2023年12月6日水曜日

【霞む最終処分】(4)~(5)(最終回)

 シリーズ【霞む最終処分】(4)~(5)を紹介します。本シリーズは(5)で終了です。
 政府は漁業者に対しては「関係者の了解なしには処分はしない」と約束した一方で、「仮に了解が得られなくても海洋放出はする」と約束に反する方針を決定していました。
 これは全く辻褄が合っていないことなので取り繕う余地などは皆無です。その結果、数十年掛けて関係者に損害賠償するのですが、その莫大な総額は電気料金に上乗せすることになるのでしょう。始めから「水蒸気放出」なりの海洋放出以外の方法を採れば、現行の数百億円には留まらない国民の負担が大幅に軽減された訳で、安易な考えから結論を「海洋放出」に誘導した責任を経産省は大いに自覚し反省すべきです。
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【霞む最終処分】(4)序章 処理水は語る 
理解醸成「うわべだけ」 了解への道筋描けず
                           福島民報 2023/12/05
 政府は2021(令和3)年4月、東京電力福島第1原発の放射性物質トリチウムを含む処理水の海洋放出方針を決定したが、実行に向けては2015(平成27)年にサブドレン計画で漁業者と約束した「関係者の理解」が大きな壁となった。「漁業者の理解を得ることなく(約束を)覆した。福島のみならず全国の漁業者の思いを踏みにじる行為」。当時の全国漁業協同組合連合会(全漁連)会長・岸宏は政府方針決定後に放出反対の立場を改めて強調し、政府の対応を厳しく批判した。
 漁業者のかたくなな姿勢に、政府内には重い空気が漂っていた。「放出そのものに対する理解、すなわち了解を最終的に得るのは不可能だろう」(政府関係者)。約束を破れば漁業者との間に禍根を残す。政府はあえて賛否に触れず「科学的な安全性への理解」を得る方向にかじを切った。
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 政府が福島第1原発の汚染水対策として井戸からくみ上げた地下水を浄化後に海洋放出する「サブドレン計画」を巡り、漁業者と交わした「関係者の理解なしには(処理水の)いかなる処分も行わない」との約束で、関係者から取りつけるべき「理解」は「処分への了解」と解釈できるが、政府に了解への道筋は描けなかった。
 その理由の一つに、約束後の経緯がある。最終的にサブドレン計画を容認した漁業者に対し、反対派が非難の矛先を向けるようになった。「判断を迫られた漁業者が苦しい立場に追い込まれたことで、政府への不信感を強める結果を招いてしまった」。政府関係者は苦い経験を明かす。
 了解は得られなくても、「科学的な安全性の理解」なら処理水を処分する上で欠かせず、説得もしやすい―。経済産業省は約束の「解釈」を変えつつ、動いた。福島県内をはじめ全国に職員を派遣し、国民にトリチウムの性質を一から説明した。漁業者との意見交換を繰り返し、放出設備に海底トンネルを加えることや、サブドレン地下水を放出する際のトリチウム濃度の基準値1リットル当たり1500ベクレルを採用するなど風評抑止につながる提案を取り入れた。
 県内外で処理水に関する説明に当たった経産省資源エネルギー庁廃炉・汚染水・処理水対策官の木野正登は「海洋放出計画の科学的な安全性に加え、政府の風評対策を示し、信頼の構築に努めた」と振り返る。政府による説明の回数は1500回を超えた。CMなどの宣伝にも力を入れた
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 政府が科学的な安全性を担保するための砦(とりで)としたのが国際原子力機関(IAEA)だった。7月に公表した包括報告書は、海洋放出計画について「国際的な安全基準に合致する」と政府の説明にお墨付きを与えた。国際的権威のある第三者機関の評価を得て、安全性への「理解」を得る素地はできた。
 ただ、結論ありきの動きには、政府内からも「漁業者に寄り添う姿勢を見せても、しょせんはうわべだけを取り繕ったに過ぎない」との冷ややかな声が漏れる。各種世論調査でも「説明不十分」との意見が多数を占め、政府の取り組みが浸透していない現状が浮き彫りになった。政府は本来あるべき「理解」から目をそらしつつ、海洋放出の開始に向けて突き進んだ。(敬称略)


【霞む最終処分】(5)序章 処理水は語る (最終回)
放出決行へ約束上書き 「理解」現在進行形に
                            福島民報 2023/12/06 
 「国として海洋放出を行う以上、廃炉と処理水の放出を安全に完遂する。漁業者が安心してなりわいを継続できる必要な対策を、今後数十年の長期にわたろうとも政府が全責任を持って対応すると約束する」。首相の岸田文雄は8月21日、官邸で面会した全国漁業協同組合連合会(全漁連)会長の坂本雅信に、こう強調してみせた。東京電力福島第1原発の放射性物質トリチウムを含む処理水の放出開始日を決定する関係閣僚会議を翌日に控えていた。
 坂本ら漁業者の海洋放出に反対する姿勢は変わらなかった。政府が2015(平成27)年に漁業者と交わした「関係者の理解なしには(処理水の)いかなる処分も行わない」との約束が反故(ほご)にされるのではないかとの疑念があった。政府が処理水処分を決行するには約束の上に約束を積み増すしかなかった
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 「一定の理解を得たと判断する」。経済産業相の西村康稔は首相と坂本の面会に同席した後の記者会見で、処理水処分の前提となる「理解」に言及した。「一定の」を付け加え、約束が破たんしていないと印象付けた。一方、坂本は「科学的な安全性への理解は深まってきた」としたものの放出への反対姿勢は貫いたままで、誰もが認めるような「理解」が得られていないのは明白だった。
 政府内では約束を一方的に破棄する強行策は選択肢になかった。当時の経済産業副大臣で原子力災害現地対策本部長を務めた太田房江は「理解の言葉を外せば、政府への不信を招く」と理由を示す。
 漁業者との約束を破らずに、処理水の処分に踏み切る―。政府は悩み抜いた末、次のカードを切らざるを得なかった。
 「廃炉と処理水放出の安全な完遂」と「漁業者が安心してなりわいを継続できる必要な対策」。政府は数十年にも及ぶ将来に責任を持つと宣言した。太田は「新たな約束は政府の覚悟を示したものだ」と語る。
 政府は再び、眼前の障壁を乗り越えるため、将来的な課題への対応を引き合いに出した。漁業者から「サブドレン計画」の容認を得るために用いた手法と全く同じだった。政府関係者は「理解を得るという取り組みは現在進行形とした。そこに廃炉と処理水放出の完了までの全責任を負うことを加え、落としどころとしたのだろう」と推察する。
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 政府は8月24日、海洋放出を断行した。原発事故発生から約12年半が経過していた。
 処理水放出を巡り、政府は「その場しのぎ」や「結論ありき」の対応を繰り返し、さらには「約束」の解釈をすり替えた。長期にわたる福島第1原発の廃炉の過程では、さらなる難題が待ち受ける。溶融核燃料(デブリ)は取り出しに至らず、処分方法も決まっていない。それでも政府は「廃炉の安全な完遂」まで踏み込んで新たな約束を打ち出した。中間貯蔵施設(大熊町・双葉町)に保管している除染土壌は、2045年までの県外最終処分を法律で定めた。
 増え続ける政府の約束に、霞が関からは「約束を一つ一つ果たしていくしかないが、どれも極めて重い」と憂いの声が上がる
 政府は自らの都合を優先するあまり、将来に不安を抱く県民をおろそかにしてはいないか。海へと流れゆく処理水から、問いが浮かぶ。(敬称略)
            =序章「処理水は語る」は終わります=