2019年6月2日日曜日

「原発のない国へ」 ドイツ最前線報告(東京新聞

 東京新聞が、<原発のない国へ ドイツ最前線報告>について、2回に分けて連載しました。
 ドイツでは送電は4つの独立した「送電会社」が送電網を管理し、再生エネを最優先することが法律で決められています。
 その点が大手電力会社が送電網も運営する日本とは決定的に違う点です。
 
 またドイツでは「大手各社は原発と石炭に依存し続け、再エネが世界的に拡大する潮流を完全に見誤った」という自覚の下に、再生エネをはじめ新しい技術の取り込みに極めて熱心に取り組んでいます。
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<原発のない国へ ドイツ最前線報告> (上)再エネ 拒めない送電会社
東京新聞 2019年5月31日
 脱原発と脱石炭を進めるドイツのアルトマイヤー経済・エネルギー相が本紙への寄稿で、日本に再生可能エネルギー推進に向けた日独連携を呼び掛けた。再エネが伸び悩む日本に対し、大幅拡大に成功し、二〇二二年までの原発ゼロも実現しつつあるドイツ。現地を訪ね、仕組みを探った。(伊藤弘喜、写真も)
 
 緑の野原に見渡す限り巨大な風車が立ち並ぶ。首都ベルリンでは、都心から少し車を走らせただけでこんな風景が飛び込んでくる。家々の三角屋根にも太陽光パネルがあるのは当たり前。再エネはすっかり人々の暮らしの一部だ。
 「再エネ発電所の接続を断る権限は私たちにはありません」。独テネット社のベルリン事務所。広報担当のウルリケ・ホヘンスさんが事もなげに語った。
 テネットは自前の発電所を持たない。送電線だけを持ち、他社の発電所でつくられた電気を家庭や企業に送る「送電会社」だ。ドイツでは四つの同様の会社が送電網を運営する。
 
 大手電力会社が送電網も運営する日本ではなじみのない形だが、「送電網中立」のこの仕組みこそが、実は「再エネ拡大の原動力」(ホヘンスさん)だ。
 日本では大手電力は自社の原発や火力発電所の稼働率を高めた方がもうかるため自前の発電所の送電を優先しがち。再エネ発電所の接続要請は「電線に余裕がない」と断る例が相次ぐ。ホヘンスさんはドイツでは「大手の発電所だけが優先される事態は起こりえない」と話す。
 テネットも元は大手電力会社の送電部門だった。〇九年に欧州連合(EU)が大手による独占を排し、参入を自由化するため送電の分離を各国に義務付け。これを受け、親会社からオランダの送電会社に売却され、独テネットが生まれた。
 
 ドイツは〇〇年から「再エネ最優先」も法律で定めた。送電会社には再エネを原発などより優先して接続する義務が課され、電線に余裕がなければ、増強しなければならない。
 一時的に電力供給が需要を超えそうな時も再エネ発電所が出力抑制を求められるのは一番後。日本各地で大手電力によりバイオマスや太陽光・風力の再エネが原発より先に抑制を指示され、補償もないのと対照的だ。
 
 再エネを増やす幾重ものルールの背景には、一九八六年の旧ソ連のチェルノブイリ事故をきっかけに脱原発を決めたドイツの強い政治的な意志がある。
 市民も草の根からこれを支持する。七〇年代から続く反原発の流れも相まって、市民が再生エネ発電所に出資する例が拡大。調査会社によると再エネ発電所の出資者別では市民が31・5%と最も多く、企業や銀行を引き離す。
 
 「アグリゲーター」(まとめ役)と呼ばれる新興企業も育ってきた。大学院生だったヨヘン・シュビルさんらが二〇〇九年に創業したネクスト・クラフトベルケは、代表例。数千カ所の再エネ発電所と、電気を使う側の工場や各家庭の間に立ち、精緻な天気予報や需要予測に基づき、各発電所の出力を通信機器で細かく遠隔コントロールする
 「再エネ発電所はお天気次第で出力が変わるため、調整役が不可欠。発電はもう大手電力の特権ではない。小さな事業者も参入できるようにしてエネルギー転換を進めるのが私たちの使命です」。シュビルさんは力を込めた。
 
