2015年4月25日土曜日

原発よりも自動車社会の方が危険か

 小説家の村上春樹氏が原発反対を明確にし、昨年、読者の質問に答えるコーナー「村上さんのところ」をネット上で開設しました。
 
 LITERAによると、そこである読者が、自動車は年間5千人もの命を奪っていて原発よりも危険なのにそのことは放置して、原発にだけ反対するのはおかしいのではないか」という疑問を出したのに対して、村上氏は、まず福島の原発事故によって、故郷の地を立ち退かなくてはならなかった人々の数はおおよそ15万人であると述べ、被害の程度「死亡者」の「数」の比較に還元することは、あたかも客観的で冷静な分析に見えて、その実、被災者・避難者の人生という“質”や、国土が世代を超えて汚染される“時”の議論を隠蔽し、問題を矮小化しているという趣旨の回答をしています
 
 また原発再稼動肯定派が大義名分とする「効率」(=発電コストの低廉さ?)については、「効率っていったい何でしょう? 15万の人々の人生を踏みつけ、ないがしろにするような効率に、どのような意味があるのでしょうか? それを「相対的な問題」として切り捨ててしまえるものでしょうか?」と答えています。
 
 それに対してネットなどでは「死亡者と避難者を比べるのはおかしい」「原発も自動車も絶対に安全とは言えないから、経済的な観点を無視できるはずがない」などという批判飛び交っていますが、LITERAは、それらはまったく反論になっていないし、村上氏は全てに答えていると一蹴しています。
 
 この問題を科学的な点から見ると、武田邦彦氏によれば、年間5000人程度の死者であれば自動車社会の効用の方が優るというのが国民的な合意になっているが、原発にはその種の「事故時の被害の大きさをカバーできる効用」は何もないということで、明確に否定されるとされています。
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村上春樹が原発推進派を徹底論破! 
15万人の人生を踏みつける“効率”に何の意味がある?
LITERA 2015年4月23日
 村上春樹が原発反対の意志を明確にし、大きな話題を呼んでいる。
 村上は昨年、ネット上で読者の質問に答える期間限定サイト「村上さんのところ」を開設したのだが、そこに寄せられたある質問メールに対する村上の回答が大論争となっているのだ。
 
 メールの主は38歳の男性。「原発NO!に疑問を持っています」と題して、村上にこのような質問をぶつけた。
「私自身は原発についてどう自分の中で消化してよいか未だにわかりません。親友を亡くしたり自分自身もけがをしたり他人にさせたりした車社会のほうが、身に迫る危険性でいえばよっぽどあります。(年間コンスタントに事故で5000人近くが亡くなっているわけですし)」
 「この先スーパーエネルギーが発見されて、原発よりも超効率がいいけど超危険、なんてエネルギーが出たら、それは止めてせめて原発にしようよなんて議論になりそうな、相対的な問題にしかどうしても思えないのですがどうでしょうか……」
 いやもう聞き飽きた、このセリフ。この質問者の疑問は、福島原発事故以降、百田尚樹、ホリエモン、ビートたけし、池田信夫、町村信孝前衆院議長、ミキハウス社長……原発推進派の人間たちがしょっちゅう持ち出してくる論理、いや、へ理屈の典型だ。「原発事故で死者は出ていない」「交通事故の死者のほうが多いから、原発のリスクは自動車のリスクより小さい」「毎年数千人の死者を出している自動車を廃止せよとは誰も言わないじゃないか」……。
 
 しかし、この一見もっともらしい“へ理屈”に対して、村上は丁寧に反論している。
 まず交通事故死についても対策が必要と前置きしたうえで、〈しかし福島の原発(核発電所)の事故によって、故郷の地を立ち退かなくてはならなかった人々の数はおおよそ15万人です。桁が違います〉と、原発事故の被害の大きさをあらためて指摘。
 つづけて「死者が出ていないからたいしたことない」という論理に疑問を投げかける。
〈もしあなたのご家族が突然の政府の通達で「明日から家を捨ててよそに移ってください」と言われたらどうしますか? そのことを少し考えてみてください。原発(核発電所)を認めるか認めないかというのは、国家の基幹と人間性の尊厳に関わる包括的な問題なのです。基本的に単発性の交通事故とは少し話が違います。そして福島の悲劇は、核発の再稼働を止めなければ、またどこかで起こりかねない構造的な状況なのです。〉
 原発事故の被害を矮小化することなく、交通事故とは次元がちがう問題であることを原則論として語るだけではない。従来の村上春樹では考えられないことだが、「再稼働を止めなければ」と現実の政策にまで踏み込んで批判しているのだ。
 
