2022年2月25日金曜日

25- トリチウム汚染水を希釈した水で「ヒラメ」を飼う意味は

 SmartFLASHに、吉野実氏の新刊『「廃炉」という幻想 福島第一原発、本当の物語』(光文社新書)を元に再構成した記事が載りました。
 趣旨が良く分かり兼ねますが、ベクレル・シーベルトベースで考察するとこうなるという量的関係は明確にされています。
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希釈した処理水で「ヒラメ」を飼う【廃炉】のトホホな最前線
                          SmartFLASH 2022/2/23
吉野実氏の新刊『「廃炉」という幻想 福島第一原発、本当の物語』(光文社新書)より)
 およそ1000基のタンクが所狭しと並んだ福島第一原発。タンクの総容量は137万トンだが、約129万トンが汚染水を処理した水、いわゆる「処理水」ですでに埋まっている(2021年12月9日現在)。
 山側から流れ込む地下水、そして雨水が、原子炉建屋に入って、溶け落ちた燃料(=デブリ)に触れたり、デブリで汚染した汚水に混ざることで、大量の汚染水が発生する。
 汚染水はアルプス(ALPS:多核種除去設備)で放射性物質を取り除くが、ただ1核種、トリチウムだけは取り除けない。だから、タンクに溜め込んでいる。溜め込んでいくうちに、129万トンになってしまった。

■129万トンに含まれるトリチウム水は17ミリリットル
 ところで、129万トンに含まれるトリチウム水の量は、わずか17ミリリットル(17グラム)程度である。試験管1本にも満たない量だ。
 そして今のところ、分離する技術はないに等しい。ないに等しい、と持って回った言い方をしたのは、研究室レベルで「分離できる」と主張する者もいるが、129万トンの水からわずか17グラムのトリチウム水を分離することについて、具体的な方法を提示した例は聞いたことがない。
「水蒸気放出」なども検討されてきたが、莫大なコストと時間とエネルギーを使って大気中にばら撒いても、いずれ、地上のどこかに戻ることを想像すれば、有効な手段であるとは到底いえない。
 そもそも、トリチウム水は、従来から世界中で、各国が定めた放出基準以下の濃度である告示濃度限度(日本では6万ベクレル/リットル)以下に希釈して海洋放出されており、健康と環境への影響は、過去、世界のどこからも報告はない(念のため申し上げれば、未来永劫ないとはいっていない)。
 この濃度は、仮に、この濃度のトリチウム水を毎日2リットル飲んだとしても、年間被ばく量は1ミリシーベルトにも満たない量として決められたものである。
 こうしたことから、規制委は、2015年1月という極めて早い時期に、2017年以降、アルプスで処理した処理水は、「希釈して海に放出する」という中期的リスクの削減目標を了承している。
 だが、処理水の処分問題について、東電は「処分方法に関する国の結論を待って地元を説得する」と、決断を「国任せ」にしていた。一方の国、具体的にいうと経産省と自民党政権も、この問題から逃げに逃げ、結論を先送りしてここまできた。
 経産省は処理水についての検討を、2013年12月という非常に早い時期にスタートし、紆余曲折の末、2020年2月、「希釈・海洋放出がより確実に実施できる」と結論付けた。そして「希釈・海洋放出」する方針が、2021年4月の関係閣僚会合でようやく了承された。
 この間、7年余が費やされた。しかし、本当に必要な時間だったのだろうか。答えは「NO」と言うしかない。

■希釈した処理水で「ヒラメ」を飼う?
 東電は、毎月1回、最終木曜日の夕方に、事故処理の進捗状況を記者会見している。通称「ロードマップ会見」と呼ばれている2021年7月29日の会見で、東電は処理水を希釈して、トリチウム濃度を1キログラム(1リットル)当たり1500ベクレル以下にした海水の入った水槽の中で、ヒラメや貝、海藻を飼育すると発表した。同時に、原発周辺の海水を入れた水槽でも同様に飼育し、比較実験をするのだという。
 この段階でも突っ込みどころ満載だが、追加される条件などは以下のとおりである。
〇条件を等しくするため、閉鎖循環式の水槽とする。
〇飼育の様子はウェブ配信する。
〇水槽周辺は一時的に放射線管理区域とする。
〇専門家の意見を踏まえ、卵の孵化率、成魚の場合は生存率を比較する。
〇一定期間飼育した上で、ヒラメの体内に残ったトリチウムの量を比較する。
 一体全体、何のためにこんなことをするのだろう。
 東電によると、まず、ヒラメを選んだのは、比較的、養殖しやすく、稚魚も入手しやすいからだという。普通の海水を入れた水槽でも飼育する意味を「比較対照実験」と言っているが、正直、何と何を比較するかは不明である。
 まず手始めに、普通の海水でヒラメ、貝、海藻を9カ月くらい飼ってみて、特にヒラメがどのくらい生き残るものなのか、卵ならどのくらい孵化するものなのかを、専門家の指導を受けながら「訓練」するという。その上で、2022年夏ごろから、希釈処理水の水槽も設けて飼育に乗り出すとしている。
 筆者は東電担当者に色々と突っ込んで質問したが、正直、気の毒になって、問い質すのをやめた。
 東電関係者によると、要するに、この飼育を考え付いたのは経産省であり、地元の意向を受けてこの形になったのだという。経産省の狙いは、2023年4月ごろに予定されている処理水の希釈海洋放出を前に、希釈処理水の安全性を、ヒラメ、貝、海藻の “元気な姿” を示すことで「見える化」し、さらに一定期間飼育したヒラメなどのトリチウム濃度を測定することで、地元の安全安心を担保したい、ということのようだ。
 経産省も東電も、希釈処理水の安全性について、筆者が説明した程度のことは、地元には説明しているはずである。それでも「安全かどうかわからない」と言われ続けた結果、このような「見える化」を思いついたということなのだろう。
 ただ、これは厳密にいえば科学的な実験でもなんでもないということは、東電自身が認めている。
「希釈処理水の科学的な安全性は十分担保されている」「飼育は、地元の安心を担保するためだ」──というのが、経産省と東電の正式な立場だ。
 それでも実験の体を装ってしまったのは、いろいろな意見を取り入れているうちに、自分たちでもわけがわからなくなった、ということなのだろう。
 突っ込みどころ満載だが、見える化も「『安心』を担保する」という観点からは100パーセントは否定できない。正直、お粗末な思いつきではあるが、これが「廃炉」最前線の現実なのだ。
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 以上、吉野実氏の新刊『「廃炉」という幻想 福島第一原発、本当の物語』(光文社新書)をもとに再構成しました。10年以上、事故の収束を取材し続けてきた記者が明かす「誰も触れない真実」とは。