【暮らしの現場 参院選佐賀】(2)原発 国策に翻弄いつまで
西日本新聞 2019/6/26 06:56
「事故が起きて生活も何もかも失った。もう福島には戻れない」。佐賀市に住む渡辺弘幸さん(57)は、手に持った放射線測定器に視線を落とし、静かな口調でそう話した。
福島県出身。2011年の東京電力福島第1原発事故後、原発から70キロほど離れた福島市内の自宅を離れ、佐賀に引っ越してきた。「毎日、空気中の放射線量を測らないと不安。ここもいつ事故が起こるか」。事故を経験して以来、測定器を手放せないという。
佐賀に暮らして8年。九州電力玄海原発(玄海町)3、4号機は昨年、相次いで再稼働した。県や関係自治体は毎年、事故を想定した大規模な避難訓練を行うが、渡辺さんは「本当に事故があれば車は大渋滞し、パニックで訓練通りにいかない」と指摘する。
昨年は知事選、今年に入って県議選があったが、渡辺さんは動きだした3、4号機への議論の深まりを感じられないという。18日には山形県沖で震度6強の地震もあったばかり。「悲惨な事故を起こす原発が身近にあるのに」
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原発内で増え続ける使用済み核燃料の処分法も直面する課題だ。
使用済み核燃料を保管する貯蔵プールは対策を講じなければ、残り5~7年で満杯になる見通し。九電は21年度上期に青森県六ケ所村の再処理工場が完成予定であることを理由に敷地内に新たな貯蔵施設を計画するが、地元や周辺自治体には「長期保管につながる」との声がある。
唐津市の住民らが15日に開いた原発学習会に参加した同市の離島・神集島の中村孝徳さん(77)は、「稼働すれば使用済み核燃料が増える一方なのに、国は肝心な問題を先送りにしていておかしい。順序が逆だろう」と憤る。
島民にとって安全、安心な暮らしにかかわる重要な問題だが、今回の参院選でどこまで争点として取り上げられるのか。中村さんは住民が納得できる真正面からの議論を求めている。
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一方で、原発が地元経済に貢献していることは否定できない事実だ。
玄海原発周辺は今、バスやトラックが行き交い、旅館や飲食店は大勢でにぎわっている。再稼働後、3号機が5月に初めて定期検査入りし、全国から集まった作業員であふれるからだ。居酒屋で働く女性(61)は「今はどの店も遅くまで開けている。やはり再稼働すれば活気が戻る」と話す。
だが、この先も潤い続けるか分からない。原子力規制委員会は4月、新規制基準で各電力会社に義務づけている原発のテロ対策施設が設置期限に間に合わなければ稼働中でも原発を停止させることを決めた。玄海原発は期限の22年に間に合わない可能性があり、町には不安視する声も少なくない。
「安全のために一時的に止まるのは仕方ないが原発は暮らしに直結する。最終的に規制委の方針を受け入れるしかないのもわかる。ただ、これからどうなるのだろうか」。原発政策の行方に女性は気をもむ。