東海第二原発の運転の差し止めを命じた水戸地裁判決から18日で2カ月が経ちます。
判決は「実効的な避難計画を策定できるか疑問がある」と問題提起しました。
東京新聞が住民の生命と財産を守る避難計画の策定は可能なのか、4回にわたって検証します。今回はその(1)と(2)を紹介します。
(1)は総論的なもので、(2)は「調整3年 難航続く交通手段手配」のタイトルで、自家用車やバスでの避難の実効性を取り上げました。
入所者約160人を抱えるある特別養護老人ホームの理事長は、「事故が起きたとき、原発から3キロのこの施設に来てくれる人なんているのだろうか」と茨城県のやり方を疑問視します。
また、自家用車で避難できない人用にはバス約3千台が必要であるものの、避難に使用できるバスは県内にはその半数しかなく、その避難バスを運転する運転手が確保できる見込みもないので、実効性のある避難計画など立てようがないというのが実態です。
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<さまよう避難計画 東海第二原発運転差し止め判決>
(1)達成困難 94万人の安全どう確保
東京新聞 2021年5月17日
「判決では、避難計画の内容が重要だと指摘されたので、中身が伴わないといけない。策定にはまだまだ時間がかかる」
日本原子力発電東海第二原発(東海村)の三十キロ圏内で避難計画策定が義務付けられる自治体のある首長は、そうため息をついた。
再稼働に向けた工事が進められる東海第二を巡り、住民ら二百二十四人が運転の差し止めを求めた訴訟で、水戸地裁は三月十八日、避難計画の不備などを理由に「人格権侵害の具体的危険がある」として、運転差し止めを命じた。
東海第二の三十キロ圏には、全国の原発で最多の約九十四万人が生活する。判決文を読み解くと、前田英子裁判長が、この九十四万人の安全を確保できる実効性ある避難計画ができるのか懐疑的な見方をしていることが分かる。
「数万ないし数十万の住民が一定の時間内に避難することはそれ自体が相当に困難が伴う」
「放射性物質の生命、身体に対する深刻な影響に照らせば、何らかの避難計画が策定されていればよいというわけではない」
「防護措置が実現可能な避難計画と、これを実行しうる体制が整えられているというにはほど遠い」
■ 30キロ圏内
そもそも、原発事故の避難計画が自治体に義務付けられるのは、原子力災害対策特別措置法や、台風や地震などと同様に災害対策基本法が根拠となる。
計画には避難先や交通手段、ルートなどが記載。例えば、常陸太田市の計画を見ると、佐竹地区の住民は国道349号を通り、福島県鏡石町の体育館などに行くことが示されている。
原発事故の避難計画を策定する自治体の範囲は二〇一一年三月の東京電力福島第一原発事故前は、原発から八〜十キロ圏内だったが、事故で広範囲に放射性物質が飛散した反省を踏まえ、原子力規制委員会の原子力災害対策指針で三十キロ圏内に広げられた。
これにより東海第二の避難計画の対象人口が九十四万人まで膨れあがることになった。東海第二の三十キロ圏内十四市町村のうち、不十分ではあるものの計画を策定したのは笠間、常陸太田、常陸大宮、鉾田、大子の五市町にとどまる。
規制委の新規制基準の審査に適合した九原発で、未策定の自治体があるのは東海第二だけ。多くの人口を抱えるだけに、避難用のバスの確保や渋滞対策、地震などが同時に発生する複合災害の対応など課題も多岐にわたり、計画作りが難航している。
■ 追認機関
避難計画を作る自治体を支援するのは内閣府。避難計画に「実効性がある」とお墨付きを与えるのは、内閣府が事務局を担い、首相が議長を務める原子力防災会議だ。第三者が客観的にチェックするような構図にはなっていない。
事故後に再稼働した五原発では、避難計画の実効性に疑問符が付けられながら、原子力防災会議は追認機関の役割でしかなく、なし崩し的に了承してきた。