 ネットなどではこの村上発言に対して批判も飛び交っている。そのほとんどは、「死亡者と避難者を比べるのはおかしい」「原発も自動車も絶対に安全とは言えないから、経済的な観点を無視できるはずがない」などというもので、まったく反論になっていない。
 そもそもよく読めば、その回答は村上発言のなかにあらかじめ含まれていることが分かるはずだ。
〈それだけ(15万人)の数の人々が住んでいた土地から強制退去させられ、見知らぬ地に身を寄せて暮らしています。家族がばらばらになってしまったケースも数多くあります。その心労によって命を落とされている方もたくさんおられます。自死されたかたも多数に及んでいます。〉
 
 「数」の問題でいえば、15万人もの人が人生の基盤を奪われるという死に匹敵する甚大な被害を受けている。「死者が出ていない」というが、直接の死者がいないに過ぎず、いわゆる「原発関連死」は決して少なくない。……と、いったん原発推進派の議論の土俵に乗り、「数」の問題にも、「死者がいない」論にも明確に反論している。
 そのうえで、本質は「数」の話ではなく、「国家の基幹と人間性の尊厳に関わる包括的な問題」と述べているのだ。「死亡者」の「数」の比較に還元することは、あたかも客観的で冷静な分析を装っているが、その実、被災者・避難者の人生という“質”や、国土が世代を超えて汚染される“時”の議論を隠蔽し、問題を矮小化している。
 この「隠蔽」と「矮小化」が何者によってなされるのか。村上はその犯人をハッキリと指摘する。
〈「年間の交通事故死者5000人に比べれば、福島の事故なんてたいしたことないじゃないか」というのは政府や電力会社の息のかかった「御用学者」あるいは「御用文化人」の愛用する常套句です。比べるべきではないものを比べる数字のトリックであり、論理のすり替えです。〉
 そう、「政府」であり「電力会社」であり、その息のかかった「御用学者」に「御用文化人」だと。そして、「比べるべきではないものを比べる数字のトリック」「論理のすり替え」と、彼ら原子力ムラが国民をだましてきたやり口を喝破する。
 さらに、原発再稼動肯定派が大義名分とする「効率」という言葉について、こう問いかける。
効率っていったい何でしょう? 15万の人々の人生を踏みつけ、ないがしろにするような効率に、どのような意味があるのでしょうか? それを「相対的な問題」として切り捨ててしまえるものでしょうか? というのが僕の意見です。〉
 
 実は、村上は以前にも海外で、この「効率」という観点について、反対意見を表明したことがあった。それは2011年6月9日、スペインのカタルーニャ国際賞授賞式で行われたスピーチでのこと。村上は東日本大震災と原発事故に触れてこう言った。
〈(福島原発の事故は)我々日本人が歴史上体験する、(広島・長崎の原爆投下に次ぐ)二度目の大きな核の被害です。しかし今回は誰かに爆弾を落とされたわけではありません。私たち日本人自身がそのお膳立てをし、自らの手で過ちを犯し、自らの国土を損ない、自らの生活を破壊しているのです。
  どうしてそんなことになったのでしょう?(略)答えは簡単です。「効率」です。efficiencyです。原子炉は効率が良い発電システムであると、電力会社は主張します。つまり利益が上がるシステムであるわけです。また日本政府は、とくにオイルショック以降、原油供給の安定性に疑問を抱き、原子力発電を国の政策として推し進めるようになりました。電力会社は膨大な金を宣伝費としてばらまき、メディアを買収し、原子力発電はどこまでも安全だという幻想を国民に植え付けてきました(略)。
  まず既成事実がつくられました。原子力発電に危惧を抱く人々に対しては「じゃああなたは電気が足りなくなってもいいんですね。夏場にエアコンが使えなくてもいいんですね」という脅しが向けられます。原発に疑問を呈する人々には、「非現実的な夢想家」というレッテルが貼られていきます。
  そのようにして私たちはここにいます。安全で効率的であったはずの原子炉は、今や地獄の蓋を開けたような惨状を呈しています。〉
 
