2020年4月9日木曜日

福島原発、見えぬ「トリチウム水処分」のゆくえ

 トリチウムを含む処理水の処分方法を巡り、政府が6日に福島市で開いた、県や市町村、業界団体から意見を聞く会合の内容については、8日付でNHKの記事を紹介しましたが、東洋経済オンラインに同じ会合に関する記事が載りました。
 報道記者とはまた違った視点で書かれているので紹介します。
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福島原発、見えぬ「トリチウム水処分」のゆくえ
地元林業、水産業者は処理水放出に反対姿勢
岡田 広行 東洋経済オンライン 2020/04/09
 東洋経済 記者     
福島原発事故で発生した放射性物質であるトリチウム(三重水素)が残留している処理水の処分方法をめぐり、経済産業省と東京電力が一定基準以下に薄めて海などに放出する検討を進めている。こうした動きに地元の福島県内では反対の声が根強く、調整は難航しそうだ。
経産省は、福島第一原発内のタンクに貯められた、通称「ALPS」(多核種除去設備)と呼ばれる設備で処理した水の取り扱いを検討する委員会の報告書を2月10日に取りまとめた。地元の意見を聞いたうえで政府としての処分方針を決めるとしており、そのための意見聴取会を4月6日に福島市内で開催した。
会合では経産省の報告書が示した海洋放出などの案を積極的に支持する声はなく、納得のいく説明を求めたり、再考を促す意見も相次いだ。経産省では引き続き関係者の意見を聞くとしているが、出口の見えない状況が続く。

約400年分のトリチウムを含む処理水
福島第一原発の敷地内には3月現在、約980基のタンクに、「ALPS処理水」と呼ばれるトリチウムを含んだ水などが保管されており、その保管総量は120万トン近くに達している。
タンク内のALPS処理水に含まれるトリチウムの質量は、純トリチウム換算でわずか16グラムだが、放射性物質の総量は約860兆ベクレル。福島第一原発が事故前の1年間に海に放出していた量の約400年分に相当する。さらに、原子炉建屋などの地下にある汚染水には、さらに多くのトリチウムが残存している。
経産省と東電はこれまで、セシウムなどの放射性物質を取り除く浄化処理に伴って増加したタンクが敷地に広がり、「今後の廃炉作業に支障を来しかねない」と危機感を表明。2013年12月から約2年半にわたって、専門家などがALPS処理水の処分方法やコストについて議論を続けてきた。
そのうえで、2016年6月には、ALPS処理水に含まれる濃度のトリチウムの分離・除去は現在の科学技術では困難であり、トリチウムを含んだまま海水で希釈したうえで海洋に放出するのがもっとも安上がりであるとの試算結果を示した。
一方、ALPS処理水の大元は、原子炉建屋に流入した地下水が溶け落ちた核燃料に触れて発生した汚染水であり、一定レベル以下に浄化したとしても、海などに放出すれば地域経済や社会に影響を及ぼしかねないことからさらなる検証を進めていくとした。
そこで、経産省は新たに委員会を2016年11月に設置し、技術面だけでなく、風評被害など社会・経済的影響についても検証。2020年2月に取りまとめられた報告書を踏まえ、東電は「海洋放出」案と「大気中での水蒸気放出」案の2案からなる検討素案を3月24日付で公表した。同社幹部は、風評被害対策の強化と引き換えに、海洋放出を軸に2案を検討していく考えを記者会見で示している。

経産省や東電のこうした姿勢に対して、4月6日の意見聴取会では異論が相次いだ。福島県旅館ホテル生活衛生同業組合の小井戸英典理事長は、現在も続いている顧客離れなどの被害について、「実態のない事象を嫌う風評被害では断じてない」と言い切った
そして、「県内の旅館ホテル業界は、放射能拡散の実害によっていまだに大きな経済的なダメージを受けている。(ALPS処理水が)致死量に満たない『毒入りりんご』だから安心だと言われても、そう思う人はいない。どれだけ(ALPS処理水を海水などで)希釈しても、不安をゼロに至らしめることは容易でない。旅館ホテル業界はいまだに経済的損害を受けている被害者であると認識してほしい」と訴えた。

東電は原状回復義務を認めず
東電はこれまで、「風評被害」という言葉を多用する一方、健康被害などをもたらす実害についてはきわめて限定的にしかその存在を認めてこなかった
実害の場合、原因を除去しなければ被害がなくならない。仮に実害を認めると、東電自身が大規模な除染など原状回復作業を余儀なくされる。しかし、東電は、事故で原発の敷地外に拡散した放射性物質は「無主物」(所有者のない物質)であるなどとして、原状回復義務を認めてこなかった。
一方、風評被害の場合は加害者である東電の責任があいまいになりがちで、実害がないのに根も葉もないうわさを立てているとして第三者に責任を帰すことになる。東電は福島県産品の即売会など風評被害対策への取り組み姿勢を強調しているが、有害物質を環境中にまき散らした加害責任に基づく取り組みではない。
小井戸氏は「海洋放出が最も損失の少ない処分案である」とした一方で、仮に海洋放出が実施された場合に実害に対しての厳正な補償措置を講じることを国に求めた。
意見聴取会で、処理水の環境中への放出に明確に反対の意思表明をしたのが、福島県森林組合連合会の秋元公夫会長だ。秋元氏は「大気、海洋中とも、放出そのものに反対だ」と明言した。
そうした認識の背景には、福島県の林業が置かれた深刻な状況がある。
山林については、除染を担当する環境省が土砂災害の危険性があるとして、住宅地近隣の部分を除いて、放射性物質の除染そのものを認めてこなかった。そのため、木材の生産やしいたけ栽培のための原木の生産がままならず、林業そのものの存続が危ぶまれている。
福島第一原発から近い双葉郡の森林組合の組合長でもある秋元氏は、環境中への放出が「避難を強いられている住民の帰還を阻害する要因になる」と意見聴取の場で指摘した。

漁獲量は震災前の14%にとどまる
水産業関係者も汚染水問題で深刻な被害を受け続けている。福島県漁業協同組合連合会の野崎哲会長は、海産物の出荷制限が解除されたにもかかわらず、2019年の漁獲量が東日本大震災前のわずか14%にとどまったと説明。「若い後継者に将来を約束するためにも海洋放出には反対だ」と明言した。
「海洋には県境もなく、意図的に海洋にトリチウムを放出することは、福島県の漁業者だけでその是非を判断することはできない。全漁業者の意見を聞いていただきたい」と述べた。
意見聴取会では、福島県の内堀雅雄知事や県内自治体の首長も意見を述べた。首長からは問題解決のうえで国のリーダーシップを問う声や、村内で汚染土壌の再利用を受け入れたことを例に挙げて、「どこかで折り合いをつけなければならない」(菅野典雄・飯舘村村長)といった意見も出た。
4月6日の意見聴取会で意見を述べたのは、産業界や自治体関係者ら10人。これに対して、政府関係者による質問はわずか1問だけだった。新型コロナウイルスの感染が拡大する中で、「今、リスクを冒して開催を強行する必要があるのか」との疑問の声も持ち上がる中での意見聴取会だったが、結局「地元の意見を聞き置く」だけに終わった
経産省は今後も関係者の意見聴取を進めたうえで、処分方法を決めるとしているが、そのゆくえについて、福島県外に住む市民も無関心ではいられない。