2024年1月8日月曜日

『東電刑事裁判 問われない責任と原発回帰』〔週刊 本の発見〕

 「東電刑事裁判」は、福島原発事故の責任は、防潮堤の設置や冷却水ポンプ室の防水構造化などの対策が必要とされていたものを、経営陣がすぐに実行せずに「土木学会の正式見解を待って」などと引き延ばしを図ったことなどにあるとする訴えに対して検察が不起訴処分にしたものを、検察審議会が2度にわたって「起訴相当」と判断したことで、ようやく指定弁護士が検察官の業務を代行して起訴に持ち込んだものです。
 残念ながら一審、二審とも無罪の判決が出されましたが、最高裁で逆転勝訴の判決を出すべく、弁護士たちが世に訴えるために出版したのが題記の本でした。
 著書には一審・二審の判決は極めていい加減なものであることが詳述されています。

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  ⇒23.2.5)東電刑事裁判控訴審 無罪の不当判決 社員証言で旧経営陣の責任明白
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〔週刊 本の発見〕
『東電刑事裁判 問われない責任と原発回帰』 第330回(2024/1/4)
                      レイバーネット日本 2024-01-04
裁判から「日本原子力史」の暗黒を暴く
『東電刑事裁判 問われない責任と原発回帰』(海渡雄一・大河陽子・著、彩流社、1500円+税、2023年9月)評者:黒鉄好

 日本の原発裁判には、賠償や差し止めを求めるものなどがある。その中でも異彩を放つのが東電刑事裁判だ。福島第1原発事故発生当時の東京電力旧経営陣3名が業務上過失致死傷罪で強制起訴され禁固5年が求刑されている。福島原発事故の刑事責任を問うものとしては唯一の裁判である。
 経過も異例だ。検察は巨大事故にもかかわらず強制捜査(家宅捜索)さえせず「嫌疑不十分」を理由に不起訴。福島県民を中心とする福島原発告訴団による告発を経て、検察審査会が2度の「起訴相当」議決を出すことでこの裁判開始が決まった。裁判所の指定する検察官役の指定弁護士が起訴し、論告求刑を行う一方、退官した元検事が勝俣恒久元会長ら3被告を弁護する。攻守ところを変えた裁判は1審東京地裁、2審東京高裁とも無罪判決で、指定弁護士側が上告している

 本書は、原発事故の責任が誰ひとり問われないまま、岸田政権が「史上最悪の原発大回帰」を進める政治情勢の中、この裁判の被害者代理人弁護士のうち2名の手によって出版された。最高裁での逆転勝訴が目的であることは言うまでもない
 東電刑事裁判を取り上げた第1部では、Q&A方式や、2著者による対談形式を取り入れるなど理解しやすくしている。この裁判を難しいと思う人々もいるようだが、東電役員が『自社の専門家の「津波対策をやりたい」という提案に「やってくれ」と言いさえすればよかった』(本書P.23)ことを法廷で証明するのがこの裁判の本質である。津波対策を避けがたいものと捉え、実施を目指す現場の動きを無根拠にひっくり返し、中止させた経営陣(特に武藤栄副社長)の犯罪性は、指定弁護士側の証拠によって完全に論証されている。

 本書は、刑事裁判の「周辺」に位置する他の裁判にも言及している。2023年6月17日、最高裁は原発事故の賠償裁判で東電だけに責任を認め、国の責任を否定する不当判決を出したが、三浦守裁判官(元大阪高検検事長)は国の責任を認める反対意見を述べた。事実関係を精緻に分析し、判決文の形式を取った反対意見はほとんど前例がない。多数意見による判決文として世に出すつもりで、三浦判事と最高裁調査官らが「合作」したものではないかという話は、評者も多くの弁護士からこの間、聞いており、単なる海渡弁護士の個人的推測にとどまらない説得力を持つ。海渡弁護士は、調査官らのこの良識に訴える中から最高裁での逆転有罪を勝ち取りたいと意気込む。そのためには、エネルギー事情の変化の中で下火になってしまった法廷外の反原発運動をもう一度盛り上げることが必要だ。

 第2部から第3部では、原発推進派による隠蔽、ごまかし、開き直りの数々、そして被害者不在の「復興」にスポットを当てる。東電刑事裁判と一見、無関係のようにも思えるが、黒を白と言いくるめる「政治判決」をいくら積み重ねても、原子力ムラの暗黒を漂白することはできないと司法に思い知らせるための、2人の著者の意欲の表れと受け止めたい。原子力黎明期から今日まで連綿と続いてきた「無原則・無責任体系」の行き着いた先が福島第1原発事故だったことを証明するためには、スタート地点に立ち返っての根源的かつ徹底的な批判が必要であり、本書はそれに応える内容となっている。