福島原発事故の被災者約3650人が国と東電に損害賠償などを求めた訴訟の控訴審判決で、仙台高裁は30日、国と東電に対して、総額約10億1000万円を支払うよう命じました(一審は総額約5億円)。国の責任に関する初めての高裁判断は極めて厳しいものとなり、各地で行われている裁判に影響を与える可能性があります。
原告団の馬奈木厳太郎弁護士は「国の対応と東電の責任を厳しく断罪する判決となっている。一審よりも賠償範囲が広がっている」と話しました。
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原発事故で国の責任認める 仙台高裁 2審で初めて
NHK NEWS WEB 2020年9月30日
東京電力福島第一原子力発電所の事故をめぐり、福島県で暮らす住民など3600人余りが訴えた集団訴訟で、仙台高等裁判所は「大規模な津波が到来する可能性を事故の前に認識できたのに、国が東京電力に対策を求める権限を行使しなかったのは違法だ」などとして、国と東京電力に総額10億円余りの賠償を命じました。
全国の集団訴訟で、国の責任を認める2審判決は初めてです。
この裁判では、原発事故のあとも福島県内で暮らし続ける住民や避難した人など3600人余りが、生活の基盤が損なわれ精神的な苦痛を受けたとして国と東京電力に賠償を求めています。
1審の福島地方裁判所は3年前、国と東京電力の責任を認め、総額4億9000万円余りの賠償を命じていました。
30日の2審の判決で、仙台高等裁判所の上田哲裁判長は「平成14年に政府の地震調査研究推進本部が発表した地震の『長期評価』を踏まえた試算をしていれば、大規模な津波が到来する可能性を認識することができた。国が東京電力に対策を求める権限を行使しなかったのは違法だ」と指摘し、東京電力とともに国の責任を認めました。
また「国と東京電力は『長期評価』に基づく津波の試算を行って対策を講じた場合の、主に東京電力の経済的な負担などの影響の大きさを恐れるあまり、試算自体を避けるなどしたと認めざるを得ない」と、指摘しました。
そのうえで1審では、東京電力の半分にとどまるとした国の賠償責任の範囲について「国がみずからの責任で原発の設置を許可したもので、範囲を限定するのは相当ではない」などと指摘し、東京電力と同等の責任があるとして、国と東京電力に総額でおよそ10億1000万円の賠償を命じました。
全国の集団訴訟で、国の責任を認める2審判決は初めてで、各地で行われている裁判に影響を与える可能性があります。
原告団長「司法は生きていた」
判決のあと、原告団と弁護団が仙台市内で記者会見を行いました。
その中では、まず「国と東京電力の責任を明確に認めたことは、事故の再発防止や被害者の全面的な救済だけでなく、被災地の復興にとっても大きな意義がある。賠償の対象地域の拡大や賠償水準の上積みを認めた点は、原告のみにとどまらず広く被害者の救済をはかるという意味においても前進と評価できる」という声明を発表しました。
弁護団の事務局長、馬奈木厳太郎弁護士は「裁判が長期化し、判決を待たずしておよそ100人が亡くなった。この喜びを分かち合うことができないことは残念だ。東京電力と国は責任を認めて1日も早く救済すべきで、上告しないよう求めたい」と述べました。
会見後、原告団長を務める福島県相馬市の中島孝さんは「判決を聞いたとき、司法は生きていたと感じた。1審よりも踏み込んで国の政策が間違っていたことを示してくれてよかった」と話していました。
原告の果樹農家「原告1人1人に寄り添った判決」
原告の1人で福島市で果樹農家を営む阿部哲也さん(57)は、自宅のテレビで、国の責任を認めた2審判決の速報を見ると、ガッツポーズをして喜びを表していました。
阿部さんは、「原告団みんなの頑張りがこの判決に結びついたと思います。国の責任を認めることが私たちが一番望んでいたことなので、本当にほっとして涙が出そうです」と話していました。
そのうえで、「これまでたくさんの苦労や喪失感など精神的な被害を受けてきましたが、今回の判決で心が救われほっとしています。お金の問題ではない部分はありますが、とりあえず賠償という形で心にけじめをつけることはやむをえないと思いますので、原告1人1人に寄り添った判決になったと思います」と話していました。
東京電力「内容を精査し対応検討」
仙台高等裁判所が国と東京電力に賠償を命じたことについて、東京電力は、「当社、原子力発電所の事故により、福島県民の皆様をはじめ、広く社会の皆様に大変なご迷惑とご心配をおかけしていることについて、改めて心からお詫び申し上げます。本日、仙台高裁において、言い渡された判決について、今後、内容を精査し、対応を検討して参ります」とのコメントを出しました。
原子力規制委 更田委員長「厳正な規制進める」
仙台高等裁判所が国と東京電力に賠償を命じたことについて、原発事故が起きた当時の規制機関、「原子力安全・保安院」を引き継ぐ形で発足した原子力規制委員会の更田豊志委員長は、30日開かれた会見の中で、「判決の詳細がまだわからず、コメントは控えるが、原子力規制委員会は福島の原発事故に対する反省や怒りにもとづいて設置された組織だ。二度と原発事故を起こさないよう原発に対する厳正な規制を進めていきたいと改めて考えている」と述べました。
加藤官房長官「関係省庁で判決内容を精査し適切に対応」
