代の2015年12月16日に開催された「新潟県原子力発電所の安全管理に関する技術委員会」の配布資料として、評価(試算)結果(計67ページ)が掲載(公表)されていた。その中には「DIANAとは」と題して、「DIANAは与えられた入力情報を基に、放射性物質の拡散計算を行うシステム」「その計算により各種演算を行い、時系列的な地点毎の線量(率)等を出力」と説明するページもあり、「のり弁」で黒塗りされたのと同種の資料と考えられた。
この試算結果について、毎日新聞の翌日付朝刊では「30キロ圏外 100ミリシーベルト超す/最悪条件下/柏崎刈羽6号機 事故の試算」と報じている。
私は納得することができず、今年2月半ばに不服審査請求を申し立てた。すると、臨時県議会の最終日だった4月18日に新潟県原子力安全対策課から電話があった。
「過去に公表していた部分について非公開を取り消します。ついては審査請求を取り下げてください」
10年前の公表については知っていたという。では、なぜ「のり弁」にしたのかを尋ねたがまともな答えはなかった。審査請求しなければ取り消しはしなかっただろう。
一度は公表までしている資料を「のり弁」で非公開に変えた理由は、「県政の転換」以外にあり得るのだろうか。
2021年8月18日の非公開協議のテーマは、同年11月に予定していたスクリーニング(避難退域時検査)訓練の配置だった。この検査は30キロ付近で避難してきた車や住民の汚染を測定するもので、多くの人員を必要とする。
前年度に実施された訓練に基づく要員一覧表が協議の配布資料として開示された。驚いたことに、参加人数61人のうち実に43人の所属が「東京電力」。これでも足りないのか、欄外には「車両検査の責任者も東電にしてもらいたい」と手書きで記されていた。
■依存を強めていく新潟県
その後、さらに驚くことが判明した。
新潟県から開示された議事録に「当社」という言葉があったことに違和感を覚えて、新潟県の担当課に問い合わせたところ、東電作成の議事録であることを認めたのだ。
非公開協議の議事録まで東電に作ってもらっていた新潟県。そこには、密室の中でも国や東電を厳しく追及していた、かつてのような姿は見られない。
再稼働に向けて進んでいる柏崎刈羽原発。市民の期待に応え、事業者を監視するために必要な緊張感を、新潟県は維持していくことができるのだろうか。(日野行介)
日野行介(ひの・こうすけ) 調査報道記者・作家 1975年生まれ。元毎日新聞記者。福島第一原発事故の被災者政策や原発再稼働の真相を調査報道で追及している。著書に『福島原発事故 県民健康管理調査の闇』(岩波新書)、『原発再稼働 葬られた過酷事故の教訓』(集英社新書)など。。