2024年4月10日水曜日

10- 【霞む最終処分】(23)~(26)

 福島民報が断続的に掲載している「霞む最終処分」シリーズのバックナンバーを4編ずつ掲載して行きます。
 今回は(23)~(26)を紹介します。
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【霞む最終処分】(23)第4部「実証事業の行方」 農地実施に軟着陸 理解の広がりに危機感
                           福島民報 2024/03/04
 2017(平成29)年11月22日、東京電力福島第1原発事故で帰還困難区域となっている福島県飯舘村長泥行政区と村、環境省は、長泥で除染土壌を再生利用し農地を造成する実証事業の実施に合意した。
 その2日前、住民から了承を得ていた村は、当時の環境相・中川雅治宛てに長泥の復興に関する要望書を提出していた。①村内の除染土壌の再生利用を含め、土地造成・集約化を通じた環境再生②園芸・資源作物の栽培などによる長期的な土地利用への支援―が柱だった。
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 環境省は2016年4月、除染廃棄物の減容化と再生利用に向けた技術開発戦略を決め、再生利用を本格化させる方針を明確にした。同年6月には除染土壌の安全な利用に関する基本的な考え方を公表した。道路の盛り土や廃棄物処分場の覆土材、農地など想定される用途を具体的に示した。
 「(食べ物を作る)農地での再生利用は最もハードルが高いのは明らか」。2017年秋、村職員らは3者合意に向けて、どのような方法で土を再生利用すべきか議論していた。風評の発生や造成後の土壌流出の懸念から、農地利用には抵抗感があった。しかし、後に「長泥には農地以外の選択肢がなかった」(村幹部)ことが判明する。
 長泥を縦横に走る主要道路の盛り土改修には、国や県との十分な協議が不可避だった。村には2017年度中に長泥の特定復興再生拠点区域(復興拠点)整備計画案を政府に提出する予定が控えており、関係機関と道路整備に関する協議が長期化するのは避けたいという事情もあった。用途のうち、廃棄物処分場整備などは住民の理解を得にくいと判断した。最終的に庁内議論は、選択肢として残された農地での実施に軟着陸し、行政区との協議を経て了承を得た。
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 環境省は2018年8月から、実証事業の進捗(しんちょく)や安全性などについての説明の他、住民らとの意見交換の場として長泥地区環境再生事業運営協議会を定期的に開いている。開催は現在までに15回に上る。
 「事業が科学的な数字上、安全だろうということは分かる」。協議会委員で前行政区長の鴫原良友は一定の理解を示す。だが、再生利用を国民が広く理解しているとは感じていない。「実際に花や野菜が流通しなければ、国民に安全・安心は分かってもらえない」と語気を強める。早期の農産物出荷を望むが、農地の一部で設備工事の完工時期が決まっておらず、覆土調達のめどが立たない場所もあるなど、営農再開時期は見通せない。
 「営農できる体制を早く整え、新たな理解醸成活動につなげるべきだ。このままでは長泥の取り組みが無駄になってしまう」と危機感を募らせる。(敬称略)


【霞む最終処分】(24)第4部 実証事業の行方 再生利用埋まらぬ溝 決め手欠ける「具体策」
                            福島民報 2024/03/06
 「除染土壌の福島県外最終処分は国の責務。県外での再生利用に関し、丁寧に説明していきたい」。2023(令和5)年6月、就任後初めて福島県飯舘村長泥を訪れた環境相・西村明宏(当時)は報道陣に対し、県外での最終処分という「約束」の履行を強調する一方、再生利用を全国に広げていくための具体策には触れなかった。
 環境省は2019年度から長泥で、東京電力福島第1原発事故に伴う除染土壌の再生利用実証事業に本格的に取り組んできた。成果を基に県外での実証拡大につなげるシナリオを描くが、受け入れてもらうために欠かせない安全安心への理解醸成には高い壁が立ちはだかる。
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 2022年12月、環境省は県外での実証事業の候補地に茨城県と埼玉県、東京都の省関連施設3カ所を選んだ。しかし、それぞれの施設がある地域の住民から反対の声が相次ぎ、実施に至っていない。安全性を理解してもらうため、使用する予定の土壌に含まれる放射性セシウム以外の核種の有無を追加調査するなど情報収集を急いでいる。環境再生事業担当参事官の中野哲哉は「まずは寄せられた意見や懸念の声を整理し、改めて説明の場を設けたい」と着実に進めていく考えだ。
 長泥での事業実施が決まった際、環境省内には「安全な農作物が作れると証明できれば、他地域でも除染土壌を使いやすくなる」との見方もあった。ところが、安全性を示しても実証事業の候補地の住民から反対意見が上がる現状に、原発事故対策に携わる政府関係者からは「現状ではどの取り組みも決め手に欠ける。今後の道筋は不透明」との声も出ている。
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 長泥での成果を発信するため、環境省は再生利用の必要性などを説明しながら参加者の疑問に答える対話フォーラムを2021年5月から全国各地で開催してきた。長泥での現地視察も積極的に進め、2023年末までに延べ約1400人を受け入れた。
 しかし、毎年実施している除染土壌の再生利用などに関する全国アンケートでは理解が浸透していない現状が浮き彫りとなっている。2022年度の結果では、再生利用について「知っている」と答えたのは県内で42・4%、県外ではさらに低く14・4%にとどまる。
 中野は「県外最終処分を実現するには、再生利用の現場視察などを通して、除染土壌を社会全体の問題として捉えてもらう取り組みが大切だ。だからこそ県外で実証事業を進める必要がある」と訴えた。(敬称略)


