2022年2月20日日曜日

「原発処理水は安全」国が学校にチラシ 被災3県

 福島第1原発にたまるトリチウム水の海洋放出について「安全な状態で処分される」などと紹介する国のチラシが昨年末から全国の学校に届き毎年小中高の1年生に配布される放射線副読本と一緒に、各地で波紋を広げています

 東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島3県内の市町村教育委員会によると、児童生徒への配布を見合わせる学校が相次ぎ、一度配布したチラシを回収する学校もあり、市町村教委に知らせず、学校に直接送った手続きも疑問視されています
 河北新報が、岩手、宮城、福島3県内の市町村教育委の対応を紹介しました。
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「原発処理水は安全」国が学校にチラシ 被災3県、配布見合わせも
                            河北新報 2022/2/20
■市町村教委を通さず直接送る
 東京電力福島第1原発にたまる処理水の海洋放出について、「安全な状態で処分される」などと紹介する国のチラシが昨年末から全国の学校に届き、各地で波紋を広げている。東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島3県内の市町村教育委員会によると、児童生徒への配布を見合わせる学校が相次ぎ、一度配布したチラシを回収する学校もある。市町村教委に知らせず、学校に直接送った手続きも疑問視されている。

■「漁業者への配慮に欠ける」と回収
 チラシは、経済産業省資源エネルギー庁の「復興のあと押しはまず知ることから」と、復興庁の「ALPS(アルプス)処理水について知ってほしい3つのこと」。文部科学省が毎年、全国の小中高校1年生に配布する放射線副読本と共に、昨年12月ごろから約230万枚配布された。
 2種類のチラシでは、放射性物質トリチウムが含まれる処理水を大幅に薄めて海に流すと説明。「トリチウムの健康への影響は心配ありません」「世界でも既に海に流しています」などと、安全性を前面に押し出す。
 河北新報社の取材では、岩手県沿岸12市町村のうち、配布済みは普代村(小中1校ずつ)のみ。村教委の担当者は「扱いは各校に任せた」と話す。一方、学校で保管するなどの対応を取ったのは5市町村。他の市町でも配布した学校は一部にとどまり、保管を指示した教委もある。
 宮城県内では少なくとも16市町で配られた七ケ浜町教委は「海洋放出に反対する多くの漁業者や関係自治体などへの配慮に著しく欠ける行為」と捉え、配布したチラシの回収に動きだした。沿岸部の小学校長は「処理水が手放しに安全だと思わせる書きぶり。純真な子どもをだますような行為だ」と語気を強めた。

■「理解醸成が必要と考えた」と説明
 「関係者の合意形成が不十分。国民から理解を得るプロセスは途上だ」(内田広之いわき市長)との認識がある中、第1原発を抱える福島県では困惑の色を深める。相馬市教委の担当者は「処理水はデリケートな問題。教育現場で指導することではない」と明言した。
 政府は2021年4月、2年後をめどに処理水の海洋放出を決定。同12月に策定した風評被害対策の中長期的な行動計画に、チラシの配布を盛り込んだ。
 資源エネルギー庁の福田光紀原子力発電所事故収束対応室長は「海洋放出の風評被害が懸念されている。処理水の安全性に関して児童生徒の理解醸成が必要だと考えて配布した。今後も丁寧に伝えていく」と理解を求める。
 「事前の連絡がなかった」という市町村教委の指摘に対しては「(小中高の1年生に毎年配布される)副読本に処理水に関する内容を盛り込んだ。チラシは補足説明資料としての位置付けだった」との認識を示した。


「慎重な対応必要」「微妙な問題」「国の姿勢に疑問」 戸惑う被災3県
                         河北新報 2022年02月20日
 東京電力福島第1原発にたまる処理水の海洋放出を巡り、国が安全性をアピールするチラシを学校に直送した問題で、岩手、宮城、福島3県の教育現場に戸惑いが広がっている。

