2020年12月7日月曜日

07- 「若い子は精子もだめになっちゃいますよ」~ 被ばく量ごまかしの“カラクリ”

  福島第一原発に潜入取材した鈴木智彦氏による『 ヤクザと原発 福島第一潜入記 』より、一部を転載した「『原子炉の中で飯食ってるようなもん』 ~ 」の後編です。

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「若い子は精子もだめになっちゃいますよ」 
   原発潜入記者が見た、被ばく量ごまかしの“カラクリ”
                  鈴木智彦 文春オンライン 2020年12月6日
「原子炉の中で飯食ってるようなもん」 3.11後、原発協力会社幹部が明かした“実態” から続く
 30年近くヤクザを取材してきたジャーナリストの鈴木智彦氏は、あるとき原発と暴力団には接点があることを知る。そして2011年3月11日、東日本大震災が発生し、鈴木氏は福島第一原発(1F)に潜入取材することを決めた。7月中旬、1F勤務した様子を『 ヤクザと原発 福島第一潜入記 』(文春文庫)より、一部を転載する。         (全2回の2回目)
                   ◆◆◆
除染しない車両
 裏取りのため、別の業者に当たった。サーベイメーターの小細工を伝えると、業者も東電関連会社の社員もあっさり認めた。
「メーカーの社員や現場監督なら誰でも知ってる。現実的に……作業員はJヴィレッジから出てこれないんです。汚染がひどくて。
車もJヴィレッジから出しちゃいけない。一度中に入れたものをそのまま素通りして出すとかって、考えられない。だから今までの値の感覚がみんなおかしくなっちゃってる。流れ作業でスクリーニングして、はいオッケー。みんな汚染してます。かなり。たとえば現場に行くとき履いた靴はもう駄目なんです。毎日新品に履き替えるわけにはいかないけど、自分はサーベイ持ってたんで、1カ月で10足は靴を替えました」(震災当日から復旧に当たっている地元の協力企業社員)
 彼が憤慨しているのは、Jヴィレッジでの車両除染についてだった。
 建前上、20キロ圏内に入った車両は汚染を計測し、ひどく汚れている場合は敷地内で除染を行うよう決められている。だが、私自身、20キロ圏内に放置されていたトラックが、そのまま外部に出てくる様子を数回目撃している。そのうちの1台は、私自身が引き上げ作業に関わった。
「今日は車両をとりに行くから。バスに乗らないでくれ」
 シルバーのワンボックスカーで20キロ圏内に入った。1Fから10キロほど離れた峠道に深い緑色のメタリックカラーのユニックが停まっていた。最初の死亡事故を起こし、撤退した不二代建設の所有車両で、ガス欠のため2カ月近く放置されていたという。リーダー格のベテラン社員は、持参したポリタンクから軽油を補給し、手慣れた動作で燃料ホースのエア抜きを行った。あっけなくエンジンはかかった。ユニックの助手席に乗り、私はJヴィレッジに戻った。
除染しても「無駄だから」
〈あんな場所に長期間停めっぱなしだったから除染するだろう。どのくらいの時間がかかるか測ろう〉
 鞄にしまってあったデジタル腕時計を取り出し、ストップウォッチで計測した。1本目のタバコを吸い終わらないうちに、そのユニックはIHIの駐車場に到着した。
「なんもしないんですか?」
「無駄だから」
 もう1台の車両を引き上げにいった班は、正規の除染作業を行っていた。除染は事前予約制になっており、それを無視出来なかったのだ。30分ほど待たされたが、上会社の社員はたいそうご立腹の様子で「なんでいちいち除染してくんのよ!」と、下請け作業員を怒鳴りつけていた。こうした風景は単なる例外……モラルの低い社員がごく少数存在しているだけと勘違いしていたが、1Fの復旧では日常的な慣習だったのだ。
「除染……やったところでやりきれないってことはあるんです。いま、各地で除染が叫ばれるようになって、保育園とか小学校など、いろんな場所で始まりましたけど、基本的に土壌の除染は表面付近の土を取り除き、汚染されてない土と入れ替える。家なんかは高圧の水で洗う。でも、洗ったあとの水はどうしてるんですか。テレビとかニュースでみるとただ流してるようにしかみえない。だったら今度は土が汚染し、川が汚染し、海が汚染する。完全な除染なんて無理なんです。ゴムなんか絶対除染できない。放射性物質を取り込んで、放射化しちゃうからです。木材なんかもそう。目に見えない穴に入り込んじゃう。それを表に出そうと思ったら、表面を削り取らなきゃいけない。今頃ようやくそれをやり始めた。
