2020年10月12日月曜日

12- 頭頂部が被曝・・・ハゲは 「ヤクザと原発 福島第一潜入記」(2/2)

 「頭頂部が被曝したんですね。ハゲが進むんでしょうか?」 原子炉建屋の方に見えた黒い煙の正体とは  

                 ヤクザと原発 福島第一潜入記鈴木 智彦
                        文春オンライン 2020年10月11日
 30年近くヤクザを取材してきたジャーナリストの鈴木智彦氏は、あるとき原発と暴力団には接点があることを知る。そして2011年3月11日、東日本大震災が発生し、翌12日、福島第一原発(1F)の1号機が水素爆発した。鈴木氏が1Fに潜入したレポート、『ヤクザと原発 福島第一潜入記』(文春文庫)より、一部を転載する。(全2回の2回目)
                  ◆◆◆
1F正門に突撃
 就職後、すぐに放管手帳を申請した。
「3月なら、(放管手帳)なくても行けたんだけどね」(他の協力企業関係者)
 潜入取材において、これがすべての始まりである。後に書いた記事で取材先の業者に迷惑がかからぬよう、申請は別の業者で行った。その業者に訊くと要らぬ心配だと笑われた。
「電力(業者は東電をこう呼ぶ)にそんな余裕はない。働いてくれる人間を断るはずがない」(放管手帳を申請してくれた業者)
 正式な作業員なので、送迎や雑務などで原発の近くには何度も出かけた。立ち入り禁止区域に指定される前日の4月21日まではなんの制限もなかったので、1Fの正門前まで出向いた。
 21日、午後3時50分―。
 私が乗った車は1F近くの路上に停車した。枝野官房長官(当時)が記者会見で1Fから半径20キロ圏内を警戒区域に指定、一般人の立ち入りを禁止すると発表したのは、わずか5時間ほど前のことだった。政府がここまで短期間で警戒区域を設定し罰則を設けるとは思わなかった。発表を予想していなかったため、ろくな用意はできなかった。
 白血球の減少を確認するため血液検査をしたかったのだが、いわき市の病院は閉まっていた。あちこちの出版社に頼み、カメラマンを探したが見つからず、仕方なく自分で撮ることにした。カメラは壊れてもいいよう中古の安物を買った。
 同行者は就職先とは別の、やっと見つけた5次請け業者だ。
「あの道をまっすぐ行けば正門だ。20分以内に戻ってくれ。あと、あまり目立たないように!」
 何度も釘を刺されたが『タイベックソフトウェアⅢ型』という化学防護服を着込み、重松製『CA―L4RI』という防毒マスクを被った姿で目立たないなど無理だろう。曖昧に頷いて降車し、業者の示した方角にゆっくり歩いた。
 防毒マスクを隙間なく装着するため、眼鏡は外した。裸眼で0.1の視力では景色がすべてピンぼけである。5分ほど歩くとバイク置き場の横にぼんやりした桜の木が見えてきた。近づいてみると満開でなんともシュールな光景だ。臨死体験の経験者の多くは花畑を目撃するらしい。しかしここ1Fは、極楽浄土というより地獄である。
 さらに歩くと右に『東京電力福島第一原子力発電所サービスホール』、反対側に「おもちゃの国へようこそ」という看板があった。ノーファインダーでデジ一眼を構え、適当にシャッターを切った。ディスプレーで確認すると露出がアンダー気味だ。ボタン操作で調整しようとしても分厚いゴム手袋のせいでうまくいかない。ひどく暑く、なぜか口腔内に鉄の味がした。放射性物質は無味無臭のはずだし、防毒マスクをしていたので錯覚だろう。

