福島原発事故を巡り、業務上過失致死傷罪で強制起訴された東電の勝俣恒久元会長ら旧経営陣3人の控訴審判決で東京高裁は18日、全員を無罪とした1審・東京地裁判決を支持し、検察官役の指定弁護士側の控訴を棄却しました。
石田省三郎弁護士ら検察官役の指定弁護士は「長期評価の信頼性を全面的に否定し、国の原子力政策に呼応する判決だ」と判決を厳しく批判しました。巨大津波を想定した長期評価は国の機関である地震調査研究推進本部がまとめたものなのに、それを裁判所が信頼性がないと評価するというのはどういう了見なのでしょうか。
また控訴審で、検事側の「防潮堤の建設や原発施設の建屋が浸水しないようにする『水密化』などの対策を講じれば事故は回避できた」という主張を「事後的に得られた知見」と断じていますが、それは誤りで、福島原発の設置レベルが想定津波高さに対して特異的に低かったことは原子力関係者間で共通認識になっていて、侵入経路の防水化や海水ポンプの水密化が必要なことは06年の段階で東電自身が認めていたことです。
検事側の専門家の証人申請を拒否しておきながら、事実と異なる判示をするとは不誠実であり、「結論ありきの判断としか思えない」、「原発事故が起きたら、とんでもない事態になるという問題意識が全くなく、裁判所が政治的判断をした」という誹りは免れません。
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指定弁護士「裁判所が政治的判断」 東電強制起訴、再び無罪判決
毎日新聞 2023/1/18
東京電力福島第1原発事故を巡り、業務上過失致死傷罪で強制起訴された勝俣恒久元会長(82)ら東電旧経営陣3人の控訴審判決で東京高裁は18日、全員を無罪とした1審・東京地裁判決(2019年9月)を支持し、検察官役の指定弁護士側の控訴を棄却した。
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判決主文が言い渡された午後2時過ぎ、福島原発刑事訴訟支援団のメンバーは「全員無罪 不当判決」と書かれた紙を東京高裁前で掲げた。集まった約100人の支援者らは「福島を返して」などと声を上げた。
石田省三郎弁護士ら検察官役の指定弁護士は東京・霞が関で記者会見し「長期評価の信頼性を全面的に否定し、国の原子力政策に呼応する判決だ」と判決を厳しく批判した。
控訴審で指定弁護士側は、防潮堤の建設や原発施設の建屋が浸水しないようにする「水密化」などの対策を講じれば事故は回避できたと主張した。しかし、高裁は「事後的に得られた情報や知見を前提にしている。事故を回避する可能性があったという証明は不十分」と一蹴した。
石田弁護士は「原発事故が起きたら、とんでもない事態になるという問題意識が全くない。裁判所が政治的判断をした」と指摘した。指定弁護士の渋村晴子弁護士も、地震の専門家の証人尋問や原発の現場検証を裁判長がいずれも却下したことに触れ「我々の証拠申請を却下しておきながら『立証が不十分』という指摘は全く成り立っていない。重大事案の判決を書く際に現場に行かないのは非常に問題だ」と批判した。
ただ、指定弁護士側は、上告について「判決内容を詳細に分析して検討する」と述べるにとどめた。
東電旧経営陣を刑事告訴した福島原発告訴団も記者会見し、団長の武藤類子さん(69)は「きちんと責任を取るべき人が責任を取ることが、次の事故を起こさないために重要だ。この判決を確定させてはいけない」と訴えた。告訴団代理人の海渡雄一弁護士は「非常に無責任。司法がこのような状態で、原発を再稼働したら次の事故が起こると思う」と述べた。【遠藤浩二】
「結論ありきの判断」「原子力行政に忖度」 被災地、怒りと不満 東電旧経営陣二審も無罪
河北新報 2023/1/19
古里の暮らしを破壊した未曽有の事故の刑事責任はまたも問われなかった。東京電力福島第1原発事故を巡り、強制起訴された旧経営陣3人を一審に続き無罪とした18日の東京高裁判決。被害者側の弁護士は「結論ありきだ」と批判。被災地の住民は「けじめもつけずに原発を推進するのか」と怒りを募らせた。
