科学ジャーナリストの添田孝史氏(大阪大学修士)が掲題の記事を出しました。
政府は、原子力発電環境整備機構(NUMO)を使って原発の高レベル放射性廃棄物(「核のゴミ」)を地中深くに保管する「地層処分」を国内で進めようとしています。
世界一の火山密集地帯で地震国の日本において、地層処分は果たして安全なのか、昨年11月に開かれたシンポジウムを取材した添田孝史氏がレポートしました。これは北海道神恵内村と寿都町で3年がかりで国内で初めて進められている「適地か否かに関する文献調査」に関して、学会側の研究者とNUMO側の専門家が2023年11月25日に神恵内村で開かれたシンポジウムで直接意見を交わした内容を要約したものです。
ポイントを絞って極めて分かりやすく説明しているので全く素人の事務局もかなり理解できました。
両者の対決点に関しては率直に言って研究者の側の指摘が正しいと思うのですが・・・
以下に紹介します。
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地震大国・日本で核のゴミの地層処分は可能か、学者と電力業界の評価真っ二つ
添田孝史 JBpress 2024/1/6
1月1日、お正月気分の日本列島に衝撃が走った。石川県・能登半島を中心にマグニチュード7.6の大地震が発生し、志賀町では最大震度7を記録、3日夕方時点で石川県内だけで死者73名が確認されるなど各地で大きな被害を出した。
こうした直接的な人的被害のほかにも、大地震で心配されるのは原発の安全状況だ。
北陸電力・志賀原発では1号機、2号機(いずれも運転停止中)で変圧器の配管が破損し、絶縁・冷却用の油が漏れ出すなどの被害が出たが、外部への放射能の影響はなかったという。放射能漏れがなかったのは不幸中の幸いだが、能登半島地震発生の翌2日に臨時の会合を開いた政府の地震調査委員会は、「これまでに知られている活断層が動いたものではない」との見方を示している。このように巨大地震を引き起こす活断層の存在とメカニズムについては、われわれがまだまだ把握していないことが多い。
そうした中でも、原発から排出される高レベル放射性廃棄物(「核のゴミ」)を地中深くに保管する「地層処分」を国内で進めようとする動きが強まっている。地層処分は果たして安全なのか――。昨年11月に開かれたシンポジウムを取材した科学ジャーナリストの添田孝史氏がレポートする。(JBpress編集部)
■ 地層処分の賛成派と反対派が直接対峙
原子力発電所が排出する高レベル放射性廃棄物(核のゴミ)。これを地下深くに10万年保管する地層処分ができるかどうか、国内で初めての調査が北海道神恵内(かもえない)村と寿都(すっつ)町で進められています。3年がかりでまとめられた報告書原案は、今年度中にも公表される見通しです。
そんなタイミングで、地層処分に反対する研究者と、推進する原子力発電環境整備機構(NUMO)の専門家が、直接顔をあわせて意見を交わすシンポジウムが、2023年11月25日に神恵内村で開かれました*1。
登壇した岡村聡・北海道教育大名誉教授(地質学)(写真)は、何十年もこの地域を調べてきた研究者。地質学者ら約300人が出した「日本に地層処分の適地はない」という声明の呼びかけ人の一人でもあります*2。
岡村さんによると、NUMOの技術者と直に討論するのは初めてだったそうです。 電力会社のお金で運営されているNUMOが催すシンポもそうですが、電力業界が主催に関わっているものは、退屈なものが多いという印象を持っていました。しかしこの日は違いました。反対する研究者とNUMOが公開された同じ土俵で議論したことで、地層処分の危うい点が、聴衆にわかりやすく鮮明に浮かび上がったからです。内容を紹介します。
*1 高レベル放射性廃棄物の文献調査に関するシンポジウム(https://www.numo.or.jp/press/annai_20231125.pdf)
*2 添田孝史 地質学者ら指摘「日本には適地ない」、放射性廃棄物「地層処分」の重大リスク(JBpress 2023年12月12日)
■火山や活断層のリスクを文献調査で洗い出す
最初に状況をおさらいしておきます。NUMOは2020年11月から神恵内村や寿都町が地層処分に適しているかどうか、調査を進めています。調査は3段階ありますが、今は最初の「文献調査」と呼ばれる段階です。これは、既存の論文などを集めて分析し、神恵内村や寿都町が明らかに避けるべき場所かどうかを洗い出す作業です。