すべてを諦めて逃げるしかなかった
 そのとき原子炉建屋の方角から黒い煙が上がった。手にした携帯電話が鳴り、業者の番号が映し出された。音声をスピーカーにして応対しても、防毒マスク越しのため「危ない」という単語しか聞き取れない。電話を切って正門に向かった。そんなことは先刻承知だ。無理してここまで来たのである。その程度のことで引き返せない。
 正門まで100メートルほどの距離となった頃、防護服に赤いブーツを履いた4人の作業員が確認できた。気づかれないよう少しずつ距離を狭め、その度にシャッターを切った。4、5枚撮影して慎重に、ゆっくり前に進むと、作業員が一斉に動き出した。気付かれた。こうなった以上逃げるしかない。
 本来、この撮影は違法行為ではない。法律はまだ施行されていないし、放射線管理手帳が必要な敷地内には進入していないので合法だ。が、業者が特定されると圧力がかかるため、すべてを諦めて逃げるしかなかった。ただでさえ暑い上に全力で逃走したので喉が乾ききり、舌が上顎に張り付いた。
 業者とのパイプは死守する必要があった。マスコミの悪評は口コミで広がっている。ようやく取材許可をくれた5次請け業者に拒否されたら、取材の能率は著しく低下する。就職先には頼めない。なにからなにまで騙しているのだ。
「電力に言いたいことはたくさんある。けど(それをマスコミに話すと)仕事を切られる。だから絶対に見つからないでくれ。記事を書くときは(自分の会社が)特定されないよう気をつけてくれ」
 約束を守って車に戻った私は、車内で防護服とマスクを脱いだ。それをビニール袋に入れて巾着状態に縛り、履いていたバイク用の防水ブーツを濡れティッシュで拭った。
「防護服に付いた埃が舞うんだよ。これで被曝するんだ。ホールボディ(カウンター。原発等に設置されている内部被曝を測定する機器)やったらかなり出るな。あーあ、やんなっちゃうな」
 嫌味を言われてもどうしようもない。とにかくいまは逃げるのが先だ。車は1Fのフェンス越しに走り、北門に近づいた。正門と比べて警備が手薄で、頑丈な4WDで体当たりすれば容易に進入できるはずだ。
 1Fの撮影が途中で頓挫したため業者に懇願し、双葉郡浪江町請戸(うけど)に向かった。1Fからわずか3、4キロのここは、震災後、捜索がほとんど行われていない。風邪用のマスクだけをして降車し、撮影した。出せない写真が多い。あちこちに遺体があったからだ。瓦礫と化した町のバックには、1Fの建物がはっきり写っている。
 その後は業者も観念したのか、3時間ほど近隣の撮影に付き合ってくれた。毎年、多くの花見客でごった返す富岡町夜(よ)ノ森(もり)の桜並木にはまったく人気(ひとけ)がなかった。午前中はぎりぎりで荷物を取りに戻った住民が多く、一部では渋滞になっていたと聞いた。事実、私が1Fに向かう途中、バイクを運び出している男性がいて、彼の愛車はプレミア価格で取引されるカワサキのZ2だった。

36万円のサーベイメーター購入
 5次請け業者は運転しながらしきりにぼやいていた。
「あーあ、もうかなり被曝しちゃったなぁ。どのくらい汚れたのかサーベイないから分かんないんだよなぁ。そういえばこの辺に同業者や関連会社がいっぱいあんだよ。突然の避難だったから、サーベイも置きっぱなしだろう。持って帰ったら高く売れんな。一勝負すっかな」
「そういえば銀行もありましたね。犯罪者にとって銀行強盗は男のロマンらしいですよ」
 もちろん冗談だが、地元業者の話によれば、当時、地元の信用金庫にあった2億~3億円の現金は手つかずと言われていた。強盗団たちがそれを知らないはずがない。
 当時、サーベイメーターの不足は深刻だった。放射能パニックによって多くの一般人が購入したため在庫のすべてが完売し、それを必要とする業者に回らないのだ。
 サーベイメーターとは放射線測定装置の一種で、テレビのニュースでよく観る映像―完全防護服を着込んだ係員が、コードで繫がれた筒状の機器を持ち、フルノーマル(業者は一般マスクなしの私服をこう呼ぶ)姿の住民の体に当て、被曝量を測っている機械である。なにを計測しているかといえば、一分当たりのカウンター数で、単位はcpmが使われる。α線やβ線、その両方を測れるもの、また中性子を測定する特別な機器もある。
 今回の原発事故で広くその名が知れ渡ったガイガーカウンターもこの一種で、ガイガー・ミュラー計数管(GM管)を使っているためこう呼ばれる。語源は開発者のハンス・ガイガーとヴァルター・ミュラーという2人の物理学者の名前だ。ガイガーカウンターは性能も値段もピンキリで、4万円から10万円程度の外国製は、それなりの性能と割り切ったほうがいい。私が買った6万円の中国製は正門前で針が振り切れた。
「そんなおもちゃ捨てちまえよ」
 業者によると、正確な測定のためには、測定器を定期的に点検して補正せねばならず、まともなGMサーベイメーターなら最低、30万円はするという。後日、私が購入したのは日立アロカメディカル社製(以下、日立アロカ社)のTGS―146Bという機種で、36万円だった。品薄状態は今も続いている。
 日本製の中でも日立アロカ社の製品を選び、なおかつ千代田テクノルという原子力・医療分野の放射線関連機器の販売会社を通して購入したのは、両社が原発業者の間で信用に足るブランドとして認知されていたためである。私の就職した会社が所有している機器も日立アロカ社製だし、帰京後、サーベイを受けに出かけた放射線医学総合研究所(放医研)でも、「コストを考えないなら(日立)アロカを千代田(テクノル)で買うのが一番のオススメ」と教えてもらった。

