2022年9月28日水曜日

「反原発に関わっても仕事は干されません」小原浩靖・映画監督

 日刊ゲンダイが、映画監督小原浩靖氏を「注目の人 直撃インタビュー」で取り上げました。小原氏はそれまで「反原発に関わると仕事が来なくなるぞ」という忠告を受け、脱原発運動の先頭に立つ河合弘之弁護士の映画製作に偽名で携わってきたフリーの映像作家ですが、「原発をとめた裁判長 そして原発をとめる農家たち」では実名で、企画・製作・宣伝・配給もこなす監督を務めました。日刊ゲンダイがその覚悟を聞きました
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注目の人 直撃インタビュー
映画監督・小原浩靖氏 偽名を捨てた心境と覚悟「“反原発”に関わっても仕事は干されません」
                         日刊ゲンダイ 2022/09/26
■小原浩靖さん(映画監督)
「反原発に関わると仕事が来なくなるぞ」──そう忠告を受け、脱原発運動の先頭に立つ河合弘之弁護士の映画製作に偽名で携わってきたフリーの映像作家が、実名を明かし、映画監督としてカメラを回した。追いかけたのは、2014年に大飯原発の運転停止命令を下し、退官後に日本の全原発共通の危険性を広める活動を始めた樋口英明・元裁判長と、農地の上で太陽光発電するソーラーシェアリングの普及に農業復活の道を見いだす福島の農家の姿だ。映画「原発をとめた裁判長 そして原発をとめる農家たち」の企画・製作・宣伝・配給もこなす監督に偽名を捨てた覚悟を聞いた。
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■偽名を捨て本名で作品公開のメッセージ
 ──そもそも、主にCMなどを手がけていたのに、なぜドキュメンタリー映画に携わるようになったのですか。

 2012年の夏、知人を介して河合さんの映画作りを手伝ってほしいと声を掛けられました。当時は原発について「とんでもない」と思っていたけど、深掘りすることはなかった。監督を依頼されたので河合さんの著作を読むと、すごい本気度を感じて、「自分はここまで本気にはなれない」とお断りしたのです。その後、映画製作が頓挫し、「相談に乗ってほしい」とSOSが来て、まず河合さんが監督をやるべきだと提案しました。

 ──弁護士がドキュメンタリー映画の監督とは大胆な提言です。
 映画は一番作りたい人が監督をやる方がいい。脚本や撮影、編集まで僕が全部やるから、河合さんはイエスかノーを決めてくれ、それが監督の最重要な責務だと。また、河合監督の誕生は社会的に話題になるとの狙いもありました。でも、僕はCMディレクター。当時は広告業界でも「原発反対」なんて言ったら“原子力ムラ”に何をされるか分からないという風潮もあった。「そりゃ困るな」と心配し、「拝身風太郎」という偽名を使うことにしたのです。

 ──それから10年。河合弁護士の監督作品3本に偽名で参加した後、今作は本名で監督をやると決めるに至った心境は?
 河合さんの作品はそのまま、裁判資料として提出できる「エビデンス映画」。僕は今作で、樋口さんの生き方を描きたかった。原発の危険性を広める活動への使命感が伝わるようにと。ベタな言葉で言えばヒューマンドキュメンタリー。あと、弁護士の映画やドラマは多いけど、裁判官の映画やドラマは見たことがない。裁判官が主役のドキュメンタリーというだけで、面白いなと。

 ──確かに。
 一方で原発事故の影響を受け一度は農家を廃業し、ソーラーシェアリング普及で復活を期す「二本松営農ソーラー」の近藤恵代表にも会いたかった。きっと希望を持って苦難を乗り越えようとする人たちを紹介してくれると思って。そうした人々の生き方を伝えるのに、僕だけが偽名を名乗るのは失礼じゃないですか。映画に出てもらえば、その人の人生を変えてしまうことになる。なのに、監督だけ「偽名で」なんて言えません。カッコ悪いし。自分なら、そんなやつは信じない。実名を出すことに大した決意はなかったです。あと、広告業界へのちょっとしたメッセージでもある。

 ──どんな訴えを?
 実は河合さんの映画について「裏で自分がやっているんだ」と大手広告代理店の人やCMプロデューサーにも普通に話していたんです。皆、作品も見てくれて狙い通りの反応を示してくれたり。それで仕事が減るということは全然なかった。

 ──えっ? 干されなかったんですか。
 全く。だから実名を出すことで「反原発」と言っても「別に脅されるようなことはないよ」というメッセージも少々込めたつもりです。

■興味のない人にも知ってもらうのが使命
 ──劇中で原発の危険性を説明する樋口さんの理論には、地震動などの科学的な専門用語も出てきますが、グラフやテロップ、丁寧なナレーションを交え、分かりやすく伝わってきました。かなり工夫されたのですか。
 僕がアホなんで、アホな自分でも分かるような映画にするのがコツ。ポイントは同じ説明を3回繰り返すこと。表現を変えて3回言うと理解しやすい。一種の刷り込みです。

