2021年1月26日火曜日

菅首相の「温暖化ガス排出ネットゼロ」は原発「再稼働・新設」の宣言

 元ロイター通信編集委員のジャーナリスト・鷲尾香一氏が、「菅首相『温暖化ガス排出ネットゼロ』は原発『再稼働・新設』の宣言」とする記事を出しました。

 それによると、菅首相が打ち出した「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」には、堂々と原発の再稼働と新炉の開発が盛り込まれていて、政府は言を左右にするものの「50年には原発を現在よりも大幅に新設する」ことを示しているとしています。それは経産省が策定した「30年度のエネルギーミックス」から「30年度には原発20基以上の稼働が導かれる」のと同様で、政府の「原発を増設する」という確固たる意思を示したものに他なりません。

 しかし「海水の暖め器」と呼ばれる原発を大々的に稼働させることは、「地球の温暖化を改善する」ことに真っ向から反するものであり、そもそも話になりません。
 本気でカーボンニュートラルを目指すのであれば原発ではなく再生エネを拡大させるしかありません。そのためには、再生エネを安定的電源にするために必要となる高性能で低価格の蓄電設備の開発を目指すことが必須で、それにこそ集中すべきです。
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菅首相「温暖化ガス排出ネットゼロ」は原発「再稼働・新設」の宣言
                    鷲尾 香一 時事通信 2021年1月25日
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 政府はいつの間に「原子力発電所を再稼働」し、さらには「原子力発電所を新設」することを決めたのか――。
 菅義偉首相が打ち出した「2050年までに温暖化ガス排出量ゼロ目標」を達成するための「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」には、堂々と原発の再稼働と新炉の開発が盛り込まれている。

あっさり覆った「所信表明」
 菅首相は2020年10月26日の所信表明演説で、「2050年までに温暖化ガスの排出量を実質ゼロにする」と宣言した。そして具体的方針として、
「省エネルギーを徹底し、再生可能エネルギーを最大限導入するとともに、“安全最優先で原子力政策を進める”ことで、安定的なエネルギー供給を確立します。長年続けてきた石炭火力発電に対する政策を抜本的に転換します」
 と打ち出した。
 しかし、ここから政府答弁は“右往左往”する。10月28日には加藤勝信官房長官が、
「現時点で政府として原子力発電所の新増設、リプレイスは想定していない」
 と“火消し”に回った。さらに、同日の衆議院本会議の代表質問で菅首相も、
「徹底した省エネ、再生エネの最大限の導入に取り組み、“原発依存度を可能な限り低減”する」
 と答弁し、所信表明時の発言を覆した。
 だが、この「原子力発電所の新増設、リプレイスは想定していない」「原発依存度を可能な限り低減する」という発言は、2カ月後にまたもや覆される
 12月25日、経済産業省を中心に政府の「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」が公表された。この中には原子力について、
「確立した脱炭素技術である。可能な限り依存度を低減しつつも、安全性向上を図り、引き続き最大限活用していく。安全最優先での再稼働を進めるとともに、安全性に優れた次世代炉の開発を行っていくことが必要である」
 と明記されている。
 つまり、「原発を再稼働し、次世代炉を開発した上で最大限活用する」ということだ。

世論と政府の温度差
 国内の原発は、2011年の東日本大震災による東京電力福島第1原子力発電所事故によって、2012年に54基あるすべての原発が稼働を停止した。原発を再稼働するためには、原子力規制委員会の規制基準に適合することが条件となっている。現在の原発稼働状況は以下のとおりだ。
 原子力規制委員会による審査に適合した9基が再稼働しているが、審査に適合しても地元自治体の合意を受けられず、再稼働待ちの原発が6基含まれる。審査に適合しても再稼働するまでには5年近い期間が必要となっている。
 日本原子力文化財団による2019年度の世論調査(2019年10月)では、「原子力発電を増やしていくべきだ」2.0%「東日本大震災以前の原子力発電の状況を維持していくべきだ」9.3%「原子力発電をしばらく利用するが、徐々に廃止していくべきだ」49.4%「原子力発電は即時、廃止すべきだ」11.2%となっており、原発廃止の支持が半数以上となっている。
 それでもグリーン成長戦略では、「原発を再稼働し、次世代炉を開発した上で最大限活用する」ことが盛り込まれているのだ。
 伏線はあった。菅首相の所信表明の翌27日、自民党の世耕弘成参院幹事長は記者会見で、
「原発は安全に配慮しながら再稼働を進め、新技術を取り入れた原発の新設も検討することが重要だ」と述べている。
 安倍晋三前政権では、経済産業省出身の今井尚哉首相補佐官(当時)が安倍前首相の寵愛を受けていたことから、原発の再稼働に前向きな姿勢だった。原発の新増設を言い出した世耕氏も経産相の経験者で、官邸内の経産省閥が原発を推進している構図だった。
 政権が菅首相に代わっても、経産省が原発利用に前向きであり、グリーン成長戦略を作成した経産省が原発の再活動と新設を“潜り込ませた”のは当然のことだろう。

