2022年5月3日火曜日

03- 福島のイノシシ 帰還困難区域内外で放射性セシウム濃度に差

 福島原発事故の帰還困難区域に生息するイノシシの体内の放射性セシウム濃度は、同県の環境創造センターなどの研究グループの調査によると1キロ当たり平均3500ベクレルで、会津地方と中通り・浜通りの帰還困難区域外の平均値100ベクレル以下を大幅に上回りました。ただし16年1月の区域内の平均約8000ベクレルよりは下回りました。

 旧ソ連のチェルノブイリ原発事故後でも、イノシシはセシウムが体内に蓄積され、濃度低下が遅いということです。
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福島のイノシシ 帰還困難区域内外で放射性セシウム濃度に差
                            毎日新聞 2022/4/30
 東京電力福島第1原発事故の帰還困難区域に生息するイノシシの体内の放射性セシウム濃度が、区域外のイノシシと比べて高い値であることが県環境創造センターなどの研究グループの調査で初めて明らかになった。2016年1月から5年間にわたる長期的な調査で、濃度は徐々に減少傾向が見られるという。調査は続いており、研究グループは将来的にイノシシの本格的な駆除再開を通じた住民の生活再建支援につなげたい考えだ。

 調査は国立環境研究所、東京農大と共に実施された。帰還困難区域の内外で、わなにかかったイノシシの筋肉中に含まれていたセシウムを計測した。その結果、21年1月に計測した会津地方と中通り・浜通りの区域外の平均値は基準値(1キログラム当たり100ベクレル)を下回った半面、区域内の値は約3500ベクレルに達していた。一方、16年1月の区域内の平均値は約8000ベクレルだったことから、減少傾向は見られるという。
 帰還困難区域では、住民らの長期不在中に害獣が増え続け、避難指示が解除された後も生活再建に支障をきたすと懸念されている。センターによると、旧ソ連のチェルノブイリ原発事故後でも、特にイノシシはセシウムが体内に蓄積され、濃度低下が遅いなどと報告されているという。
 県環境創造センターの小田島正・研究部長は「区域外でも、時には高い濃度が検出されるイノシシがいる。今後も調査を継続し、セシウムが減るメカニズムなどを解明したい。そのうえで、捕獲したイノシシの肉が食用となる時期を示せれば、駆除数も増える。古里に戻る人々の生活再建に役立てればと思う」と話す。
 論文は、19日付の英科学誌サイエンティフィック・リポーツに掲載された。【根本太一】

2022年5月2日月曜日

東電旧経営陣刑事裁判「公正な判決」求め署名活動

 東電の旧経営陣が強制起訴され、一審で無罪判決が言い渡された裁判は、来月6日に次回公判があります。東京高裁に「公正な判決を求める」署名活動が郡山駅前で行われ裁判の内容などを発信している「刑事訴訟支援団」10人が参加しました。

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来月6日に次回公判 東電旧経営陣刑事裁判「公正な判決」求め署名活動
                         テレビユー福島 2022/5/1
原発事故で東電の旧経営陣が強制起訴され、一審で無罪判決が言い渡された裁判をめぐり、「公正な判決を求める」署名活動が行われました
郡山駅前(福島県)で行われた署名活動には、裁判の内容などを発信している「刑事訴訟支援団」10人が参加しました。

この裁判をめぐっては、東電の旧経営陣3人が強制起訴され、一審で無罪判決が言い渡され、検察官役の指定弁護士が控訴していました。
2月に行われた第2回の公判では、指定弁護士側が求めていた新たな証人の出廷や裁判官の現地検証を東京高裁が棄却しました。
署名は「一審の判決を破棄し、公正な判決を求める」もので、この夏にも、最高裁で統一的な判断が示される見通しの民事裁判の判決を待って、結審することなどを求めています。
刑事裁判の二審は、来月6日に東京高裁で行われます。

02- 福島第一原発から7キロ地点で目にした光景は

 福島原発事故直後にメディアの人たちが一斉に原発の町から退避していたことを、我々は後で知りました。それは1999年に発生した茨城県東海村のJCO臨界事故のとき、発生からしばらくの間、施設外部に放射線が漏れていたにも関わらず多くの取材者が集まってしまったという反省から、各社は事故後直ぐに原発から40キロ圏内に入らない様に記者に連絡したためでした。

