2022年9月5日月曜日

首相の原発「新増設」言及は「あまりに乱暴」 大島堅一教授

 岸田首相の原発再稼働促進と次世代型原発開発の発言は、新型コロナ感染のために隔離された執務室から遠隔で参加したGX実行会議で突然表明されたもので、重大な方針転換であり、且つ非常に短絡的なものでした。原発が脱炭素と言い切れないことはEUでの議論からも明らかです。

 原発について特にコスト面から批判的に検証してきた龍谷大の大島堅一教授は、日本が原発を導入してから半世紀が経っても「独り立ち」できないのは、そもそも原発が主要電源として劣っている証拠であり、政府が原発の延命に取り組めば取り組むほど、長い目で見れば日本経済にとって痛手になるだけで、成長を続けるためには再生可能エネルギー中心の産業、経済構造に移行する必要があると述べています。毎日新聞が報じました。
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「あまりに乱暴」 龍谷大教授、首相の原発「新増設」言及に怒り
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 2011年の東京電力福島第1原発事故以降、歴代政権が封印してきた次世代原発の「新増設」について、岸田文雄首相が言及した。ウクライナ危機などによる資源価格高騰や50年の達成を目指すと宣言した「温室効果ガス排出実質ゼロ(カーボンニュートラル)」を見据えた動きだが、本当に新増設はそうした課題の解決につながるのか。国の原発政策について、特にコスト面から批判的に検証してきた龍谷大の大島堅一教授(環境経済学)に聞いた。

◇突然の転換方針
 ――政府が今回、新増設検討に言及したことで、これまでの原子力政策は転換点を迎えます。
 ◆賠償や廃炉などを巡り膨大な「負の遺産」をもたらした福島原発事故の教訓を踏まえ、長期・安定政権を築いた安倍晋三元首相でさえ在任中は新増設には言及しませんでした。岸田首相の今回の発言は重大な方針転換となります。

 ――7月投開票の参院選で自民、公明党は新増設に言及していません。脱炭素社会の実現に向けた政府の会議「グリーントランスフォーメーション(GX)実行会議」で突然、打ち出されました。
 ◆参院選の公約に盛り込まなかったのはもちろん、1年近く有識者会合で議論した末に昨秋に改定したばかりの国のエネルギー政策の中長期方針「エネルギー基本計画」でも新増設については言及を避けています。そうにもかかわらず、いきなり別の政府会議で従来方針を覆すのはあまりに乱暴です。十分な検討をしてきたとも思えません。ウクライナ危機などで「電力が足りないから」と新増設を検討するというのは非常に短絡的だと思います。

◇脱炭素への貢献「限定的」
 ――新増設による稼働には、どれくらいの期間が必要でしょうか?
 ◆原発は建設に10年、20年の時間がかかり、稼働時間は40~60年程度、さらに廃炉には30年前後もかかります。今、新増設を決めると今後100年、150年にわたって行動が縛られることになります。短期で変動する足元の資源価格をもとにした新増設を判断してしまうと、再生可能エネルギーなど他の選択肢を狭めるリスクがあるわけです。原発は発電時に二酸化炭素(CO2)が発生しない利点がありますが、稼働開始までには長い時間がかかり50年カーボンニュートラル、脱炭素への貢献は限定的なものにとどまることになるでしょう。

 ――原発の活用加速に絡み、「事業環境整備」を検討することもGX実行会議の政府資料に盛り込まれています。
 ◆「新増設による巨額な初期投資を電力会社単独で回収することは難しいため、『環境整備』が必要になる」という理屈です。要は政府による電力会社への補助制度を意味しています。同様の制度は11年の東京電力福島第1原発事故以前から、原子力推進派の自民党議員たちが国に求めてきたものです。その焼き直しと言えるでしょう。
 環境整備の対象になるのは事実上、原発を手がける大手だけになります。新規参入した電力会社は支援受けられず、電力業界内の格差はさらに広がることになります。せっかく福島原発の事故後に完全自由化した電力市場をゆがめかねません。日本が原発を導入してから既に半世紀。それでも「独り立ち」できないというなら、そもそも主要電源として原発が劣っている証拠と言わざるを得ません。

◇新増設、慎重な議論を
 ――原発の新増設は産業界も求めてきました。ウクライナ危機で天然ガスなどが高騰しており、電力需給も逼迫(ひっぱく)しています。
 ◆日本が成長を続けるためには再生可能エネルギー中心の産業、経済構造に移行する必要があります。ウクライナ危機で打撃を受けている欧州は原発に対する投資を増やそうとしていますが、脱炭素、脱ロシア依存に向けた投資の主体はあくまで再生可能エネルギーです。日本政府が原子力産業の延命に取り組めば取り組むほど、長い目で見れば日本経済にとって痛手になりかねません。
 国内で電力需給が逼迫する可能性があるといっても、深刻なのは需要のピーク時に限られます。原発は常時発電する「ベースロード電源」なので、ピーク時だけ発電量を増やすなど柔軟な対応には貢献できません。原発の稼働を進めても、現在ベースロード電源になっている火力発電の統廃合の動きは早まるでしょうが、緊急時の電力の供給増につながわるわけではありません。
 原発には福島で起きたような事故リスクや放射性廃棄物の処理をどうするかといった問題が残されています。岸田政権は原発の都合の良い部分だけを見るのではなく、新増設について慎重な議論をすべきです。【聞き手・岡大介】