飼っているダックスフンドが猛烈に吠えた
 業者の家でシャワーを借り、用意していた新しい衣服に着替えた。業者から「中性洗剤でごしごし洗えば、(放射性物質は)かなり落ちるよ」と聞いていたので、いわき市で再び体を洗い、新品のジャージと靴に替えた。タクシーに乗ってレンタカーを停めていたいわき中央インターすぐの駐車場に向かう。だが放射能パニックのせいで業者すらサーベイメーターを持っておらず、素人除染が成功したかは分からない。
 レンタカーを汚すわけにはいかないので、塗装用の白い簡易コートを着込んで運転した。都内に戻っても自宅には戻らず、子供がいないサウナを梯子して3回ほど新品の衣服に着替えた。買い直せるものは全部捨て、携帯電話や腕時計は防水なので、ボディソープと歯ブラシを使って何度もごしごし洗った。Gショックは問題なかったが、富士通製の防水携帯は4度目の洗浄で液晶部分が浸水し、買い換えるしかなかった。幸い、データは生きていた。
 翌日、真っ白い布でできた塗装用コートを着て、自宅で新品の衣服セットを受け取った。レンタカーを返却し、豊島園の健康ランドに入って歩いて戻った。異様な姿だったため、レンタカー会社からはゴールデンウイークというかき入れ時にその車を使えず、損害が出て問題になっていると何度か電話をもらった。20キロ圏内に入っていない証拠を見せるか、汚染されていない旨を一筆書いて欲しいと言われたが、典型的な風評被害なので断った。
 自宅に戻ると、飼っているダックスフンドが猛烈に吠えた。しゃがみ込んで頭をなでようとしても「ウゥゥゥ、ウワン」と吠えられる。
〈まだ放射性物質が落ちていないのかもしれない。家族やペットに移ったらどうしよう〉
 家には入らず、そのまま近くの健康ランドに戻った。タクシーを使って帰宅し、再び玄関先に近づくと、ドアを開ける前からダックスがぎゃんぎゃん吠える。どうしていいかわからなかった。自分はどうなってもいい。が、家族が被曝するのは避けたい。
 いまになれば執拗に除染したため、自分の匂いがなかったからだとわかる。なにしろ風呂嫌いの私が日に何度もシャワーを浴び、耳、鼻、口、爪の中まで石けんでごしごし洗ったうえ、衣服も靴もバッグも新品だったのだ。
 ドアの前から離れ、駐車スペースでしゃがみ込み、どうしようかと悩んでいると、お隣の若奥さんから声がかかった。奥さんはピアノ教室を開いていて、防音ルームの入口が、我が家の駐車場のすぐ脇にある。
「あらお久しぶり。また出張ですか。大変ですね。今度はどちらに?」
 立ち上がって笑顔を作り、ゆっくりと後ずさりした。
〈放射能を移してはまずい〉
 そう思ったからだ。
「北です。北。ちょっくら北に行ってまして」
「あら大変、被災地の取材? それでどちらまで? いやね、さっき変な車が停まってたんですよ。ほら、テレビで観る原発の、真っ白い服を着て、レンタカーに乗った不審な人が……」
 間違いない。その不審者は私である。
 意を決して自宅に駆け込んだ。自分の部屋に入り、ドアを閉め切った。

