東電のみならず政府(経産省)までも福島第1原発で増え続けるトリチウム含有水を海に放流しようとしています。経産省は貯留された汚染水を1年間で海洋や大気に全量放出しても、年間被ばく線量に比べ約1600分の1~約4万分の1にとどまるとして「影響は十分に小さい」との評価を政府の小委員会に示しました。
まずトリチウムによる放射能は弱いということを盛んに強調しておいてから、今度は地球上の海水でそれを希釈すればとか、大気で希釈されればという議論を展開するわけです。
福島原発で保有されているトリチウムの総量は860兆ベクレルと推定されています。それだけの莫大な放射能でも、海水なり大気なりで希釈されれば驚くほど低くなってしまうのは当然のことです。
これまで水質汚濁防止法や大気汚染防止法で、海水や大気で希釈された値で論じたケースは皆無です。全て工場排水口や煙突の排気口で規制しています。それを何故、放射能だけは希釈後の値を基準に論じられるというのでしょうか。
トリチウムの害悪を放射線レベルで論じようというのもまた大いなる誤りです。何よりも先ずトリチウムは水素として細胞に取り込まれて長く体内に留まり内部被曝させます。DNAの中にも入り込み、二重らせん構造を結合させる水素として取り込まれると、トリチウムがベータ崩壊してヘリウムに変わった時点で結合力がなくなるので、DNAは不完全なものになります。この点を無視して放射線量を論じるのは欺瞞です。
日刊ゲンダイが、トリチウムの害悪を強調する北海道がんセンターの西尾正道・名誉院長に「注目の人 直撃インタビュー」を行いました。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
注目の人 直撃インタビュー
西尾正道氏 原発汚染水の海洋放出は人類への“緩慢な殺人”
日刊ゲンダイ 2019/12/02
最近はすっかり“安全運転”になっている小泉進次郎環境相だが、就任直後、まず発言に窮したのが福島第1原発の汚染水問題だった。前任大臣が離任直前「海洋放出しかない」と“宿題”を投げ、小泉氏の見解に注目が集まったのだ。敷地内での保管に限界が迫り、海洋放出論は加速している。これに強く警鐘を鳴らすのが、内部被曝を利用したがんの放射線治療に長年携わってきた医師で北海道がんセンター名誉院長の西尾正道さん。がんと核をめぐる闇を語った。
◇ ◇ ◇
――放射能汚染水の処理について海に投棄されれば希釈されて大丈夫だという声もありますが反対の立場ですね。
大量の汚染水は貯蔵の限界に迫っています。汚染水放出について、国の有識者会議は5つの処分方法を提示しています。費用は34億円から3976億円の幅がありますが、一番安価なのが海洋放出。だから海洋放出をしようとしているわけです。しかし、廃炉が決まった福島第2原発の敷地は広大に空いていますから、そちらに大きなタンクを造り貯蔵すればよいのです。
――自然界にも放射性物質はあるから、放出は安全だという声もあります。
自然界の放射性物質はもともとごく微量で、ほとんどが大気中核実験や原発稼働によって自然界が汚染されて急増したものです。このため放射性物質であるトリチウム(三重水素)は1950年の約1000倍の濃度になっています。汚染水に大量のトリチウムが含まれるから危険なのです。
――どのように危険なのでしょうか。
トリチウム(半減期は12・3年)はベータ線を出しヘリウムに変わりますが、水素としての体内動態を取ります。細胞内の核の中にも水素として入り放射線を出します。このため、低濃度でも人間のリンパ球に染色体異常を起こすと、74年の日本放射線影響学会で報告されています。ドイツでも原発周辺のがんと白血病の調査をして、子どもに影響があると結果が出ています。
カナダでもトリチウムを大量に排出する重水炉型原発の周辺で小児白血病の増加、新生児死亡の増加、ダウン症などの健康被害が報告されました。米国でも原発立地地域では乳がんが多い。トリチウムは脂肪組織での残留時間が長いためです。これらは統計的にも有意です。原発から近いほど濃度が高いのです。
――稼働させているだけで放射性物質が放出されれば原発はクリーンエネルギーとはいえませんね。
日本でも全国一トリチウム放出量が多い佐賀県の玄海原発の稼働後に、白血病死亡率が高まりました。北海道でも泊原発のある泊村は原発稼働後数年して、がん死亡率が道内市区町村でトップになりました。加圧水型原子炉はトリチウムの排出量が多いからです。ノーベル物理学賞受賞者の小柴昌俊さんも2003年に「トリチウムを燃料とする核融合はきわめて危険で、中止してほしい」という嘆願書を当時の小泉純一郎首相に提出しています。
■DNAに取り込まれ内部被曝が続く
――トリチウム被曝はどのようなメカニズムで人体に影響するのですか。
まず内部被曝は、取り込まれた放射性物質の周囲の細胞だけを被曝させます。トリチウムのベータ線は体内で約10マイクロメートル(0・01ミリ)の距離しか届きませんが、トリチウムは水素として細胞に取り込まれて内部被曝させます。体内の有機物と結合して有機結合型トリチウムになり、排泄が遅くなり、体内に長くとどまります。
