2022年9月11日日曜日

東電13兆円判決 河合弘之弁護士がその意義を語る

 22年7月13日東京地裁東電の株主代表訴訟の判決で、旧経営陣に対して合計13兆円の賠償金の支払いを命じました。その判決文は朝倉佳秀裁判長らが7カ月を費やして完成させた600のもので、あまりに無責任な経営陣に対する怒りが文面から滲み出すようなものとであると河合弘之弁護士が語りました。

 原発をめぐる法廷闘争は今どのような局面にあるのか、ライター大友麻子氏が、数々の脱原発運動を牽引してきた河合弁護士に聞きました。
 東京地裁の判決において“防潮堤は唯一の津波対策”とする最高裁の認識根底から覆し、冷却水ポンプ室をはじめ原子炉建屋や関連機械室、管理棟などを水密化(津波の水が入らないような処置)していれば最悪の事態は免れたはずだとしました。そして旧経営陣らは「どうすれば現状維持のままでいけるかということに腐心し対策を怠り、管理者としてやるべきことをやらなかった責任がある」としたと河合さんは解説しました。
 それなのに早くも岸田政権は、大々的に火力発電所を廃止し電力が逼迫したのを口実にして原発の再稼働に向けて、規制委の安全審査が遅すぎると政治的なプレッシャーをかけ始めています。
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「国は責任取りませんよ」東電13兆円判決後、弁護団長が電力会社役員の自宅に送ったメッセージ
                    弁護士ドットコムニュース 2022/9/10
河合弘之さんは、弁護士として30年近く脱原発運動に取り組んできた。
「東電の株主代表訴訟の判決で、原発の法廷闘争における潮目が変わりました」
福島第一原発の事故が起きるはるか前から、数々の脱原発運動を牽引してきた弁護士・河合弘之さんは力を込めた。
河合さんの言う判決とは、合計13兆円という巨額の支払いを東京電力の旧経営陣らに命じた2022年7月13日の東京地裁判決のこと。金額の大きさゆえに世論は騒然とした。
賠償金の支払いを命じられたのは勝俣恒久・元会長以下名の東電元役員だ。果たして個人にそんな金額が支払えるのか。支払い能力を超えていたら実効性などないのでは。と、さまざまな声が飛び交った。
しかし、この判決が持つ真の意味はそんなところにはないと河合さんは言う。原発をめぐる法廷闘争は今、どのような局面にあるのだろうか。詳しい話を聞かせてもらった。(ライター・大友麻子)

●「裁判長らの怒りが滲み出すような判決」
3・11の原発事故以後、全国で急増した原発関連訴訟。運転の差し止めを求めるものや、健康被害などに対する損害賠償請求、東京電力の刑事責任を問うものや国の責任を問うものなど、その内容はさまざまだ。
原発問題に熱心に取り組んできた人でもなければ、これらの数多ある原発裁判闘争を網羅的に把握し、現在地を分析することはきわめて難しいだろう。
河合さんによると、複雑化した法廷闘争の景色を一変させるのが、冒頭の巨額賠償訴訟における判決なのだという。
「今回の判決文の分厚さを見てください。朝倉佳秀裁判長らが7カ月を費やして完成させたもので、600ページを超えています。“我が国そのものの崩壊にもつながりかねない”と記していますが、ひとたび事故が起きれば国土を喪失させかねないような原発を扱う事業者でありながら、あまりに無責任な旧経営陣に対し、裁判長らの怒りが文面から滲み出すような判決です」

●「防潮堤だけか?」最高裁判決と異なる判決内容
今回の判決で注目されるのが、最高裁判決との違いだ。
「今年の6月には、住民らが国に対して損害賠償を請求した別の訴訟において、最高裁の判決が出ていました。
ここでは、津波対策としては防潮堤しか考えられないという立場に基づき、防潮堤の設置を決断したとしても防ぎきれなかった事故であり、国に責任はないという判断が示されました。
しかし、今回の東京地裁の判決において、“防潮堤は唯一の津波対策”とする最高裁の認識は根底から覆されました。防水のための水密化を施していれば最悪の事態は免れたはずだとして、旧経営陣らの任務懈怠責任(管理者としてやるべきことをやらなかった責任)が問われたからです」
防潮堤を建設するよりも、はるかに短時間かつ経費もかけずに対策できたはずの水密化(防水工事)。伝統的な技術として古くから確立されていたその技術すら活用しようとしなかった当時の経営陣らの任務懈怠――。
相当の確率で起きると国の専門家が津波のリスクを指摘したにもかかわらず、都合の悪い部分は無視し、どうすれば現状維持のままでいけるかということに腐心し、対策を怠った。その結果、東電に13兆円を超える損害を与えた。その損害を補填せよとの命令を裁判所が下したのである。

●「事故が起きても国は責任を取りませんよ」
しかも「仮執行宣言」つきの判決なので、判決確定前でも財産の差し押さえが可能になる。いくら天下の東電経営者であっても、個人で兆単位の賠償金で財産を差し押さえられたならば財産一切を失い丸裸、もはや破産は免れないだろう。
被告となった4人はもちろんのこと、ほかの電力事業経営者たちも、自分たちが扱っている原発事業のリスクの大きさを目の当たりにして一斉に背筋を凍らせたであろうことは想像に難くない。河合さんの目がキラリと光った。
「この判決が出たのち、僕らはすかさず警告書を作成して、原発を稼働させている各電力会社の役員のみなさんのご自宅に郵送しました。“原発事業は国策民営でやってきましたが、最高裁でも示されたとおり、事故が起きても国は責任を取りませんよ。すべての責任は電力会社の経営陣が負うことになるのですよ”ってね」
河合さんは続ける。
「誤解している人が多いのですが、賠償金は申し立てた株主に払われるものではありません。旧経営陣の不作為によって東京電力が被った損害を、あくまでも東電にかわって株主が経営陣に請求しているに過ぎず、賠償金はすべて東電に支払われることになります。
私たちが算出した損害額の合計は22兆円。裁判所はそのうち、既に東電が支出した金額13兆円超を旧経営陣に対して支払うよう命じたに過ぎません。
つまり“すでにそれだけの損害を東電が被っている”ということであり、原告側が法外な値段を請求したわけでもなんでもありません。福島の原発事故によって実際にそれだけの損害が発生しているという事実を示したに過ぎないのです」

原子力事業者の責任と安全意識の欠如を強く批判した判決が社会に大きなインパクトを与えた一方で、エネルギー安全保障などを理由とした再稼働や新増設などへの声も大きくなってきた。
むしろ岸田政権は、規制委の安全審査が遅すぎるとして「合理化」という言葉で政治的なプレッシャーをかけ始めている。原発の安全性は果たしてどう担保されるのか。