2022年9月24日土曜日

福島・飯舘 長泥地区で準備宿泊始まる

 来春 復興拠点の避難指示解除を目指す飯舘村の長泥地区で23日、特定復興再生拠点区域(復興拠点)での準備宿泊が始まりました。初日は準備宿泊を利用した人はゼロでしたが、村は今後も寝泊まりしながら帰還の準備を進める準備宿泊の参加者を受け付けます
 同区域出身の小椋秀利さん(72たとえ一人でも長泥に住む」と語っています。
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福島・飯舘 長泥地区で準備宿泊始まる 初日は利用者なし
                            河北新報 2022/9/24
 東京電力福島第1原発事故による避難指示が続く福島県飯舘村の長泥地区で23日、帰還困難区域内に設定された特定復興再生拠点区域(復興拠点)での準備宿泊が始まった。初日は準備宿泊を利用した人はいなかった。村は来春に復興拠点の避難指示解除を目指す
 飯舘村は原発事故で一時、全村避難を余儀なくされた。帰還困難区域の長泥地区を除き2017年3月に避難指示が全て解除された。復興拠点は長泥地区の帰還困難区域約1080ヘクタールのうち約186ヘクタールで、8月1日時点で63世帯200人の住民登録がある。
 来春の避難指示解除を目指す村は、今後も寝泊まりしながら帰還の準備を進める準備宿泊の参加者を受け付ける。
 杉岡誠村長は「準備宿泊を行った住民から宿泊時に気になった点などについて話を聞き、復興拠点の解除に向けた取り組みを進めたい」とコメントした。

■「たとえ一人でも住む」先祖に誓う
 福島県飯舘村の長泥地区で準備宿泊が始まった23日は秋の彼岸と重なった。地区出身の小椋秀利さん(72)は実家跡近くの墓に花を手向け、避難指示解除後の自宅再建を改めて誓った。
 墓には、福島市に避難中の2015年に亡くなった母キクノさん=当時(89)=らが眠る。「『俺は年寄りだ』と言ってばっかりもいられない。誰が来なくとも、俺がここに来るからな」と語りかけた。
 中学卒業後、出稼ぎのため東京に出た。今は千葉県鎌ケ谷市で重機関係の会社を経営する。原発事故前からほぼ毎週末、長泥に戻っていた。
 実家は3年ほど前に解体され、準備宿泊を活用したくてもできない。帰村の夢を諦めず、バックホーなどを止める車庫や作業場を残し、手入れを続けてきた。ブルーベリーやイノシシ除けのために始めたハバネロの栽培も楽しんでいる。
 古里を離れたからこそ、長泥地区の豊かな自然が当たり前ではなかったことに気付いた。明治時代から先祖がつないできた土地を守りたいと願う。来春の避難指示解除後は自宅の再建に取りかかるつもりだ。

 「帰りたいと願い続けてきた。たとえ一人でも長泥に住む。自分がやれるのはそれだけだ」