2022年3月5日土曜日

05- 原発事故費用 当初は5兆円だったのに、いつの間にか22兆円に 何故

 プレジデントオンラインに吉野 実氏の記事「当初は5兆円だったのに、いつの間にか22兆円に…原発事故の見通しがあまりに杜撰だった根本原因」が載りました。
 当初 福島原発事故の除染や賠償、廃炉に要する費用は5兆円とされていましたが、現在は22兆円に膨れ上がっています。国の発表としては余りにも杜撰というしかありません。
 いずれはバレるのに何故そんなお粗末なことをしたのか? 官僚の思惑がどう作用したのかについて分かりやすく書かれています。
 それはそうと22兆円で収まるという見通しも全くありません。もしも廃炉に百年掛かるとすれば、その費用は天井知らずです。そもそも廃炉費用にしても、現状の1~3号機が解体されるところまでの予測の計上で、核のゴミの最終処分費用については全く別枠になっています。いずれにしても全ての費用が、電気料の形で最終的に国民に掛かって来ます。
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当初は5兆円だったのに、いつの間にか22兆円に…原発事故の見通しがあまりに杜撰だった根本原因
                  吉野 実 プレジデントオンライン 2022/3/4
 東京電力福島第一原発の除染や廃炉には一体いくらかかるのか。在京テレビ局記者の吉野実氏は「当初は5兆円とされていたが、いまでは22兆円に膨れ上がっている。しかも数兆円かかる放射性廃棄物の処分費用が含まれていない」という――。
 ※本稿は、吉野実『「廃炉」という幻想』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
■東電は「5兆円では全く足りない」と国に泣きつく
 図表1省略は東京電力が作成した福島第一原発(1F)事故収束費用、すなわち「廃炉」「賠償」そして「除染・中間貯蔵」に必要とされる資金をまとめたものだ。
 当初、国は事故収束費用を5兆円といい、それが2013年12月には11兆円になり、さらに2016年12月に出された「東電改革提言」では22兆円に膨れ上がった。いくら世界に類例のない事故であるとしても、この増額は酷い。わずか5年の間に倍、倍で増えていっている。少し、詳しく見ることにする。
 1F事故後、国は廃炉、賠償、除染に巨額の費用がかかるため、「原子力損害賠償支援機構法」に基づき、同機構に5兆円の交付国債を発行し、同機構を通じて東電に資金支援を行ってきた。
 筆者は当時、経産官僚に「5兆円で本当に足りるのか」と何度も尋ねたが、担当者は「足りる」と主張し続けた。しかし、2012年末ごろにはもう「5兆円では全く足りない」と、東電から国に泣きが入る。実際、東電は2013年夏ごろまでには、5兆円の枠に対し、38兆円を賠償に使ってしまった。あと、残りは12兆円しかない。
■支援枠を拡大したくない経産省が折れて「倍増」
 詳細は省くが、筆者は政府による東電への支援枠が、5兆円から9兆円に拡大した際の、経産省と財務省の攻防をつぶさに取材した。2013年の秋から冬にかけての出来事だ。経産省側は、できれば5兆円という支援枠を維持したいと考えていて、明らかに枠拡大を嫌がっていた。これに対して財務省側は、
 「5兆円では全然足りないはずだ」
 「(事故収束費用が)いくらになるか見積もりを示すべきだ」
 ――と詰め寄った。結局、経産省側は折れ、融資枠は9兆円に拡大した。実際に同年12月の原子力災害対策本部会合で、収束費用は11兆円との経産省などによる試算が示された。
 内訳は▽廃炉2兆円 ▽賠償54兆円 ▽除染25兆円、そして全額国が負担する中間貯蔵施設建設費11兆円で、事故収束費用の見積もりは「倍増」した。ある財務官僚は、国からの融資枠9兆円は、賠償と除染を合わせた79兆円を想定した融資枠だった、と筆者に説明した。
 だが、政府内の交渉プロセスに分け入ってまで取材したものの、収束費用は11兆円でも結局は足らず、3年後の2016年12月には、さらに倍の22兆円に膨らんだ
■経産省はわざと過小に見積もったに違いない
 なぜ倍々レースとなったのか。経産省などの試算は「出鱈目」ではなく、わかっていた上で少なく見積もっていたと筆者は確信している。
 過小に過小に見積もって、後から大きく増やすという手法。というのも、いきなり大きな額を示したら、金融機関から融資を取り付けることが難しくなり、東電が破綻しかねない。小出しにするのもある程度は致し方ない部分もあっただろうが、それにしても、政府の対応を「不誠実」だと思うのは、筆者だけではあるまい。
