文春オンラインに、ジャーナリストの鈴木智彦氏による福島第一原発(1F)潜入レポート『 ヤクザと原発 福島第一潜入記 』(文春文庫)の一部が転載されました。
その後編です。
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「みんな狂うんだよ、金に」福島のヤクザが「墓でがっつり」を狙ったワケ
文春オンライン 2020年10月4日
(全2回の2回目/ 前編 に続く)
新宿歌舞伎町の通称“ヤクザマンション”に事務所を構え、30年近くヤクザを取材してきた鈴木智彦氏が、福島第一原発の作業員となった。内部の様子を綴った『 ヤクザと原発 福島第一潜入記 』より、一部を転載する。(全2回の2回目/ 前編 から続く)
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任俠系右翼は国家の味方
東京電力福島第一原発(1F)の1号機、3号機が立て続けに水素爆発を起こした直後、私は暴力団を通じて協力会社にコンタクトを取った。どこから切り込んでも、簡単にヤクザルートで話が訊けたので、数年前の祭りの光景を思い出した。親分は肝臓癌で亡くなったが、組織の利権はいまも変わらず存在しているはずだ。表面上、消滅したように見えても、地縁・血縁で結ばれた街の成り立ちが根本から変わるとは考えにくい。
親分の説明通り、東電管内でも原発と暴力団の接点は見つかった。
簡単に取材が進みすぎて少々戸惑う。警察、企業、暴力団……よく言えばのどかだが、そのどれも脇が甘い。実際、原発事故さえなければ、1Fの暴力団対策がマスコミの注目を集めることはなかった。私自身、原発のことなど少しも調べなかったろう。
暴力団に対する警察の強硬姿勢は西高東低である。新聞やテレビで大きく報道されるのは、西日本の組織、とりわけ日本最大の暴力団・山口組対策だ。もちろん、警察取り締まりの西高東低は、東日本に存在する暴力団の劣勢を意味しない。違いは社会との関係性にあって、東日本の暴力団は西と比較し、反権力ではなく、親権力という意味である。
これだけの事故が起き、たくさんの住民が苦しんでいるのに、任俠系右翼……暴力団の実質的傘下にある右翼団体がほとんど動かないことをみてもそれは明らかである。
暴力団に連れられ、東京電力関連会社社員はもちろん、プラントメーカーやゼネコンなど……日本を代表する上場企業の社員が、私の取材を受けるため居酒屋の個室に姿を見せた。あくまで個人的な付き合いと分かっていても、堂々と会社の名刺を出すのだから面食らう。こちらから受け取りを拒否した。万が一名刺入れを落としたら一大事だ。みんな屈託がなかった。やはり暴力団に対する意識が甘いとしかいえない。
炭鉱暴力団の系譜
1Fの成り立ちを証言してくれたのは、引退した元ヤクザである。土建業に転身してもう20年以上経ち、「基本、なまけ者のヤクザは使わない」そうだが、昔なじみに頼まれて仕方なくというケースもあるらしい。双葉町(ふたばまち)と大熊町(おおくままち)にまたがる1Fが建設された当時、彼は中学生だったという。
「みんな仕事がなくってよ、よく集団就職の列車を見送りに行ってさ、そんな時代だったんだ。原発の利権……地域みんなで大賛成って感じだったし、実際にあれこれやったのはうちの親分たちの世代でもうみんな死んじまった。俺らがギリギリだな。若いヤツらは知んねぇだろうな」
どうやら直接利権のやりとりをしたわけではなく、そのおこぼれに与(あず)かったという形である。いまは児童福祉法で逮捕されるため、未成年を組員登録出来ないが、当時は10代で組事務所に出入りする不良たちが多かった。
「いわきは元々常磐(じょうばん)炭鉱があるかんね。ヤクザがいっぱいいたし、青線も繁盛してた」
かつてヤクザの分類に博徒系、的屋系などと並んで、「炭鉱暴力団」という項目が存在していた。昭和30年代の警察資料をみると、はっきりそう書いてあり、全国各地でかなりの勢力だったことが分かる。閉山とともに炭鉱ヤクザは衰退したが、福岡県田川市に本拠を置く指定暴力団・太州(たいしゅう)会はいまも大きな組織力を保持しており、その代表格といっていい。資本家たちは炭鉱労働者をまとめ上げるため地元のヤクザを利用し、親分を代表者として各地に下請け会社を作らせた。暴力というもっとも原始的、かつ、実効性の高い手段は、国策としてのエネルギー政策と常にセットとして存在している。
墓の移転でがっつり