加藤官房長官は、午後の記者会見で、「今後の対応については、関係省庁で判決内容を精査したうえで適切に対応していくと思う。いずれにしても、原子力発電所は安全が最優先であり、独立した原子力規制委員会で福島第一原発の事故を踏まえて策定された新規制基準への適合性審査を厳格に進めており、引き続きしっかり対応されると考えている」と述べました。
専門家「非常に画期的」
30日の2審の判決について、原発事故をめぐる国会の事故調査委員会の委員を務めた、中央大学法科大学院の野村修也教授は「国がいわば国策として進めてきた事業について、しっかりと命令をしなかったことや、東京電力に依存する形での監督しかできなかったことを大きな問題ととらえ、東電と同等の責任を共に負うべきだと判断したのは非常に画期的だ」と述べました。
そのうえで「今回の判決では、原発事故を避けることができたかどうかについて、国が証明できないかぎり責任を負いなさいという考え方が示された。このような判断のしかただと、事故を避けられたかどうかが不明確でも、国が責任を負う可能性が高くなってくる。ほかの裁判所の判断にどう影響するか注目したい」と話しました。
また、判決が国の規制当局としての在り方を厳しく非難したことについては「事故当時、東電の説明をうのみにしていたという点を厳しく指摘していて、判決の示したことを教訓として受け止め、規制当局としての在り方をいま一度確認してほしい」と指摘しました。
判断ポイント 国の責任
判決で仙台高等裁判所は、原発事故についての国の責任を厳しく指摘しました。
《津波を予測できたか》
判決では、事故の9年前の平成14年に、政府の地震調査研究推進本部が発表した地震の「長期評価」について「国みずからが設置し、多数の専門学者が参加した機関による重要な見解であり『長期評価』を踏まえて、直ちに試算を開始するよう東京電力に指示するか、みずから試算をするなどしていれば、大規模な津波が到来する可能性を認識できた」と指摘しました。
そのうえで「長期評価」をめぐる事故前の、国の対応について「不誠実ともいえる東京電力の報告を唯々諾々と受け入れ、規制当局に期待される役割を果たさなかったといわざるえない」と厳しく指摘しました。
《事故は避けられたか》
また、事故を防ぐことができたかどうかについて「原告側が、一定の程度で事故を防ぎえる具体的な対策を主張した場合、国は、その対策を行えなかったことや、行っても事故を防げないことを主張し、証明する必要がある」としました。
そのうえで「今回、原告が主張した室内に水が入らないようにする『水密化』の対策について、事故を防げなかったという的確な主張や証明がされていない以上、事故を防げた可能性があったと推測される」と指摘しました。
そして「国が規制の権限を行使しなかったのは違法だ」としました。
《国の責任の範囲は》
さらに判決は「国と東京電力は『長期評価』に基づく津波の試算が行われれば、対策を講じなければならなくなる可能性を認識しながら、そうなった場合の、主に東京電力の経済的な負担などの影響の大きさを恐れるあまり、試算自体を避け、あるいは試算結果が公になることを避けようとしていたと認めざるをえない」と、指摘しました。
1審では、東京電力の半分にとどまるとした国の賠償責任の範囲については「原子力発電所の設置・運営は国家のエネルギー政策に深く関わる問題であり、国がみずからの責任において原発の設置を許可したものであることを考慮すれば、責任の範囲を一部に限定することは相当ではない」として、東京電力と同等の責任があるとしました。
判決で国と東京電力の対応に言及
判決では、これまでの裁判でも焦点となってきた専門家などでつくる国の地震調査研究推進本部が平成14年7月に公表した巨大地震の予測=長期評価について国と東京電力の対応に言及しました。
この時の長期評価は福島県沖を含む三陸沖から房総沖にかけてどこでも大きな津波を伴う地震が発生するリスクを指摘するもので、これを踏まえて国が、東京電力に対して、試算を開始するように指示するか、当時の規制当局の原子力安全・保安院が試算をするなどしていれば、10メートルを超える津波の可能性を認識できたとしています。
そのうえで、当時、専門家の間で見解が分かれていた長期評価の信頼性については、「国自らが地震に関する調査などのために設置し、多くの専門家が参加した機関が公表したもので、相当程度の客観的かつ合理的根拠を有する科学的知見であったことは動かしがたい」としました。
また、当時の原子力安全・保安院と東京電力など電力事業者が海外の事例などを踏まえて想定を超える津波や水漏れのリスクについて話し合っていた「溢水勉強会」と呼ばれる非公開の勉強会にも言及していて、平成18年には敷地を越える津波が到来すれば、重大事故を起こす危険性が認識されていたと指摘しています。
そして判決は、国と東京電力に対し「対応措置をとった場合の影響の大きさを恐れるあまり、試算を避け、あるいは試算結果が公になることを避けようとしていたものと認めざるを得ない」などとしています。
こうした判決に対して、原子力安全・保安院を引き継いで発足した原子力規制委員会の事務局の原子力規制庁は、「判決は承知しているが、個別の内容についてのコメントは控えたい。私たちとしては2度と原発事故を起こさないよう厳正な規制を行っていきたい」としています。
原子力規制委員会は事故で保安院が廃止された後、事故の教訓を踏まえ、原子力を推進する経済産業省から離れ、独立性を高めた、いわゆる「3条委員会」として発足した規制組織です。