 それは当然で、無理からぬことでしたが、多くの住民はその圏内に留まらざるを得なかったし、彼らには40キロ圏内は危険という連絡もありませんでした。
 FNNの記者が「あの日あの時」という記事でその問題に触れました。
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あの日 あの時
福島第一原発から7キロ地点で目にした光景は 発災11年の「取材記」
                      FNNプライムオンライン 2022/5/1
震災直後 避難所で ある男性と出会った
あの被災者は今どうされているだろうか。ちょうど11年前のことだ。2011年3月11日に発生した東日本大震災から数日後、避難所になっていた福島県須賀川市の体育館でその男性と出会った。時折激しい余震が襲い、体育館の天井から吊るされている照明やバスケットゴールがガタガタと音を立て、館内には悲鳴が上がる。そんな中、避難者に名刺を配っては福島第一原発で勤務している人のご家族がいないか探していた。一通りまわり玄関に戻ろうとした時、その男性は声をかけてきた。
  【画像】発災1カ月後、福島第一原発近くで記者が目にした光景は(画像12枚)
「ちょっとマスコミさんさぁ、すぐ帰らないでちゃんと取材してくれよ」。怒気を含んだ声にギョッとして振り向いたのを思い出す。「その辺のガソリンスタンド見た?長蛇の列だっただろ?」。避難所に来るまでの全てのガソリンスタンドで、見たことのない長い車の列が伸びていた。
「ガソリンが何でないんだよ。俺たちが逃げ出すと日本中が大パニックになるから、政府は俺らをここに閉じ込めようとしているんじゃないか?」大きな亀裂や段差が無数にできてしまった東北道を福島まで走ってきたので、その状況を説明した。タンクローリーなどの大型車両が東北道を走るのは今難しいかもしれない、そう言ったところ大喝された。
「じゃぁ逃げたいのに逃げられなくても良いと言うのか?何か裏があるんじゃないかって、そういう姿勢で実態を取材してくれよ」。名刺を差し出し「仰る通りですね」と言っていなそうと思った。しかし名刺は無視され、男性はさらに畳みかけてきた。原発についてのメディアの取材姿勢についてだった。

「新聞もテレビもマスコミさんは社内ルールで原発近くには行かないって本当?地元を追い出された俺たちの町が今どうなっているのか、どんな状況なのか、本当に帰っちゃダメなのか、真っ先に入ってその状況を伝えるのがマスコミの役目だろう?なぜやらないんだ?」不意の問いに何の言葉も持ち合わせていなかった。

「俺らは下を向けば涙が落ち、上を向けば放射能が降ってくる。どこにも行けず、ここに閉じ込められているんだ。原発周辺には行かないと決めているマスコミに俺らの気持ちなんかわからないよ。」事実、福島第一原発から40キロ圏内には入らないよう会社から指示が出ていた。「お前らは無力だ」と言われたのに等しい指摘。口惜しさから二の句が継げなかった。それでも何かお役に立てることもあるかもしれないと声を励まし、何とか名刺を受け取ってもらって、その場を立ち去った。

震災1カ月後 福島第一原発の近くへ
40キロ圏内に入らないという当初の会社の判断は、1999年9月に発生した茨城県東海村のJCO臨界事故取材の教訓から来ていた。発生からしばらくの間、施設外部に放射線が漏れていたにも関わらず多くの取材者が集まってしまった。当時は原子力関連事故がおきた時の取材上の確たるルールはなく取材者の安全が守られなかったという反省があった。
未曾有の事態を前に「おそらく大丈夫だろう」と思い込むほど危険なことはない。福島の原発事故では、まず科学的な知見を得て取材の安全性を確認することが何よりも先決だった。当時、警視庁公安機動捜査隊(通称「公機捜」こうきそう)などのNBCテロ対策部隊(核・生物・化学兵器が使われたテロ現場などに出動する部隊)が福島県を中心に展開していた。
こうした部隊が測定していた各地の放射線量や原発の状況を具に把握したうえで、可能であれば原発近くの町が見たいと思っていた。誰もが簡単に行けない場所だからこそ、そこに赴いて状況を伝えることはメディアの仕事だからだ。

