2021年9月27日月曜日

27- 原発訴訟から司法を考える(澤藤統一郎氏)

 澤藤統一郎弁護士が、「23期弁護士ネットワーク」オンライン学習会で開かれた「原発訴訟から司法を考える」会合での井戸謙一弁護士(元裁判官)の発言内容をブログ「澤藤統一郎憲法日記」に紹介しました(同ブログは一日も休まずに発行されています)。

 井戸謙一弁護士は、裁判官時代に志賀原発2号機の運転差止を認める判決を下したことで有名ですが、そうすれば自分の裁判官としてのキャリアに影響あるので、ローンなどは早めに完済するよう心がけていたと語ったということです。要するに裁判官の人事部門である最高裁事務総局はいわば原発賛成派なので、「反原発の判決を下した判事はそこで出世が止まる」という意味です。
 前段の「島田広弁護士」のところで、「大飯原発福井訴訟団長として、いわゆる樋口判決を得るも控訴審等で最高裁シフトを経験」と記述されているのは、最高裁事務総局がその後すぐに2人の超エリート判事を差し向けて、控訴審等で樋口判決を覆させたことを示しています。
 裁判官も、「良心のみに従って判決を下す」のはなかなか容易ではない状況にあるということです。
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『原発訴訟から司法を考える』ー 23期ネットワーク主催オンライン学習会
                    澤藤統一郎の憲法日記 2021年9月25日
 コロナ禍がもたらした思いがけない福音に、オンライン会議の普及がある。これまでは東京周辺の人としかできなかった会合が、オンラインなら全国の誰とでも可能となった。交通の時間も費用もかからずに。
 50年前に、司法修習と修習生運動を共にした23期の弁護士の気の合った仲間が、「23期弁護士ネットワーク」というグループを名乗って、今年の4月、まず「司法はこれでいいのか」という本を出版し、4月24日には出版記念の集会を開催した。その準備はZoom(ズーム)での会議がなければできなかったこと。
 その後も頻繁にZoom(ズーム)会議を開いて、意見交換をしている。札幌、東京、名古屋、京都、大阪などの参加者が、簡単に顔を合わせ、話し合うことができるのだから、これは便利だ。
 23期共通の関心事は司法問題。どうすれば、《憲法が想定する、真に独立した人権の砦としての裁判所》をつくることができるだろうか、という問題意識。
 そのような観点からの活動の第一歩として、本日は、オンライン学習会を開催した。『原発訴訟から司法を考える』とタイトルした企画。
 企画書は次のように述べている。
 「今回は、3・11の福島原発事故以後の原発差止訴訟を取り上げます。ご存じの通り、全国各地で差止訴訟が提起されていますが、勝訴判決はわずかですし、勝っても上級審では全て覆されています。あれだけの被害を出し、史上最大最悪の公害と言われる原発被害を経験したのにもかかわらず、この結果は何を意味するのでしょうか、また何が原因となっているのでしょうか。さらには、どうすれば裁判所を変えていけるのでしょうか。それらを探りながら、前回の集会に引き続き、再度、ハードケースで勝訴判決が出ない司法の問題点、現状を議論し、今後の裁判に役立てたいと思い、今回の企画を準備しました。」

パネリストは次のお二人。
*島田広弁護士50期
 大飯原発福井訴訟団長として、いわゆる樋口判決を得るも控訴審等で最高裁シフトを経験。

*井戸謙一弁護士(元裁判官)31期
 裁判官時代志賀原発2号機の運転差止を認める判決を下す(当時全敗の中)。差止訴訟に限らず、「ふくしま集団疎開裁判」等の団長も
 メインの講師、井戸さんのお話は、明晰で興味深いものだった。司会をお願いした北村栄弁護士が、周到な準備を経た質問をしてくれたおかげもある。いくつか、印象に残ったことを、私なりの理解で書き残しておきたい。
✦刑事訴訟とは実体的真実を見極めるための手続ではない。「ギルティ(⇒有罪)」と証明できない限りは、「ノットギルティ」なのであって、被告人が真に潔白であるか否かは問題にならない。
✦実は、民事訴訟も同様に挙証責任の配分というルールに従っての判断に至る手続で、本来は安全性具備の挙証責任は被告の電力会社側にある。ところが、多くの原発差し止め事件判決が、先例とされている行政訴訟の伊方原発事件の法理に従って、挙証責任を逆転させて住民を敗訴させてきた。私は、民事訴訟のルールの通りに判決したまでのこと
✦それでも、初めての差し止め判決を出すには緊張感が伴ったし、その後も変わった裁判官という目で見られた印象を拭えない。自分の裁判官としてのキャリアに影響あることは予てから覚悟していた。だから、ローンなどは、早めに完済するよう、心がけていた。
裁判官を説得するには、争点を絞り、書面は短く、記録は薄く、主張は簡潔に、専門的なことを噛み砕いて文系の裁判官に分かり易くということが望ましい。現実にはなかなか困難だが。
✦原告の主張を実現するには法廷外の運動も大切だと思う。傍聴席が満員であれば、国民が注視している事件だという緊張が生まれる。公正判決要請などの署名は、書記官限りで裁判官にまで上がってこない扱いが多いが、なんとなくたくさんの署名があったということは話題になるもの。
✦いま大切だと思っていることは、科学的知見を裁判所に納得してもらうために、良心的な科学者集団の叡智を結集すること。具体的には、これまで余り注目されなかった地盤工学に関する研究者たちの助力を得ている。
✦原発関連訴訟に関しては、3・11事故による被害の確認は重要だと思う。事故直後のあの緊迫感は時とともに風化しつつあると思わなければならない。
✦国を被告にする事件だからといって、裁判官が国におもねることはないと思う。しかし、国策の根幹に関わるような事件では、話は別。たとえば、沖縄の問題ではそれが顕著に表れていると思う。
かつては、結論では棄却の判決でも、その理由中の傍論で原告の望む事実認定をし、あるいは違憲違法を語った例が多かった。最近ではそれが少ない。安保法制違憲素諸判決には一件もない。裁判官の意識の変化かも知れない。
裁判官は、組織に隠れた存在になってはならない。評価すべき判決も批判すべき判決も、裁判官・裁判長の固有名詞を冠して特定すべきだ。だから、ネットで実名を挙げての裁判批判もあって当然だと思う。