 だが、筆者も倍々で膨らんでいくプロセスを、疑問を感じつつも、そのまま報道してきた一人である。言い訳になるが、当時、取材で得た「廃炉」「賠償」そして「除染・中間貯蔵」の数字を、報道機関として検証したり、反証する方法は見当たらなかった。とはいえ、官僚や政治家からその数字を取ることに血道を上げ、報道してきた筆者も、批判されても仕方がない。
 あの時、どうすればよかったのか、政府側の数字を、どのように検証して報道すべきだったのか、今も考え続けている。大きなことを言うつもりはないが、その反省が『「廃炉」という幻想』を書くモチベーションの一つにもなった。
■経産省が東電を破綻させたくなかったワケ
 さて、では経産省はどうして東電を破綻させたくなかったのか。それは、1つには経産省が(東電の代わりに)賠償の矢面に立たされるのを嫌ったからである。これは、複数の元経産官僚、財務官僚、政治家も認めた事実である。水俣病発覚直後の厚生省(当時)、そしてそれを引き継いだ環境省のように、“泥沼”とも表現される長期の裁判対応を含む賠償は「やりたくない」というのが本音だったのだろう。
 2つ目には、潰れかかった東電の過半の株式を購入=出資することで東電を実質支配し、言うことを聞いてこなかった電力業界を間接的にコントロールしたいという狙いもあった。古くは1990年代から発送電分離など「電力改革」を企図してきた経産官僚たちだが、そのたびに強大な力を持つ電力業界と永田町に潰され、甚だしくは左遷の憂き目に遭ってきたのだ。
 ちなみに、大手電力会社が作るプレッシャー・グループ「電気事業連合会」(通称・電事連)で、3.11前まで永田町との窓口を一挙に担っていたのは東電だった。
■電力会社の「我が世の春」を支えた勝俣元会長
 「他電力は、東電に政治周りを任せておけば、災害や自過失の事故でも起きない限り、決して赤字にならない『総括原価方式』(かかった全ての費用に適正利潤を上乗せして公共料金を決定する方式)の巨大な船に揺られながら、我が世の春を謳歌できた」と話すのは、元東電幹部だ。「そしてその圧倒的な資金力、人的リソースを駆使する中心には、カリスマ的経営者、勝俣恒久元会長がいたのです」。
 しかし、その勝俣氏が1F事故で強大な権力を失ったのだ。経産官僚にとっては電力業界に対する影響力を行使する千載一遇のチャンス到来だった。
 1F事故を契機に、賠償の矢面に立つのを回避し、東電を事実上支配下に置き、電力業界の再編を促すなど影響力を維持する。しかも、1F事故の原因分析と反省、訴訟対応などは経産省から分離した原子力規制委員会・規制庁に担わせ、残った者たちは再び統治する側に回り、原子力行政を推進する。ものの見事に立ち回ったものである。
■デキる人材が次々と去り、東電は骨抜きに
 しかし、東電という巨大企業から「不満分子」を一掃したことが、結果として致命傷になった。「不満分子」たちの中には、彼らなりに1F事故を真摯に反省し、危機感を持ち、改善し生まれ変わろうと考える有為の人材が多く含まれていた。しかし、そうした人々の多くが左遷され、あるいは退職し、東電は骨抜きにされ力を失った
 本来なら収支回復の柱、組織存続の最後の砦ともいえる柏崎刈羽原発で、再稼働が目と鼻の先となった矢先に工事未了が次々と発覚し、核物質防護規定上の信じられない違反が見つかったのも、こうした経産省による東電支配と大いに関係ありと筆者は考える。
 一方で、経産省から強制分離された「原子力規制庁」にも有為の人材はいる。科学者・技術者集団である原子力規制委員会の指導の下で、1F事故を真摯に反省し、二度と深刻な原発事故は繰り返さないという気概も形作られつつある。法令に基づいた審査は厳格であり、10年を経てもなお、合格した原発が17基に止まるのも厳正な審査ゆえである。
 経産省から見れば、支配した組織は骨抜きになり、分離した人々は法令を厳格に順守し、思い通りにならない。あくまで結果でしかないが、企図した再稼働は進まず、2030年の目標とした最大22パーセントという原子力の電源構成比率達成はどだい、無理な話である。
 目論見は外れたといっていいが、ただ「失敗した」だけでは済まないようだ。経産省主導で二度、大幅に増額した末、当初の4倍以上に膨れ上がった1F事故収束資金22兆円だが、これでも全然、全くもって足りそうもないのである。
■6兆円強を国民が負担しても収束は「絶対不可能」
