元プレジデント編集長の小倉健一氏が掲題の記事を出しましたので紹介します。
米国は日本のように最大震度7の地震が多発する地震国ではないので、原発の耐震設計のレベルは当然緩やかです。その点は日本が譲れないところですが、申請書類のあらゆる面において最高度の労力を傾注する仕組みにすべきであるのかについては、米国の合理性を学ぶべき点はありそうです。
とはいえ浜岡原発の耐震設計基準(基準地震動)の策定における「ごまかし」が論外であることはいうまでもありません。
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なぜ安全審査は長引く? 浜岡原発「10年以上」で見えた“米国との決定的な違い”
小倉健一 ビジネス+IT 2026/10/6
中部電力が9月25日、浜岡原子力発電所3・4号機の再稼動の審査取り下げを原子力規制委員会に提出した。申請から10年以上を経たものの再稼働に至らず、停止の長期化がもたらす同社の収支影響は年間で約2,400億円に上る。同社の不適切な資料作成は当然問われるべきだが、審査はなぜこれほど長期化したのか。元プレジデント編集長の小倉健一氏が解説する。
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年2,400億円の負担…浜岡原発で見過ごせない「論点」とは
浜岡原発の再稼働が遠のいた──。
今年9月14日に、静岡県御前崎市にある浜岡原発3・4号機の安全審査申請を取り下げる方針を発表していた中部電力が、同月25日に原子力規制委員会に申請取り下げを提出した。
4号機の申請は2014年2月、3号機は2015年6月。10年以上の審査を経ても、合計223.7万キロワットの発電能力を使えない。停止が長引く負担を、企業の不祥事という話だけで見ていくのはあまりに近視眼的だ。
今回、特別調査委員会が示した、浜岡全体の停止による中部電力の収支への影響は年約2,400億円。2025年度の燃料価格を前提とした数字だ。停止中も設備の維持には費用がかかり、電気は別の電源で補う必要がある。
中部電力は、地震の揺れを計算する手順について事実と違う説明をし、その説明に合う資料を後から作った。社内で問題を指摘する声も是正につなげなかった。資料の修正と、不正を見過ごさない組織への立て直しは、同社の責任であると言える。改革と再稼働の準備を並行して進めるべきだ。
ただ中部電力を断罪するのは簡単だが、それに加えて考えるべき問題もある。それは行政の動きだ。この点については、海外の実例と調査委員会の報告書にヒントがある。
日本と何が違う? 米国が原発審査で重視する“ある視点”
米国の原子力規制委員会(NRC)の「良い規制の原則」は、同じ安全上の効果なら少ない費用や手間で済む方法を選び、判断を不当に遅らせないとしている。納税者や電気料金を払う消費者も、その利益を守る対象に挙げている。
米国の連邦規則10 CFR 50.109は、既存原発に対策を後から追加する「バックフィット」の手続きを定める。必要な安全水準の確保や、既存のルールを守らせる是正は、費用を理由に免除しない。その水準を上回る対策には、大きな安全上の効果と、費用に見合う理由を行政が示す。設備の停止や工事の遅れによる費用も含めて検討する。
国際原子力機関(IAEA)も、危険の大きさに応じた審査を求める。NRCは事故の起きやすさと被害の分析を、不必要に厳しい要求の見直しにも使う。日本でも、要求する行政の判断が検証されなくてはいけない。「行政だけは誤りを起こさない」という前提は捨てるべきだろう。
条件変更で生じる「重すぎる」現場負担
たとえば、特別調査委員会による報告書には、「数字の上乗せ」とも見受けられる保守的な条件設定が、現場の仕事を増やした経緯の記載がある。
原発の耐震性は、コンピューターで地震の揺れを作り、設備への影響を調べる。この計算用の揺れが「模擬地震動」だ。先に審査を受けた別の電力会社は、地震規模を示すマグニチュードの計算結果から、6.9を使っていた。
2022年1月14日、規制側は、揺れが何秒続くかを決める計算には「少なくともマグニチュード7.0」が適切だと指摘した。これを知った中部電力の担当者は、同日のメールに「残念ながら、浜岡も模擬波は作成し直しになると思います」と書いた。浜岡でも7.0による計算を行うことになった。
実は、浜岡で以前の計算に用いた入力値を利用して7.0の揺れを作ったが、比較用の基準を上回り、その候補は採用されなかった。そこで横揺れ14種類、縦揺れ2種類をさらに作成した。揺れを弱める免震設備の確認計算にも作業は及んだ。
