2013年11月5日火曜日

小泉元首相が「原発ゼロは無責任」批判に反論

 小泉元首相の「原発ゼロ論」講演がTVなどで時々報じられています。元首相の現役時代の姿勢から「180度の方向転換」なので注目されるのでしょう。
 同氏が3日横浜で行った講演会の詳細が4日のザ・ハフ ポストに掲載されました。
 
 それを読むと、先ず自身の「180度の方向転換」については「過ちては改むるに憚ることなかれ」だと述べたのち、原発は安全でなく 発電コストも高いこと、使用済み核燃料の最終処分場が決まる見込みがないこと、さらには原発ゼロへの大方針は政治家が決めるしかないことなど、いずれも極めて当然なことを述べています
 それだけになぜ今の自民党がそういう至極当然の考え方が出来ないのか、その救い難さクロースアップされます安倍首相が小泉氏の「原発ゼロ論」にあせりを見せるわけです。
 
 こ機会に一度は小泉氏の「原発ゼロ」への主張をたどっておくのが良いのではないでしょうか。
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小泉元首相、安倍首相らの「原発ゼロは無責任」に反論 講演内容詳細
ザ・ハフ ポスト 2013年11月04日
 私はね、総理大臣の時は原発推進派でした。今それをね、推進論者から批判されているんです。「総理大臣のときに、推進しろと言っていたじゃないか。辞めたらなんで(原発を)ゼロにするなんて言っているんだ」
 人間の考えは変わるということを、分かっていないんですよ。『過ちては改むるに憚(はばか)ることなかれ』と論語にあるじゃないですか。
 
 私は、3.11、2年前の大震災の前は、原子力の知識はそんなにありませんでしたから。
 専門家に意見を聞いても、理解できるような知識はありませんよ。今でもほとんどの政治家はそうですよ。具体的な、技術的な知識のある政治家なんて、ほんの一握りです。
 分からないなら、分かっている人に聞いたほうがいいでしょう。だから、「原子力はCO2を出さない、安全でクリーン(なエネルギー)なんです。地球温暖化阻止に絶対必要なんだ。しかも、他のエネルギーに比べて、一番コストが安いんだ。太陽光、風力、こんなの微々たるものだ」これを信じていたんですね。ところがあの事故を見て、本当なのか自分なりに勉強しましたよ。
 
 安全だったのか、コストは安いのか、自分なりに調べますよね。ところが、勉強すればするほど、おかしいなと。確かにCO2は出さないけれども。あの事故を見て、当時の民主党総理大臣が「福島の原発事故は収束した」という収束宣言をしたんです。あの当時も、今も、事故の内部の状況がわかっていないんですよ。ロボットも入れない。もちろん人間も入れない。どうしてああいう形で事故が収束したのか。まず疑問に思いましたね。
 で、いろんな書物を読んだり、専門家の意見を聞いたり、推進論者からも意見を聞いているうちに、「おかしいんじゃないのか。コストが安いか? あの原発の立地、建設するためにどれだけの税金を投入したのか。住民から了解を得るために、どれだけの税金をその住民に与えていたのか」そういうことを考えているとね、安全でもないし。コストも一番安いなんて言うのは、違うんじゃないか。
 今ではもう、原発は安全でもない。コストは他のエネルギーよりももっとかかるというのが、分かるようになりました。だからあの事故が起こってから、原発は卒業して、自然を資源にしたエネルギー政策を担っていくべきだと、そういう主張を、今より2年ぐらい前に、応援を頼まれると話したんです。
 
 ところが最近ね、テレビや新聞で報道されるようになった。言っていることは前と同じなんですよ。当時だって私は、講演を頼まれた際には、自分が「記者を入れるな」と、ひとことも言ったこともない。主催者に任せていた。しかし、テレビや新聞が入っていても、全然報道しなかったんですよ。ところが、最近ですね。8月の26日ですか。毎日新聞の記者が、私がフィンランドのオンカロを見た話を短い記事にまとめました。それからですね。マスメディアが注目しだして。私が出ていないのに、勝手に映像で放映して出している。
 「小泉さん、最近良くテレビに出てますね」って、私は一度もでていないんですよ。テレビが映像を流して写しているだけなの。私は総理をやめてからテレビ出演したことは一回もない。そういうもんですよね。
 
 最近私もよくね、私を批判している記事を読むんです。「原発ゼロは無責任だ」と書いてあるんですよ。その、ゼロの発言への批判はいくつかあるんですが、代表的なのが「原発ゼロは、楽観的で無責任だ」というもの。
 「代替策を示さないで、そんな、ゼロだけ言うのは、元首相をやった人だとは思えない。推進していたじゃないか」だから、さっき言ったように、『過ちては改むるに憚(はばか)ることなかれ』なんです。しかもね、大事なのは方針を出すことなんです。政治で。技術的なねことは、専門家に任せてもね。
 
 「これからも原発を推進するか、ゼロにするか」これは大方針なんです。政治しか決められないんです。決めれば、ゼロにするという専門家・有志はたくさんいますよ。そういう人たちを集めて、何年かかってもゼロにするんですよ。
 原発をゼロにするにしても、廃炉にするにしても、40年、50年かかる。技術者も確保していかなければならない。その技術者を養成したり確保したりするには、どういう政策をとったら良いか。原発がなくなったら、その地域の仕事がなくなっちゃう。それをどうするか。
 新しい代替エネルギーにしても、原発で雇用を失った人にどういう雇用策が必要か。
そういうのは、知見のある人がいっぱいいますから、そういう人達の集まる会議を作って、ゼロにする方策を決めていくのが一番いい。みんな提案持っていますから。それぞれの専門を持っていますから。
 
