2019年10月5日土曜日

関電がパワハラ被害者面をする一方で隠しておきたい「不都合な真実」

 ノンフィクションライター窪田順生氏がダイヤモンドオンラインに興味深い記事を載せました。
 高浜町の元助役・森山栄治氏が、関電と原発工事業者や町民との間に立って「原発マネー」を動かしながら、自分の懐にも多額のものを入れていたであろうことは容易に推測できますが、窪田氏は、その他に、関電としては国民に知られたくない重要な、ダーティーな(汚れた)役割を森山氏が担っていたのではないか ・・・ とにらんでいます。
 これまでの報道機関の観点とは一味違うものです。
 
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関電がパワハラ被害者面する一方で言及を避ける「不都合な真実」
窪田順生 ダイヤモンドオンライン 2019.10.3
ノンフィクションライター    
福井県高浜町の助役・森山栄治氏から金品を受け取っていた関西電力。記者会見では森山氏のヤクザも真っ青な恫喝が明らかにされたが、被害者面で幕引きを図ろうとする関電の記者会見には、経営責任をうやむやにするためのテクニックが見え隠れする。(ノンフィクションライター 窪田順生)
 
ヤクザも真っ青  恐ろしい恫喝の数々
「M」とか「影の町長」なんて怖がられる人だから、普通じゃないとは思っていたが、まさかここまでだったとは、とドン引きしている方も少なくないのではないか。
 原発マネーの「還流」疑惑で批判に晒さている関西電力が昨日、再び会見を開催して、幹部に3億2000万相当の金品をバラ撒いていた福井県高浜町の助役だった故・森山栄治氏が、関電社員らにヤクザも真っ青の「恫喝」を繰り返していたことを明らかにしたからだ。
 会見の資料として公表された調査委員会の報告書には、森山氏の悪行三昧が、これでもかというくらいの勢いで並べ立てられている。その一部を抜粋しよう。
《「お前なんかいつでも飛ばせるし、何なら首も飛ばすぞ」などといった発言があった。また、社内では過去の伝聞情報として、森山氏からの圧力に耐えかねて、対応者の中には、うつ病になった人、辞表を出した人、すぐに左遷された人などがいる、などの話が伝えられることがあった》
《自身やその家族の身体に危険を及ぼすことを示唆する恫喝として、「お前の家にダンプを突っ込ませる」などといった発言があった。また、社内では過去の伝聞として、対応者が森山氏から「お前にも娘があるだろう。娘がかわいくないのか?」とすごまれた、別の対応者は森山氏のあまりに激しい恫喝の影響もあって身体を悪くして半身不随となった、その対応者は身の危険もあることから経緯を書いた遺書を作って貸金庫に預けていた、などの話が伝えられることがあった》
 
 そんな数々のパワハラ列伝を目にすると、「うちの会社にも来るよ、こういう老害。社長を呼べとか騒いで対応に困るんだよな」なんて共感するサラリーマンの方もいらっしゃるかもしれない。筆者もいくつのか業界で、いまだにこういう昭和型の恫喝を行う、その世界のレジェンドの対応をしたことがあるので、そのあたりの苦労は痛いほどわかる。
 その一方で「情報戦」という観点からこの報告書を読むとどうしても、こりゃまたずいぶんとベタなやり方で、経営責任を回避してきたなという感想になってしまう。
 
関電の発表は世間の目を 本質から逸らせている
 世間が食いつくようなショッキングな話や、ワイドショーのコメンテーターが「感想」を述べやすいベタな問題を、「エサ」として投げて世間の目を本質から逸らせる。いわゆる、「論点ズラし」である。
 実はこれ、企業や役所のクライシス対応において、非常によく使われるオーソドックスなテクニックのひとつである。今後、何かのお役に立つかもしれないのでぜひ覚えていただきたい。ケースによって若干の違いはあるが、トップの引責を回避する際に使われる「論点ズラし」というのは基本的には以下のような三段論法になる。
 