こうした規制側の指摘によって、現場には追加の計算や確認作業が生じた。条件をより保守的に変更するのであれば、その技術的根拠や安全上の意味を、規制側も明確に説明する必要があるのではないか。
反論が難しい?原発審査に潜む「構造問題」の正体
要求に異議がある場合の仕組みも弱い。
浜岡の近くに想定された「A-17断層」を地震の想定に加え、地震が起きる範囲の上端を地下5キロメートルとする条件について、中部電力は規制側に反論した。最後は審査の長期化を恐れて条件を受け入れたと、報告書は記す。審査内容を第三者が改めて検証する仕組みがないとも指摘している。科学的な判断が、電力会社の待てる時間に左右されるのは、制度的に欠陥があるように映ってしまう。
提出資料の確認でも、計算の真実性は電力会社への信頼に頼っていたと報告書は指摘する。元のデータから計算をたどり、虚偽を見つける作業に人と時間をかけるべきではないだろうか。
筆者が批判する「ゼロリスク思考」とは、危険を完全には否定できないことを理由に要求を重ね、判断の終わりを曖昧にする姿勢である。地下深くの現象を完全に知ることはできない。得られたデータから必要な安全水準に達したかを判断するのが行政の仕事だ。「安全のため」という説明で、作業のムダや審査の遅れまで不問に付すのは合理的ではない。
停止中も家庭や工場には電気が要る。政府には、原発の危険とともに、代わりの電源の費用や燃料調達の不安を考える責任がある。停止を続ける負担も、政策判断から外せない。
日本の地震を日本のデータで評価しながら、諸外国の審査の進め方を学べばよい。規制委員会の独立性は、追加作業の効果や費用について説明しなくてよい理由にはならない。
米国では原発推進、国内では慎重…この「温度差」はなぜ?
赤沢亮正経済産業相と経産省の対応は、国内外で「二重基準」に見受けられる。
今年3月19日、赤沢氏も米国で出席した日米首脳会談では、米国の発電所建設を進める方針が示された。テネシー州とアラバマ州では、小型の原子炉を使うSMRの事業が最大400億ドル。ガス火力はペンシルベニア州で最大170億ドル、テキサス州で最大160億ドル。いずれも推定事業規模である。
共同発表は、SMRで米国の電力価格を安定させると説明する。米国政府が、法令に従って必要な規制手続きを迅速に進める方針も明記した。日本政府は、米国では原発の価値と、建設を前へ進める大切さを認めている。
その赤沢氏は同年9月15日、浜岡について、安全性を確保できるとの確信が得られない限り、軽々に再稼働を議論するのはいかがなものかと述べた。前日に申請取り下げを決めた中部電力は、改革を進めて再申請を目指している。
もちろん、安全確認を省いて運転を始めるという話ではないが、一連の流れを見ると赤沢氏の発言には疑問が生じる。米国の原発投資では手続きの迅速化まで掲げながら、国内では再申請を目指す電力会社に苦言を呈する。この姿勢では、日本の電力供給を改善するという経産相の仕事が進まない。
個別の安全判断は規制委員会が担う。経産相には、審査が合理的に進む制度上の課題を検討することが求められる。たとえば、電力会社と規制側の見解が割れた問題を、別の専門家が検証する手続きを設けることだ。電力会社を叱るばかりで、行政の進め方を見直さないのでは不十分ではないだろうか。
再稼働の行方はどうなる? 浜岡改革で問われる「次の一手」
政府と電力会社は、再申請までに修正する資料と、再申請後に審査を始める条件を明らかにし、担当部署ごとの予定を公表すべきだ。遅れの理由を説明する責任は双方にある。安全上の効果に乏しい作業や、理由のない確認の繰り返しに人と時間を費やす余裕はない。
浜岡の運転員は、停止中も運転を再現する装置で、故障や地震、津波への対応を訓練している。長い停止期間にも技術を保ってきた人々の努力は、再稼働によって生かしてほしい。社内で問題を指摘した人が、安心して声を上げられる職場に変えることも大切である。
中部電力の資料と組織を立て直し、規制行政の課題を徹底的に見直したうえで、必要な補強と安全確認を終える。浜岡を再稼働させることを、改革の目標に据えたい。謝罪や辞任で区切りをつけても、設備を使えない状況は変わらない。
エネルギーを他国に依存する日本の脆弱性は、米国のイラン攻撃を通しても浮き彫りにされた。弱点がわかっているのに、前に進めない、後ろ向きの決断ばかり、というのでは日本の原発行政が絶望的な停滞をしていることを示唆しているように見える。
浜岡で電気の供給ができる状態へ戻すまでが、政府と電力会社に残された仕事である。