2022年9月13日火曜日

柏崎刈羽原発 再稼働はなお不透明

 8月24日、岸田首相は原発の再稼働について、柏崎刈羽原発6、7号機など7基について来年夏以降の再稼働を目指すと述べましたが、柏崎刈羽では安全対策上の問題が次々と明るみに出たことで現時点で再稼働は白紙状態になっています。当然、来夏の再稼働は無理でその先もまだ見通せない状態にあります。大手雑誌編集者の滝野 雄作氏が取り上げました。

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柏崎刈羽原発:再稼働はなお不透明、政府の「方針転換」は見切り発車か
                     滝野 雄作 Nippon.com 2022/9/12
去る8月24日、岸田文雄首相は原発の新増設と既存施設の運転期間の40年から60年への延長を検討すると表明した。併せて停止中の東京電力・柏崎刈羽原発6、7号機など7基について来年夏以降の再稼働を目指すという。特に柏崎刈羽では安全対策上の問題が次々と明るみに出たことで、一昨年4月以降、再稼働は白紙になっていた。果たして再稼働は可能なのだろうか。

慎重な現場
再稼働に向けての新たな政府方針は、東京電力にとって諸手を挙げて歓迎されたことだろうと思っていた。ところが、柏崎刈羽原発の現場の受け止め方は冷静である。
「首相の発言は再稼働に向けて追い風になるでしょうが、突然の再稼働時期の表明に現場は困惑しているというのが正直なところです」と、東電の現場関係者は言う。
同原発の稲垣武之所長も、8月25日の定例会見で「われわれとして今、再稼働はこの時期にできますと一切申し上げられる段階にない」と発言している。どうして東電は慎重なのか。
岸田首相の表明は、ウクライナ侵攻による原油・天然ガスの高騰といったエネルギー事情の逼迫(ひっぱく)や脱炭素(グリーン・トランスフォーメーション)の推進を背景としているが、そうした政治判断は、果たして現状を踏まえたものであるのか。あたかも「始めに結論ありき」の見切り発車であるかのような印象を受けるのだ。
これまで東京電力は、7機ある停止中の原発のうち、6、7号機の再稼働を目指し、粛々と安全対策の手立てを講じてきた。ところが、2021年1月以降、続々と不祥事(東電では「不適切事案」と表現している)が明るみに出たことにより、同年4月、原子力規制委員会は運転を禁止する命令を出した。これにより再稼働に向けてのすべてのスケジュールが白紙となっていたのである。
われわれにとっての最大の関心事は、原発は安全に運転されるのか、ということに尽きると思う。そうでなければ、とても再稼働は認められるものではない。では、ここまでどういった対策が講じられてきたのか。その点をまず振り返ってみたい。

全電源を喪失したらどうするか
原発の安全は、事故が起こった際には、原子炉を「止める」、燃料を「冷やす」、放射性物質を「閉じ込める」ことで担保されている。しかし、福島第一原発の事故では、大津波に襲われ原子炉建屋が水没、非常用ディーゼル発電機も水に浸かり、全電源が喪失となった。「止める」ことはできたが、そこから先の「冷やす」ことができなくなった。そこから大惨事につながったのである。
その教訓から、柏崎刈羽原発の安全対策では、まず、津波による浸水から発電所を守ることに主眼が置かれた。そのために東電は海抜15mの高さの防潮堤を建設。それ以上の高さの津波に襲われたときには、建屋内への浸水を防ぐための防潮壁や防潮板を設け、それでも浸水した場合に備えて、重要な機器のある区域を分厚い水密扉で覆うことにした。東電幹部は説明する。「ひとつ手立てを講じて、それがダメだったら次にどう防げばよいか。そういう発想で安全対策を考えていった
万が一、電源が喪失した場合どうするか。ただちに電源供給が可能となるガスタービン発電機を備えた車両と配電盤を高台に設置した。加えて、移動可能な電源車を常時配備するとともに、原子炉を冷却する最後の手段として、敷地内に2万m3の淡水貯水池を設け、大量の注水ができるようにした。
いよいよ炉心損傷が起こったという最悪の事態に陥ったときはどうするか。水素爆発を防ぐため、水素と酸素を結合させて水素濃度の上昇を抑える設備をあらたに設置して対処する。さらには放射性物資が漏れたとしても、建屋外への拡散を防ぐために、その濃度を低減させる「フィルタベント装置」も設置したのである。
こうした安全対策は、2013年7月に見直された新規制基準に基づいている。それは「世界一厳しい基準」といわれているが、地震と津波に対する従来の基準が大幅に強化され、さらには「意図的な航空機衝突への対応」などテロ対策まで盛り込まれている。そして、7号機に関しては、20年10月に国の審査が終了し、安全対策上の種々の工事は、翌年1月にほぼ完成していた。「やれるだけのことはやった」というのが現場の感覚であったという。(安全対策について詳しくは拙稿「柏崎刈羽原発『安全対策』の現状」を参照下さい)