東海第二でも、実効性があやふやなまま認められる恐れもある。だが、そこは他原発と異なり、水戸地裁判決が大きな歯止めになる。判決は「避難人口に照らすと、今後、避難計画の防護レベルを達成することも相当困難と考えられる」と指摘した。
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原電に東海第二の運転の差し止めを命じた水戸地裁判決から十八日で二カ月。判決は「実効的な避難計画を策定できるか疑問がある」と問題提起した。住民の生命と財産を守る避難計画の策定は可能なのか。四回にわたって検証する。 (この連載は松村真一郎が担当します)
<さまよう避難計画 東海第二原発運転差し止め判決>
(2)調整3年 難航続く交通手段手配
東京新聞 2021年5月18日
日本原子力発電東海第二原発から南西に約三キロ、通称「動燃通り」沿いにある東海村の特別養護老人ホーム「常陸東海園」。入所者約百六十人を抱える施設の理事長を務める伏屋淑子(すみこ)さん(85)は「事故が起きたら、避難なんかできない」と語気を強める。
県の方針では、三十キロ圏内の住民は原則、自家用車で避難する。一方で、社会福祉施設の入所者や病院の入院患者のほか、車を所有していない住民はバスや福祉車両で避難する。
県は、施設入所者や入院患者について「あらかじめ定めた施設や病院に受け入れを要請し、準備が整い次第、避難する」との方針を示す。交通手段は施設側が自力で確保するか、県や自治体が手配する。
だが、伏屋さんは「事故が起きた時に、原発から近いこの施設に来てくれる人なんているのだろうか」と県のやり方を疑問視する。
入所者の家族に、事故時に迎えに来られるかアンケートしたところ、大半は「来られない」と回答した。「交通手段も決まっていないのに、避難先の施設を確保するなんてできるわけがない」と憤る。
■机上でも
県は現時点で、避難に必要なバスの台数を明らかにしないが、二〇一八年の本紙の取材には「五十人乗り二千九百十八台」としていた。県バス協会に登録されるバスが約三千台。うち半数弱の路線バスは基本的に使用できないとされ、机上でも足りない。
その中で、県は一九年度から、ネット上でバスや福祉車両を効率的に配車できるシステムを開発中だ。本年度までの三カ年で、国の交付金から事業費約一億七千四百万円を賄う。
システムでは、あらかじめ施設側が想定避難者数や避難先を、バスや福祉車両を所有する事業者側は台数や定員を入力。事故時に、それらのデータを基に避難が必要な人数や配車が可能な台数を突き合わせ、県が配車の指示を出す。
県原子力安全対策課は「災害対策本部で膨大なやりとりをするのは人力だけでは難しい。システムを活用し、円滑に避難手段を確保できるようになる」と期待を寄せる。全国の原発立地自治体では、初めての取り組みだという。
■取りやめ
運転手の確保も難題だ。国の指針によれば、積算で1ミリシーベルトを超える場合は、運転手を派遣できなくなる。深刻な事故では、1ミリシーベルトはすぐに超える恐れがある。県バス協会の担当者は「協力したいが、運転手の安全が担保されていなければ派遣は難しい」と強調する。
また、バスを遠方で使用していたり、運転手が非番で飲酒していたりする場合など状況次第では、派遣台数も変わってくるという。担当者は「事前に想定された台数通りにはならない可能性もある」と語る。
一八年七月に、県は、バス協会と避難に関する協定を締結することを報道発表したが突如、キャンセルした。事故時の連絡体制や放射線量が高い時の運転手の派遣など具体的な内容が詰め切れず、大井川和彦知事が締結の取りやめを指示した。それから三年近くたっても協定は実現できていない。県は「調整中」としており、難しさを物語る。
足りないバスをどうするのか。県原子力安全対策課は「福島や栃木県のバス協会にも派遣を依頼している。最終的には自衛隊」と説明。災害対応に当たる自衛隊がどれほど手配してくれるのか、事故が起きてみないと分からない。