 電力はばれたら困ると思ってるのか……半減期を過ぎて、ある程度落ち着いたタイミングでやってるのか分かりません。ほんと、なにをやってんのかな、って言いたいんですけど、(東電からは)それで出してくれと言われる。現実問題として、人や車を出さないと復旧作業が進まない。それは理解もできるけど……。
 マスコミも悪いですよ。線量しか注目しないし、言わない。そういうとこを突っつけば冷静でいられるはずがない。国から規制かかってるんですか? それがマスコミなんですか?」
 最後はこちらが責められる始末だった。逆ギレに近い態度ではあるが、業者たちの葛藤は窺えた。
あり得ない数値
 証言を集めていくと、不可解だった記憶が蘇ってきた。
 たとえば放管である。放射能を測定し、作業員の被曝を防ぐ係員たちは、どうみても私同様の素人に思えたのだ。言葉で表現するのは難しい。あえて言うなら危機感の欠落した表情で、シェルターでも無意味な改革ばかり繰り返していたとは指摘できる。7月、汗でグシャグシャになった下着は、シェルターの廊下部分に置かれたプラスチックケースに脱ぎ捨てる決まりになっていた。が、8月になって東芝の放管がそのルールを変え、それぞれに割り当てられた部屋に下着回収ボックスが設置された。運ぶ際に重い、というのが理由だ。ただでさえぎゅうぎゅう詰めのスペースがさらに狭くなる。作業員のことはまったく考慮されていなかった。
 白髪交じりの長髪で、ヒッピーのような風貌の放管—。
 ある朝のミーティングの際、彼は2階の喫煙所が完成したことを報告し、「喫煙所で座り込んでいる人がいますが、これからはそんなことのないように」と作業員に向かって指示を飛ばした。作業を終え、新設された喫煙所に行くと、当人が座り込んでタバコを吸っていた。そのすぐ横に彼が書いたのだろう、手書きの貼り紙があり、「座りタバコは禁止」と書いてあった。専門職独特の緊迫感がまるでない。
「本当の放管……ほとんどいませんよ。あいつら、放射能のプロですよ。あの汚染をみたら、とてもじゃないけど敷地内には入れない。たいてい、にわか知識のヤツを集めて、がんばってって送り出すんです。マニュアルしかわかんないのをぽんぽん送っているわけです。ほとんど知識のない人間を一時的に教育して、放管にしちゃう。純粋な……っていったらおかしいかもしれないけど、そんな人はほとんどいない。最初の頃は行ったかもしれないですね。でもいまは来ない。行ってない。怖さが分かるから行けないんです。あいつら勉強してますもん、けっこうどころじゃない。真剣に怖がってます。
 一口に被曝っていうけど……免震棟でAPDもらいますよね。あれ、β線とγ線を測れます。でも放射線ってその2つだけじゃない。中性子やα線とか、出てるんですよ。α線は短い距離しか飛ばないし、紙一枚で遮れるっていうけど、股間あたりまでは出てるんですね。そんな場所で地べたに寝転んで何時間も作業するんですよ。若い子とかは精子もだめになっちゃいますよ。放管が最初に現場に行って、放射線測定するんです。でも素人みたいなのが多いから、うちの現場には、もう一回放管呼んできて放射能を測らせる。するとすごい数字が出るんです。
『こんなとこで仕事できんのか?』
 みんな黙ってますよ。どう対処したらいいのか現場のノウハウがない。とりあえずピンク色のビニールシートを張ります。なにもないよりマシです」(前出の業者)
 取材を続けるうちに恐怖心が湧いてきた。浮かれ気分を後悔したところで後の祭りだ。
 事故前、1Fでは最大130カウントから180カウントが汚染のリミットだったという。それ以上汚染したものはすべて、敷地内から出せなかったのだ。幅があるのはオートメーション測定器と、手作業での測定との誤差を考慮したためだという。
「事故が起きてから、これまでの基準が一瞬で変わった。一般人の年間線量限度が1ミリから20ミリに引き上げられそうなことは盛んに報道され大議論になったのに、除染の目安が突然引き上げられたことを、なぜ誰も問題にしないのか。IAEAの定める10万カウント……自分たちからみたらあり得ない数値です。これを受け入れるなら、これまで自分たちが守ってきた基準はなんだったのか……どうしても許容できない。
 長い間原発で働いていた業者にとっては、500カウントだって完全アウトなのに、Jヴィレッジではつい最近まで、1万3000カウントを超えない限り、モノも人も、そのまま出していた。130カウントを基準にすれば100倍です。除染しきれなかった場合、最終的には10万カウントだったから、750倍以上です。そんな車が平気で街を走ってるんです。狂ってます」
 業者たちの訴えが正当なのか、ヒステリックなのか……専門家によっても判断は分かれるだろう。ただ、原発を動かしてきた人間たちにとって、いまの日本が放射能まみれの汚染地帯に見えることは事実である。
(鈴木 智彦)