『こどけん通信』6月28日号に掲載された掲題の記事を紹介します。
本記事は、大学院 原子力工学科修了後 原子力事業所(原発?)に就職し、技術者として四半世紀を勤めた桜井 恵さんへのインタビュー記事を文字起こししたもので、「原発のリアル」が衝撃的に伝わる内容になっています。
掲載誌『こどけん通信』についての紹介文を末尾に掲載しましたのでどうぞご覧下さい。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
フイクションに支えられた原子力 なぜ事故やトラプルはなくならないのか
桜井 恵 さん
インタビューまとめ 石田伸子 こどけん通信 2026年6月28日号
さくらい めぐむ
小学生の時、雑誌の背表紙に東電の広告が載っていて、そこに未来のエネルギーと描
かれていた原発に希望を感じていた。ところが高校生の時、被ぱく労働と核廃棄物と
いう問題があることを知リ、原子力は「当然あってはならないもの」と考えが変わる。
大学卒業後、脱原発に必要な知識を身にけようと、原子力工学科の大学院に進み、修
了後は原子力事業所に就職。技術者として四半世紀を勤めた。
福島第一原発で起こったレベル7の過酷事故は、さすがに原子力村の反省や教訓を促したのではと思われたが、時が経つとともに安全神話は復活、国策は原発回帰、核保有の肯定への空気醸成を強めている。しかし、原発再稼働を強力に進めながら、事業者のデータ隠蔽・捏造、事故やトラブルは相次ぐ。昨年発覚した浜岡原発のデータ不正はその最たるものだし、茨城県大洗町の日本原子力研究開発機構で起きたプルトニウム飛散事故(2017年)は、作業員が深刻な内部被ぱくをした大事故だった。東海第二原発で頻発する火災、廃炉を目指す福島第一原発でもトラブルや作業員の事故は一向に無くならない。今年4月に再稼働が決定された柏崎刈羽原発でもトラブルが相次いでいる。原子力を扱い、原発を動かす責任を負うものたちの資質は、バックラッシュを引き受けうるのか? 技術者として原子力事業所で仕事をしてきた桜井恵さんに聞く。
現場を置き去りにした
再発防止対策
原子力事業の最大の問題は、「物事を決める人」と「やる人」が違うということです。ふつうの企業だったら、現場を経験した人が昇進して決定権をもつ。でも原子力事業では、自分でやらない人が現場のことを決めるんです。目分でやらないから何でも言える。それはフィクションです。そのフィクションが優先され、現実をフィクションに合致させることを要求するという倒錯した発想で、原子力は進められているんです。老朽原発も運転延長して平気、科学者の指摘にも真摯に耳を傾けないし、「地震がきたらやばいだろう」と言っても「いやこれは活断層じやないです」と、なんであんたが決めるの? ということを平気で言う。自分たちのストーリーが優先だから、事実に目を塞ぐ。
そのフィクションと現実とのずれが事故やトラブルです。しかしそれでも彼らが大事にしているのは、対外的な説明なんです。対外的というのは、国民にもですが、ことに地元き治体に対してすごく気を使っています。原子力はいつも叩かれているという意識があるので、組織防衛が大事、対外説明は現場よりも優先事項です。原子力規制庁、文科省、経産省など、監督する側も国民に対して説明責任があるから、自分たちを守るために「事業者をちゃんと監督しています」というポーズを見せなければならない。
○ 実効性のない「改善策」
たとえば、2022年の秋から23年の春にかけて、日本原子力発電東海第二原発など茨城県内の複数の原子力事業所で、相次いで火災が起きました。これを受けて、茨城県は23年5月に県内の全原子力事業所の立入調査を行い、各事業所でも総点検を行いました。でも実態は、サーッと見るだけ、ポーズだけなんです。実効性がないから、東海第二原発ではその後も火災が頻発しました。2022年の9月から25年の5月までの間に12件です。
25年2月に東海第二原発の中央制御室で起きた火災について、日本原子力発電が茨城県に提出した報告書を見ると、経営者の目線で組織防衛のために書いていることがはっきりわかります。現場の緊張感が足りないとか、現場をどんどん締め付けるばかりです。
事業者が自治体や役所から求められる再発防止対策は、根本原因分析などいろいろノウハウがあるのですが、目的は組織防衛のための再発防止対策です。監督官庁も、面倒なことが起きれば監督官庁の失態となりますから、対外的に説明しやすい形になっている方がいい。だから、同様のことが起きないように点検項目を増やしました、チェックします、チェックした証拠が必要なので書類を増やしましょう、となるわけです。実効性はどうでもよくて、現場にお構いなしに「やらない人」が対策を押し付けてくる。現場はただでさえ人手もなくて汲々としているのに、やることだけがどんどん増えて、実態と合わないものに付き合わなくちゃいけない。