経産省資源エネルギー庁は、地層処分で避ける場所の基準をまとめて11月に発表しています*3。
それによると、
・活断層とその直近
・火山の周辺
・新しい時代の地層で軟らかいところ
・侵食が早く進むところ
などを避けることになっています。
*3 資源エネルギー庁 文献調査段階の評価の考え方 2023年11月2日
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/radioactive_waste/20231102_literature.html
■火山に処分場が破壊されるおそれがあり「適地はない」
岡村さんが心配することの一つは、神恵内村の近くにある火山です。
経産省の基準は、第四紀(約258万年前)以降に活動した火山の活動中心から、15キロメートル以内に該当することが明らか、または可能性が高い場所は避けると定めています。今は活動していなくても、今後火山活動を起こす可能性があり、マグマが貫いたり噴出したりして処分場が破壊されるおそれがあるからです。
神恵内村の北側にある積丹岳(地図1)*4は、第四紀に活動した証拠が見つかっているので、村の大部分では地層処分ができないことは以前からわかっていました。
*4 神恵内村「対話の場」 NUMO配布資料 2023年3月29日 p.9
https://www.numo.or.jp/chisoushobun/survey_status/kamoenai/m_asset/haifushiryo_20230329_kamoenai.pdf
しかし、村の南側にある熊追山も、地層の重なりを見ると第四紀の火山の可能性が「非常に高い」と岡村さんは指摘しました。「それを避けるべきだし、そうすると適地はない」。
これに対し、NUMOの兵藤英明・技術部部長は「熊追山は、年代の測定がされていないのでまだよくわからない。この段階で、積丹岳と同じように扱うわけにはいかない」と反論。現段階で、神恵内村全体が不適と判断するほどの証拠はないと述べました。
この問題は、熊追山の年代さえ測定すれば、すぐに決着がつきそうです。
■脆弱な水冷破砕岩、過去に国道トンネル崩落事故も
岡村さんの指摘するもう一つの危うさは、地質の脆弱さです。
キーワードは「水冷破砕岩」。これは、千度ぐらいのマグマが海底下に噴出して急冷破砕してできるもので、亀裂が多いため地下水を通しやすく、また水冷破砕岩を含む地盤は不均質で弱いという特徴があります。神恵内村の大部分は、その水冷破砕岩からなる岩盤です。無数のマグマの通り道(岩脈)や水冷破砕岩、それが崩れた土石流の堆積物などが複雑に積み重なってできています。
岡村さんが、水冷破砕岩の弱さの例として挙げたのは、豊浜トンネルの崩落事故です。神恵内村と同じ積丹半島にある国道のトンネルで、1996年2月に岩盤が大規模に崩壊し、路線バスと乗用車が巻き込まれて20人が亡くなりました。
崩落した岩盤の大部分は水冷破砕岩でした。この事故の報告書は「今回の急斜面における大規模岩盤崩落は、岩盤に内在する不連続な亀裂が、地形・地質の生成過程とその後の環境変化によって生じた岩石の特性、地下水の影響および自重・地下水圧・氷結等によって進展し、互いに連結することによって、発生したものである」と述べています*5。
*5 豊浜トンネル崩落事故調査委員会 豊浜トンネル崩落事故調査報告書 1996年9月 P.4-59
岡村さんは、千木良雅弘・京都大名誉教授の著書の記述も紹介しました。千木良さんは、地層処分全てに反対という考えではありませんが、地質構造が複雑な地域では、実現性が低いと述べています*6。
「(神恵内村と寿都町)どちらも、おそらく足を踏み入れてはいけない地域である。なぜならば、両地域ともに、極めて不均質で複雑な中新世*7 の火山岩類からなるからである」 「これらの火山岩類は主に海底火山の噴出物からなり、少し離れるだけで地質状況が全く変わってしまう場合も普通であり、しかも高透水な層を含んでいる。残念なことに、現在の技術では、このような地質構造を非破壊で明らかにすることは困難である」
*6 千木良雅弘 高レベル放射性廃棄物処分場の立地選定―地質的不確実性の事前回避― 2023年 近未来社 p.153
*7 約2300万年前から約530万年前
