2021年4月30日金曜日

中国はなぜ原発処理水の海洋放出に反対するのか

 ジャーナリスト姫田小夏氏が「中国はなぜ原発処理水の海洋放出に反対するのか、専門家が指摘する5つの理由」とする記事を出しました。
 これまで政府側の人たちが安全のみを強調し、トリチウムがDNAを破壊する性質に全く触れていない中で、キチンとそのことに触れています。この件は1974年に日本放射線影響学会が警告を発しているところです。
     ⇒4月14日)菅政権「原発汚染処理水の海洋放出」はゴマカシだらけ
 またこれまで、IAEAも海洋放出を容認したという報じられ方しかされませんでしたが、「独特で複雑な事例」なのでしっかりとこれを監督し、“すべての利害関係者”との調整が必要だ、との条件付きであることが明らかにされた点も重要です。
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中国はなぜ原発処理水の海洋放出に反対するのか、専門家が指摘する5つの理由
              姫田小夏 ダイヤモンドオンライン 2021年4月30日
 日本政府が4月13日に発表した「処理水の海洋放出」の決定は、中国にも波紋が広がった。中国の専門家らも反発の声を上げているが、中国の原発も放射性物質を排出している。それでも、なぜ日本の対応は不安視されているのか。複数のレポートから客観的にその不安の原因を探った。(ジャーナリスト 姫田小夏)

中国の専門家らも批判する5つの根拠
 福島第一原発におけるデブリの冷却などで発生した放射性物質を含む汚染水を処理し、2年後をめどに海洋放出するという決定を日本政府が発表した。これに、中国の一般市民から強い反対の声が上がった。
 中国の原発も環境中にトリチウムを放出している。にもかかわらず、日本政府の決定には、中国の政策提言にも関わる専門家や技術者も声を上げた。その主な理由として、下記の要因を挙げている。

 10年前(2011年3月)の福島第一原発事故が、チェルノブイリ原発事故(1986
    年4月)に相当する「レベル7」の事故であること
(2) 排出される処理水が、通常の稼働下で排出される冷却水とは質が異なること
(3) 事故の翌年(2012年)に導入した多核種除去設備(ALPS)が万全ではなかった
    こと
(4) 日本政府と東京電力が情報やデータの公開が不十分であること
(5) 国内外の反対にもかかわらず、近隣諸国や国際社会と十分な協議もなく一方的に処
    分を決定したこと

 さらに、復旦大学の国際政治学者である沈逸教授はネット配信番組で、国際原子力機関(IAEA)が公表した2020年4月の報告書(*1)を取り上げた。
*1 Review Report IAEA Follow-up Review of Progress Made on Management of ALPS Treated Water and the Report of the Subcommittee on Handling of ALPS treated water at TEPCO’s Fukushima Daiichi Nuclear Power Station Vienna, Austria 2 April 2020

 報告書によると、IAEAの評価チームは「『多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会(ALPS小委員会)』の報告は、十分に包括的な分析と科学的および技術的根拠に基づいていると考えている」としている。しかし、同教授は「それだけで、IAEAが処理水の海洋放出に対して“通行証”を与えたわけではない」とし、この報告書に記載されている次の点について注目した。
 「IAEAの評価チームは、ALPS処理水の処分の実施は、数十年にわたる独特で複雑な事例であり、継続的な注意と安全性に対する再評価、規制監督、強力なコミュニケーションによって支持され、またすべての利害関係者との適切な関与が必要であると考えている」(同レポート6ページ)
 つまりIAEAは、ALPS技術が理論上は基準をクリアしていたとしても、実践となれば「独特で複雑な事例」なので、しっかりとこれを監督し、“すべての利害関係者”との調整が必要だとしている。IAEAは原子力技術の平和的利用の促進を目的とする機関であり、「原発推進の立場で、日本とも仲がいい」(環境問題に詳しい専門家)という側面を持つものの、今回の海洋放出を「複雑なケース」として捉えているのだ。
 同教授は「果たして日本は、中国を含む周辺国と強力なコミュニケーションができるのだろうか」と不安を抱く。
 他方、日本の政府関係者は取材に対し、「あくまで個人的な考え」としながら、「中国のネット世論は以前から過激な部分もあるが、処理水の海洋放出について疑義が持たれるのは自然なこと」と一定の理解を示した。