 ここには、春樹文学のひとつの特徴と言われるもったいぶったレトリックや気の効いた比喩は皆無だ。当時、このスピーチは国内でも大きく報道されたが、「政治家らが曖昧な説明しかしないなか公人としての貴重な発言」と評価する者もいた一方、「海外でなく日本国内で言ってほしい」と物足りなさを感じた向きも多かったことは記憶に新しい。
 しかし、もともと、村上春樹といえば、社会や政治などの“巨大なシステム”と距離を置こうとする主人公を作品のなかで描いてきた作家だった。団塊の世代でありながら同世代の作家たちとは一線を画し、学生運動や政治からは一貫して距離をとっていた。デビューから1980年代までの彼の作品は、文芸評論家などから「デタッチメント(かかわろうとしない)」文学とも呼ばれていた。ご存知のとおり、村上が社会的出来事を作品のなかに反映させ始めたのは、1995年阪神淡路大震災、オウム地下鉄サリン事件などが相次いでからである。
 とりわけ、ノーベル文学賞候補と目されるようになった2000年代後半頃から、村上はますます社会的・政治的発言を行うようになっていった。09年エルサレム賞授賞式での「壁と卵」スピーチは有名だが、その他もアメリカやオーストリアのインタビューで積極的に日本社会について語っている。もっとも、それらはみな海外でのことであり、依然として国内メディアでは発言に慎重だったことから、「ノーベル賞へのアピールだろ」などと揶揄されることにもなったのだが。
 
 しかし、そんな村上がここに来て、日本国内へ向けて大々的に社会的・政治的発言をするようになったのである。これはひとつの変化と捉えてよいだろう。
 前述の特設サイトでの回答だけではない。今月半ばから、共同通信が配信した村上のロングインタビューが毎日、東京、神戸、西日本新聞など、複数の新聞社に掲載された。そこで村上は、国際情勢について、〈「テロリスト国家」を潰すんだと言って、それを力でつぶしたところで、テロリストが拡散するだけです〉と断じ、日本の歴史認識の問題でも明らかに安倍政権を牽制するような発言をしている。
〈ちゃんと謝ることが大切だと僕は思う。相手国が「すっきりしたわけじゃないけど、それだけ謝ってくれたから、わかりました、もういいでしょう」と言うまで謝るしかないんじゃないかな。謝ることは恥ずかしいことではありません。細かい事実はともかく、他国に侵略したという大筋は事実なんだから。〉
 簡潔ながら、説得力のある言葉である。これらの村上の発言についてさっそく百田尚樹が「そんなこと言うてもノーベル賞はもらわれへんと思うよ」などと、ノーベル賞へのアピールかのように揶揄していたが、そうではないだろう。村上春樹はおそらく本気だ。
 
 「政治」からも「本気」からも最も遠いところにいた村上春樹が、国内でここまで踏み込んでいるということは、やはりこの国が相当に差し迫った危機に直面していることの証なのではないか。
 いや、ひょっとすると、村上は、かつて自身が描いてきた小説の主人公のような人たちへ向けて、発信し始めたのかもしれない。「原発推進派も反原発派もどっちもどっち」「権力批判も大概にしないとかっこ悪い」という“かかわろうとしない”態度のままで本当にいいのか考えてみてほしい──もしそれが村上の思いであるのならば、是非今後も、様々な局面で発言を続けていってほしい。    (酒井まど)
 

池袋の公園で異状高線量検出 480μシーベルト/H

 幼児を含む不特定多数が来る東京豊島区の区立池袋本町の公園で、遊具近くの地表から毎時四八〇マイクロシーベルトの放射線量が検出されました。これは2時間で年間の限度量に達するものです。
 豊島区は、2012年1月に都ごみ収集車の車庫だったという土地を購入し、13年3月に開園しましたが、この間放射能のチェックを全く行わず結果的に区民たちに被曝させました。
 
 放射線源の除去は勿論ですが、他所でもそういう可能性があるのかどうかを知るためにも、そういう線源が地中に存在した経緯を解明してほしいものです。
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豊島区高放射線量 通報受け調査2日後
 東京新聞 2015年4月24日
 東京都豊島区の区立池袋本町電車の見える公園で、遊具近くの地表から毎時四八〇マイクロシーベルトの放射線量が検出された問題は、区民から「放射線量が高い場所がある」と通報がなければ発覚しなかった。区が測定したのは、通報から二日後。識者は「自然界にはない高いレベルだと思う。早く取り除くべきだ」と話す。
 
