2023年4月24日月曜日

「岸田GX」で流れる“脱炭素化マネー” 経産省はどこを見ているのか

 世界はいま気温上昇限度1.5度」を目標にしていますが、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)3月20日に公表した第6次統合報告書では、地球の平均気温は産業革命前からすでに1.1度上昇しており、上昇幅を1.5度に抑えるには温室効果ガスの排出量を35年までに19年比で60%減らす必要があると強調しました

 日本政府は今年2月脱炭素社会への移行を進めるGX実現に向けた基本方針を閣議決定し、この方針を実現するための「GX推進法案」が衆院本会議で可決され 現在参院で審議中です。
 法案の柱は脱炭素化に向けた産業界への巨額支援と、国が二酸化炭素(CO2)の排出に課金して削減を促すカーボンプライシング(炭素課金)の導入で、今後10年間で官民合わせて150兆円以上の脱炭素投資を見込んでいます。

 政府は今年度から新たな国債「GX経済移行債」20兆円を発行し企業や研究機関を支援するとしていますが、温室効果ガスをどれだけ削減するのかといった基準は設けられていません。

 排出量取引は、今年度から自主参加の企業でスタートしますが、自主参加のうえ目標が達成できなくてもペナルティーはないので効果は疑わしく、その一方で「賦課金(炭素課金)」が開始されるのは28年度からとなっているのでとても間拍子に合いません。
 トランプ時代には脱炭素に後ろ向きだったので日本は安心していたのですが、バイデン政権になってから激変し、30年までに50~52%(05年比)削減することを決定し、同様に消極的だったオーストラリアも昨年、労働党のアルバニージー政権に代わるとがぜん力を入れ始めるなど、世界は急速に変わっています。
 現にEUは今年10月から環境規制の緩い国からの輸入品に事実上の関税をかける「炭素国境調整措置(国境炭素税)」を導入するということで、このままでは日本はいずれ競争の土俵にも上がれなくなる恐れがあります。脱炭素化の遅れは日本経済に『失われた半世紀』をもたらしかねません。
 「原発への回帰」など省益の追及には熱心な経産省は一体どこを見ているのでしょうか。いずれにしても岸田政権の責任は重大です。AERA dot.が報じました。
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「岸田GX」で流れる“脱炭素化マネー” 経産省や電力会社にメリット?
                           AERA dot. 2023/4/24
                              〈週刊朝日〉
 岸田文雄政権が進める「GX(グリーン・トランスフォーメーション)」。気候変動対策は重要だが、その方向性が世界の潮流からまるで外れているとなると問題だ。日本は国際競争から取り残される瀬戸際に立たされている──。
      【写真】JERAが建設中の火力発電所はこちら
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 地球温暖化を巡って世界が目指している「1.5度目標」が瀬戸際に追い込まれている。国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、3月20日に公表した第6次統合報告書で強い危機感を打ち出した。
 すでに地球の平均気温は産業革命前から1.1度上昇しており、各国が提出している温暖化対策が実現できたとしても目標達成は困難と指摘。上昇幅を1.5度に抑えるには温室効果ガスの排出量を2035年までに19年比で60%減らす必要があると迫った。

 だが、日本の姿勢は極めて悠長だ。政府は今年2月、脱炭素社会への移行を進めるGX実現に向けた基本方針を閣議決定。この方針を実現するための「GX推進法案」が衆院本会議で可決され、現在、参院で審議中だ。法案の柱は脱炭素化に向けた産業界への巨額支援と、国が二酸化炭素(CO2)の排出に課金して削減を促すカーボンプライシング(炭素課金)の導入だ
 政府は、今後10年間で官民合わせて150兆円以上の脱炭素投資を見込む。うち20兆円を国が支出する。今年度から新たな国債「GX経済移行債」を発行し、企業や研究機関を支援するというのだ。
 国際環境NGO「FoEジャパン」の満田夏花事務局長がこう語る。
「GX推進法案を提出したのが環境省ではなく、経済産業省であることが重要なポイントです。巨額のGXマネーの資金管理や投資先を経産省が握ることになります。国債も使って企業を支援するのに、温室効果ガスをどれだけ削減するのかといった基準は設けられていません。ですから、脱炭素が見込めない分野・事業であっても、経産省が認めれば投資の対象になり得るのです。実際に原子力、水素・アンモニア混焼の石炭火力発電などにお金が流れていく仕組みになっています」

 原発や石炭火力が投資先になっている問題点は後述するとして、まずは脱炭素化が遅れている原因について検証したい。カーボンプライシングで導入されるのは「賦課金」と「排出量取引制度」で、その徴収額を国債の償還財源に充てる仕組みだ。賦課金は、化石燃料を輸入する石油元売りや商社、電力・ガス会社などから、CO2の排出量に応じて徴収する。開始時期は28年度からだ。
 一方の排出量取引は、今年度から自主参加の企業でスタートし、参加企業はCO2排出削減目標を設定する。目標より多く削減できた企業は余った削減分(排出権)を市場で売り、目標を達成できなかった企業が排出権を購入することで目標を満たすというもの。自主参加のうえ目標が達成できなくてもペナルティーはなく、効果は疑わしい
 政府が電力会社のCO2排出に対して排出枠を販売し、電力会社が「特定事業者負担金」の形で支払う制度が始まるのは、10年先延ばしの33年度からだ。電力部門の有償化はEUと比べて30年近く遅れることになる。
 NPO法人「原子力資料情報室」の松久保肇事務局長がこう指摘する。
あまりにも遅すぎて、20年代の排出削減に全く寄与しません。一昨年、岸田(文雄)首相は30年までの期間を『勝負の10年』と位置付けましたが、これでは『勝負しない10年』です。さらに、賦課金も特定事業者負担金も格安になりそうです。IEA(国際エネルギー機関)は、炭素価格は1トン当たり30年時点で135ドル(約1万7550円)が必要になると試算しています。現在、他の先進国は1万円を超える価格に設定していますが、日本は10分の1の1千~2千円程度になると推定されます。これでは排出削減のインセンティブにつながりません」
 賦課金や特定事業者負担金の徴収を行うのは経産省の認可法人として新たに創設される「GX推進機構」で、経産省にとっては“焼け太り”な状況。だが、これまで脱炭素化に消極的だった経産省主導の制度設計では、日本が掲げる30年度に13年度比46%の削減、50年に実質排出ゼロという目標達成は全くおぼつかない。なぜ、日本はこうも後ろ向きなのか。

