シリーズ「霞む最終処分」の(2)、(3)を紹介します。
トリチウム汚染水の処理方法案の決定において、実績を重視する作業部会主査の山本氏は当初から「海洋放出」か「水蒸気放出」しかないと判断していたということです。もしもそうであれば、1975年に発効し日本も加盟してるロンドン条約では、放射性廃液を海洋に投棄する場合には「投棄する以外に処分する方法がない」場合に限られると規定されているので「水蒸気放出」を選択すべきでした。
原発の通常運転で発生するトリチウム水は微量でしかも連続的に発生するため分離保存が不可能なのに対して、デブリに触れて発生したトリチウム汚染水は、発電系統とは別なので容易に分離保存が出来ます。その点で海洋放出以外にいくらでも処分方法はあるので条約違反になります。
作業部会の後を受けた小委員会(委員長は社会心理学者の関谷直也氏)では、風評被害を避ける観点から「地層注入法」を選択しましたが、経産省は実績がないことを理由に一蹴しました。経産省は当初から「海洋放出」に決めていたからです。
結局その線で公聴会を行った結果至る所で大反対に遭いましたが、政府は最終的に漁業者の納得も周辺国の了解も得ないままで海洋放出を強行しました。
その結果中国は日本産の魚介類の輸入を禁止したため、日本政府は国内の関係者に多額の賠償費を無期限で負担する事態に至りました。省庁が諮問委員会等を設立する場合、担当部署で大筋の結論は出されていて、それに委員会の結論を誘導するのが常態化されていると言われます。これでは委員会の名義を利用しただけということになります。今回は部署が予め決めていた結論が誤りだった事例で、すべての責任は政府・経産省にあります。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
東日本大震災・原発事故12年【霞む最終処分】(2)序章 処理水は語る
結論ありきの作業部会 あえてゼロから議論
福島民報 2023/12/03
東京電力福島第1原発で発生する汚染水は多核種除去設備(ALPS)で62種類の放射性物質のほとんどを除去されて「処理水」となるが、水と性質が似ている放射性物質トリチウムだけは残る。廃炉を進める上で処理水の処分は避けて通れない。敷地内に建設できる保管タンクにも限りがあるためだ。政府は処理水の処分方法を技術的に検討する「トリチウム水タスクフォース」(作業部会)の議論を2013(平成25)年12月に開始した。
「科学的な『常識』で考えれば処理水の処分方法は実績のある海洋放出と水蒸気放出の二つしかなかった。特に原発からのトリチウム水の海洋放出は国内外で行われている」。原子力工学が専門で、作業部会を取り仕切る主査を務めていた山本一良(名古屋学芸大副学長)は、当初から結論は見えていたと明かす。
◇ ◇
トリチウム水は原発稼働によるウランの核分裂や、冷却水に含まれる重水素と中性子の反応などで生成される。一般の原発では国内外で海洋放出されている。水蒸気放出は炉心溶融事故を起こした米スリーマイルアイランド原発などで実績がある。原子力に長年携わってきた山本にとって、作業部会の議論がこの二つの処分方法に帰結するのは当然だった。
ただ、当時はトリチウムの性質に関する国民の理解は全く進んでいなかった。処理水は原発事故で溶け落ちた燃料(デブリ)に一度触れているため、各原発から放出されるトリチウム水とは異なるのではないかとして人々の不安や懸念が増幅するのは明白だった。
山本は作業部会の議論の過程で、技術的に考えられる全ての処分方法を検討することにした。それぞれの手法の実現可能性を目に見える形で国民に示し、処理水処分への理解を促すとの狙いがあった。一部の専門家から「時間の無駄だ」との指摘もあったが、「処分方法を網羅的に議論し、試算結果を客観的に示すことが理解醸成の一つの手段になる」と持論を貫いた。
作業部会は、あえてゼロから議論を重ねた。海洋放出と水蒸気放出に加え、地層注入、水素放出、地下埋設で処分する場合に必要な設備や費用、規制などを検討し、試算した。「それぞれの手法を比較することで、とうてい実現できない方法があることも分かってもらえると考えた」。山本には海洋放出と水蒸気放出の現実性が浮かび上がるとの算段があった。
◇ ◇
2年半の議論を経て、作業部会は2016年6月に五つの処分方法を示した報告書をまとめた。技術的な観点で検討した結果、海洋放出が最も短期間、低費用で実施できるとの内容を盛り込んだ。