その機会はちょうど1カ月後、何回目かの福島取材をしている時に巡ってきた。福島第一原発が肉眼で見える距離の浪江町で、県警が行方不明者の捜索を行うというのだ。「社会部長が自分で車を運転して行くと言っているよ」。警視庁キャップが電話で知らせてくれた。「部長に行ってもらうわけにいかないし、ちょうどお前が福島にいるんだから、この取材俺らで行こうよ」。渡りに船の誘いに二つ返事で行くことになった。

出発前から広がる緊張感
取材当日となった4月14日、県警から指定された集合場所に着いて驚いた。多くの社が来ていないからだ。集合場所には来たものの、どういう訳か、そこから急遽帰って行った社もあったそうだ。そして特筆すべきは集まった記者たちの年齢である。明らかに多くの人が40歳以上に見え、中には50を超えていると思われる人々もいた。雑な言い方だが、若い人は殆どいなかった
原発事故発生からわずか1カ月である。11日には震度6弱の余震が発生して福島第一原発の1~3号機の外部電源が落ち、注水作業が約50分停止していた。まだ発生初動の不安定な時期だった。取材中に不測の事態がおきれば命のやり取りになるかもしれない。そんな思いがなかったわけではない。取材が可能か否かでメディア各社の判断がはっきり分かれるのも無理はなかった。

この集合場所で警察官から防護服着用の指導を受ける。キャップと互いに介助し合いながら着替えた。キャップの手首足首など隙間という隙間を外部から遺物が入らないようテープで塞ぐ。人の安全を自分が担う、本来何でもない作業にさえ緊張を覚えた。

原発近くで記者が目にした光景は・・・
乗り込んだ車は国道114号線から459号線へ。浪江町の中心部に向かって東に進む。山道のトンネルに差し掛かると手元の線量計が0.1μシーベルトに下がり、トンネルを出ると20μ以上に急激に上昇する。福島市内では見たこともない線量表示の振れ幅から放射線にコンクリートが有効なことを初めて実感した。

街中に入ると洗濯物が出しっぱなしの家々が次々と現れる。住民が着の身着のまま大急ぎで避難したことがこの目でわかった。眩しいほどに咲き誇っている満開の桜並木が、かえって人っ子一人いない町の寂しさを際立たせていた。

浪江町役場を通過してようやく行方不明者の捜索が行われている高瀬川に到着。巨人が両手で押しのけたかのように、岸部は泥まみれの瓦礫で埋め尽くされていた。県警本部長が陣頭指揮を執るなか、捜索にあたっている警察官は泥の中から身元の特定に繋がる品々を丹念に拾い上げている。誰かの大切な思い出が詰まったアルバム、子供のランドセル、書類などが路上に並べられていった。

さらに請戸港近くに移動した。車窓から数頭の黒い牛が川岸を走っているのが見えた。自由になったかに見えたが、突然外に放り出され、これまで与えられていた餌なしで生き抜くことが出来るのだろうか。ぼんやり考えていると請戸橋に到着した。遠くに生い茂る森の木々から突き出ている煙突のような物が見える。目を凝らすと、煙突の下にはうっすらと四角い建物らしきものもあった。ついに見えた。あれが今、日本の命運を握る福島第一原発か。

請戸橋付近は原発から7キロ弱と目と鼻の先だが、放射線量は驚くほど低い。毎時0.4μシーベルト。事前に把握していたNBC部隊の測定値と変わらない数値だった。あたりに存在していたはずの建物は基礎部分ごと根こそぎ流されていた。剥き出しの土の地面が町ごとそっくり持っていった津波の爪痕だった。