【霞む最終処分】(25)第4部 実証事業の行方 所沢市、実施見通せず 「環境省の見通し甘い」
                           福島民報 2024/03/07
 埼玉県の南西部に位置する所沢市。西武新宿線航空公園駅東口から北に徒歩10分ほどの場所に、環境省が所管する環境調査研修所がある。環境保全に関する人材育成を担う施設だ。周りには病院や保育園が並び、大通りを挟んで住宅街が広がる。ゆったりとした歩道は市民の散歩コースになっている。
 環境省は2022(令和4)年12月、環境調査研修所で東京電力福島第1原発事故に伴う除染土壌を再生利用する実証事業を実施する計画を発表した。省関連施設で除染土壌の安全性を公的に確認した上で、全国に実証事業を展開させる狙いがある。
 計画によると、放射性物質濃度が1キロ当たり8千ベクレル以下と比較的低い除染土壌を芝生造成に使用し、空間放射線量、大気や地下水に含まれる放射性物質濃度を測り、科学的な安全性を確かめる。敷地東側の駐車場近くの土地に20立方メートルの除染土壌を搬入する方針だ。





 飯舘村長泥で進められている農地22ヘクタールを造成する実証事業とは比較にならないほど規模は小さい。それでも、住民の拒否感は根強く、合意形成への道のりの険しさが際立つ。
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 環境省が計画の発表後に所沢市で開いた住民説明会では、担当者が法律に基づく除染廃棄物の県外最終処分の実現に向け「福島県外でも再生利用に取り組む必要がある」と理解を求めた。一方、住民からは「土ぼこりの影響は大丈夫か」「住民の理解や同意の基準を示すべき」などと現時点での実施に反対する立場での意見が相次いだ。「安全なら福島に置いたままでいいのでは」と除染土壌を福島県外に持ち出すことに否定的な声も上がった。
 説明会は事前申込制で参加者は50人に限られた。市内に住む70代男性は「環境省はかなり甘く見ていたのではないか。最小限の関係者を説き伏せれば、事業をどんどん進められると思っていたのだろう」と対応を非難した。
 市内の70代女性は「実証事業の期間が示されていない。これから除染土壌がどのように使われるかも分からない」と環境省の説明は中途半端だと不信感を抱く。
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 環境調査研修所近くの弥生町の町会は環境省による実証事業計画の発表から1カ月後の2023年1月、反対を決議した。同年3月には所沢市議会が「住民合意のない試験は認めない」との決議を全会一致で可決し、市を挙げて拒否する姿勢が鮮明となった。
 実証事業の先行きは見通せない状況だ。市は環境省の計画に対し、「市民の理解が大前提」として動向を静観する構えを見せる。市環境対策課長の前田亘一は「環境省は市民に丁寧な説明を尽くすべきだ」と求める。(敬称略)


【霞む最終処分】(26)第4部 実証事業の行方 風評への懸念拭えず 所沢「全国民納得の上で」
                           福島民報 2024/03/08
 東京電力福島第1原発事故に伴う除染土壌を再生利用する実証事業が計画されている埼玉県所沢市では、住民に「地元では受け入れ難い」との思いが渦巻く。その根底にあるのは、かつての経験から湧き上がる風評被害への懸念だ。環境省は住民合意の糸口を見いだせずにいる。
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 計画の発表を受けて2022(令和4)年12月に発足した「所沢への福島原発汚染土持ち込みを考える市民の会」は、住民の合意を得ていないとして実証事業の中止を求める街頭デモを繰り広げた。昨年4月と今年1月には計6716筆の署名を集め、市長宛てに提出した。安全の判断基準の提示、市民向け説明会の実施に向けた環境省への働きかけなどを要請した。
 代表の村上三郎は、計画が示されたのを機に除染土壌に含まれる放射性物質の性質などを学んだという。土壌の運搬や保管に伴う周辺住民らの年間追加被ばく線量が1ミリシーベルトを超えないようにするとしている環境省に対し、「私たちは自然界の放射線などで日常的に被ばくしている。さらに上乗せするのか」として、少しでも健康面で不安が感じられる状態では受け入れられないと訴える。
 所沢市民には風評被害に悩まされた苦い過去がある。1999(平成11)年に野菜から高濃度のダイオキシンが検出されたと報道されたのを端緒に、全国から野菜の安全性に疑いの目が向けられた。地域に暮らす人々には、少しの誤解が大きな被害を生み出しかねないとの警戒心が染み付いている。村上は「市民は風評に敏感になっている。だからこそ国と東電が責任を持って、全国民を納得させた上で処理の方法を考えるべきだ。単に除染土壌が所沢に来なければいいという問題ではない」と持論を語る。
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 市民の声を受け、昨年3月に「住民合意のない再生利用事業は認めない」との決議を全会一致で可決した所沢市議会。決議は南相馬市小高区と飯舘村長泥の実証事業に触れ、「近隣に民家が立ち並ぶ住宅の近傍での実証事業の例はない」とした。
 決議文の原案を手がけた市議の小林澄子は「市民から不安の声が多く上がっている。実証事業を受け入れることは到底できない」と言い切る。
 一方、環境省は県外での最終処分の実現に向けた再生利用は、福島県外でも取り組む必要があると強調する。地元住民の合意が前提になるとした上で「丁寧に説明を尽くす。国民的な理解醸成に全力を挙げる」としているが、理解の深まりは現時点で見通せていない。(敬称略)