 
 宮城県内では少なくとも16市町の約50小中学校がチラシを児童生徒に配った一方、「慎重な対応が必要」(南三陸町)として、複数の教委がチラシの留め置きを各校に指示した。柴田、七ケ浜両町では回収の動きが出るなど、混乱が広がっている。
 県内全35市町村の配布状況などは表の通り省略。多くの教委が「調査中」「全て把握しているわけではない」などと答え、実際に配布した学校数はさらに増えるとみられる。
 石巻市は今月4日、市議の配布中止要請で把握した。市議会は昨年の6月定例会で処理水の海洋放出に反対する意見書を全会一致で可決。宍戸健悦教育長は「石巻は漁業関係者も多い。チラシは慎重に取り扱う必要がある」と話す。
 原発事故後、農畜産物が風評被害にさらされてきた栗原市。学校にチラシが届いた1月下旬ごろから、使用や配布の可否を問う相談が市教委に相次いだ。佐藤智市長は今月16日、市議会の代表質問で「市教委を通して配布してほしい」と答弁し、東北経済産業局に経緯を聞く意向を示した。
 政府は2023年春ごろの海洋放出開始を予定し、現時点で51年ごろまで続く見通し。国や東電への地元要望をまとめる県の官民連携会議は(1)海洋放出に代わる処分方法の検討(2)処理水から放射性物質を完全除去する研究-などの必要性を強く訴えている
 大郷町教委の鳥海義弘教育長は「国民全体が時間を重ねて取り組まなければならない問題。子どもたちに向けて緊急を要する事案ではない」と強調。麻生川敦多賀城市教育長は「専門家の中でも健康被害などの見解が分かれていて、扱い方は難しい」と指摘した。
 チラシは放射線教育の副読本と共に直接、各学校へ送られた。県南の教委幹部は「疑義があるかもしれない内容のチラシを、市町村教委を通さずに送ることにこそ疑義が残る」と国への不信感を隠さない。
 県教委は「県原子力安全対策課に問い合わせ、内容に誤りや問題はないと認識している。県は説明責任を果たすよう国に求めており、チラシが説明の一環だとすれば、どうこう言うことではない」との見解を示す。配布するかどうかは、市町村教委の判断に委ねる考え

 
 福島県教委によると、昨年12月末に文部科学省から放射線副読本の改訂版を送ると通知があったが、チラシの話はなかった。チラシがインターネット上に掲載されている状況も踏まえ、回収の予定はないという。
 原発事故後、県教委は独自の教材で放射線教育を進める。担当者は「チラシの活用を推奨するともしないとも言えない。ただ、チラシで小中学生が正しく処理水について理解するのは難しいのではないか」と疑問を呈する。
 南相馬市教委は市議の指摘を受け、市内の中学校に確認した。担当者は「事前の連絡と説明は必要だろう」と憤り、同市の中学校長は「処理水海洋放出は(議論が分かれる)微妙な問題。南相馬は現場そのもので、敏感にならざるを得ない」と話した。
 いわき市教委は「学校に直接送るなんて聞いたことがない」と困惑。「さまざまな意見がある問題で、県教委の判断を仰ぐ必要がある」として、各校に学校での保管を依頼した。
 「8日に県から問い合わせがあり、初めてチラシの存在を知った」と明かすのは福島市教委。配布していない学校には、保管するよう通知を出した。
 市は原発事故の翌年から独自に放射線教育を行い、授業研究会も実施。担当者は「原発事故当時生まれていない児童や事故後に教員になった者も増えており、正しい知識を教える必要がある」と語る。
 福島大共生システム理工学類の後藤忍准教授(環境計画論)は「廃炉に関する様々な課題のうち、処理水放出の問題だけに焦点が当てられた『焦点ずらし』だ。処理水の放出が既定となっており、他の代替案や放出に反対する意見を取り上げていない点も問題がある」と指摘。「多様な視点で議論する芽を摘み、異論を封じ、政府の公式見解を一方的に伝えるものだ」と評した。

 
 岩手県沿岸の学校は、漁業関係者が放出に反対している状況を踏まえ、配布を見合わせている
 各市町村教委によると、チラシは毎年小中高の1年生に配布される放射線副読本と一緒に届いた。通常、国から資料が配布される場合、事前に各教委に通知があるが、チラシに関する連絡はなかったという。
 配布を見合わせた宮古市教委は「処理水の海洋放出について、地元関係者からさまざまな意見があることを踏まえた」と説明。学校内での保管を指示した釜石市教委の担当者は「市も市議会も海洋放出に懸念の声を上げている。配布は適当ではないと判断した」と強調した。
 田野畑村教委は「(教委を通すという)ルールに基づいて届いていない」と配布方法を問題視した。
 県教委は、8日にあった県立学校の校長会で、チラシの内容や配布方法が議論を呼んでいるとして、「丁寧な対応をお願いする」と各校へ依頼した。
 処理水の海洋放出を巡り、風評被害を不安視する沿岸自治体や県漁連は国に反対の意思を伝えてきた。
 野田武則釜石市長は「(岩手県内の)三陸沿岸の自治体はどこも海洋放出に反対だ。安全だと言っていた原発で事故が起きた。不信感を払拭(ふっしょく)することなく、海洋放出を前提に物事を進める姿勢に疑問を抱かざるを得ない」と批判した。