 ──それはCMの世界で学んだ秘訣ですか。
 いやいや、単にアホだから、僕が観るならそうしてもらいたいというだけ。とにかく、お客さんに何を持って帰ってもらうかが重要なので。樋口さんの理論やソーラーシェアリングが持つ可能性について全く原発に興味のない人にも知ってもらうのが、この映画の使命です。

 ──ソーラーシェアリングを発案したCHO技術研究所の長島彬代表が劇中で語る「電力の民主化」という言葉が、とても印象に残りました。
 想像の膨らむ言葉ですよね。電力は誰かに独占されていることも分かりますし。あの言葉を持ち帰ってもらえれば、もう十分。あの言葉に気づかされたという観客の反応は多いですね。

 ──ソーラーシェアリング普及で自前のエネルギーをどんどんつくり出せば、われわれの手で電力を掴み取れるわけです。ただ、劇中では推進に向けた住民同士の合意形成の困難さ、農業委員会や自治体による許認可の壁も描いています。
 少しでも法律や条例に触れそうなことを推進するのに、お役所は及び腰ですから。それでも国が働きかければ堰を切ったように必ず広まる。「ウチもやろう」と思う農家さんも増えるだろうし。政治が太い決断をすれば状況は一変します。

 ──しかし、岸田首相の決断は真逆です。「国が原発再稼働に向け、前面に立ってあらゆる対応を取る」と踏み込み、次世代型原発の開発・建設の検討を指示しました。
「前面に立つ」って何をもって言うのか。再稼働後に事故を起こしたら、責任を取って立地地域の住民を丸ごと別の場所に引き取るんですか。現実味がありません。

■最近は「責任」の便利使いが過ぎる
 ──11年前の原発事故の責任も、まだ国はケリをつけていません。
 日本人は「責任」という言葉が好きですね。責任を取るとか、持つとか、本当は実態はない。責任は取るけど、そこまでの責任は持てませんみたいな。不思議な言葉です。最近は「責任」の便利使いが過ぎます。

 ──電力不足や脱炭素の遅れも原発活用の理由に掲げています。
 口実に過ぎません。再生可能エネルギーをバンバンやりますと言う方が説得力はある。原発の問題はただひとつ、「死の灰製造機」であること。これがなければ火力発電と変わらないわけですから。

 ──河合さんは「原発は自国に向けられた核兵器」と表現しています。この問題は不変です。
 原発が運転を始めた頃は「科学万能」の時代でした。1970年の大阪万博会場に敦賀原発でつくった電気が初めて送られたのは、僕も覚えています。当時、原発に関わった人々は原子力の平和利用として、原爆で傷ついた日本が原子力によって豊かになれると疑いなく信じていたと思う。その志は今の再生可能エネルギー推進派と根底では一緒でしょう。ただ、原発事故で科学は万能じゃないと見せつけられた以上、国は原発推進に注ぐ情熱を自然エネルギーに振り向けるべきです。

 ──岸田首相にも今作を見てほしいですか。
 というより「見るべき」です。実際に事故の被害を乗り越えようとする人々の努力する姿に、心を動かされない人はいないはず。近藤さんも大学卒業後に有機農業の先達に師事して30歳を越え、ようやく専業農家として軌道に乗ってきたのに事故で全てを奪われた。人生で最も勢いのある時期に理不尽にも仕事を諦めざるを得なかった悔しさや絶望感は誰にも理解できません。ただ、当事者が登場し、その人の立場を想像しやすくなるのがドキュメンタリーの良さ。作者が自分の作品を観たら、こう想像してと言うのはおかしいけど、「自分だったら」と考えてほしいですね。

 ──前作ではフィリピン残留日本人の問題を取り上げ、今年3月には立憲民主党の白真勲参院議員(当時)が、作品のシーンを引用しながら国会で政権に解決を迫り、岸田首相に解決への行動を約束させました。
 あれは励みになりました。学生時代に「映画には社会を動かす力がある」って先生に教えてもらった頃は「ホンマかいな」と思ったけど、今も心の中に残っています。本作も社会を動かす力になるように作りました。
(聞き手=今泉恵孝/日刊ゲンダイ)
▽おばら・ひろやす 1964年、大阪府生まれ。大阪芸大卒。就職した広告制作会社がバブル崩壊の影響でつぶれ、28歳からフリーに。テレビCMを中心に企業プロモーションなどの映像広告を手がけ、作品数は700本を超える。2020年「日本人の忘れもの フィリピンと中国の残留邦人」で劇場用ドキュメンタリーを初監督。第26回平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞、第38回日本映画復興賞奨励賞を受賞。