「地元の桜はキレイなんだ」男性からの電話
こうした現地の状況はその日の夕方のニュースで伝えた。取材を終えて帰路についた車中、一息ついていると突然携帯が鳴った。
「テレビ見たぞ。原発の近くに行ったんだなぁ」。須賀川で出会った男性だった。浪江町でのリポートを偶然みて下さっていた。
突然の思いがけない電話に舞い上がって何を話したのか詳しくは忘れてしまった。この男性も無理やり家を追われ、家族や友人と別れ、人に明かせない悲しみや、やり場のない怒り、避難所生活でのいら立ち、日々大きくなる将来への不安、そんな思いを抱えながら必死に耐えて過ごしていたに違いない。自分のことだけでも精一杯の日々に、避難所でたった一度会っただけの私に、どうして労いの電話を下さったのか。その理由は未だにわからない。しかしあの電話が私にとってどれだけの励ましとなったことか。
「俺の地元の広野は桜がキレイなんだ。帰ることが出来たら招待するよ」上機嫌な男性の声だけが今でも耳に残っている。 (フジテレビ報道局・上法玄)

2022年5月1日日曜日

新潟知事選5月12日告示 片桐なおみ予定候補に聞く

 新潟県知事選で、幅広い層の市民と野党に推されて、片桐なおみ氏(72)無所属新 が出馬します。会社経営者の顔を持つ人で県の物品等入札監視委員務め脱原発運動の先頭に立つと共に「新潟の新しい未来を考える会」の会長でもあります

 巻原発反対運動のときは「巻原発は決して他人事ではありません」とビラを手書きし、新聞販売店にも頼んで近所に配布するなどして、住民投票の結果 巻原発建設計画は1996年に撤回されました。
 柏崎刈羽原発の誘致反対では、柏崎刈羽原発の用地まだ砂丘地の頃に柏崎の浜や巻町に小屋を建てて、土日に学習会や東京電力への抗議などを行ったということです。
 再出馬する花角英世知事は、前回の知事選で福島原発の事故原因等の「三つの検証」の結果が出るまで原発再稼働の議論はしないと公約して当選しましたが、在任中、検証を総括する県の委員会は1回しか開いていません。片桐氏は、花角知事は原発に関しては国の方ばかり見ているように感じるとして、「私は国言いなりの知事にはなりません。再稼働反対は、私の公約の一丁目一番地で、『三つの検証の議論を徹底して行い、再生可能エネルギーを普及させる中で新しい雇用をつくり出したい語ります
 しんぶん赤旗が報じました。
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新潟知事選 5月12日告示 片桐なおみ予定候補に聞く
                       しんぶん赤旗 2022年4月30日
 新潟県知事選(5月12日告示・29日投票)で、幅広い層の市民と野党(日本共産党、社会民主党、新社会党、緑・にいがた)に推されて、片桐なおみ氏(72)=無所属新=が出馬します。脱原発運動の先頭に立ち、会社経営者の顔を持つ片桐氏に知事選へかける思いを聞きました。(山本健二)

   片桐氏の略歴 1949年、新潟市秋葉区生まれ。新潟大学法学部卒。住宅メーカー
      (株)イシカワ 副社長、1級建築士、新潟経済同友会副代表幹事、「新潟
      の新しい未来を考える会」会長など。著書にエッセー集『「ぜんぜんごー」
      住まい造り続けて…50歳からの生き方』

原発 次世代に残さない 
 立候補を決意したのは、ロシアによるウクライナ侵略の問題が大きかったですね。ウクライナの地下道で、戦火を逃れて泣いている子どもたちをテレビで見て衝撃を受けました。
 しかもプーチン大統領は「核兵器の先制使用も辞さない」などと威嚇しています。新潟県には、7基の原子炉を持つ世界最大出力の東京電力柏崎刈羽原子力発電所があります。
 戦争になれば、柏崎刈羽原発がターゲットにされてしまう子や孫の次世代に原発を残してはならない。そのために、私たちの世代が責任ある対応をすべきだと考えています。知事選では、「原発のない安全・安心の新潟をつくる」と訴えて、争点にしたいですね。
 私が原発の運動に取り組むようになったのは、柏崎刈羽原発の誘致のときからです。
 柏崎刈羽原発の用地に、母親の友人の土地もありましてね。まだ砂丘地の頃に訪ねて、田んぼの水はコイが泳ぐほど澄んでいたのを覚えています。私たちは柏崎の浜や巻町(現在の新潟市西蒲=にしかん=区)に小屋を建てて、土日に学習会や東京電力への抗議などを行いました