放医研で線量を測定
 なんとか落ち着きを取り戻し、ネットで情報を漁った。ニュースを見つけ、作業員が一斉に動いたからといって、逃げる必要はなかったと理解した。私が目撃した黒煙は3号機の原子炉建屋から上がったもので、これにより東京消防庁の放水が中止されていたからだ。正門付近の消防隊員は20キロほど離れた指揮本部に退避している。慌てすぎだ。後悔しても遅い。もう作業員になるその日まで、1Fには近づけない。
 東電は3号機から黒煙が上がった理由を明確にしていない。隠蔽しているのではなく、分からないのだろう。この時、目立った放射線量の増加はないと報道されたが、近隣のモニタリングポストの数値はわずかながら増加している。放射線量は距離の2乗に反比例する。業者は「たぶん、正門付近ではマックス約200ミリシーベルトくらいでしょ」と言っていたから、この前提だと約20分間敷地内を歩き回った私は、最大で66ミリシーベルト程度の線量を食った計算になる。前述したように、持参した中国製のガイガーカウンターはエラーメッセージが出ていた。使い物にならないそれは、1F近くの店舗にあったゴミ箱に捨てた。
 週明け、最初に放医研を訪問したときは、こちらも無知だったのでビビりまくりだった。撮影に使ったカメラを4枚のビニール袋に厳重に封印して持ち込み、女性検査官に苦笑された。とはいっても、放医研の正門からすぐ右手に急設された測定場所は、すべての窓が目張りしてあり、床にはブルーシートが敷き詰められている。ビル内にいる職員のすべては、靴をビニール袋で覆い、マスクをしており、免疫のない一般人にはかなりホラーな光景だろう。
 階段を上がるとにこやかな表情の中年男性職員が立っており被曝状況の概要を訊かれた。東電社員や協力企業とは違い、不埒な目的で1Fに近づいたのだから�責されると思ったが、「実際の現場はどうなんですか? 大丈夫なんですか?」と無関係な質問攻めに合い、正反対の意味で当惑した。
 1Fの正門まで行ったこと、その後、フルノーマルに一般マスクという服装で3キロ近辺を3時間あまり撮影したことなどを伝え、時間と防護服の種類、手袋と防護服の間をガムテープで縛ったか、シャワーや着替えはしているか、などを質問された。それら詳細を自分で汚染検査表に書き込んでいく。

「頭頂部が被曝したんですね。ハゲが進むんでしょうか?」
 隣の机では、40代くらいの東電社員が同じ質問をされていた。東電の社員と分かって頭が取材モードになりその様子を凝視していたら目があったので、ニコッと微笑みかけたが無視された。
 その後、汚染検査表を持って建物の奥にある測定スペースに移動する。ここで使っていたのが、日立アロカ社製のGMサーベイメーターだった。男女2人の検査員が、それぞれ2番と10番のテープを貼られたサーベイを手に取り、2台を使って測定が開始された。
「テープのところにお立ち下さい。あっ、バンザイはしなくていいです。自然に手を降ろして下さいね。はい行きます。まず10番、バックグラウンド70です。あっ、気を付けも駄目です。手は楽にして、普通に下げて」
 バックグラウンドとは、自然界を測定したカウント数である。地球上のどこでもごくわずかの放射能を帯びているので、これを考慮せずに測定すれば、どんな人間でも被曝していることになってしまうから、あとでこれを修正しなくてはならない。
 鼻、顔、頭頂部、後頭部、喉、両目、胸、背中、腹部、尻、両腕、掌、手の甲、足、足の裏など、あちこちを測定され、一番高かったのは頭頂部の150カウントだった。自然界の70カウントを引いても、数値上、80カウント被曝している計算だ。知識がほとんどないため、私は一気にパニックとなった。
「頭頂部が被曝したんですね。ハゲが進むんでしょうか? いや、これはハゲた言い訳にすればいいでしょうか」
「ハゲ……ハゲ……ですか。たぶんまったく無関係でしょうね」
 戸惑ったトーンの声を聞いてようやく我に返り、ふと男性係員の頭をみると、彼の頭は私以上にハゲていた。