IDの不正使用と侵入検知装置の故障
ところが、いよいよ再稼働に向けて進み出すという段階で、次々と不祥事が明るみになったのだ。何が起こったのか。まず、同原発の東電社員が、当直の際に自分のIDを忘れ、他人のIDを使って重要施設内に入っていた不正が発覚した。過去にさかのぼって調査すると、不正ではないが不適切な事例が10数件あったことが判明した。これは安全対策上、重大な疑念が残るといわざるをえない。誰かに成りすまして侵入することが可能なのか、ということになる。
次いで、テロ対策(核物質防護事案)のひとつである、外部からの侵入検知装置の故障が長期間、放置されていた問題が明らかになった。調べてみると20年3月から21年2月までの間に故障が16件あった。原子力規制委員会は、この問題をセキュリティ上「最も深刻なレベル」と指摘した。さらには一部の協力企業が施工した固定式消火設備の配管の溶接が、発注した仕様通りに工事されていなかった。7号機は1580カ所について、22年1月より溶接をやり直すことになった。次いで6号機も溶接をやり直している。
大事故は、自然災害に限らず、怠慢、誤認、誤作動という「ヒューマン・エラー」が原因で起こることが多いのだ。設備装備のハード面を強化するだけでは「安全安心」とはならない

本社原子力部門の一部機能を現地移転
これまで、東京電力はこうした「不適切事案」を解消するために、いくつも対策を講じてきた。しかし、22年5月には、またしても社員が入構証の有効期限切れに気づかず発電所構内に入っていたことが明るみになった。前年12月、組織改編を行い、セキュリティに関わる部門を独立させて「セキュリティ管理部」を立ち上げていたにもかかわらずだ。IDの不正使用や期限切れの問題は、社員のモラル教育の徹底と、さらには入構の際の管理監視を厳格にするしかない。
東京本社の原子力部門と柏崎刈羽の現場部門との間で意思疎通を欠いていたことが不祥事の原因ではないかといった指摘もあった。その反省から、本社と現場を一体化させるため、東電は22年5月より本社原子力部門の一部機能を現地に移転することとして、将来的には300人ほどの人員が本社より異動することになる。さらには東電の閉鎖的な企業体質を指摘する声もあった。そのために、自衛隊や警察、他電力OB、消防など外部人材の登用を積極的に進めていくことになった。
こうした諸々の施策を東電は「改善措置報告書」にまとめ、21年9月に原子力規制委員会に提出していた。それに従って、東電は各施設装備の総点検を行い、組織改編等、上記説明してきたように、順次、「不適切事案」の再発防止措置に取り組んできた。

「地元同意」というハードル
問題はここからだ。東電が報告書を提出し、ほぼ1年が経過した。しかしなお、原子力規制委員会からは問題が改善されたというお墨付きを得るまでには至っていない。現状、規制委員会の結論が出される時期は見通せていない。そうした最中に、岸田首相は来年夏以降の再稼働を政府方針として表明したのである。はたして政府の思惑通り、再稼働へと進むのか。
今後の見通しについて、東電幹部は語る。
「諸々の対策工事は、年内には終わりが見えてくると思います。年明けから、規制委員会の最終的な検査が行われると思われますが、結論がいつ出るのかはわからない。さらには、その間に新たな問題が見つかる可能性もあり、予断は許さない状況です」
では、規制委員会が東電の「核物質防護事案」は改善されたと認めたとしよう。しかし、そこから先に、またハードルがある。「地元同意」である。再稼働するためには、新潟県と、原発立地の柏崎市、刈羽村の同意が必要となるが、「県知事の同意プロセスはまったく分からない」(東電幹部)という状況なのである。
今年5月の新潟県知事選挙では、現職の花角英世氏が再選した。反原発派の対立候補にトリプルスコアの大差で再選を果たしたので、東電関係者もまずは一安心といったところではあるのだが、かといって花角知事は再稼働に前のめりになっているわけではない。
「あくまで知事は、県に設置された第三者機関である検証総括委員会の結論を待って判断すると言っている」(地元政界通)
だが、検証総括委員会での議論はまだ暗中模索といった具合だ。委員のなかには再稼働反対派も含まれている。

再稼働の時期は見通せない
現地の東電職員は、平時において原発を安全に運転できるということでは自信をもっている。技術力は高い。ここまで新規則基準に基づく東電の取り組みを見る限りでは、考えられるさまざまな危機的状況を想定し、可能な限り対策を講じているように思える。建前からいえば、他国の原発と比較しても、世界一厳しい新規制基準をクリアした原発を再稼働しない理由は見当たらない。しかし、である。
「規制委員会の最終検査、さらにはその後の地元同意のプロセスなど不確定要素が多く、そう簡単に再稼働の時期を見通せる段階ではない」
と、東電幹部は言うのである。だから慎重にならざるをえない。
そして何よりも、事業主体としての東電に対する国民の信頼回復が喫緊の課題であるだろう。世論の後押しがなければ、再稼働に踏み切ることは難しいのではないか。先の定例記者会見で、稲垣所長は「一連の不適切事案に対策を打ち、地元の信頼を回復しない限り再稼働はありえない。われわれは今やらねばならないことに注力し、行動と実績で示す以外にない」と語っているが、それが精いっぱいのところだろう。

再稼働に向けての難題は山積している。現状では、来夏の稼働はかなり厳しいという印象を持つ。夏以降、来年中に再稼働できるかどうか、それが率直なところではないだろうか。果たして岸田首相の発言は、原発の現場が抱える問題を踏まえた上でのものだったのか

【Profile】
滝野 雄作
書評家。大阪府出身。慶應義塾大学法学部卒業後、大手出版社に籍を置き、雑誌編集に30年携わる。雑誌連載小説で、松本清張、渡辺淳一、伊集院静、藤田宜永、佐々木譲、楡周平、林真理子などを担当。編集記事で、主に政治外交事件関連の特集記事を長く執筆していた。取材活動を通じて各方面に人脈があり、情報収集のよりよい方策を模索するうち、情報スパイ小説、ノンフィクションに関心が深くなった。