植草一秀氏が掲題の記事を載せました。
植草氏は原発事故の当時から東電の法的整理が不可欠と主張して来ましたが、政府は東電を法的に整理することなく現在に至っています。植草氏は、原発事故は不可避の事態ではなく、政府と東京電力が適正な対応を怠ったために発生した「人災」なので、当然責任が問われなければならないが、その判断を示す司法も腐敗しているので、権力者の責任を問おうとはしません。
そのため被害者は泣き寝入りする一方で、加害者は無罪放免というのが日本の現実です。司法が腐敗すれば結局そうなります。
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原発事故無責任ニッポン
植草一秀の「知られざる真実」 2026年3月11日
東日本大震災・フクシマ原発事故から15年が経過した。
この15年の間にも巨大地震は日本に襲来している。
2016年4月に熊本県熊本地方で震度7
2018年9月に北海道胆振地方で震度7
2024年1月に石川県能登地方で震度7
の大地震が発生している。震度6の揺れを伴う地震も頻発している。地震の規模を示すマグニチュードで7以上の地震も頻発している。日本は世界一の地震国。
東日本大震災・フクシマ原発事故が発生する前年の5月26日、衆議院経済産業委員会で日本共産党の吉井英勝議員が原発の電源喪失について質問した。
https://www.youtube.com/watch?v=vwBsUid9Ih4
自然災害などにより原発の電源が失われ、二次電源も使えない状況が発生すれば、原発は冷却不能に陥り、最終的に炉心溶融=メルトダウンに至る可能性があることを指摘した。
答弁した原子力安全・保安院長の寺坂信昭氏は原発は多重防護の考え方で設計されていると答弁。吉井氏が「最悪の場合はどうか」と問うと寺坂氏は薄ら笑いを浮かべながら、
「最悪の事態が発生することはあり得ないだろうという程度に工学的に作られているとした上で、それぞれ確率的には低いことだが、いろんな悪い事態というのが全部実現をして、それで外部電源が全部損失されて、冷却機能というのが失われるということになると、その時間にもよるが、長時間にわたると炉心溶融とかそういったことにつながることが、論理的には考え得るということだ」
と述べた(上記動画の4分50秒から8分20秒の部分参照)。
翌年に発生した事態は吉井議員が指摘した事態そのものだった。
寺坂信昭氏は吉井議員の指摘を真摯に受け止めていない。
政府と東京電力がかねて指摘されていた大津波襲来の際の電源喪失の危険性についての対応策の必要性指摘に真摯に対応していれば原発事故を回避できた可能性が高い。
その対応を怠ったことが原発事故の主因である。
原発事故は不可避の事態ではなく、政府と東京電力が適正な対応を怠ったために発生した「人災」である。当然のことながら、責任が問われなければならない。
その判断を示すのは司法である。ところが、日本では司法が腐敗している。
裁判所は「法の番人」ではなく「権力に番人」に成り下がっている。権力者の責任を問わない。
原発事故でどれだけの犠牲が強いられたのか。被害者は泣き寝入り。加害者は無罪放免。
これが日本の現実である。
東電は当然のこととして法的整理されなければならなかった。
原子力損害賠償法は原子力事業者に事故発生の場合の損害賠償について無限責任を定めている(第3条1項)。
例外は「損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によって生じたものであるとき」に限られる(同)。この場合は原子力事業者が免責される。
「異常に巨大な天災地変」については、1961年の法案提出時の国会審議において、「人類の予想していないような大きなもの」であり、「全く想像を絶するような事態」であるなどと説明されている。
2011年6月7日に内閣総理大臣は2011年の原発事故について上記の原賠法第3条1項の但し書きが適用されない前提で対応すると答弁した。
原発事故の損害賠償費用を東電が負担すると完全に債務超過に陥る。
したがって、東電の法的整理が不可欠だったが政府は東電を法的整理しなかった。
すべてが「不正義」によって執り行われている。
続きは本日のメルマガ版「植草一秀の『知られざる真実』」第4362号
「東電法的整理潰した財務省」 でご高読下さい。
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(後 略)