2023年8月28日月曜日

汚染水の海洋放出 世界最大の環境犯罪を日本政府が犯すことになるのではないか?

「レイバーネット日本」に 印鑰 智哉 氏 による掲題の記事が載りました。
 日本のマスコミは、海洋放出する福島原発のアルプス処理水を単に「処理水」と称して、実質的にほぼ無害の水であるかのように表現していますが間違っています。
 因みに海外メディアはほとんどがcontaminated water(汚染水)かradioactive water(放射能汚染水と呼んでいて、処理水(treated water)という言い方はしません

 この記事は、海洋放出が意味するものを国際的な観点から明らかにした格調高い論文です。

 因みに日本も批准している「国連海洋法条約」では「いずれの国も、海洋環境を保護し及び保全する義務を有する」(第192条)として、第194条には
「いずれの国も、あらゆる発生源からの海洋環境の汚染を防止し、軽減し及び規制するため、利用することができる実行可能な最善の手段を用い、かつ、自国の能力に応じ、単独で又は適当なときは共同して、この条約に適合するすべての必要な措置をとるもの」とあります。
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汚染水の海洋放出:世界最大の環境犯罪を日本政府が犯すことになるのではないか?
                      レイバーネット日本 2023-08-26
印鑰 智哉いんやく ともや)
 東電原発事故汚染水の海洋放出問題、この問題はまさに日本が生み出してきた公害への対応姿勢が見事に現れてしまっており、この問題にどう向き合うかは、日本の未来を決定してしまう大きさがある。
 日本のメディアはこの放出への批判を中国や韓国の批判に限定することで、あたかも理があるのが日本で、不条理な対応をしているのが中国や韓国であるかのように描こうとする。報道ステーションまでが昨夜そのような報道をしていたのにぞっとした。しかし、この批判は世界中から寄せられている。ドイツ環境省も「ALPS処理水の海洋放出は正当なプロセスを経た決定といえない」と批判した(注1)。原発マフィアに支配されていない政府やメディア、人びとによる批判はやまないだろう。

 言うまでもないことだけれども、本当に安全ならば海洋放出する必要などせずに、活用すればいいではないか。もちろん、そんなことなどできるわけがない。それはそれが汚染水だからだ。誰でもわかる。しかも、現在の対応だと廃炉まで汚染水は出続ける。廃炉の目処など立っていないから、永遠に汚染水で世界の海を汚染し続けることになる(注2)。
 環境を汚染したものは、その責任、回復のための負担を負わなければならない、汚染者負担原則が、国際ルールである。それは日本の法律にもなっている(注3)。しかし、その責任を日本政府はどう負うのか? 負いようがない負担になることは確実であり、負おうとしたら日本は破綻する。それならば汚染しない方法を最大限追求することが不可避なのだが、大型タンク貯留案、モルタル固化処分案なども提案されているのに十分な検討もせずに、最初から海洋放出ありきで進めてきている(注4)。またそもそも汚染水が増えないように遮水壁を築いて、崩壊した原子炉を石棺化することもできた。それもやらない。世界を汚染しないことを優先するのではなく、いかに費用をケチることにシフトしてきたのは明確だろう。

 この方策では汚染を作り続けることになるのが明白であるにも関わらず、政府が力を注ぐのはなんと「風評被害」対策である。つまり、その汚染の被害を告発することが「風評被害」を生むという逆方向に社会を誘導することだ。そして残念なことにそれに追従するのが日本のメディアであり、それらに誘導された人びとが、被害の声を出すことを許さない「風評ファッショ」を作り出す
 汚染を止めようとする人に向けて「風評加害者」というレッテルの集中砲火を浴びせる。声を出した人は途端に犯罪者扱いにされてしまう。本来、汚染を止めるためには不可欠な声であるにも関わらず、沈黙を余儀なくされてしまう。
 犠牲者自らが犠牲を否定してみせる。対馬で亡くなっていったイタイイタイ病患者に「イタクナイ、イタクナイ」と叫ばせたように(注5)。これが世界から見たら不可解な日本という不思議な国を作るカラクリとなっている。