<発電と送電の分離> ドイツでは送電会社4社のうち、テネットなど2社が元の親会社から資本関係も含め完全分離された。ほかの2社は資本関係を残す形で分社化。日本でも法改正に基づき大手電力各社が2020年度から送電部門を分社化予定。東京電力はそれに先駆け16年に分社化。だが、日本では、送電部門が同じグループ傘下に子会社として入り完全分離といえない状態が続く。
 
 
<原発のない国へ ドイツ最前線報告> (下)再エネ発展の拠点へ
東京新聞 2019年6月1日
 「私たちが開発した蓄電技術を使えば再生可能エネルギーを無駄なく活用できます」。ドイツの首都ベルリン北西部の川沿い。第二次大戦前から操業する古びた石炭火力発電所。その一角にある、ぴかぴかの銀色のタンクを見上げ、大手電力バッテンフォール(本社・スウェーデン)のマーカス・ビットさんが言った。
 同社が新興企業ソルト・エックスと組んで実証実験する、「塩」を使ったユニークな電池技術だ。塩の一種である酸化カルシウムという物質に水を加えると発熱する化学反応を応用した。風がよく吹いて風力発電の出力が大幅に伸びる場合、余った電気で塩水を急速に蒸発させて塩と水に分離して置いておく。後で好きな時に塩と水を混ぜ合わすと高熱が発生、タービンが回り発電できる仕掛けだ。
 
 いま、ドイツ国内の大手電力会社は再エネ技術に追いつこうと必死だ。新興企業の手を借りることもいとわない。
 背景には再エネ拡大に遅れた大手電力の危機感がある。バッテンフォールは昨年の総発電量のうち原発が42%で最も多く、石炭火力も24%。水力を除く再エネは6%にしかすぎない。
 ドイツ政府は二〇二二年には原発の全廃を予定しており、石炭火力からも三八年には撤退する方針だ。このままでは同社のドイツでの発電事業は破綻に瀕(ひん)するのは確実で、生き残りは時間との闘い。かつての八社はすでに四社に集約され再編も進行する。
 「ドイツの大手各社は原発と石炭に依存し続け、再エネが世界的に拡大する潮流を完全に見誤った。従業員削減など大規模なリストラがさらに続く」。エネルギー専門金融会社アレクサ・キャピタルのジェラルド・リードさんはいう。
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 旧来企業のリストラは地域経済には打撃。だが、ドイツはエネルギー産業に新たな血を入れることで経済を引っ張る戦略産業に育てようとしている。
 「これからはウガンダからドイツに頻繁に来ることになりそう」。四月九日夜、ベルリン市内で開催された「エネルギー転換賞」の表彰式。賞を受けたウガンダのベンチャー企業、ボーダベルケの幹部らは破顔一笑した。
 アフリカの多くの国ではバイクが主な交通手段。同社は大気を汚染しない電動バイクの普及を目指し、バッテリーを低価格でレンタルする事業に取り組んでいる。
 
 エネルギー転換賞は、ドイツの政府系機関・エネルギー機構が二年前から開催しているエネルギー系ベンチャー企業の大規模交流イベントの目玉だ。今年は欧州、アフリカなど八十カ国からベンチャー企業四百五十社が応募した。イベントには各国から投資家も招かれ、企業との橋渡しが行われた。
 ドイツが交流会や賞金を設ける背景には、米国西海岸のシリコンバレーに世界のIT人材や投資家が集まるように、ドイツを世界の再エネビジネスの交流基地として発展させる狙いがのぞく。
 表彰式を司会したエネルギー機構のアンドレアス・クルマン代表は「新鮮で多様なアイデアが集まることで、世界のエネルギー転換と温暖化対策を前進させることができるのです」と熱弁を振るった。 (伊藤弘喜)