 区によると、通報は二十日にメールで届き、その日のうちに内容を確認した。だが、公園内の遊具を測定したのは二十二日午後だった。滑り台の階段近くで毎時二・五三マイクロシーベルトを検出。国の除染の基準値(毎時〇・二三マイクロシーベルト)を超えたため、滑り台のある遊具をフェンスで囲って使用禁止とし、原子力規制委員会に助言を求めた。
 
 二十三日午後、規制委の職員が立ち会って遊具周辺の地表を調べたところ、滑り台近くから毎時四八〇マイクロシーベルトが検出され、区は公園への立ち入りも禁止した。区は二十三日、記者向けに発表文を配布、ホームページで情報提供したほか、その日の夜、近隣住宅に注意喚起のちらしを投函した。
 区環境保全課は、調査開始まで時間がかかったことについて「これまでにないケースだったので、周辺環境の確認やどう測定するかなど、さまざまな検討が必要だった」と説明。「地中に何らかの放射性物質が存在すると考えられる」としているが、公園全体の地表はまだ調べていないという。
 調査に立ち会った規制委職員は「放射性物質の種類や、いつごろから存在していたかが分からず、人体への影響については現時点で何とも言えない」と説明。今後は「区による放射性物質の除去作業などで、必要があれば助言していく」と話す。
 
 放射線の種類は二十二、二十三日の測定から、透過力が強いガンマ線と判明したが、どんな放射性物質が埋まっているのかはまだはっきりしない。公園は二〇一二年一月に都から土地を購入し、一三年三月に開園した。都のごみ収集車の車庫だったという。毎時四八〇マイクロシーベルトという数値は、そこに二時間いれば一般人の年間限度とほぼ同じ量を被ばくすることになる。地上から一メートルの高さでも同五~六マイクロシーベルトと除染基準を上回る。
 
 金沢大の山本政儀教授(環境放射能)は「福島の原発事故後、低線量でも人々は敏感になっている。数値にかかわらず、早く取り除くべきだ」と指摘。「子どもが遊んでいる場所。子どもは放射線の感受性が大人より高いと言われている」と話している。
 区が設置している区民向けの相談窓口は電03(3987)4174。
 
◆万全の態勢で対応
 高野之夫(ゆきお)豊島区長は「区民の皆さまにご心配をおかけし、心よりおわび申し上げます。高い放射線量は検出地点が非常に限定されており、人体への影響は極めて低いと考えています。不安を解消するためにも一刻も早い除去に向けて、万全の態勢で対応してまいります」とのコメントを出した。 

  毎時480マイクロシーベルトの放射線量が測定され、フェンスで囲まれた
  公園の遊具=23日夜、東京都豊島区 
 
 毎時480マイクロシーベルトの放射線量が測定され、フェンスで囲まれた公園の遊具=23日夜、東京都豊島区

2015年4月24日金曜日

線量測定器:異常相次ぎ全77台運用中止 福島県

 3月末に福島県内に設置し4月1日から試験運用を始めた77台の空間線量測定器が、指示が異状だったり測定データが伝送できなかったりする不具合が発生した件で、いまだに33台が復旧していないため、福島県は納入業者(福島市)との契約を解除し、新設の77台すべての運用を中止したと発表しました。
 前代未聞の不祥事といえます。再設置する予定はありますが、時期は未定ということです
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線量測定器:異常相次ぎ全77台運用中止 福島県
毎日新聞 2015年04月22日   
 福島県が設置した空間放射線量の簡易型測定器に異常が相次いだ問題で、県は22日、不具合が解消しないため、77台すべての運用を中止し、福島市の納入業者との契約を解除したと発表した。再設置する方針だが、時期は未定という。
 
 県によると、3月に設置し4月1日から試験運用を始めた77台。一部で測定値が通常値の約1000倍に上昇したり、測定データが伝送できなかったりする不具合が発生した。20日時点で33台が復旧していないという。
 3月30日に原子力規制庁から、13台が通信テストでデータ送信できないと県に連絡があったが、試験運用を開始した。県危機管理部の樵(きこり)隆男部長は記者会見で「連絡を受けた時点で異常に気づくべきだった。情報が内部で共有されず、不適切だった」と陳謝した。
 