市民運動で撤回
 市民の反対を押し切り柏崎刈羽原発は着工されましたが、巻町の原発建設計画はやめさせたいと、子どもをおぶって集会に行き「原発ちょっと待って」と訴えました。私の家がある新潟市から、巻町は20キロ近く離れていましたが「巻原発は決して他人事ではありません」とビラを手書きし、新聞販売店にも頼んで近所に配布しました
 巻町の皆さんの頑張りで、住民投票の結果、巻原発建設計画は1996年に撤回されました。
 「石油に代わるエネルギー」という原子力の宣伝や原発建設を前提にしたヒアリングなど、国や東電のやり方は、今も同じですね。
 現在、私は「新潟の新しい未来を考える会」の会長を務めています。県外も含め750人の会員がいて、脱原発の講演会などを開いています。10日に小泉純一郎元首相らを招いたリレートーク集会には、巻町の仲間も参加しました。「進次郎(元首相の次男・衆院議員)の応援もしたことがない」という小泉さんも私を支持すると表明してくださり、うれしかったですよ。

国言いなり現職
 再出馬する花角英世知事は、前回の知事選で福島原発の事故原因、健康・生活への影響、避難計画の「三つの検証」の結果が出るまで原発再稼働の議論はしないと公約して当選しました。しかし知事の在任中、検証を総括する県の委員会は1回しか開かれていませ
 花角知事は、原発に関しては国の方ばかり見ているように感じます。私は「国言いなりの知事」にはなりません。再稼働反対は、私の公約の「一丁目一番地」です。「三つの検証」の議論を徹底して行い、再生可能エネルギーを普及させる中で新しい雇用をつくり出したいと思います。
 私は、高校卒業後に父母がつくった建築会社に入社して50年間、経理の仕事を続けています。県の物品等入札監視委員も務めています。「民間の知恵」で県財政の無駄な支出を改めれば、賃金カットや増税をしなくても、財政を健全化させながら福祉や暮らしを充実させられます。
 3人の子育てをしながら働き、51歳のときに新潟大学に進学した経験も生かして、女性が子育てしながら働きやすい社会をつくりたいと思います。また、年を重ねた人たちも大学で学べるような環境を整備したいと思います。

病床削減やめ医療拡充を
 コロナ禍が続いているのに県立加茂・吉田病院を民営化するとか、県立津川・松代・柿崎・妙高病院を市町に移譲して、病床を大きく削減するなどもってのほかです。全国最下位クラスの医師数・看護師数を大幅に増やすことこそ求められています。
 農家に生まれ、田植えや稲刈りの経験もしてきました。新潟のおいしいお米、豊かな海の幸・山の幸を生かして、もっと農林水産業を振興させたい。戸別所得補償・価格保障などで新潟県農業を守ります。
 新潟県内の地域産業は、世界にも誇れるモノづくりの力を持っています。私は、中小・地域産業がもっともっと元気になるように、全力で応援します。

新潟で2連勝を
 17日の私の事務所開きでは、立憲民主党の西村智奈美幹事長、森ゆうこ参院議員があいさつしてくださいました。
 私の旧友でもある森さんは、知事選直後の参院選の新潟選挙区(改選数1)で市民と野党の共闘候補としてたたかう予定です。
 2連勝して、新潟県から日本の政治の流れを大きく変えられるよう、全力で頑張ります。