 議論していけば必ずいい案が出る。そして、様々な、原発に変わる再生可能エネルギー、自然を資源にしたエネルギーに対する知見を、どんなふうに投入していくのが良いのか、電力料金を下げるにはどういう競争政策をとれば良いか。
 原発に金使うよりも、そっちの方に行ったほうが、原発ゼロでもやっていける。そして、「原発をやめれば、CO2、石炭なり石油を使って、また、排出量が増えていく、温暖化の防止には役立たないよ」という人がいますけどね、日本の企業は進んでいますよ。
ちょっと前まで、「太陽光なんて太陽が陰ったらダメだ、風力なんて風が吹かなかったらダメだ」と言われましたけれど、今は蓄電技術が進んできたじゃないですか。
 
 日本はかつては「自動車から排気ガスが大量にCO2を出すからダメだ」と、今や石油ショック以来、世界一厳しい排出基準を作って、世界は、「日本の車は環境にいい、故障しない、アフターケアもいい。買うときはちょっと高いけど、燃費もいい」と、それこそ、世界で売れているじゃないですか。ピンチをチャンスに変えちゃったんですよ。あの石油ショックがあったから、日本は環境先進国への道を遂げようとし、そして、石油の依存度を下げて、厳しい、環境先進国になった。
 そのCO2を出さない役割を果たしてくれたのは、原子力発電があったんですけれども、原子力発電はCO2よりももっと危険なものを出すかもしれない。これを両方これから、原発をゼロにしていかなきゃいけない、化石燃料の依存度も下げていかなけりゃいけない。
そして、自然界にある資源を、エネルギー源に使っていこうという、広大な夢に向かって、天が与えたピンチをチャンスにかえなければいけないと思います。
 
 もう一つの批判。処分場が見つからない。推進論者も問題の核心は分かっているんですね。問題は、最終処分場のめどが立たないことなんです。ここが問題だと言っているんです。ここまでは私も一緒なんです。それからが違う。処分場建設の目処がつかないということではなくて、これからの問題は、処分場のめどを付けるのが政治の責任だと言っているんです。
 私は、処分場の建設の目処がつかないからムリだ、ゼロにしろと言っているんですよ。
 処分場の目処を付けるのが政治の責任だと、推進論者は言う。しかし、もう、如何に処分場を作るかということは、技術的には決着しているんですよ。10年以上前に。あの福島の原発事故が起こる前に。
 処分場を作ろうって言っても、作れなかったじゃないですか。それは、住民の反対ですよ。住民が反対して、手も付けられない。事故る前から住民が理解もしれくれない、OKもしてくれない。事故が起こった後、どうやって集まるんですか。
 
 政治の責任だ? そんなことに莫大なエネルギーと資金を使うんだったら、国民が協力できる、自然を資源にした、様々なエネルギー源を開発するために、様々な資金を使ったほうがいいんじゃないかというのが、私の主張なんですよ。一見同じように見えて、違いますよ。それは、判断の問題なんですよ。どんなに強い指導者が現れても、住民の反対を無視して、10万年も保管しなきゃならない処分場ができると思いますか。
 「処分場を作ることができるんだ、それを政治が進めろ」というのは、ムリ。そんなところにエネルギーとか金とか使うなら、もっと夢がある、世界が日本をモデルにするような、環境にも優しい、無限にある自然にやさしい資源を、エネルギーに変えていこうと、こういう方向に向かうのか、今、大きな岐路ですよ。
 
 私はね、福島の事故前から、処分場の目処をつけようと思うのにつけられない、そういう事実があるのにもかかわらず、この事故があった後も、その目処をつければ原発はやっていけるんだ、やらなきゃダメなんだという、そう考えるほうが、楽観的で無責任じゃないかと思うんです。
 政治に課題はいつでもある。それに向かって解決を考えていかなきゃいけない。原発ゼロにするというのは、方針の大転換ですから。すが、この大転換は、夢のある事業だと思いますよ。
 「絶対に、この洞窟を開けてはいけない」そういうものを作るよりも、無限にある自然をエネルギーにする、世界に羽ばたく国にしようというほうが、夢があると思いますよね。そっちに向かって、やり直すべきじゃないかと。あんまりね、原発にこだわらない方がいい。固定観念を持たない方がいい。
 
 「原発が必要だ、原発をなくせば、経済成長できなくなる」、そうじゃないんです。
 競争政策をとれば、日本の企業も協力してくれてね、様々なエネルギーが出てきます。そっちの方に向かって、今、方向のかじを切るべきだと言うふうに思います。
これからそれが実現するかどうか、まだ、分かりませんけれど、私も今までの考えを変えたって批判されていますけれどもね、いい方向に変えてきたなと、自分なりに思っています。
もうちょっとね、生きていくことができると思いますので、なんとか原発ゼロの、自然を資源にした国家建設に向かって、自分なりにできることで、頑張っていこうかなと思っております。