一方、山本の狙いとは裏腹に、国民の理解醸成は進まなかった。かえって海洋放出が有力視されたことで、漁業者らの処理水処分による風評発生への懸念はさらに広がり、反対論が噴出した。
山本は一筋縄ではいかないと考えていた。報告書の最後で「トリチウム水の取り扱いは風評に大きな影響を与えうる」とし「技術的な観点に加え、風評被害などの社会的な観点なども含めて総合的に検討を進めてほしい」と結んだ。
政府は報告書を受けてから5カ月後、処分方法の検討に風評影響を抑制するための視点を加えた議論を始めた。「関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない」との県漁連と交わした約束から1年余り。「舌の根も乾かぬうちに」(政府関係者)処分方法を海洋放出とする結論に向けた流れは強まっていく。(敬称略)
【作業部会が検討したトリチウム水の処分方法】
■地層注入
パイプラインを通じ、深い地層中に注入する。
■海洋放出
希釈、または分離をした上で海洋に放出する。
※国内外の原子力施設で実績あり
■水蒸気放出
トリチウムを含む水蒸気を排気筒から大気に放出する。
※米スリーマイルで実績あり
■水素放出
トリチウムを水素に還元し、大気に放出する。
■地下埋設
トリチウム水とセメント系の固形化剤を混ぜ、コンクリートピットの区画内に埋設する。
東日本大震災・原発事故12年 【霞む最終処分】(3)序章 処理水は語る
小委の目的すり替え 風評対策は発展せず
福島民報 2023/12/04
東京電力福島第1原発の放射性物質トリチウムを含む処理水の処分方法を巡る政府の検討は2016(平成28)年11月、風評影響などに詳しい社会学者らを交えた小委員会による議論に移った。「実際に処分した際に起こりうる風評を考察し、処分方法と具体的な対策を議論する」。委員を務めた社会心理学が専門の関谷直也(東大大学院教授)は当初、小委の目的をこう理解していた。
だが、風評に関しては課題の整理のみで具体的な対策に発展しなかった。3年超に及ぶ議論の末に打ち出したのは、処分方法について「海洋放出ありき」の結論だった。関谷は知らぬ間に目的がすり替わっていたことに、煮え切らない思いを抱える。
◇ ◇
開始から1年ほど過ぎたころ、関谷は違和感を持った。地層注入の検討を提案したが、実績がないことを理由に一蹴された。経済産業省の担当者や技術系の委員と話すと、海洋放出が前提となっているように思えた。「海洋放出と水蒸気放出以外は議論すらしていないのに…」と唇をかむ。あらかじめ用意された結論に向けて時間ばかりが経過していった。
処理水の処分方法を技術的に検討した「トリチウム水タスクフォース」(作業部会)の主査を担い、小委で委員長を務めた山本一良(名古屋学芸大副学長)は「技術系の委員が思いもつかないような風評対策を期待していた」と狙いを語るが、議論は風評対策の深掘りに至らなかった。「新たな手だてを見いだせなかったため」と振り返る。
◇ ◇
小委が議論を重ねている間も、福島第1原発で日々発生する汚染水は多核種除去設備(ALPS)で浄化され、処理水としてタンクにたまり続けた。原発敷地は千基ほどのタンクが林立しており、東電は今後の廃炉工程との兼ね合いから「増設しない」と宣言した。
さらに、2019(令和元)年8月の小委でタンクが満杯になる時期の試算結果を初めて公表した。「2022年夏ごろ」。放出準備に要する2年を差し引くと、政府が処分方法を判断する期限は2020年夏だった。必然的に小委で議論できる時間も残りわずかとなった。
◇ ◇
2020年2月、小委は処分方法について「水蒸気放出と海洋放出が現実的な選択肢」とした上で「海洋放出の方が確実に実施できる」とする報告書をまとめた。4年前に作業部会が提出した報告書よりも明確に海洋放出を強調する内容だった。山本は「海洋放出の方が確実にモニタリングで監視できる。原子力工学の専門家として、政府が判断に迷うような結論にはしたくなかった」と力説する。ただ、関谷は「時間をかけた割には、結果として処分方法を絞るだけに終わった」と不満を漏らす。
小委から報告書を受けた後も政府はすぐに処分を決断できなかった。「漁業者らの理解が全く進んでいなかった」(政府関係者)からだ。後に東電は汚染水発生量を抑制できているとしてタンクの満杯時期の試算を2022年秋以降に延ばした。政府は2021年4月にようやく海洋放出方針を決定した。しかし、肝心の処理水や海洋放出への国内外の理解醸成は進んでいるとは言いがたい状態だった。(敬称略)