2025年6月9日月曜日

原発事故東京高裁が不当判決(植草一秀氏)

 植草一秀氏が掲題の記事を出しました。

 東京高裁6日東電の株主が旧経営陣5人に対して23兆円余りを会社に賠償するように求めた株主代表訴訟の控訴審判決、旧経営陣合わせて13円余の賠償支払を命じた一審判決を取り消しました。
 植草氏は、下級裁判所が正当で優れた判決を示す事件であっても、上級裁判所がその正しい判断を覆すことは予想されることで、日本の裁判所は基本的に〈権力の番人〉であると述べました。辛辣な批判です。
 そして東電と密接な利害関係を有する(主として)金融企業を高裁が如何にして救済したかについて専門的にかつ分かりやすく説明しました。
 福島第1原発で深刻な事故を引き起こしたのは、産業技術総合研究所が巨大地震にともなう巨大な津波が太平洋岸に襲来する予測を立てて、東電福島第1原発の津波対策が不十分であることを事前に警告していたにもかかわらず、東電が何の対策も講じなかったことが原因でした。
 しかし高裁判決は一審の判決を取り消すために、技術総合研の予測には疑問の余地があったとか、津波の可能性があるということを以て東電に原発を停止させるのは無理なことであるなどと述べて、無理やりに「東電無責」を仕立て上げたのが控訴審判決の真相であって、事故の発生直後に三井住友銀行による東電への短期資金融通が行われたのは、日本政策投資銀行が東電のメインバンクであるという事実を見えなくするための操作であったと考えられるとした上で、高裁判決は株主や銀行の責任を問わずに、原発事故処理費用を国民の税金で賄う施策が強行されたことを肯定したものであるとしました。
 そして当時菅直人首相が東電の法的整理を排除した最大の原因は、日本政策投資銀行の救済にあったと考えられると述べています。
 植草氏は経済学者なので法理面からではなく、経済的な観点から控訴審判決を分析したもので、極めて分かりやすく大変参考になります。

 その他の側面については、毎日新聞、東京新聞、福島民報の記事を紹介しますので、参考に願います。
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原発事故東京高裁が不当判決
                植草一秀の「知られざる真実」 2025年6月 6日
2011年3月11日の東京電力福島第一原子力発電所が引き起こした人類史上最悪レベルの原発事故。
東京電力の株主が旧経営陣5人に対して23兆円余りを会社に賠償するように求めた株主代表訴訟で、東京高裁が6月6日に控訴審判決を示した。
東京高裁の木納敏和裁判長は旧経営陣4人に合わせて13兆3210億円の支払いを命じた一審の判決を取り消し、原告の株主側の請求を棄却した。予想された結果だ。

日本の裁判所は〈法の番人〉ではない。日本の裁判所は〈権力の番人〉である。
下級裁判所には例外的に〈法と正義〉に基づいて、〈良心に従い独立して職権を行う〉優れた裁判官が存在する。例外的に優れた裁判官が訴訟を指揮する場合には正当な判断が示されることがある。今回の事件での第一審がこの例に該当する。

しかし、上級裁判所に移行するに従い、法に基づき、良心に従い独立してその職権を行う〈優れた裁判官〉はほぼ消滅する。したがって、下級裁判所が正当で優れた判決を示す事件であっても、上級裁判所が、その正しい判断を覆すことは、当然に予想されるのである。

この裁判では〈津波の予見可能性〉が焦点になった。
一審は〈津波の予見可能性〉を認めたが東京高裁は〈津波の予見可能性〉を認めず、13兆円余りの賠償を命じた一審判決を取り消した。東日本大震災が発生し、東京電力福島原子力発電所事故は東日本大震災発生に伴って生じた。
地震の揺れ、津波の襲来によって福島第一原発は電源を失い、原発の暴走を招き、人類史上最悪レベルの災害を引き起こした。