私のいた職場では、マニュアルを改正しました、こう変えました、変更したマニュアルについてこういう教育をしました、いつどういうテキストで、誰が受講して、受講者の理解度アンケートを何百人分も添付して……そういうパッケージを作ります→本来の仕事は止まるし、やってられないですよね。だから何か起きても隠したくなるわけです。でも、隠したことが後でわかると、これまた大変なことになります。こういうことで現場がいつも疲弊している。
さらに、水平展開という取り組みがあります。トラブルを起こした部署の再発防止対策だけじゃなくて、他の部署、さらには他の原子力事業所でも同じことが起きないようにと、とばっちりが来て、パッケージに沿って対策を作らねばならない。よそのトラブルのたびに膨大な作業が突然割り込んでくるのは、すごいストレスです。そういう余計なことのせいで、本来の仕事に意識が集中できず、不安なまま現場作業に臨まなければならなくなる。安全面ではかえって有害だと、私の職場ではみんな言っていました。
O 精神論で無理をカバー
「点検しました、問翠なし」という回答が、取りまとめる人も一番ハッピーです。問題があると言ったら、また対策を、となってしまうわけですが、予算措置も人手も時間もない。だから「問題なし」という報告しか、やりようがない。
根本的なところに手をつけないで、継ぎはぎ的なことで対外説明を取り繕おうとするから、問題は深刻化する。
老朽化してくると、思いもよらないところで問題が出てきます。この「思いもよらない」というのが、原子力推進の人たちは一番嫌なんです。自分たちのストーリーの中で収まってほしいのですから。古いんだから「思いもよらない」はつきものなのに、「やめる」という根本的な判断は回避し、予算をどうにかするわけでもなく、マニュアル変更とか、精神論でカバーするみたいなことになっていく。
下請け構造が多層になっていれば、マニュアルが変わっても、契約している作業員さんたちがそれを知らなかったりします。対外的に説明できれば、現場でやる人が知らなくても、かたがついてしまう。
「人間がやれない原子力」
の職場とは
国策で進める原子力は国に守られ、利益を追求しない官僚的な組織は民間企業と違い潰れない、クビにならない。東電も国が面倒見てくれるから潰れない。東電の社員は官僚以上に官僚っぽいです。原発事故を起こした加害者なのに高飛車な態度で、そのマインドは事故後も全然変わりません。
真面目な人もいますが、真面目であればあるほどやりきれない職場です。だから辞めてしまう人も多い。2011年の福島原発事故の時に大学生だった世代の人たちが、何か貢献したいと思って入ってきましたが、職場はそれまで通りの原子力村の空気だから、若い使命感を持った人たちはがっかりしてボロボロ辞めていきました。
浜岡原発(静岡県御前崎市)の非常事態の訓練の見学に行ったことがあるんですが、少なくとも私がいた事業所よりは真面目に一生懸命やっていて、モチベーションも高かったんです。労働安全の意識も高くて。ところが基準地震動のデータ不正が発覚し、根底が崩れ落ちた。まさかそんなことになっているなんて思わずに、動いていない原発でずっと訓練してた人たちは、今どうしているんだろうって思ったりします。
原発推進の職場だからって、職場の人たちが推進に燃えているわけではないです。ただ地元の職場だからとか、特にやりたいこともなく、偏差値で入った大学の先生がたまたま繋がりがあったから入っだとか。公務員みたいだから安泰だとか。
だから原子力そのものについての知識もあまりないんです。脱原発の人の方がよっぽど詳しかったりする。原子力のあり方とか、自分がどう思うかとか、話すこともほぼない。推進が当たり前だから、特に話す必要がないんですよね。
大きな事故や事件が起きても、特に衝撃が走るわけでもない。重度の被ばくで作業していた方が亡くなったJCO事故(1999年9月茨城県東海村のJCO核燃料加工施設で発生した臨界事故)だって、ちょっとびっくりしたけど所詮よそ事、という感じでした。
リテラシー、常識的なまともな知識とか判断、そういうものが自分の職場でもなかったな、と思います。原子力って、ちょっと怪しいとか、危ないから近寄らないでおこう、というのがあるけど、その感覚が弱いから抵抗なく入ってきちやって、で、そうするとあとはもう洗脳ですから。そういう朧場なんだな、と思いましたね。
○「能力」はどこにある?
