2019年10月12日土曜日

なぜ関電は「高浜の陰の町長」に従っていたのか

 ジャーナリストの沙鴎 一歩氏が、関電幹部「原発マネー」受領問題について、全体を俯瞰する視点から論じました。以下に紹介します。
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なぜ関電は「高浜の陰の町長」に従っていたのか
沙鴎 一歩 BIGLOBE 2019年10月10日
■地元建設会社が有利なように原発工事を受注
関西電力(関電)の役員ら20人が高浜原子力発電所のある福井県高浜町元助役の森山栄治氏(今年に死去)から計約3億2000万円相当の金品を受け取っていた問題で、関電は10月2日、昨年9月にまとめた社内の調査委員会の報告書を公表した。公開は初めてだった。
報告書によると、役員の2人は受領額が1億円を超えていた。それだけではない。元助役に原発関連工事の情報が提供されていたことも明らかになった。
情報は元助役の森山氏と関係が深い地元高浜町の建設会社「吉田建設」に伝えられ、この建設会社が有利な条件で工事を受注していた疑いがある。吉田建設は原発関連工事で売上を急増させ、少なくとも2013年から5年の間に売上を6倍に伸ばしていた。
 
■美浜原発では蒸気噴出事故で11人が死傷が起きている
福井県には高浜原発以外に敦賀原発、美浜原発、大飯原発のあわせて4つの原子力発電所がある。このうち美浜原発では2004年8月には蒸気噴出事故が起き、関電の協力会社の作業員5人が熱水を浴びて死亡、6人が負傷した。原発運転中に死者を出した国内初の事故として知られている。
原因は経年劣化による配管の破裂だった。配管は1976年の稼働開始から28年間、一度も検査されず、配管の肉厚が大幅にすり減っていた。
この事故をみるだけでも、関電という組織の杜撰な体質がわかる。そう考えると、今回の金品受領問題にも、まだ表には出ていない不都合な事実が隠されている気がしてならない。
 
■盗人が盗品を返しても、「窃盗の罪」は消えない
今回の金品受領問題は、原発再稼働を進めている政府と電力会社にとって大きな痛手である。岩根茂樹社長は、問題発覚を受けた9月27日の記者会見で、受領した役員の名前や品目の詳細について説明を拒んだ。しかし国や筆頭株主の大阪市などから厳しい批判を受け、今回の報告書の公表会見に追い込まれた。
この問題を最初に報じたのは9月26日の共同通信だった。その後、報道各社の問い合わせを受けて、翌27日に関電側が記者会見を開いた。
報告書によれば、元助役の森山氏から20人の役員らに渡された金品は現金が1億4501万円で、残りは金貨、小判、商品券、スーツの仕立券などだった。受け渡しの際には、お菓子の箱や包みの底に金貨や小判、現金を隠していたという。
 
金品の大半は、昨年1月に問題の吉田開発が脱税(法人税法違反)容疑で金沢国税局の査察(強制調査)を受けた後に返却されていたが、使用済みの仕立券など計3487万円分は未返却のままだ。
見返りなどを期待された金品を一度受け取った後に返したからといって金品受領の事実はなくならない。盗人が盗品を返したからと言って窃盗の罪が消えないのと同じである。
ちなみに査察とは、裁判所の家宅捜索令状に基づく税務調査で、マルサ(国税局査察部)によって強制的に実施される。通常の任意調査とは違う。
 
■関電は組織としてのモラルが欠如している
報告書によれば、関電は受け取りを拒むと激高する元助役の森山氏を恐れ、役員らに個人的に金品を保管しておくよう求めていた。
報告書は「管理や返却を個人任せにしていた。組織的な対応を怠った」として関電側の対応を批判し、「多額の金品を個人の管理下に置くことはコンプライアンス上の問題がある」と指摘している。
コンプライアンスとは法令順守を指し、企業の倫理や社会的責任を問うものである。組織としてのモラルが欠如しているとしか思えない。関電は電力というエネルギーを扱うだけに、その公共性は一般企業とは比較にならない。その自覚に欠けている
 
■「無礼者。ワシを軽く見るなよ」と恫喝
「お前は何様だ」
「無礼者。ワシを軽く見るなよ」
「お前の家にダンプを突っ込ませる」
「お前みたいな者がワシに歯向かうのか」
「関電とも関係を断ち切る。発電所を運営できなくしてやる」
関電が公表した報告書には関電の担当者への森山氏の罵倒、恫喝まがいの言葉も記録されている。多額の金品を幹部らにバラまいたという自負が強かったのだろう。森山氏の非常識な言動は留まるところを知らなかった。
報告書によると、森山氏は1969年に当時の町長に招聘される形で、京都府の職員から高浜町の職員となった。もともと高浜町の出身だった。
収入役などを経て1977年4月から1987年にかけて助役を務め、なかでも1985年に稼働した高浜原発の3号機と4号機の建設に関して誘致や地域のとりまとめに尽力し、周囲から「陰の町長」「Mさん」「モンスター」と呼ばれ、関電からも一目置かれ、関電は特別待遇をして誕生日会や年始会、花見などで森山氏を手厚く接待した
 