「新設」でも「依存度低減」のロジック
 では、現実問題に目を向けてみよう。グリーン成長戦略では、2050年の電力需要が現状より30~50%増加し、約1.3~1.5兆kWh (キロワットアワー)になると予測している。これは、産業・運輸・家庭部門など様々な部門で電化が進むためだ。
 たとえば、電気自動車を普及させ、ガソリン自動車を削減すれば、ガソリンの使用量は減少するが、その分の電気が必要になる。二酸化炭素(CO2)を発生する燃料を減少させる=電力が増加するということだ。だが、CO2の大幅な削減のためには、電力部門の脱炭素化が大前提となる。
 では、どうやって電力量を増加させるのか。グリーン成長戦略では、
「全ての電力需要を100%再エネ(再生可能エネルギー)で賄うことは困難と考えることが現実的」
 とした上で、発電量の約50~60%を再エネ、10%程度を水素・アンモニア発電、30~40%程度を原子力・CO2回収前提の火力発電としている
 発電能力が1基1GW=ギガワット(100万kW=キロワット)だとすれば、通常通り設備利用率を70%と仮定した場合、2050年に原子力・CO2回収前提の火力発電で30~40%程度の電力を賄うためには、64基から98基の発電所が必要だ。
 このうちCO2回収前提の火力発電をどの程度の割合とするのかは不明だが、CO2回収前提の火力発電は、先行しているカナダでも120MW=メガワット(1MW=1000kW)でしかないことを前提とすれば、そのほとんどは“原発に頼らざるを得ない”ということになろう。
 原発の発電量は現状でも全体の6%程度だ。原子炉等規制法では「原発の運転期間は原則40年」という期限が定められている。現在国内にある原発は、運転期間を40年とすれば、2050年には3基しか残らない
 審査により運転期間の延長が認められ、すべてを60年間運転したとしても、2060年に運転している原発はわずか8基で、その発電量は全体の5%程度にとどまる。
 つまり、菅首相は2050年までに温暖化ガス排出量をゼロにするためには、原発を再稼働するばかりか新設しなければならないことを最初からよくよくわかっていたはずなのだ。
 要するに、菅首相の、「原発依存度を可能な限り低減する」との答弁は、正しくは、
「2050年には、原発を現在よりも大幅に新設せざるを得ないが、それでも原発依存度は可能な限り低減する」ということになる。
 菅首相は国民の原発に対する不信感や廃止支持をよそに、こうした事実を一切説明することなく、「2050年までに温暖化ガス排出量ゼロ目標」を打ち出したのである。そして、批判を受けるやその場限りの真逆の説明をしてごまかす、という姑息な手も使った
 菅首相は通常国会で、「グリーン成長戦略」について詳細に説明を行った上で、国民の声を聴き、今後の原発利用の方針を明確にするべきだろう。(2021年1月)
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【筆者紹介】金融ジャーナリスト。本名は鈴木透。元ロイター通信編集委員。外国為替、債券、短期金融、株式の各市場を担当後、財務省、経済産業省、国土交通省、金融庁、検察庁、日本銀行、東京証券取引所などを担当。マクロ経済政策から企業ニュース、政治問題から社会問題まで様々な分野で取材・執筆活動を行っている。