■ NUMO「くわしく調べて対応する」、専門家「無理がある」
NUMOの兵藤部長は「地下水の流れは岩盤の水の通しやすさだけでは決まらない。地下水の圧力の傾きで決まる。下の方から上に出ていくようなことはない」と解説しました。
これに対し、岡村さんは「処分場を作るときや、実際に持ち込む際に、岩盤の壁から地下水が坑道内に入るかもしれない。その時に放射性廃棄物と地下水が接触する。人工的にそういうものを作るのはリスクがある」とNUMOの説明では納得できない点を挙げました。
岩盤が不均質という問題について、兵藤部長は「調べて、解析して、いろいろ組み合わせて対応していく」と説明。
一方、岡村さんは「神恵内や寿都のような不均質な地質の場所で、工学的な知識を総動員してまで場所を選定すること自体に、かなり無理がある。10万年保証するのは難しいのではないか」と述べました。
■泊原発が想定している活断層ですら、NUMOは軽視
岡村さんは、積丹半島の西岸沖にある活断層についてもNUMOの評価に問題があると指摘します。
神恵内村役場から南東約13キロに、北海道電力の泊原発があります。この原発が想定している活断層を、NUMOは「可能性が低い」として考慮していないのです。
北海道電力も積丹半島西岸の活断層を当初は想定していませんでした。しかし原子力規制委員会が2019年3月に、既往の文献、地質構造、海底地形の状況、地震活動などの状況から「積丹半島西岸沖に活断層が想定されることが否定できない」と指摘*8。
そこで北海道電力は想定を変え*9、積丹半島西側に長さ32キロの活断層を想定して、その揺れが泊原発にどんな影響を与えるか検討しています(地図2)*10。この活断層は、神恵内村の全域の地下に潜り込んでいます。
*8 原子力規制委員会 原子力発電所の新規制基準適合性に係る審査会合 第452回 議事録2017年3月10日 p.44
https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11339083/www.nsr.go.jp/data/000184711.pdf
*9 北海道電力 泊発電所 敷地ごとに震源を特定して策定する地震動について 2021年3月19日 p.5
https://www2.nra.go.jp/data/000346499.pdf
*10 北海道電力 泊発電所3号炉 基準地震動の策定について 2023年6月9日 p.26
https://www2.nra.go.jp/data/000435211.pdf
ところがNUMOはこの活断層は「可能性が低い」として、地層処分を避ける基準に該当しないという判断をしています。「北海道電力が示した断層モデルは、発電所を直接破壊するかの観点ではなく、発電所に影響する地震動の観点から仮に設定されたもので、断層の活動年代や断層のずれが確認されたものではありません」と説明しています。
しかし岡村さんは「活断層の周辺は、地表に現れていない断層も含め、広い範囲で変動のリスクが高くなっている」と懸念を示しました。例に挙げたのは、2018年9月に発生した北海道胆振東部地震です。よく知られていた活断層「石狩平地東縁断層帯」から約15キロも離れたところで、高さ約16キロ、幅約14キロの断層面が1.3メートルもずれ、この地震を引き起こしたからです。
「事前の調査で、活断層から離れた場所でのずれが予測できるのか。地震学の水準はそこまで達していない。地質学や地震学は完璧だとは思っていない。わからないことはたくさんある」と岡村さん。
地震や活断層などを巡り、「詳しく調査した。問題ない」と主張する電力業界と、「心配だ」という研究者の間でリスク評価が食い違い、その後の調査や実際に発生してしまった地震によって、電力業界側の間違いが明らかにされた事例がいくつもあります。次回の記事では、それも見ていきます。(つづく)
【添田 孝史(そえだ・たかし)】
科学ジャーナリスト。1964年生まれ。大阪大学大学院基礎工学研究科修士課程修了。90年朝日新聞社入社。大津支局、学研都市支局を経て、大阪本社科学部、東京本社科学部などで科学・医療分野を担当。原発と地震についての取材を続ける。2011年5月に退社しフリーに。東電福島原発事故の国会事故調査委員会で協力調査員として津波分野の調査を担当。著書に『原発と大津波 警告を葬った人々』『東電原発裁判』(ともに岩波新書)などがある。