原子力損害賠償法は、原発事故を引き起こした際に事業者が無限の責任を負うことを定めている。ただし、「異常に巨大な天災地変の場合はこの限りでない」との文言を付記している。しかし、東日本大震災と大津波は、「異常に巨大な天災地変」ではなかった
東北地方太平洋岸においては定期的に巨大地震と巨大津波が発生してきた。
この事実を踏まえて産業技術総合研究所が、巨大地震にともなう巨大な津波が太平洋岸に襲来する予測を立て、東京電力の津波対策が不十分であることを〈報告〉していた

原子力事故の処理や賠償に、想像を絶する資金が投下されている。
しかし、その費用は東京電力の資金力を完全に超えている。したがって、東京電力は財務的に破たんする。原発事故を受けて東電を法的に整理し、その上で東電の再建を図るしか道はなかった。ところが、菅直人内閣は東電を法的整理しなかった。

東電の責任が問われる順序は株主、貸し手、経営者、取引企業、従業員になる。
株主は株式の価値がゼロになるかたちで責任を問われる。貸し手は融資資金が毀損して責任を負う。従業員の責任はその下位に来るもの。
しかし、菅直人内閣は東電を法的整理しなかった。最大の理由は日本政策投資銀行の救済にあった

東電を法的整理すれば株主が出資金を失うかたちで責任を問われる
さらに債権者である銀行は貸付金を損失として償却しなければならない
東電が原発事故を引き起こした際に東電のメインバンクは日本政策投資銀行だった。
東電を法的整理すれば巨額の損失処理が必要になり、日本政策投資銀行自体が連鎖倒産するリスクに直面する。
このことがあり、事故発生直後に三井住友銀行による短期資金融通が行われた。
これは、日本政策投資銀行がメインバンクであるという〈事実〉を見えなくするための〈操作〉であったと考えられる。その上で、原賠法の規定に反するかたちで東電の無限責任が取り除かれた

株主や銀行の責任を問わずに、原発事故処理費用を国民の税金で賄う施策が強行された。
東電の法的整理を排除した最大の原因は日本政策投資銀行の救済にあったと考えられる。

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結果回避可能性は「検討の必要なし」 東電旧経営陣への賠償取り消し
                             毎日新聞 2025/6/6
 東京電力福島第1原発事故を巡り、東電の株主約40人が旧経営陣に総額23兆円超を東電に賠償するよう求めた株主代表訴訟の控訴審で、東京高裁は6日、旧経営陣に13兆円超の賠償を命じた1審判決を取り消し、株主側を逆転敗訴とする判決を言い渡した。木納敏和裁判長は「巨大津波は予見できず、取締役としての任務を怠ったとは認められない」と判断した。株主側は上告する方針。
 最高裁は2025年3月、業務上過失致死傷罪で強制起訴された旧経営陣2人に対して「想定外の津波」を理由に全面無罪を確定させた。株主代表訴訟の1審判決が取り消されたことで、民事でも旧経営陣個人の法的責任を認めた判決はなくなった。原発事故の責任を誰も負わない事態となる可能性が高まった。
 東電は08年、政府が公表した地震予測「長期評価」に基づき、高さ最大15・7メートルの津波が原発に襲来する可能性があると試算した。訴訟では、長期評価に基づいて巨大津波を予見できたか(予見可能性)、対策をしていれば事故を防げたのか(結果回避可能性)が争点となった。

東京電力福島第1原発事故と株主代表訴訟を巡る主な経緯
 判決は、まず高さ10メートルを超える津波が襲来した場合、防潮堤の建設などでは不十分で、原発の運転停止までが求められる状態だったと指摘。予見可能性の判断には、原発の停止を正当化するほどの信頼性、合理性がある根拠が長期評価にあったのかを検討する必要があるとした。
 その上で、長期評価には地震の専門家の間でも異論があったことなど「消極方向の事情」を複数列挙。原発を止めた場合の国民生活への影響を考慮すれば、長期評価には旧経営陣に切迫感を持って原発停止を指示させるほどの十分な根拠はなかったと結論付けた。
 判決は予見可能性を否定したことで、結果回避可能性については「検討の必要がない」として判断を示さなかった
 22年7月の1審・東京地裁判決は、予見可能性と結果回避可能性のいずれも認め、勝俣恒久元会長(24年10月に死去)と清水正孝元社長、武藤栄、武黒一郎両元副社長――の4人の賠償責任を認めた。約13兆円の賠償額は事故後の廃炉・汚染水対策などにかかる費用から算定した。
 東電は企業として、原発事故の賠償責任は無過失で原子力事業者が負うとした原子力損害賠償法に基づき、避難者らに賠償金を支払っている。東電は「広く社会の皆さまに大変なご迷惑とご心配をお掛けしていることについて、改めて心からおわびする」とコメントした。【安元久美子】