DNA(デオキシリボ核酸)の中にも入り込み、また遺伝情報を持つDNAを構成している塩基の化学構造式の中にも水素として取り込まれ、ベータ線を出してヘリウムに変われば塩基の化学構造式を変化させ、健康被害につながります。また、遺伝情報を持つDNAの二重らせん構造は4つの塩基で構成されていますが、この二重らせん構造は水素結合力でつながっているので、水素として取り込まれたトリチウムがヘリウムに変われば水素結合力も失われます。
――化学構造式まで変える特異な放射性物質だと。これまでトリチウムの内部被曝についてあまり耳にしませんでした。
目薬も全身ではなく目に滴下するから効くわけです。同様に放射線は当たった細胞や部位にしか影響しません。放射性微粒子が鼻腔内に付着すれば鼻血の原因にもなるのです。内部被曝の放射線量をまったく当たっていない部位まで含めて全身化換算してシーベルト(Sv)で評価するICRP(国際放射線防護委員会)理論では、内部被曝の数値は超極小化されてしまって、内部被曝の人体影響は評価できません。
――内部被曝がピンポイントで被曝することをICRPは誤読させている。
原爆製造のマンハッタン計画に関わった核物理学者を中心につくられたNCRP(米国放射線防護審議会)が、衣替えをして1950年に設立したのがICRPなのです。ICRPは内部被曝に関する審議を打ち切り、内部被曝を隠蔽・軽視し、原子力政策を推進してきました。ICRPは国際的な原子力推進勢力から膨大な資金援助を受けてきた民間のNPO団体に過ぎませんが、その報告をもとに各国はさまざまな対応をしてきました。実証性のないエセ科学にもかかわらず。
このままでは日本人の3分の2ががん患者
――日本はどうでしょう。
日本政府もトリチウムが危険だとわかっているからこそ隠してきました。米国は広島・長崎の原爆投下後も残留放射線や内部被曝はないとし、その後の歴史は内部被曝を隠蔽・軽視する姿勢が続いています。がんは50年ごろから世界中で増えています。がんは生活習慣病ではなく生活環境病なのです。
日本では40歳代から死因のトップががん死となりました。このままいけば日本人の3分の2ががんに罹患するでしょう。これからの日本社会は放射線被曝だけではなく、農薬の残留基準値も世界一緩いデタラメな対応と遺伝子組み換え食品の普及による多重複合汚染の生活環境により、健康が損なわれると思います。
■科学には表と裏、光と影がある
――現代版「複合汚染」による健康被害があると。
それにトリチウムの排出規制基準も日本は異常に緩く、日本の飲料水基準は1リットル当たり6万ベクレルです。これは日本で最初に稼働した福島第1原発が年間20兆ベクレルのトリチウムを排出していたことから、国は放出基準を22兆ベクレルとしました。それが理由で、医学的な根拠はまったくありません。
ちなみにWHO(世界保健機関)が1万ベクレルで、米国が740ベクレルです。日本政府は「小学生のための放射線副読本」でも放射性物質は人体への影響はないと嘘の安全・安心神話をばらまいていますが、国民はICRPのフェイクサイエンスとデタラメな行政の催眠術から目を覚ますべきです。
――汚染水が海洋放出されると内部被曝はさらに悪化しますね。
トリチウムは食物連鎖で次々に生物濃縮します。動物実験で母乳を通して子どもに残留することも報告されています。処理コストが安いからといって海洋放出することは人類に対する緩慢な殺人行為です。
――原発敷地内にたまってしまった汚染水の解決方法はありますか。
汚染水からトリチウムを分離する技術を近畿大学が特許申請中で、それが実現すれば海に流すことができます。汚染水の原因となっているメルトダウンをロボットを使用して処理しようとしていますが、ロボットのCPUも高線量が当たれば壊れます。最終的にはチェルノブイリ原発と同様に原子炉全体を箱に入れるように覆う石棺化しかありません。
――自著の「患者よ、がんと賢く闘え!」では、放射線の光と闇について書かれていますね。
放射線治療はまさに放射線の光の世界です。しかし、医学部教育の問題もあり、医師もよく理解していません。放射線の治療と診断はまったく別領域なのに、日本では診断学と治療学に講座が分かれている医学部は3分の1しかありません。
結果として日本のがん治療では放射線治療が上手に使用されていません。そのため放射線治療の啓発のために私は「市民のためのがん治療の会」という患者会活動を支援しています。科学や情報には常に表と裏、光と影が存在します。一番大切なことは科学的に議論をしていくことではないでしょうか。
(聞き手=平井康嗣/日刊ゲンダイ)
▽にしお・まさみち 1947年、函館市生まれ。札幌医科大学卒業後、国立札幌病院・北海道地方がんセンター(現北海道がんセンター)放射線科に勤務、約40年間がん治療の現場で放射線治療を続ける。2013年4月から現職。「市民のためのがん治療の会」を主宰。07年北海道医師会賞、北海道知事賞受賞。医学領域の専門学術論文など著書多数。