(1)ルールを逸脱した「個人」のせいで組織は被害をこうむった
(2)とはいえ、この「個人」の暴走を止められなかった組織風土にも問題がある
(3)風土の話なので、トップが責任を取るような話ではない
 
 要するに、トップの首が吹っ飛びそうなところを、「個人」のスキャンダルや不正にフォーカスが当たるように、「おもしろネタ」を提供することでそっちの印象を強くして、結局のところは企業体質とか、ホニャララ主義みたいなふわっとした話に着地させる、というダメージコントロールをしているわけだ。今回の関電の「報告書」はその典型的なパターンに見えてしまう。
「伝聞」まで盛り込んでいることからもわかるように、この報告書には、とにかく関電が長年、森山氏から「被害」を受けてきたということに多くを割いている。先ほどの(1)である。
 しかし、こればかりだと「被害者面しやがって」という批判が当然くるので、森山氏の暴走を食い止められなかった背景に、森山氏と事を構えるのを恐れて、前任者と同じ対応を続けていくという「前例踏襲主義の企業風土」(報告書19ページ)があるとした。(2)である。
「風土」というのは、リスク時にはわりと便利なワードで、「思い」「姿勢」という日本人が好きな精神論みたいな方向へ持っていくことができる。不祥事企業からすれば、こうなればシメたものだ。今回の問題が起きたのは、会社にいる一人ひとりの「心」に問題があるわけだから、経営者が悪いわけじゃないですよね、と逃げることができるからだ。
 実際、調査委員長も所感では、「深刻な問題とまでは認め難い」として、以下のようにシメている。
「結局、本件の本質は、個人の問題ではなく事なかれ主義というべき会社の体質の問題にほかならず、この改善と対策が集眉であることが明記されるべきである」
 
関電経営陣が 突っ込んでほしくない部分
 要するに、悪いのは「体質」なのだから、今の経営陣が辞めるほどの問題ではないという捉え方のようなのだ。むしろ、「体質改善」という難題に臨むのだから、ポッと出の新経営陣にはできない。経験豊富な現経営陣がそのまま継続すべきだ、というようにも聞こえてしまう。
 断っておくが、調査委員会の批判をしているわけではない。企業のクライシス対応で、経営者の責任回避などの道を模索して頭を悩ませてきた過去の経験から、報告書を読むと、どうしてもそういう狙いがあるように見えてしまう、と言いたいのだ。
 そして、筆者がそのように感じてしまう理由はもうひとつある。それは、「マスコミ受けする部分と、触れてほしくない部分のあまりな露骨な差」である。
 これはクライシスに直面した企業の情報発信における鉄則だが、大々的に報じてほしいことは饒舌に、あまり深く突っ込まれたくないところは言葉少なに、ということがある。
 前者は今回で言えば、森山氏がこれまで関電に行ってきた「パワハラ」である。これはどんなに詳細に、どんなに生々しく報じられても、関電としては痛くもかゆくもない。むしろ、ここにフォーカスが当たれば当たるほど、「関電さんも気の毒に」「なんて非常識なジジイだ」なんて感じで同情的な世論になる。
 
 では、あまり深く突っ込まれたくないところはどこか。実はこの報告書の中には、関電的にはあまり詳しく話したくないテーマというか、かなりエグいことがサラッと記されている。それは、森山氏がしたというこんな「恫喝」だ。
発電所立地当時の書類は、今でも自宅に残っており、これを世間に明らかにしたら、大変なことになる
 報告書によれば、森山氏は高浜3・4号機増設時に、何度も面談し、増設に関して依頼を受けたと話をしていたという。そして、その時に、当時の関電トップから手紙やハガキを受け取っており、今もそれを保管している、と語っていたというのだ。
 