 規制庁は福島県内に簡易型測定器3036台を設置しているが、東京電力福島第1原発事故の被災自治体の要望を受け、県が新たに77台を設置していた。【岡田英】
 

廃炉作業・賠償実施を「完全に」 双葉町長東電に

 双葉町の伊沢史朗町長は22日、東電に福島第一原発の廃炉作業の完全化と原子力損害賠償の完全実施に関する要求書を提出しました。
 
 廃炉作業の完全化については(1)作業中の事故の未然防止(2)作業員の労働環境の充実(3)汚染水の確実な処理と安全管理の徹底など6項目、賠償の完全実施については(1)個別の事情に柔軟に対応し、誠意ある賠償をする(2)損害については長期的な視点を踏まえ賠償する(3)社員への平等な賠償など4項目です
 
 汚水処理関係での問題多発は東電の誠意のなさと能力不足を思わせてあきれるばかりですが、賠償関係の完全実施は東電に誠意さえあれば直ぐにも実施できることです。
 事故からもう4年余り一体何をしているのでしょうか。
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第一原発の廃炉、賠償「完全に」 双葉町長が東電に要求
福島民報 2015年4月23日
 双葉町の伊沢史朗町長は22日、東京電力に福島第一原発の廃炉と原子力損害賠償の完全実施に関する要求書を提出した。
 要求書には10項目を盛り込んだ。廃炉については(1)作業中の事故の未然防止(2)作業員の労働環境の充実(3)汚染水の確実な処理と安全管理の徹底-など6項目、賠償の完全実施については(1)個別の事情に柔軟に対応し、誠意ある賠償をする(2)損害については長期的な視点を踏まえ賠償する(3)社員への平等な賠償-など4項目。
 要求書の提出はJヴィレッジで行われ、伊沢町長が東電の石崎芳行副社長(福島復興本社代表)に手渡した。
 伊沢町長は要求書提出に先立ち、福島第一原発を視察し、作業員らを激励した。
 福島第一原発の「K排水路」から汚染雨水が港湾外に流出した問題について、石崎副社長は「伊沢町長から厳しいお叱りを受けた。パトロールの体制やポンプの運用に問題があると考えており、二度とそのようなことがないようにしたい」と語った。
 

2015年4月23日木曜日

「原発事故でオオタカ繁殖低下」 高線量影響か

東京新聞 2015年4月22日
 11年の東電福島第1原発事故以降、栃木県など北関東で国内希少野生動植物種オオタカの繁殖成功率が低下していることが、名古屋市立大とNPO法人「オオタカ保護基金」(宇都宮市)の研究で判明。要因を統計解析し、空間線量の高まりが大きく影響したと推計している。餌の変化など他の要因の影響は小さかった。
 
 事故前の推計繁殖成功率78%が、事故後は50%近くに低下。時間経過に伴い空間線量は下がり成功率も回復すると予想されたが、12、13年とますます悪化した。
 
 市立大の村瀬准教授は「放射線の外部被ばくだけでなく、餌を通じて内部被ばくの影響を受けた可能性もある」と指摘する。 (共同)
 

高浜原発仮処分 異議審議は来月20日

 関西電力高浜原発3、4号機の再稼働差し止め仮処分決定を不服として、関電が福井地裁に申し立てた異議の第1回審尋5月20日に決まりました。審理は合議体で行われ裁判長は樋口英明裁判官の後任として福井地裁に異動した林潤裁判官が務めるということです。

  関電をはじめ再稼動推進派盛んに「決定」の事実誤認を主張していますが、本質論として、それでは先の決定が危惧した原発の安全性についてキチンと証明できるのか注目されます。
 原発が「ゼロリスク」でなくとも稼動させられるということを説明できる理論が当然必要となります。
(関係記事)
4月22日 次世代原子炉の安全性に懸念 仏アレバ社 
 
 ところで22日、鹿児島地裁川内原発差し止め仮処分申請を却下しましたが、これについても同じことが言えます。
 新規制基準に不合理な点は認められないという見解だそうですが、何故そう言えるのか大いに疑問です。
 
 「川内原発再稼動差し止め却下 鹿児島地裁決定」のニュースを併せて紹介します。
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高浜原発仮処分決定とは別の裁判官 福井地裁、来月20日に異議審
福井新聞 2015年4月22日
 関西電力高浜原発3、4号機(福井県高浜町)の再稼働差し止めを命じた福井地裁の仮処分決定を不服として、関電が地裁に申し立てた異議の第1回審尋期日が5月20日に決まったことが21日、関電と住民側への取材で分かった。期日決定は20日付。
 
