2021年1月2日土曜日

新潟県内 野生の食用キノコ事情

 11月3日「魚沼きのこの会」のメンバー10数人による恒例(年3、4回)のキノコ狩りに同行した毎日新聞の記者が、新潟県魚沼地方を中心とする「野生の食用キノコ」の事情について報じました。
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原発事故で野生キノコ食用自粛に…文化の継承と安心、両立させる仕組み必要
                          毎日新聞 2021年1月1日
 2021年、東日本大震災による東京電力福島第1原発事故から10年になる。東電柏崎刈羽原発は原子力規制委員会の全審査を終え、焦点は再稼働の地元同意の可否に移った。この10年、東電の二つの原発と新潟はどのように関わり、新潟に何をもたらしたのか——。県内の人々への取材を通じ、改めて考えたい。【井口彩】
 紅葉が山を彩る11月3日。湯沢町の公園に「魚沼きのこの会」のメンバー十数人が集まった。
 事務担当を務める同町の大竹文雄さん(64)が説明した。「チャナメツムタケにムキタケ、ムラサキシメジ……。今の時期、山にはおいしいキノコがいろいろあります」
 同会は1995年、魚沼地域のキノコ研究を深めようと発足。年に3、4回集まってキノコを採りに行ったり、持ち寄ったキノコの品評会をしたりしてきた。居住地は県内外を問わない。参加目的も「キノコの種類を知りたい」「珍しいキノコを探してみたい」などとさまざまだ。
 一行は、数組に分かれて周辺の山の中へ。記者は会長の中平隆政さん(67)=南魚沼市=とともに同町三俣の山に入った。一見するとただ落ち葉が積もっただけの地面に、目をこらすと大小さまざまなキノコが顔をのぞかせている。
 山に入って30分ほどたったころ「こっちにナメコがありました!」と声が上がった。見ると、コナラの木に二、三十個のナメコがびっしり生えている。下からすくうようにもぐと、簡単に採れた。
 約1時間半、キノコ採りをした後は、町の料理店で納会をした。けんちん汁やチキンのトマト煮込み、白あえなど、色とりどりの料理がテーブルに並ぶ。大竹さんが採り、店に提供したキノコがほとんどの料理に使われている。
 記者も一緒に食べた。普段食べているキノコよりも格段に風味や食感がいい。「こんなにおいしいものが、食べられなくなっているなんて」。頭の中にこんな感想がよぎった。なぜならこのキノコは、出荷・食用自粛の対象だからだ。
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 魚沼地方では、古くからキノコや山菜などの山の幸を採って食べる文化が受け継がれてきた。冬になれば、高さ数メートルの白壁がそびえる日本一の豪雪地帯。春から秋にかけて収穫されるキノコは、農作物の採れなくなる冬場の貴重な栄養源だった。
 同会メンバーで、十日町市・松之山温泉の旅館「凌雲閣」で16年まで約30年にわたり料理人を務めた滝沢博さん(73)も、幼いころからそうした文化に慣れ親しんだ一人だ。「採ったキノコを塩漬けしたり乾燥させたりする保存法は、自分も近所の人もみんな生活の中に取り入れていた」と振り返る。
 しかし福島原発事故で、湯沢町のキノコを巡る状況は一変した。
 12年10月、同町三国の山中で採れた「シロヌメリイグチ」から、国の基準値「1キロ当たり100ベクレル」の4・5倍に当たる、1キロあたり450ベクレルの放射性セシウムを検出。同月に県が実施した緊急調査では、湯沢 ▽神立 ▽土樽 ▽三俣 ▽三国——の同町5地区で採取された野生キノコ7種でいずれも基準値を下回ったが、県は「まだ安全とは言い切れない」として出荷・食用の自粛を呼びかけた。
 同町産の野生キノコは、以後も断続的に基準値を超える放射性物質を検出している。19年7月にはナラタケのみ解除されたが、湯沢町の野生キノコはいまだに自粛要請が続いているのだ。
 高齢化で、キノコ採りに山に入る人が減り、キノコを食べる文化が姿を消し始めつつある中で起きた原発事故。「我々の仲間でも、事故後にキノコを食べなくなった人がいた」(滝沢さん)。町の直売所でキノコを売ったり、旅館で地物のキノコ料理を出したりすることも自粛しなければならなくなった。
 それでも、同会では変わらず湯沢町でキノコを採り、食べてきた。「高い数値が出たのは町の公園の中の水が集まってくるところ。放射性物質は水とともに集まりやすいから、それ以外は問題ない」というのが、メンバーの共通見解だからだ。中平さんは淡々と語る。「気にする人は食べなければいいし、気にしない人は自己責任で食べる。自分としては、(高齢で)先もないし、放射性物質の影響を受ける確率よりも、毒キノコの方がよっぽど怖いですよ」
 キノコを食べる文化は、食べる人がいないと守れない。彼らは、意図こそしていないが、脈々と続いてきた食文化を絶やさないよう持ちこたえる一つの“とりで”になっているのではないか
 食文化の継承か、食の安心か——。放射性物質の専門家は、この二つを両立させる仕組みが必要だと指摘する。
 放射性物質による植物や土壌への影響を研究する、量子科学技術研究開発機構の田上恵子グループリーダーは、そもそも「いまの基準を超えるキノコを食べたとしても、健康には全く影響がない」と断じる。
 現行の基準は1キロ単位の数値を基に決められているが、1キロものキノコを一度に食べることはそうなく、採れる時期も限られる。摂取する放射性物質の量は、毎日食べるコメなどに比べて少なく、身体への害が出るレベルまで被ばくするとは考えにくいという。
 安心して食べられる「上限値」が日本にはないことも問題だという。田上さんによると、1986年のチェルノブイリ原発事故で影響を受けたノルウェーでは、キノコを餌にするトナカイの肉を食べる先住民族の文化を守ろうと、年間に食べる上限量を決めた上で、1キロ当たり数千ベクレルのトナカイ肉の食用を認めた
 田上さんが強調するのは、リスクをきちんと評価することだ。「政府による保証がないために、基準値を超えたものを食べることに対する『罪悪感』が生まれてしまう。基準値を確実に超えない種類は規制を外すなど、キノコを食べる文化を守りつつ、できることがあるのではないか」

1キロあたり760ベクレル
 県内の農産物から検出された放射性セシウムの最高値。2012年に十日町市で捕獲された熊肉から検出した。国は熊肉の出荷制限を指示し、20年10月に一部解除された。山菜のコシアブラも14年から津南町、魚沼市、南魚沼市、湯沢町で同116〜220ベクレルを検出。現在でも4市町で国による出荷制限が続いている。