基準値超のクロソイ 福島第1原発の港湾内に生息の可能性

 福島県沖で捕ったクロソイから国の基準(キロ当たり100ベクレル)を超える放射性セシウム500~1500ベクレル等)が検出されるケースが相次いだ問題で、国の水産資源研究所は28日、福島第1原発の港湾内に生息していた可能性が高い」とする研究結果を発表しました。予測が裏付けられたです
    関連記事
    (1月27日)福島沖の魚で再び基準超え クロソイ
   21.02.23福島県沖 クロソイからキロ500ベクレルの放射性物質
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基準値超のクロソイ、福島第1原発の港湾内に生息か 国が報告
                             毎日新聞 2022/4/29
 福島県沖で捕ったクロソイから国の基準(1キロ当たり100ベクレル)を超える放射性セシウムが検出されるケースが相次いだ問題で、国の水産資源研究所は28日、「東京電力福島第1原発の港湾内に生息していた可能性が高い」とする研究結果を、この日の県漁連組合長会議で報告した。第1原発の港湾内にいたものではないかとみられていたが、科学的に裏付けられた形だ。
 沖合では2021年2月~22年1月にかけて3件、基準値を超えるクロソイが捕れた。研究では、魚の頭部にある「耳石」と呼ばれる器官に含まれる元素が代謝されずに残ることに注目。基準値超えの3検体の耳石を調べた結果、通常レベルを超える放射線が計測された。
 このほか、第1原発港湾の内外で採取した66検体を調べたところ、基準値超えのクロソイと同等の放射線の強さを示したのはいずれも港湾内で採取したものだった。この結果、基準値超えの3検体はいずれも港湾内での生息歴があると推定されるとした。港湾内は網で閉鎖しているが、船舶の出入りなどで網を外したすきに外洋に出たとみられる。また、第1原発以外に放射線の汚染源は想像できないとしている。
 組合長会議では「比較する検体数が少ないのではないか」「東電は港湾内の放射線の濃度を下げる努力を」などの声が上がった。【柿沼秀行】

東電、処理水放出で補正書提出/貯蔵タンク満杯は23年夏~秋の見込み

 東電は28日、福島第1原発の処理水放出計画について、これまで指摘を受けた事項を反映させた補正申請書を原子力規制委に提出しました。規制委は5月にも審査結果を取りまとめた「審査書案」を議論し、計画認可に向けた手続きに入ります

 福島県の漁業者などの合意が得られない中で、事務手続きは坦々とすすんでいるということです。
 処理水貯蔵タンク満杯は「23年夏~秋」の見込みです。
           ~~~~~~~~~~~~~~~~~~
東電、処理水放出で補正書提出 福島第1、認可手続きへ
                             共同通信 2022/4/28
 東京電力は28日、福島第1原発の処理水放出計画について、これまでの審査会合で指摘を受けた事項を反映させた補正申請書を原子力規制委員会に提出した。規制委は5月にも審査結果を取りまとめた「審査書案」を議論し、計画認可に向けた手続きに入る
 補正では、放出用の海底トンネルの入り口部分となる「立て坑」の保守点検をしやすくするため、当初より広くて浅い形状に変更。処理水移送配管に設置する流量計を、故障に備えて1カ所あたり一つから二つに増やした。放出は、既にタンクに保管中の処理水よりも放射性物質トリチウムの濃度が比較的薄い、日々発生する処理水を優先させるとした。


タンク満杯は来年夏か秋に 処理水海洋放出計画は変更なし(福島県)
                          テレビユー福島 2022/4/28
福島第一原発でたまり続ける処理水について東京電力は、タンクが満杯になる時期が、来年の夏から秋に延びる見通しを示しました。一方で、来年春に海に放出する計画は変えないとしています。
福島第一原発では、一日およそ130トンのペースで、放射性物質を含んだ「汚染水」が発生し、放射性物質の大部分を取り除いた「処理水」が、増え続けています。
東電は当初、来年春ごろに、処理水を保管するタンクの容量が満杯になるとしてきましたが、この見通しを来年の夏から秋に見直しました。
東電によりますと、地下水のくみ上げや雨水の侵入を防ぐ対策などで、汚染水の発生が抑えられたためとしています。
海洋放出の根拠となってきたタンクの満杯の時期の見直しとなりますが、東電は放出の計画を変更しない考えを示し、政府の方針通り、来年春ごろを目指すとしています


福島第一原発の処理水貯蔵タンク満杯は「2023年夏~秋」 従来見込みより数カ月先に
                            福島テレビ 2022/4/28
福島第一原発の汚染水からほとんどの放射性物質を取り除いた後に残る処理水の量は貯蔵タンクの容量の95%に達していて、「2023年春ごろ」にタンクが一杯になると見られてきた。
しかし、建屋の屋根の補修などで昨年度は1日あたり130トンまで汚染水の増加を抑えることができたという。
これにより、タンクが一杯になる時期は「2023年夏から秋ごろ」へ見直された。
一方で、国と東京電力は2023年春頃から処理水を薄めて海に放出する方針で、必要な工事を進めていくとしている。

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