元ヤクザが続ける。
「原発が来るとなぜヤクザが儲かるか。うるせぇヤツを一発で黙らせるからに決まってるだろ。いまは無理だよ。すぐパクられる。ヤクザ使って恐喝できたら、当人たちもラクなんだろうけど、それできないから自分たちの若い衆を働きにだすわけ。
福島はまず土地で儲かったと聞いている。どこもそうだろ。あんだけ広い敷地だ。田舎とはいえ、誰も住んでない、ってことはない。内心熱烈原発大歓迎でも、地主がヘソ曲げたら原発誘致は頓挫する。電力会社の弱味につけ込むのさ。ただ山や野原、農地なんていくら買い占めてもたいした金にはなんねぇ。資産としての価値はほとんどねぇな。じゃあどこを狙うか。墓だよ。お墓。
都会と違ってこのへんの集落にはどこも先祖代々の墓がある。福島はとくにそれが多かったようだ。農地や住宅地なら相場があるけど、普通、墓なんて滅多に移動しないだろ。田舎ならなおさら。いってみりゃプライスレスだ。
ダチや親戚、地縁血縁を総出で……といっても寺の住職も昔からの知り合いなんだけど、ある程度の金握らせて、一括して交渉する。これが儲かる。墓の値段なんてほぼ言い値だからな。
1Fの時……ある集落は近隣の海側が移動場所だったね。ただ東電が集落に3年以上住民票がないと駄目とか言い出して、俺たちがなんとかしてやった家がけっこうある。みんな大喜びしてたよ。まぁ、がっつり抜いてるんだけど、たったひとつ墓があるだけで、大金が入ってくるんだから。
当時、いまみたいに暴力団なんて言葉はなかったし、俠客なんていったらおおげさだけど、貧乏人のリーダーみたいなもんだったから、悪いなんて感覚はヤクザにもねぇし、街や村の人間にもない。盆暮正月は無礼講で、堂々と博奕をやってた。年寄りも来るし、役場の人間も来たし、警察だって遊びにきた。学校の先生が手が付けられない不良を連れてきて『礼儀作法を教えてやってくれ』なんて、いまじゃあ考えられねぇこともあったよ。
墓の話? ああ、移転する場所もヤクザが裏でからんでることが多いね。売る側と買う側、2つから金を抜く。俺なんて、親分や兄貴分からがっつり小遣いもらってたんで、いまでも墓参りに行くたび、墓石が札束に見える。困ったもんだ。こういうとき、原発は都合がいい。さっさと工事したいんで、ごたごたしないで話が進むからな。いったん建設が決まると、その土地には空から金が降ってくるような状態になってしまう。みんな狂うんだよ、金に」
暗黙の了解
その後も原発は暴力団……正確にいうならヤクザと一心同体だった地域共同体に金を落とし続けた。電源三法交付金や発電所が支払う固定資産税をはじめ、原発運営、維持管理……地元に落ちる巨額の金を抜け目ない連中が懐に入れる。バブル期は作業員一人につき、月額100万円が支給されたという。それぞれに40万の月給を払っても、60万が仲介した暴力団の懐に落ちる。
「駆け出しのヤクザでも10人集めれば月に600万円だ。ベンツだろうがロールス・ロイスだろうが乗り放題だ。バブルがはじけて、単価が下がってくっと、適当にやってた人夫出しの会社がばたばた倒産したけどね。真面目なヤクザなんてそういねぇから。
それでもヤクザを大事にしてくれる人種……ヤクザ大好きな社長ってのが必ずいて、助けてくれたんだ。ヤクザとかカタギとか、そんな線引き、当時の原発にはなかったね。いまはさすがにうるさくなって、それなりの対策はとってるだろうけど、この狭い街で、昔からの付き合いをすっぱり切るなんて、簡単なことじゃない。警察が叩けば叩くほど見えなくなるだけで、郷土愛で結ばれた仲間意識は消せない。
なにか不祥事があり、それが新聞沙汰になっても、東電が怖いのは世論の批判だけ。どの協力企業も、一度や二度、そういった不始末を起こし、名前を変えて再出発しているし、元請けだってそれは分かっている。実質、ヤクザの会社であっても、兄弟や親戚を社長にすればいいだけだ。狭い田舎なんだから、隠そうたって無理な話で、それは暗黙の了解だ。もともとみんな仲間内なんだから。親戚や友達、先輩後輩……地域が全部グルと思っていい」
暗黙の了解……その後も原発取材で嫌というほど聞かされた言葉である。暴力団でも企業であっても、さも当たり前のようにこのフレーズを繰り返す。暴力団にとって、原発のようにダブルスタンダードと隠蔽体質の上に成り立つ産業は、最高のユートピアかもしれない。事実、原発を運営する電力会社は、警察に尻を叩かれ、ようやく暴力団排除に重い腰を上げたばかりだ。
(鈴木 智彦/文春文庫)