2019年10月21日月曜日

21- 「書評」東電の原発事故賠償「黒い賠償」(高木瑞穂 著) 

 福島原発事故の賠償に関与した人間に関するノンヒクション・ノベルが8月に発刊されました。
 その小説についての書評がNEWSWEEK誌に載りましたので紹介します。
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東電の原発事故賠償、審査はザルで、不正が横行していた
印南敦史 NEWSWEEK 2019年10月18日
<福島原発事故後、被害者賠償に真摯に取り組み、賠償金詐欺と戦った高卒の東電社員がいた>
 
以前紹介した『売春島――「最後の桃源郷」渡鹿野島ルポ』(彩図社)、『裏オプ――JKビジネスを天国と呼ぶ"女子高生"12人の生告白』(大洋図書)の著者・高木瑞穂氏は、主に社会・風俗の犯罪事件を題材とした著作を送り出してきたフリーライターである
(記事はそれぞれ「『売春島』三重県にあった日本最後の「桃源郷」はいま......」、「JKビジネスを天国と呼ぶ『売春』女子高生たちの生の声」)
 
そのため、新作もそうした路線だろうと思っていたのだが違った。8月に発売されたノンフィクション『黒い賠償』(彩図社)は、東京電力福島第一原子力発電所事故後の杜撰(ずさん)な賠償金支払いの実態に焦点を当てていたからである。
本書の"主人公"は、元東電社員の岩崎拓真(仮名、42歳)。原発事故による被害者賠償に誰よりも真摯に取り組んできた人物である。東京の三鷹で生まれた岩崎は6歳のときに父親と死別し、母と妹との3人、公団住宅で育った。
 
高校はいわゆる底辺校だったが、就職先として「会社の中身など知らなかった」東京電力株式会社を受けたところ合格。多摩支店、青梅営業所・料金課に配属され、真面目に仕事に取り組み、キャリアを一歩一歩積み重ねていった。
 
 高卒と大卒とでは、そもそも歩む道が違った。岩崎のような末端の現場作業員の大半は高卒だ。一方、大卒は現場の経験を積むため、新人期間の二、三年間だけ現場を踏む。
 現場では自ずと大卒組と一緒に汗を流すことになる。東大、京大卒の新人がゴマンとくるので、そうしたエリートたちと仕事をすると、出世意欲や物事の考え方などで多大な影響を受けた。高卒の同期が集まれば、オンナやギャンブルなど俗物的な話題ばかりだが、大卒組は純文学や単館上映のマニアックな映画、大衆受けしない音楽などを好み、政治や会社の将来について話した。(57ページより)
 
もちろん大卒との格差は埋められるものではないが、純粋に物事を受け入れ、熱心に仕事をしていたのだ。しかしそんなとき、東日本大震災が起こった。
岩崎のいた調布の事業所でも、24時間体制で対応に当たった。だが、その時点では福島の原発事故は報じられておらず、岩崎ら東電社員たちにも「福島がヤバい」という認識はなかった。端的に言えば、現実味のないことだったというわけだ。
 
 よもや地震で原発事故が起こることなど誰も想像していなかった。むろん、それが東電の仕業だとも。テレビから流れるのは、ただ"凄い地震が起きた"という事実だけだった。(中略)東電社員の誰もが傍観者でしかなかった。
「凄いことが起きてるよね」
 同僚たちが交わした言葉は、ただそれだけだった。(60ページより)
 
だから原発1号機が水素爆発を起こしたとき、異常事態だとは感じても、それが東電の非につながるとは思わなかった。そこまで予測できる専門知識を持っていなかったからである。
メルトダウン(炉心融解)が起こったとの報道があったのちも、原発の安全神話を植えつけられていた社員たちは、「とりあえず現状(業務として直面していた送信の不通)をどうにかするのが自分たちの務めだよね」と理解していた。
以後、東電では被災者への賠償の準備が進められ、岩崎は原発事故の賠償係になることを決意する。
 