 22兆円の内訳は、廃炉8兆円、賠償8兆円、除染・中間貯蔵で6兆円だが、まず、賠償8兆円のうち半分の4兆円は、関西電力や中部電力といった大手電力会社が負担する。また、2020年以降は新電力(新規参入の小売り電気事業者)も、2400億円を負担する義務が押し付けられた。さらに、除染・中間貯蔵6兆円のうちの2兆円にも税金が投入されることになった。
 おそらく、大手電力や新電力も、賠償負担分は電気料金に上乗せするしかないだろうから、何のことはない、すでに22兆円のうちの6兆円強は、国民が税金や電気代の形で負担するのである。何ともバカバカしい、やりきれない話ではあるが、では残る16兆円で本当に1F事故は収束するのか。結論からいえば「絶対に不可能」と言うしかない。
 廃炉費用8兆円の試算のベースになっているのは、1979年3月に発生したアメリカ・スリーマイル島原子力発電所事故だ。事故の詳述は省略するが、燃料の45パーセントが炉心溶融=メルトダウンし、一部が圧力容器の底に落下した。
■算出方法はざっくりスリーマイル島事故×60倍
 この事故をベースに、原子力損害賠償・廃炉等支援機構(NDF)が、有識者から1F事故廃炉でかかる費用について聞き取り調査したらしい。2016年12月9日に開かれた同機構の「有識者ヒアリング結果報告」によると、この事故でデブリ取り出しや輸送にかかった費用が973億ドルであったことに、以下の条件などが付加された。
 ①スリーマイルに比べ、1基あたりのデブリ取り出し量が最大2倍程度
 ②スリーマイルに比べ、デブリを取り出す基数が3基なので3倍
 ③スリーマイルと異なり、デブリが炉内全域に分散、大規模な遠隔操作が必要
 ④格納容器の閉じ込め機能が損傷しているので付属的な系統設備が不可欠
 そして、報告書によると、1Fとスリーマイルとで上記の相違点をふまえつつ最大値を推測すると、おおむね25~30倍となり、これに物価上昇を考慮すると、約50~60倍程度になる、としている。そして、
 9.73億ドル×100円/ドル×50~60倍程度=最大約6兆円程度
 ──と、めちゃくちゃアバウトに試算している。
 まあ何分、前例のない事故だから、比較するものがないので「どりゃっ!! 」という勢いで試算するしかなかったのだろう。そして、2016年12月の段階で、すでに東電は1F事故収束のため2兆円の「特別損失」を計上していたので、2兆円を加えて8兆円にした、ということだ。
■放射性廃棄物の処分費試算は将来に飛ばされた
 ところで、この試算にはとんでもない穴がある。報告書にも書かれているが、それは、取り出したデブリを含む放射性廃棄物の処理・埋設費用が「含まれていない」ことである。
 これについてエネ庁の担当者は、「取り出し後の処理、埋設の費用については、費用面だけでなく、埋設場所や埋設方法など社会的な議論になる。どこかのタイミングで、議論しなければならない」と話している。見方を変えれば、事実上、処分・埋設費用の試算を将来に飛ばしたことを認めた形だ。
 使用済み燃料を再処理するプロセスで発生する超高線量のガラス固化体の処分地どころか、電力業界のいうところの“低レベル放射性廃棄物”のうち、L1、L3ですら処分地は決まっていない状況の中で、建屋も含む全ての施設の処理・埋設費用までを含めて試算するのは不可能に近かっただろう。
■国と東電はそろそろ正直ベースの議論を
 だが一方で、エネ庁は「東電が十分に資金を準備するためのスキームが必要だった」とも述べている。2016年12月の段階で、いきなり廃炉費用に、少なくとも数兆円規模になるであろう処理・埋設費用を足しこんでしまっては、金融機関から借りられるものも借りられなくなる。いや、それどころか、下手をすると破綻処理しなければならなくなる
 そんな苦しい台所事情があったにせよ、繰り返しになるが、5兆円、11兆円、22兆円……と倍々に増やしていくというやり方は、あまりに不誠実ではないか。国と東電は、そろそろ正直ベースで議論を開始し、廃炉のエンドステート(最終形)も含めた議論を、地元と開始すべきだと筆者は考える。
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吉野 実(よしの・みのる) 記者
1964年、東京都生まれ。中央大学卒業後、新聞社2社での勤務を経て、1999年、在京テレビ局に転職。社会部、ソウル支局、経済部などで勤務。環太平洋パートナーシップ(TPP)協定取材のため経済産業省担当になったとたんに2011年3月11日の福島第一原発事故に遭遇し、以来、同事故の収束などを取材している。新聞記者時代はゼネコン汚職事件などの経済事件やオウム真理教事件も担当。著書に『「廃炉」という幻想』(光文社新書)。