福島第1原発事故めぐる株主訴訟、最後に裁判長が言ったこと 東京電力旧経営陣の賠償責任認めず 東京高裁
                          東京新聞 2025年6月6日
 2011年3月の東京電力福島第1原発事故を巡り、旧経営陣が津波対策を怠り東京電力に巨額の損失が生じたとして、株主が旧経営陣ら5人に23兆円超を東京電力に賠償するよう求めた株主代表訴訟の控訴審判決が6日、東京高裁であった。木納敏和裁判長は「巨大津波は予見できなかった」として、13兆3210億円の支払いを命じた一審東京地裁判決を取り消し、株主側の請求を棄却した。(三宅千智)
 逆転敗訴となった株主側は上告する方針。

 株主代表訴訟 会社法に基づき株主が会社に代わり、取締役などの責任を追及する訴
      訟。義務を果たさず会社に損害を与えたなどと株主が判断した場合、賠償
      金を会社側に支払うよう求める。訴訟では違法行為の有無や、適切な経営
      判断をしたかどうかが問われる。

◆争点は「長期評価」に科学的信頼性があるかどうか
 訴訟は、旧経営陣らが巨大津波を予見し得たか、対策によって事故を回避できたかが争点だった。東京電力内部では2008年、最大15.7メートルの津波が来ると試算。その根拠となった政府の地震調査研究推進本部(地震本部)の「長期評価」(2002年公表)の科学的な信頼性が争われた。
 2022年7月の一審判決は、長期評価に「相応の科学的信頼性がある」と認め、原子炉建屋などに浸水対策を行っていれば重大事故を避けられた可能性が十分にあったと判断した。
 木納裁判長は判決理由で、当時の状況下で旧経営陣が事故防止のためにできた指示は「原発の運転停止」しかなかったと指摘。その上で、電力需給への影響なども考慮した上で、運転停止を指示するほどまでに長期評価を信頼できたかを検討した。
 当時、地震本部が長期評価の信頼度を「C(やや低い)」とし、中央防災会議や自治体の防災対策に採用されていなかったことなどから、木納裁判長は運転停止を指示する根拠として「十分ではない」と判断。旧経営陣に「津波の予見可能性があったとは認められない」と結論づけた。

◆木納裁判長「あくまで法的責任の判断」と強調
 また、事故対策の実質的な責任者だった武藤栄元副社長(74)への社員の報告内容も切迫感はなく、対策を指示しなかったことは「不合理とは言えない」と指摘。ほかの旧経営陣は武藤氏よりも情報に接していなかったとしていずれも賠償責任を認めなかった。
 木納裁判長は、理由読み上げの終盤で「あくまで本件事故における法的責任の判断」と強調。「原発事業者による津波の想定は、事故前と同じものであってはならない。二度と過酷事故を発生させてはならない」と付言した。
 被告は武藤氏のほか、昨年10月に84歳で死去した勝俣恒久元会長の相続人、清水正孝元社長(80)、原子力部門のトップだった武黒一郎元副社長(79)、小森明生元常務(72)の5人。
 判決を受け、5人の代理人は「コメントは差し控える」とした。東京電力は「個別の訴訟に関することは差し控える」との談話を出した。
  ◇  ◇
◆経営陣それぞれの責任を否定したが
 東京電力旧経営陣が負う賠償義務を13兆円超からゼロにした東京高裁判決は、事故防止には原発の運転停止しかなかったと前提を置き、責任の認定ハードルを高くすることで一審判決を覆した。防潮堤以外にも浸水対策を指示する必要性を認めた一審判決に比べ、旧経営陣に求められる義務の範囲を狭めた形だ。
 高裁の木納敏和裁判長は、津波試算の根拠になった長期評価について「地震学のトップレベルの研究者による議論に基づき、尊重するべきものだった」と認めた。だが、実際に自治体の防災対策に取り入れられていなかったことなどから、事故責任を問うための予見可能性の根拠にはならないとした。事故から14年以上たった今も苦しむ被災者を思うと、納得できない論理だ。原発事故の防止に効力がある地震予測は、存在しないかのように感じる。
 判決理由の最後で、木納裁判長は原発事業者に対して「いかなる要因に対しても過酷事故の発生を防ぐ措置を怠ってはならない」と述べ、約30分間の読み上げをこう締めくくった。「原子力発電事業のあり方について、広く議論することが求められる」。そこまで言及するなら、なぜこうした判決となったのか疑問が残る。(小野沢健太)