■「けじめもないまま」
「残念でならない」「国に忖度(そんたく)しているのか」。東京電力旧経営陣に再び無罪判決が言い渡された18日、原発事故の被災者からはため息と憤りの声が漏れた。
福島県富岡町から仙台市に避難し、富岡との2拠点生活を送る自営業白土栄一さん(74)は「本当に残念だ。しっかりけじめもつけないまま国が原発を推進していくというのはいかがなものか」と怒りの声を上げた。
国が原発回帰へ政策転換したことを踏まえ「裁判所も国に逆らえない部分があるのだろう」と推測。「原子力行政への忖度を感じざるを得ない」と批判し、「上告したとしても、我々が期待する有罪を勝ち取るのは難しいだろう」と肩を落とした。
「お先真っ暗な判決。古里に帰りたくても帰れずにいる人の思いを全く酌んでくれていない」。福島県浪江町から二本松市に避難する飲食店経営芹川輝男さん(73)は落胆した。
原発事故で地域コミュニティーを失ったとして東電に損害賠償を求める古里喪失訴訟の原告団長を務める。「事故は経営陣が津波に対する措置を講じなかったために起きた人災だ」と一貫して訴えてきた。
多くの民事訴訟で国や東電の責任が認められているのに、有罪認定されない刑事訴訟の高いハードル。「一般市民の感覚ではどうしても理解できない」と首をかしげた。
「今回のような判決では事故の責任を誰が取るのか分からず、同じ事故を繰り返すことになる。原発推進はもってのほかだが、もしやるのであれば、事業者の責任を明確にしてから進めてほしい」と注文を付けた。
■真逆の結論
18日の東京高裁判決を受け、閉廷後に東京・霞が関で記者会見した事故被害者側は「命や生活を奪われた被害者、遺族の納得を得られない判決だ」と不満をあらわにした。
「結論ありきの判断としか思えない」。被害者代理人弁護士の海渡雄一弁護士(第二東京弁護士会)は会見席から身を乗り出して非難した。
海渡弁護士は、福島第1原発事故の株主代表訴訟の株主側弁護団の共同代表。東京地裁での訴訟では昨年7月、旧経営陣4人に総額計13兆円超の賠償を命じる判決を勝ち取った。
しかし、今回の判決は同じ証拠を基にしているのに真逆の結論となった。一審判決と同様、国の地震予測「長期評価」(2002年公表)の信頼性を否定。事故対策の基となる知見には「現実的な可能性がない」と繰り返し強調し、検察官役の主張をばっさりと退けた。
「高裁の裁判官は原発事故の被害を軽視し、事故に至る経緯の認識を欠いている」と海渡弁護士。「現場に足を運び、問題の本質に目を向けてほしかった」と怒りが収まらない様子だった。
株主側弁護団長の河合弘之弁護士(第二東京弁護士会)も長期評価を無視した判決を批判した。「具体的な話を知らなかったから免責されるという理屈が平気でまかり通っている」と語った。
「私たちが経験した事故後の苦しみを二度と誰にも味わってほしくない」と声を震わせたのは、福島原発告訴団の武藤類子団長(69)=福島県三春町=。検察官役の指定弁護士に上告を求める意向を明らかにし、「諦めることなく、原発事故の責任の所在を引き続き追及しなければならない」と言葉に力を込めた。
■想定通り妥当な判決
元検事の郷原信郎弁護士(第一東京弁護士会)の話
想定通りの妥当な判決だ。東電旧経営陣の賠償責任を認めた株主代表訴訟と事実認定は変わらない中、刑事訴訟で求められる立証レベルの違いが浮き彫りになった。株主代表訴訟は、本件に向けた検察の捜査で得た証拠で賠償責任が認められており、本件裁判の意義はあった。刑事責任がないことと、責任がないことは同じではない。民事と刑事の違いを冷静に受け止めるべきだ。
■個人の責任追及困難
企業の危機管理に詳しい山本憲光弁護士(第一東京弁護士会)の話 大規模事故だからといって予見可能性の立証の程度を低く考えるわけにはいかない。経営者個人に刑事責任を問うまでには至らないという判決で、刑事訴訟の限界であるとも捉えられる。組織内で個人の刑事責任を追及するのは難しい。刑事訴訟の場で、重大事故を起こした責任を追及するのであれば法人罰や組織罰の規定について検討する必要がある。