2026年1月26日月曜日

再稼働した柏崎刈羽原発で何が起こったか/過去30年間のトラブルは

 新潟日報が「再稼働した柏崎刈羽原発で何が起こったか?~」と題した記事を出し、6号機の制御棒引き抜き時の警報発出に関わる詳細を報道しました。
 不具合のあった設備の部品(制御棒出し入れ時の警報関連部品)をメーカーに持ち込んで原因を調べていますが、どれくらい時間がかかるかは「見通せない」としています。2月26日に計画する営業運転の開始がずれ込む可能性も出てきました。

 J-CASTニュースは「柏崎刈羽原発『トラブルの歴史』が怖すぎる ~」と題した記事を出し、1985年頃 以降の柏崎刈羽原発における主要なトラブルを列挙しました。
 非常にお粗末な状況が明らかにされました。
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再稼働した柏崎刈羽原発で何が起こったか?不具合は直前にも…たった1日で“追い込まれた”運転停止
                            新潟日報 2026/1/25
 東京電力柏崎刈羽原発6号機は、再稼働からわずか1日で運転停止に追い込まれた。東電は不具合のあった設備の部品をメーカーに持ち込んで原因を調べるが、どれくらい時間がかかるかは「見通せない」とする。2月26日に計画する営業運転の開始がずれ込む可能性も出てきた。再稼働前後の動きを振り返る。
  【図】制御棒トラブルのイメージ
 1月21日午後7時2分。6号機をコントロールする中央制御室で、運転員がボタンを押した。制御棒の引き抜き作業が始まり、2012年から停止が続いてきた原子炉が起動した。
 原子炉のブレーキ機能を担う制御棒を引き抜くと、燃料の核分裂が活発化する。午後8時28分、原子炉内は核分裂が連続する臨界の状態に達した。
 6号機の制御棒は205本。引き抜き作業は、 あらかじめ設定されたグループ単位で進められ、序盤は同時に26本ずつ、その後は本数を変えて引き抜いていく工程が組まれた。
 順調に進んでいたとみられた22日午前0時28分。原子炉起動から約5時間半後に警報が鳴り、ある1本の制御棒につながる制御盤で異常を示した。初めの2グループ計52本の作業を終え、次の26本に取りかかり出力をさらに上げていく中での出来事だった。
 東電は22日夜に開いた記者会見で、制御盤の警報が作動する不具合が再稼働前にも起きていたことを明らかにした。東電によると、14日に行った定例試験で警報が作動。その際は部品交換で解消されたが、今回は部品を交換しても状況が変わらなかった
 東電は、長期間停止していた機械を動かすため、不具合の発生はあり得ると強調する。だが、この装置では停止中も動作確認を繰り返し、不具合も生じていただけに、準備が万全だったと言えるのか疑問も残る。
 そもそも6号機では当初、20日の再稼働を計画したが、直前の17日に制御棒操作に関わる別の警報システムの設定ミスが発覚。再稼働を1日遅らせたばかりだった。
 22日の会見で原発の稲垣武之所長は「停止は私自身が判断した」と強調したが、最重要の設備回りでの不具合が頻発しただけに、実際は停止せざるを得ない状況に追い込まれた格好だ。23日午前0時3分、全ての制御棒が再び挿入され、6号機は停止した。
 原因が不明のままでは、再び原子炉を起動することができない。部品の不良以外の要因が判明するなどした場合は、停止が長期化する可能性がある。


柏崎刈羽原発「トラブルの歴史」が怖すぎる 点検記録の改ざん、ずさんなテロ対策、30年間放置されたミス
                       J-CASTニュース 2026/1/25
 2026年1月21日19時過ぎ、新潟県の東京電力柏崎刈羽原子力発電所(以下、柏崎刈羽原発)6号機が14年ぶりの再稼働を果たした。
 2011年の東日本大震災および福島第一原発事故が発生して以降、東京電力が運営する原発として初めての起動だったが、そのわずか5時間半後、原子炉は再び停止に追い込まれた。
 この事態は、国民が抱く原発への不安を改めて再燃させるものとなった。
 そもそもこの柏崎刈羽原発は、1985年に1号機が運転開始されて以降、何度も技術的・組織的トラブルを繰り返してきたことで知られていたからである。

■シュラウド(炉心隔壁)のひび割れを報告せず
 柏崎刈羽原発の歴史を振り返ると、安全性への執着よりも、組織防衛を優先していると断じざるを得ないトラブルが繰り返されている。
 その発端となったのが、2002年に発覚した東京電力の「トラブル隠し」だ。
 1980年代後半から1990年代にかけて、柏崎刈羽原発を含む東電の各プラントにおいて、シュラウド(炉心隔壁)のひび割れなどの点検記録を計29件改ざん・隠蔽していたことが明らかになった。
 損傷を把握しながら「異常なし」と虚偽の記録を行い、国への報告を怠っていた事実は、組織に根付いた隠蔽体質を世に知らしめる結果となる。
 その5年後、2007年7月16日に発生した新潟県中越沖地震では、設計時の想定を超える最大震度6強(敷地内では震度7相当)の揺れを記録した。
 この際に3号機の所内変圧器から火災が発生したが、自衛消防隊による初期消火に失敗し、鎮火まで約2時間を要した。
 停止後の指揮を執るべき「緊急時対策室」のドアが歪んで開かず、消防との専用電話が使えずに火災の通報が遅れたという失態も報じられた。なお地震で、微量の放射性物質が外部に漏れた。

外部からの侵入検知設備の故障にも気づかない管理のお粗末さ
 2011年3月の福島第一原発事故を受け、同社の運営責任が厳しく問われるなか、柏崎刈羽原発も2012年までに全7基が停止し、14年にわたる長い沈黙へと入った。
 この間、安全対策の強化が叫ばれていたにもかかわらず発生したのは、原子力事業者としての資質を根本から疑わせる、テロ対策の深刻な不備であった。
 2020年に社員が他人のIDカードを無断で持ち出し、中央制御室へ不正に入域する事件が発生した。
 警備員は顔写真の違和感を覚え、生体認証でエラーが出たにもかかわらず、自身の裁量で認証情報を上書き登録して通過させたという。
 加えて、2020年3月以降、敷地内の侵入検知設備が計15か所で故障し、そのうち10か所が30日以上にわたり機能不全となっていたことがわかった。
 その異常事態を、東電は警察や原子力規制庁に指摘されるまで、自ら検知できなかったというのである。

 あまりにお粗末な状況を受け、2021年4月、原子力規制委員会は同原発に対し、組織的な管理機能の低下を指摘、「核物質防護上、重大な事態になり得る状況」であるとして、核燃料の移動禁止命令を出した。
 原子力規制委員会による命令が解除されたのは、2023年末のことだった。
 新潟県などの政治判断により再稼働の議論が進められたが、避難計画の実効性や東電への信頼に対する住民の不安は解消されないまま、プロセスのみが加速されることとなった。