なぜ関電は一貫して 森山氏に逆らえなかったのか?
 関電側が一貫して森山氏に逆らえなかったのは、原発立地の有力者で、機嫌を損ねたら原発の運営に支障をきたすかもと恐れたからだと説明しているが、実際にこういう具体的な「脅し」があるわけなのだから、助役時代の森山氏が、経営トップから何を頼まれ、何を知り、どのようなことをしたのかということは重要ではないか。
 その「世間に明かしたら大変なこと」を握っているということが、森山氏に対する関電側の「恐怖」の正体になっている可能性があるからだ。
 例えば、原発行政の信頼を粉々にするような癒着や不正。あるいは、原発の安全性を根底から覆すような問題の隠蔽や、当時の常識的にも完全にアウトという裏仕事の可能性もある。
 
 そんな小説やドラマみたいなことがあるものかと笑うかもしれないが、事実として森山氏が役場にいた時代、関電の原発はかなり深刻な「危機」に陥っていた。
 まず、森山氏が助役になってほどない1979年5月、高浜原発の1号機では、緊急炉心冷却装置と連動した補助ポンプの軸が折損していることが判明。これは当時、通産省も「わが国原発開発史上、初めての重大な異常」(読売新聞1979年5月12日)と述べるほど問題視した。
 その半年後、住民を恐怖に陥れるような深刻な事故も起きている。
放射能含んだ一次冷却水 高浜原発で大量漏れ パイプ破損 9時間で80トン」(読売新聞1979年11月4日)
 
 当時、アメリカのスリーマイル島の事故もあって、原発の危険性が国際的にも指摘されていた。事故が続く高浜原発にも反対派が集結し、森山氏と関電が二人三脚で進めていた3号機、4号機の安全審査をやめさせようと、公開ヒアリングには全国から反対派市民団体が500人押し寄せたこともあった。
 が、こんな「逆風」の中でも3号機と4号機は稼働した。今の感覚からすれば、あまりにも強引な原発推進に、「誘致や地域の取りまとめ等に深い関わりをもった」(報告書)森山氏が大きく寄与したことは間違いない。
 
「死人に口なし」だが… 関電の被害者面は虫が良すぎる
 それは果たして、胸を張って国民に説明できるようなものだったのか。このまま森山氏が墓場まで持っていったから良かったが、白日のもとに晒されたら関電が吹き飛ぶようなものではなかったか。そういう「ダイナマイト」を体に巻いている人間だったからこそ、誰も森山氏に逆らえなかったのではないのか。
 もちろん、これは筆者の考えすぎかもしれない。実際、先の報告書の調査委員長はこんなことをおっしゃっている。
「仮に森山氏に暴露できるような当時の裏事情があり得たとしても、その露見の影響は限定的であろうことを容易に推測できる」
 要するに、森山氏は大したネタを握っていないということのようだ。
 だったら、この報告書でも具体的に森山氏がどういうネタで関電を脅していたのか、影響が大したことがないのなら、ぜひ明らかにしていいただきたいと思うのは、筆者だけだろうか。
 
 報道によれば、助役を辞めた後、森山氏は関電子会社の顧問となり、「町長選や町議選となれば、森山氏がどの候補につくかに注目が集まった」(産経ニュース9月27日)という。
 そんな風に森山氏が「若狭のドン」になってからも、高浜原発まわりには「地元対策」が必要だった。日本で初めての「プルサーマル計画」が進められたからだ。
 住民の中には不安が高まり、住民投票すべきだなどと反対の声が強まったが、当時の町長は近隣に住む外国人が反対している事を受けて、「プルサーマルに不安な外国人出てって」(朝日新聞1999年7月7日)なんて口走るほどゴリゴリの推進となっていた。
 
 地元の影響力を考えれば、ここにも「ドン」の「裏工作」があったのではないか。
 もちろん、もはや死人に口なしなので、真相は闇の中だ。ただ一つ言えるのは、森山氏は関電側が主張するように「恫喝を繰り返すパワハラジジイ」だけではない事だ。
 さんざん裏で汚れ仕事をさせておきながら、亡くなった途端に手の平返しで「いや、とんでもない人間でしたよ」とディスる否定するのは、さすがに虫が良すぎるのではないか。