 審理は合議体で行われる。裁判長は仮処分決定を出した樋口英明裁判官の後任として福井地裁に異動した林潤裁判官が務める。
 仮処分をめぐっては、地裁は14日、関電の安全対策の不備や新規制基準の不合理性を指摘し、再稼働を認めない決定を出した。これに対し関電は17日、「明らかな事実誤認がある」として決定取り消しを求める異議を申し立てていた。
 関電は、異議の審理の間に一時的に決定の停止を求める執行停止も合わせて申し立てている。住民側代理人は、この申し立てに対する住民側の意見書を地裁に今後提出するため「月内の判断はない」としている。
 
 5月20日は大飯原発3、4号機(大飯町)の再稼働差し止めを求める仮処分の第3回審尋も開かれる。 
 
 
川内原発再稼働差し止め却下 鹿児島地裁決定
南日本新聞 2015年4月22日
九州電力川内原子力発電所(左から2号機、1号機)=薩摩川内市(2月2日撮影)
 九州電力川内原発1、2号機(薩摩川内市)の安全性は確保されていないとして、周辺住民12人が再稼働差し止めを求めた仮処分で、鹿児島地裁の前田郁勝裁判長は22日、申し立てを却下する決定をした。
 仮処分は、川内原発の運転差し止め訴訟を起こしている原告団のうちの一部住民が昨年5月に申請。耐震設計の目安となる地震の揺れを過小評価しているなどと主張し、訴訟より早期に司法判断を仰ぐため申し立てた。
 川内原発は原子力規制委員会が昨年9月、新規制基準に適合した初の原発に認定。10~11月、地元議会や市長、県知事が相次いで再稼働に同意した。3月末から1号機が使用前検査に入っており、九電は7月上旬の再稼働を目指している
 

汚染水ポンプ停止は専用発電機内漏電が原因

 福島原発の「K排水路」と呼ばれる雨水排水内に設置したポンプ全台が停止し、放射性物質で汚染されている雨水などが直接外洋に流出した原因は、排水ポンプ専用に設置された発電設備が故障したためと分かりました。
 可搬型のディーゼル発電機で17日に運転開始したばかりですが、発電機内で漏電があって停止したということです。お粗末な話です。
 
 ところで排水ポンプは1台当たり秒ほどで家庭用浴槽の水をくみ上げる能力ということなので、ポンプ容量は360トン/時 程度と思われます(浴槽は通常200L)
 これが8台ということなので、「K排水路」内の雨水の流量はピーク時には毎時2000トン以上という莫大な量であることが分かります。 
 
    (関係記事)
4月22日 福島原発、排水路の全ポンプが停止 汚染雨水流出
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福島第一汚染水また外洋流出 ポンプ用発電機が停止
東京新聞 2015年4月22日
 東京電力は二十一日、福島第一原発の外洋につながる排水溝から汚染水をくみ出し、専用港に排水するためのポンプ八台が全て停止し、溝をふさいでいた堰(せき)から汚染水が外洋に流出していたことを明らかにした。
 
 ポンプは、外部電源ではなく、可搬型のディーゼル発電機の電力で動いていたが、発電機内で漏電を検知して止まった。バックアップの発電機はなかった。
 東電によると、作業員が二十日午後二時すぎ、ポンプをチェックした際は動いていたが、二十一日午前八時四十五分に調べたところ停止していた。
 
 問題の溝は、1~4号機周辺の雨水を海に排水するために当初から設けられていた。しかし今年二月、東電は溝を流れる水には放射性セシウムなどが含まれ、継続的に海に流出していることを知りながら放置していたことが発覚。
 批判を受け、東電は溝に堰を取り付け、今月十七日から、たまった汚染水をポンプでくみ出し、比較的水の動きが少ない専用港内につながる別の溝に流し込む対策を始めた。
 本年度中に溝を付け替えるまでの応急措置だが、ポンプは一台当たり二秒ほどで家庭用浴槽の水をくみ上げるほどの能力がある。東電の担当者は「大雨を除けば、ほぼ汚染水はくみ上げられる」と対策の有効性を強調していた。
 しかし、ポンプを動かす肝心の電力がなくなり、予備電源もなく、対策は一時的に機能しなかった。
 

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