福島県の出身でTV朝日の良識派コメンテーターと見做されている柳沢秀夫さんが、福島民報に「処理水放出考」とする記事を寄稿しました。
政府が、最終的に海洋放出の結論を導くための「お膳立て」に徹し、関係業者には財政的な補填をすれば済むと考えてきたことが、漁業者をはじめとした当事者からの信頼を完全に失った理由であり、そのために理解が深まらないのだとソフトな口調ながら厳しく指摘しています。
政府は風評被害を最も重大視しているようですが、それを払拭するためにも信頼関係が前提となるわけで、政府と東電がやるべきなのは当事者の気持ちに真に寄り添って物事を考えることだとしています。
いずれにしても手つかずのまま放置してきた地元関係者との合意を、これからどのようにして得ようとしているのか注目されます。
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【考 処理水放出】ジャーナリスト 柳沢秀夫さん
ジャーナリスト柳沢秀夫さん 結論ありきで信用失墜 国際理解したたかさ必要
福島民報 2023/7/2
政府による東京電力福島第１原発の処理水の処分を巡る議論は、素人目でも最終的に海洋放出の結論を導くための「お膳立て」をしているようにしか見えない。結論ありきで進めてきたことで、漁業者をはじめとした当事者からの信頼は完全に失われた。理解が深まらない問題の本質はここにある。
政府は漁業者らの思いを一つ一つ丁寧に拾いながら政策に生かす作業をどこまでしたのか。風評被害の帳尻合わせとして、基金による財政的な補填（ほてん）をすれば済むとの思い込みがあったのではないか。それで理解を得るのは無理な話だ。
多くのメディアも海洋放出以外に選択肢はないという政府、東電の作ったシナリオに沿ってニュースを伝えているようだ。あえて、もう一度立ち止まって問題提起するという動きは感じられない。ジャーナリズムの仕事は、強者ではなく、弱い立場の人たちに寄り添って物事を考え、発信するのが基本だろう。声なき声をどう拾い上げ、伝えていくかが問われている。そのアプローチを最初から諦めてはいけない。まだまだ福島だけの問題にされているが、日本全体の問題として考えなければ県外での理解は広がらない。
海外での理解醸成に向けても、日本と相手国との間で信頼関係を構築しなければならない。世界的に評価されている国際原子力機関（ＩＡＥＡ）による科学的な知見に基づく安全性のお墨付きは最低限必要だ。ただ、「錦の御旗」になるわけではない。それを基に情報をどのように補強していくかが問われる。
一部の国では処理水の問題を政治的な道具として利用しようとしている。外交の世界では、相手国の弱みを交渉材料とするのは常とう手段だ。正論をいくら言っても、それがまかり通る世界ではないと分かった上で、次はどう対応するかという「したたかさ」が必要になる。
例えば、ロビー活動だ。米国や中国、欧州などでは活発だが、日本はまだまだ下手だ。政治的な外交だけでなく、文化交流やインバウンド（訪日客）など、民間も含めてさまざまな分野で関係を深めていくべきだ。外務省だけに任せるのではなく、国民一人一人がそれぞれの分野で海外とつながりを持つとの発想が欠かせない。福島から情報を発信する場合も同じだ。これまでとは違った形での交流や情報発信は、問題解決への糸口を探る上で重要な要素になる。
風評の問題は非常に厄介だ。風評という言葉を使うと風評を生み出してしまう。風評がなくなるまでは、気の遠くなるような時間が必要になるかもしれない。払拭するためにも信頼関係が前提となる。
政府、東電がやるべきなのは、当事者の気持ちに真に寄り添って物事を考えることだ。信頼関係を築ければ、漁業者らも政府、東電の言葉に耳を傾けるのではないか。理解やその先の新たな発想も生まれるだろう。まだ手遅れではないはずだ。
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東京電力福島第１原発でたまり続ける処理水について、政府が海洋放出開始を目指す「夏ごろ」が迫る。「関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない」と約束しているが、県内外で反対の声は絶えない。本県ゆかりの文化人が、処理水放出を巡る社会の深層を語る。
やなぎさわ・ひでお １９５３（昭和２８）年、福島県会津若松市生まれ。会津高、早稲田大政治経済学部卒。１９７７年にＮＨＫ入局。横浜、沖縄各放送局記者、バンコク、マニラ各特派員、カイロ支局長などを歴任し、カンボジア内戦、湾岸戦争などを取材した。２００２（平成１４）年から解説委員を務め、中東情勢を担当。「ニュースウオッチ９」初代メインキャスター。２０１８年１０月からフリー。現在、「サタデーステーション」（テレビ朝日）などに出演中。６９歳。