誰も責任取らないのか 東電原発事故株主代表訴訟高裁判決 傍聴席から怒号 逆転勝訴へ「闘い続ける」
                              福島民報 2025/6/
 東京高裁で6日に言い渡された東京電力福島第1原発事故を巡る株主代表訴訟の判決は、株主側の逆転敗訴だった。私語を慎まなければならない傍聴席からは怒号が飛び交った。閉廷後の集会で原告らは「誰も責任を取らないのか」「再び重大事故を招くつもりか」と憤りをあらわにした。最高裁での逆転勝訴に向け、闘い続ける覚悟をにじませた。

 木納敏和裁判長が主文を告げると、法廷内に「えーっ」とどよめきが起こった。判決理由の読み上げ後も、傍聴席と原告席からは「認められない」「おかしいだろ」との声が上がった。東京高裁前では、硬い表情の原告らが「不当判決」と書かれた旗を掲げ、集まった支援者は無念さに顔をゆがめた
 「過酷な事故を起こしておきながら、経営陣誰一人として責任がなかったという判決は信じられず、許せない」。株主として原発廃止を提案し続けている原告代表の木村結さん(72)=東京都=は声を張り上げた。木納裁判長らは昨年10月の進行協議期日で第1原発構内を視察していた。被害実態を見たことで「過酷な被害の現状を理解してもらったはず」と勝訴に手応えを感じていた。だが、その思いは打ち砕かれた。「(被災者に)明るい報告ができず残念だ」と目を閉じた。
 同じく原告の浅田正文さん(83)は「言葉が見つからない」と声を絞り出した。原発事故前、田村市都路町の自然にほれ込み東京都から移り住んだ。野菜栽培など自給自足の穏やかな暮らしは事故で一変した。着の身着のまま、知人を頼り金沢市に避難した。国内で原発の在り方を考えるきっかけにしてほしいとの思いで原告団に加わった。「国民の命、安全を大事にしてほしいとの思いに逆行している」と悔しがった。
 世界最悪レベルの原発事故が起きたにもかかわらず、誰も個人責任が問われない可能性が出てきた。弁護団は電力事業者が過酷事故を起こした場合、経営者の責任意識が薄れるとの懸念を抱く。株主側代理人の河合弘之弁護士は「再び原発事故が起きても許してもらえると言っているようだ」と苦言を呈した。

■「思い酌み取ってほしかった」 福島県民落胆
 巨額賠償を認めた一審東京地裁判決を覆した東京高裁の判断に、被災者や原発事故の影響を受けた県民は落胆した。
 大熊町の無職伏見明義さん(74)は、2019年に町内に帰還するまで8年にわたる避難生活を余儀なくされた。「避難者の思いを酌み取ってほしかった」と思いを口にした。原告側は上告する方針を示しており、「(最高裁では)事故の責任を明確にしてほしい」と訴えた。
 県原木椎茸被害者の会会長の宗像幹一郎さん(74)=田村市船引町=は原発事故前、良質な原木シイタケを露地栽培してきた。しかし、原発事故で生業を奪われ、原木シイタケは今も出荷制限が続く。自身が生きている間に栽培を再開できるのか不安を募らせている。だからこそ、旧経営陣に反省を求める。「福島県だけでなく原発を持つ地域にとっても重要だ」と考える。