■貧困にあえぐ町を救ったのが原発マネーだった
関電の幹部たちはなぜ、森山氏一人に翻弄され続けたのだろうか。
日本の原発の多くは、これと言った産業のない海沿いの過疎地に建設されてきた。若狭湾沿岸の高浜原発も例外ではない。高浜町は1955年に4町村が合併して生まれたが、漁業のほかに目立つ産業はなく、住民は仕事を求めて町を離れ、人口は減り続けていた。
そんな貧困にあえぐ町を潤したのが、原発だった。高浜原発1号機の工事が1970年に着工し、1974年には運転を開始。その後も2号機、3号機、4号機と工事が完成して稼働し、高浜町はいわゆる「原発城下町」となり、町は原発マネーで潤っていった
1969年に高浜町に入庁した森山氏は、原発の経済効果を目の当たりにして原発誘致に励み、原発マネーによって自らも権力と富を得ていった
とりわけ2011年3月の東日本大震災による東京電力福島第一原発事故の後に各地の原発が次々と停止され、関電にとっても早期再稼働の実現が喫緊の課題となり、森山氏に頼ることが多くなった。
 
■産経は「原発の信頼回復を妨げる」と原発推進を貫く
新聞の社説はこの問題をどう書いているか。各紙を読み比べてみると、原発賛成の新聞と原発に反対の新聞では、書きぶりに顕著な違いがある。
たとえば産経新聞の社説(9月28日付)は「関電側に多額金品 原発の信頼回復を妨げる」と見出しを付けてこう主張する。
「原子力事業の信頼回復に向けて、先頭に立たなくてはならない自覚が希薄に過ぎる。これだけの事態が明るみに出ていながら、真摯な反省すらみられない。関西電力は不正の全容を自ら明らかにし、改めて厳正に処分すべきである」
産経社説はあくまでも原発賛成なのだ。それゆえ関電を「自覚が希薄に過ぎる」と批判するのである。原発そのものを全面的に肯定し、悪いのは原発を建設して稼働している関電だという考え方だ。
 
■原発必要不可欠というスタンスはいつになったら変わるのか
産経社説はさらに「3億超の金品は、高浜原発の工事受注にからんだ資金が元助役から還流した疑いがある。これが事実であれば、高額金品の原資は利用者の電気料金である」とも書く。
金品の原資とその流れは産経社説の指摘の通りなのだろう。だが産経社説は原発を推進していく立場から関電の金品受領を問題視している。
産経社説は最後にこう訴える。
「電力は国の根幹を支えるエネルギーであり、原発はこれを安定供給するために必要不可欠な存在である。その牽引役がこのていたらくでは健全な活用も望めない」
産経社説は福島原発の事故をどう考えているのか。原発必要不可欠というそのスタンスはいつになったら変わるのだろうか。
 
■「会社として対応すると会社全体の問題になってしまう」
一方、原発反対の立場をとる朝日新聞の社説(10月3日付)は「関電金品受領 原発は『聖域』なのか」と皮肉を込めた見出しを掲げ、こう書き出す。
「関西電力がきのう、高浜原発がある福井県高浜町の元助役(故人)から首脳らが金品を受け取っていた問題で2度目の会見を開き、公表を拒んできた社内調査報告書を開示した」
「関電が『20人で3.2億円』としていた受領の中身を知り、その非常識ぶりに改めてあぜんとする」
「さらに、地元の有力者だったという元助役と関電、とりわけ原子力事業本部との異様な関係と、直面する問題に当事者として向き合おうとしなかった企業統治の不在もあらわになった」
「非常識ぶり」「元助役との異様な関係」「企業統治の不在」と、いずれも沙鴎一歩が前述した指摘と一致している。
「金品を受け取っていたのは原子力事業本部の幹部が大半で、授受は同本部で引き継がれていた。一部からは金品を会社で管理できないかと相談があったが、本部の責任者は個人で対処するよう回答。調査に対して『会社として対応すると会社全体の問題になってしまう』との声もあったという」
「会社として対応すると会社全体の問題になる」とは、封建制度下の武士社会のようであり、こうした思考が延々と受け継がれてきた日本の古い会社組織の姿なのだ。
 
■キーマンの元助役は死亡しており、刑事責任を問うことは難しい
続いて朝日は指摘する。
「関電は、社外の弁護士らだけからなる調査委員会を新設し、調査の対象や時期を拡大して調べ直すと発表した」
外部の第三者による調査は不可欠であり、沙鴎一歩も賛成だ。朝日社説も第三者による調査を求め、「社内報告書は『(元助役への情報提供は)実際の発注に影響はなかった』とするが、元助役や土木建築会社からの聞き取りはしておらず、新委員会での検証が欠かせない」と書く。
だがキーマンの元助役、森山氏はすでに今年3月に死亡している。このため関電の役員らを会社法の特別背任罪や収賄罪で立件して刑事責任を問うことも難しいといわれる。ここは関電自らが新調査委員会の検証に捨て身で協力し、企業モラルの在り方を示してほしい。
(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)