 汚染者の責任を曖昧にする。そのことで汚染企業とそれを進めた国策が温存される。そして犠牲者の声はかき消され、社会的に抹殺される。カドミウム汚染がそうであり、水俣病でも、そしてPFAS汚染でもずっと続いている。汚染者の責任を追及させない。汚染実態を調べることは「風評被害が起きる」として拒絶してしまう。しかし、それは本当は逆の話だ。汚染者に責任を取らせるためにそれは行うものだ。その実施にあたり、被害者を救済することが前提とならなければならない。汚染実態を調べ、汚染者に責任を取らせなければ、その被害は永続し、人びとはその汚染に苦しめられ続けるだろう。そして本当の加害者は永遠に責任を取らない(責任を取った振りは得意だけど、果たしてその中身が何かしっかり吟味しないといけない)。

 これまでの汚染の多くは地域が限られていた汚染だった。しかし、今回の海洋汚染は国境なく広がってしまう。しかもいつまで続くかわからない。このままでは世界最大の環境犯罪を日本政府が犯すことになるのではないか? 世界は絶対に許さないだろう。
 すでに日本はその政府の政策によって世界の孤児になりつつある(国際会議に出るたびにそのことは痛感せざるをえない)のだが、このままいけば国際的な孤立はさらに高まってしまう。

 しかし、現代の日本はその生存を世界に依存する脆弱な国家であり、2年貿易が止まるだけで住民の過半数が餓死すると予想されている(注6)。そんな国にとって、本来は国際協調、国際貢献こそ、その究極の国家原理にすべきだし、現憲法はそれをうたっている。しかし、その原理を放棄した政権によって、その生存、私たちの未来が脅かされていると言わざるを得ないだろう。
 首相や東電が言う、最後の最後まで責任を果たす、という発言の本当の意味は何か? 時間を引き延ばせば補償しなければならない漁民は減っていく、だから補償なんて最初だけで日時が経てば、跡継ぎもいなくなり、補償金も払わなくていいようになると見ている、だから補償なども最初のうちだけと思っているのではないか? 本当の対策をするより安くつくはずだ、と見ているのだろう。日本政府に責任を取るという姿勢は何もない。「責任」をごく一部の人へのわずかな補償に矮小化しているに過ぎない

 公害病に苦しんだ人も解決を長引かせればその間に亡くなっていく。そんな引き延ばしは彼らの得意技だ。でも、解決しないことで被害は拡がっていく。すべての被害者に補償することを考えたら、その責任など取りようがない。そして、国際的孤立という、それ以上の代償が待ち迎えている。原発などは汚染者負担原則を考えたら、到底維持などできない。だからドイツ政府は撤退した。合理的な判断だろう。汚染水の海洋放出はもちろん、原発再稼働も含めて中止すべきだ。

 このおかしな「風評ファッショ」の中で、声を出すことはつらく苦しいことだろう。言われなき非難を浴びせられながら生きるのは誰にとってもつらい。黙っていた方が楽である。でも、それではむしろ苦しみを永続させてしまう。そして、本来その声は世界の99%の人に支持されることは間違いないのだ。日本政府やメディアはその事実を隠すために必死だが、そんな不自然なことは長く続くものではない。苦しい中で声をあげている人に心の底から連帯したい。また同時に「風評加害」バッシングに参加している人には反省を求めたい。そして、日本の未来のためにも政府の姿勢を根本的に転換させることに力を合わせたい。

(1) ドイツ環境省の公式アカウントの投稿から
https://twitter.com/BMUV/status/1694717897271279716 
(2) FoE Japan 声明:ALPS処理汚染水の海洋放出に抗議するー「関係者の理解」は得られていない
https://foejapan.org/issue/20230822/14073/ 
(3) 汚染者負担原則
https://www.erca.go.jp/yobou/taiki/yougo/kw20.html 
(4) 原子力市民委員会 原子力規制部会「ALPS 処理水取扱いへの見解」
http://www.ccnejapan.com/20191003_CCNE.pdf 
(5) 鎌田慧氏の『隠された公害―イタイイタイ病を追って』
https://www.facebook.com/InyakuTomoya/posts/pfbid02ntSUbfWazoS7KBe6u7fyFqqgeWL4N9sZevkitb6sYBFGGVuKsZpzNG9hXNunUjzal 
(6) 貿易2年止まれば6割が餓死する日本
https://www.facebook.com/InyakuTomoya/posts/pfbid0237jyvSwc7oUA5y7pH