「『被災者のため』ではなく、会社のために志願した。普段は偉そうにしている巨大組織が、本当に慌てふためいているのが分かったから。(中略)上司や組織に対し、末端の人間でも手を貸せるチャンスが来たのであれば、なんとかそれを生かして恩返しがしたかった」(79ページより)
 
高卒ながら大抜擢されたが、詐欺事件で自らが逮捕されてしまう
 
かくして岩崎は、賠償係としての最前線に立つ。だが、被災者の怒りも頂点に達していた。批判の根底にあるのは、「メルトダウンを認めた東電が加害者である」という現実だ。したがって、「東電は加害者なのだから、被災者が感情論で水増し請求をしても、東電は聞き入れざるを得ないだろう」という認識が生まれる。
 
「デロイト(筆者注:「デロイト トーマツ コンサルティング」の略。東電に代わって賠償業務を指南する役割を担う民間のコンサルティング会社)の判断で、審査条件がどんどん緩くなった。作業を流すべく、ガチガチに作られたエビデンスを拡大解釈で処理していくようになったのです。
 デロイトは、原賠機構(筆者注:原子力損害賠償・廃炉等支援機構)に『賠償しなければカネを貸さない』という命題を課せられている東電の、指南役です。原賠機構が東電の命綱であり、賠償業務が素人同然の東電にとってはデロイトが生命線。それは私たち末端の賠償係でも手に取るように分かりました。つまり東電もデロイトも、口には出さないまでも審査は『ザルでいい』との意向だったのです」(111ページより)
 
理不尽な要求すら受け入れるしかなかったが、高卒の自分を受け入れてくれたという意味でも、収入面でも会社に恩義を感じていた岩崎は、そんな賠償係の仕事にも意欲的に取り組んだ。賠償請求で不正があれば暴き、払うべきでない相手には屈しなかった。
しかも、本当に困っている相手には丁寧に寄り添い、話を聞いた。そんな姿勢が評価され、岩崎は捜査官として、賠償詐欺を暴くことになる。
 
 賠償詐欺捜査班である「渉外調査グループ」の前身が「業務推進グループ」内に立ち上がったのは、震災から二年が過ぎた二〇一三年三月のことだ。
 所長がいる、賠償係の中枢フロアの一角。岩崎は第九グループがあった二〇階から一四階へと移動し、その立ち上げから関わることになった。
 GMは言った。
「岩崎くん、頼むよ」
 異例の大抜擢だった。(170ページより)
 
ところが岩崎はそののち、せっかくつかんだチャンスも、それどころか社会的立場すら失うことになる。賠償請求に詳しい岩崎を味方につけ、詐欺をしようと画策する人物に騙され、罪を着せられてしまったのである。
 
岩崎は、のちに詐欺事件で逮捕される村田という人物と交流を持っていた。といっても犯罪の片棒を担ごうとしていたわけではなく、詐欺とは知らないまま申請書類についてアドバイスをしただけだという。しかし警察は、岩崎が村田に対して詐欺の指南をしたとして逮捕したのだった。
 
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非常に後味の悪い事件であり、読み終えたあともモヤモヤとした思いが残った。だから何度か読み返したのだが、岩崎に対する著者の思い入れが少し大き過ぎるようにも感じた。とはいえ、常に相手の立場に立って物事を考えることのできる岩崎の人間性が、本書の鍵になっていることも事実だ。
だから、スタンスとしてはこれでいいのだと思う。
それに、われわれが知っておくべきは、あのときこういうことが起きていたという事実である。地震と原発事故から8年半が経過し、復興もままならない状態のまま、来年に迫った東京五輪の話題ばかりが取り沙汰されている今だからこそ、その事実から目を背けてはならない。
そんなことを、本書は改めて実感させてくれるのだ。
 
[筆者]
 印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に「ライフハッカー[日本版]」「東洋経済オンライン」「WEBRONZA」「サライ.jp」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、「ダ・ヴィンチ」などにも寄稿。読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術(星海社新書)をはじめ、ベストセラーとなった遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣(ダイヤモンド社)、世界一やさしい読書習慣定着メソッド(大和書房)、人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方(日本実業出版社)など著作多数。

『黒い賠償』 高木瑞穂 著  彩図社