■推進官庁が認可 諸外国では異例
 京都大学大学院教授の諸富徹氏(環境経済学)はこう語る。
米国が一緒に後ろ向きだったので日本は安心していたのですが、バイデン政権になってからずいぶん変わりました。米国は30年までに50~52%(05年比)削減することを決定しています。オーストラリアも消極的でしたが、昨年、労働党のアルバニージー政権に代わると、がぜん力を入れ始めた。世界は急速に変わっているのに、日本だけが依然、低迷したままです」
 GX推進法案に続いて国会で審議が始まったのが、再エネの導入拡大とともに、原子力の活用を盛り込んだ「GX脱炭素電源法案」だ。原発の運転期間について「原則40年、最長60年」という上限規制を取り払い、実質的に60年超の運転を可能にする。原子力基本法、原子炉等規制法(炉規法)、電気事業法、再処理法、再エネ特措法の改正法を束ねた法案で、運転期間の規定が原子力規制委員会所管の炉規法から、経産省の電気事業法に移される。松久保氏が厳しく批判する。
運転期間の延長の許認可権が推進官庁にあるのは、日本だけです。20カ国を調べたところ、規制機関が認可しているのが18カ国、政府・官庁が認可しているのはフィンランドとスペインですが、両国とも規制当局が安全性を認めた後に認可します。ちなみにスペインは35年までの脱原発が決定しています。日本は福島第一原発事故の教訓から規制委に移した権限を経産省に戻すのですから、あり得ない話です」
 原子力基本法の改正案では、新たに原発を脱炭素に資する電源として明記するというのだ。前出の満田氏が解説する。
「国の責務として原子力の活用、国民の理解促進、立地地域の振興、事業環境整備を進めていくというのです。事業環境整備なんて電力会社が企業努力でやるべきことだと思うのですが、これでは国が丸抱えで面倒を見ると宣言しているようなものです」
 今回の運転期間の延長は、規制委の審査や訴訟などで停止していた期間を除外し、その分を追加できるようにする。だが、停止期間中も設備の経年劣化が進むのは明らかだ。
 原発問題に取り組んできた福島瑞穂参院議員がこう話す。
「GXのGは原発で、まさに原発トランスフォーメーションになっています。私は老朽原発を動かすことが最も怖いと思います。なぜ停止期間が運転期間に上乗せできるのか。私たちが夜寝ている間も加齢するのと同じく、原発も運転していなくても劣化しますから、さっぱりわかりません。規制委は厳しく安全審査をすると言いますが、それが形骸化しているから事故がなくならないのです」
 04年、美浜原発3号機で冷却水が通る配管が破裂し、140度の熱水が蒸気となって一気にタービン建屋に噴き出した。やけどなどで作業員5人が死亡、6人が重軽傷を負った。事故から間もなく福島氏は視察に訪れた。

■脱炭素軽視では国際競争に敗北
「現場で見たのは、機器が散乱してめちゃくちゃになっている状況でした。原子炉だけではなく、膨大な数の周辺機器も老朽化すれば取り返しのつかない事故につながることを思い知らされました。原発は国債で、防衛力強化法案は増税で莫大なお金を注ぎ込もうとしています。いま、この国の政治は何を大事にしようとしているのか。少なくとも国民の命と暮らしを守ることに、その軸足はないように思います」
 原発回帰に加え、水素・アンモニア混焼で石炭火力の延命も図ろうとしている。この期に及んで神奈川県横須賀市で石炭火力発電所2基(計130万キロワット)が建設中だ。日本は30年まで石炭火力発電でアンモニアを20%混焼することを目標としている。
「確かに水素・アンモニアは燃焼時にCO2は出ませんが、製造時にCO2を排出するので、むしろ増えてしまうと言われています。加えて、コストも高すぎるという欠点があります。IEAが予測する50年の世界の電源構成を見ると、再エネは80%ですが、原発は8%、水素・アンモニアは1%です。日本はニッチ(⇒隙間 本質的でないところ)なところに投資しようとしているわけで、本当に的外れです」(松久保氏)
 日本のGXは気候変動対策だけではなく、産業政策としても失敗する可能性があると指摘するのは、前出の諸富氏だ。EUは今年10月から環境規制の緩い国からの輸入品に事実上の関税をかける「炭素国境調整措置(国境炭素税)」を導入する。
「国際社会は本格的に脱炭素経済に移行しているのではないかと、私は見ています。すでにEUの炭素国境調整措置のような動きが出ている。事業に使う電力をすべて再エネにすることを目指す国際企業連合『RE100』の基準を達成しないと取引してくれない時代へと入っていきます。脱炭素化をきちんとやっていない国の製品やサービスは、競争の土俵にも上がれなくなる恐れがある。脱炭素化の遅れは、日本経済に『失われた半世紀』をもたらしかねないのです」
 偽りの「岸田GX」が、日本を滅ぼすのだ。(本誌・亀井洋志)
                ※週刊朝日  2023年4月28日号