放射性物質の総量は依然不明のまま
 今回の処理水放出の発表をめぐっては、日本政府の説明もメディアの報道も、トリチウムの安全性に焦点を当てたものが多かった。東京電力はトリチウムについて「主に水として存在し、自然界や水道水のほか、私たちの体内にも存在する」という説明を行っている。
 原子力問題に取り組む認定NPO・原子力資料情報室の共同代表の伴英幸氏は、取材に対し「トリチウムの健康への影響がないとも、海洋放出が安全ともいえない」とコメントしている。その理由として、海洋放出した場合に環境中で生物体の中でトリチウムの蓄積が起き、さらに食物連鎖によって濃縮が起きる可能性があること、仮にトリチウムがDNAに取り込まれ、DNAが損傷した場合、将来的にがん細胞に進展する恐れがあること、潮の流れが複雑なため放出しても均一に拡散するとは限らないこと、などを挙げている(*2)。
ちなみに中国でも「人体に取り込まれたトリチウムがDNAを断裂させ、遺伝子変異を引き起こす」(国家衛生健康委員会が主管する専門媒体「中国放射能衛生」の掲載論文)ため、環境放射能モニタリングの重要な対象となっている。
 国際的な環境NGOのFoE Japanで事務局長を務める満田夏花さんは「トリチウムは規制の対象となる放射性物質であるにもかかわらず、日本政府は『ゆるキャラ』まで登場させ、処理水に対する議論を単純化させてしまいました」と語る。同時に、「私たちが最も気にするべきは『処理水には何がどれだけ含まれているか』であり、この部分の議論をもっと発展させるべき」だと指摘する。
「ALPS処理水には、除去しきれないまま残留している長寿命の放射性物質がある」とスクープしたのは共同通信社(2018年8月19日)だった。これは、東京電力が従来説明してきた「トリチウム以外の放射性物質は除去し、基準を下回る」との説明を覆すものとなった。
 このスクープを受けて東京電力は「セシウム134、セシウム137、ストロンチウム90、ヨウ素129などの放射性物質が残留し、タンク貯留水の約7割で告示濃度比総和1(*3)を上回っている」と修正し、「二次処理して、基準以下にする」という計画を打ち出した。
*3 それぞれの放射性物質の実際の濃度を告示濃度限度で除し、それを合計したもの。排出するときは1を下回らなければならない。
 現在、東京電力のホームページ(*4)には、トリチウム以外の放射性物質が示されているものの、公開データはタンクごとに測定した濃度(中には1万9909倍の濃度を示すタンクもある)にとどまり、いったいどれだけの量があるのかについては不明、わかっているのは「トリチウムが860兆ベクレルある」ということだけだ。

海洋放出以外の代替案が選ばれなかった理由
 一方、海洋放出以外の代替案には、(1)地層注入、(2)海洋放出、(3)水蒸気放出(4)水素放出、(5)地下埋設、の5案が検討されていた。ALPS小委員会の報告書(2020年2月10日)は、それぞれが必要とする期間とコストを次のように説明している。

地層注入 期間:104+20nカ月(n=実際の注入期間)+912カ月(減衰するまでの監
        視期間)  コスト:180億円+6.5n億円(n=実際の注入期間)
(2)海洋放出  期間:91カ月(*5)コスト:34億円
(3)水蒸気放出 期間:120カ月  コスト:349億円
(4)水素放出  期間:106カ月  コスト:1000億円
(5)地下埋設  期間:98カ月+912カ月(減衰するまでの監視期間)コスト:2431億円
*5 91カ月を年換算すると8年未満となる。2020年2月10日の報告書にはこの数字が残っているが、2018年の説明公聴会では「1年当たり放出管理基準の22兆ベクレルを超える」という指摘が上がった。現在の政府の基本方針では、年22兆ベクレルが上限であり、年22兆ベクレルを放出すると、東京電力の試算では放出に要する期間は30年以上となる。

 上記からは、(2)の「海洋放出」が最も短時間かつ低コストであることが見て取れる。これ以外にも、原子力市民委員会やFoE Japanが、原則として環境中に放出しないというスタンスで、「大型タンク貯留案」や「モルタル固化処分案」の代替案を提案していた。
 これについてALPS小委員会に直接尋ねると「タンクが大容量になっても、容量効率は大差がない」との立場を示し、原子力市民委員会やFoE Japanの「タンクが大型化すれば、単位面積当たりの貯蔵量は上がるはず」とする主張と食い違いを見せた。この2つの代替案は事実上ALPS小委員会の検討対象から除外され、(2)の「海洋放出」の一択に絞られた。

日中の国民の利害は共通
環境問題と中国問題は切り離して
 対立する米中が気候変動でも協力姿勢を見せたこともあるのか、今回の取材では「中国に脅威を感じているが、海洋放出をめぐっては日本の国民と中国の国民は利害が共通する」という日本の市民の声も聞かれた。
 実は中国側も同じ意識を持っている。海洋放出について、中国の国家核安全局の責任者は「日本政府は自国民や国際社会に対して責任ある態度で調査と実証を行うべき」とメディアにコメントしていることから、中国側が“日本の国民と国際社会は利害が共通するステークホルダー”とみなしていることがうかがえる。
 原子力市民委員会の座長代理も務める満田氏は、「海洋放出についての中韓の反応に注意が向き、論点がナショナリスティックかつイデオロギー的なものに傾斜していますが、もっと冷静な議論が必要です」と呼びかけている。
 そのためには、国民と国際社会が共有できる自由で開かれた議論の場が必要だ。日本政府と東京電力にはよりいっそう丁寧な対応が求められている。