高速増殖原型炉「もんじゆ」(福井県敦賀市)は、相次ぐトラブルに加え、多数の点検漏れと虚偽報告など不祥事が続いたことから、運営主体だった日本原子力研究開発機構には安全に運転する資質がない、と原子力規制委員会に判断されました。誰か運転する人いませんか? となったんですが、一つも手が上がらない。しょうがないから政府は2016年12月、廃炉を正式決定しました。でもその廃炉は、運転にダメ出しをされた原子力機構がやる。大丈夫なんだろうか、と思います。
原子力村に原発を扱う能力がないとしたら、じゃあ誰だったらできるのか? これはそもそも人間にできることじゃないと、私は思います。まともな人はできないことはやらない。自分にそれができないということがわからないそういう人たちがやっているのが原子力です。人間にはできないことなんだからやらないでおこう、というのが知恵というものです。
不誠実のカタマリ
としての原子力
原子力事業は無責任とよく言われますが、むしろ私が職場で実感したのは「誠意がない」ということです。不誠実なんです。事業が完結するのを見届ける人がいない。ある意味、事業そのものがモラルハザードな事業だから、日々の仕事においても、一生懸命やってもしょうがないや、みたいな空気がある。
本当にトラブルを防止するのなら、究極的にはやめるしかない。それが原子力事業です。そうでないから、「安全が可能である」というフィクションになる。耐久40年という設計の圧力容器が60年OKというのも、頭の中の話でしかない。交換できるものは交換すればいいけれど、圧力容器なんか交換できません。なのに強引に使おうとする。すると、劣化を表すデータの読み方も歪んでくる。おかしいと指摘する学者の言うことは聞かない。維持管理能力がないというよりは、とことん誠意がないんです。
とにかく誠実じゃないので、約束も守らなくていいことになってしまっている。汚染水にしてもそうでしょう?「納得が得られるまで放出しません」と言ったのに、放出している。彼らがやりたいことをやる、っていうことだけなんです。相手が嫌だと言うなら意向を受け入れて、じゃあやめましょうという可能性もあって初めて双方向のコミュニケーションなのですが、彼らには相手の言い分を受け入れるという発想はない。相手がいいと言うまでグイグイ押すことしかしない。再稼働でも、東海第二原発では、県と東海村だけではなく周辺自治体も事前了解しないと再稼働できないという枠組みを作りましたが、じゃあ拒否権があるのか、嫌だと言えばやらないのか、といえば、そこは曖昧なままで、「ご理解いただく」の一点張りです。
○「福島事故は破局的ではない」?
福島事故の経験で何か問題が克服された、ということはありません。克服しなきゃいけないと思っていないわけですから。
東京電機大学の教授で科学技術社会学が専門の寿楽浩太さんという方が、日本原子力学会の学会誌に、原子力発電というものの破局性について学会員は語るべきではないか、という論文を書いたんです。すると、それに対して学会員の方々から、そんなこと言ったら何もできないじやないか、という逆ギレみたいな意見がたくさん出たらしい。それを受けて、原子力学会は座談会を企画して、その記事も学会誌に載ったのですが・・・寿楽さんは、原子力は、福島原発事故のような破局釣な結果をもたらすことがあるのだから、進めたい人たちは、それについてどう考えるのか語るべきだ、という問題提起をしたのだと思うんです。しかし他のメンバーは、あれって破局的って言うんですかね? と言うんです。東日本壊滅とかなら破局的っていうのかもしれないけど、そんなことはほとんどありえないし、みたいな感じなんです。つまり、「ああいうことがあってもいい」と思っているわけです。ふつうの人たちからしたら、びっくりですよね。
福島の中間貯蔵施設にある汚染土も、30年で県外に移すということが、一応法律で決まっているわけです。`それに対しても、法律って守らなくちやいけないんですかね、みたいな、そんなことが日本原子力学会誌には載っているんですよ。
根本的な社会のルール以前の、社会の最低限の前提、常識が崩れてしまっている。原子力村の全員とは言わないけれど、一部にそういう人たちがいて、堂々と学会誌に載っちやうわけです。
差別構造あっての原子力
フィクションに隠された現場は、どんどん悲惨な状況になります。たとえば、2023年10月、福島第一原発のALPS(多核種除去設備)建屋で起きた、作業員が高濃度の汚染水を浴びた事故は、仮設ホースが外れたというんですが、大量の放射性物質を扱うのに仮設のホースで、というのは考えられないやり方です。仮設では外れる危険があると思うでしょう、常識的には。で、事故が起き、再発防止対策をと。現場の人たちはまた締め付けが強まってすごい苦労をしているんだろう、末端の作業とは全然関係ない対策が決まるんだろう、と想像がついてしまうので、心が痛みます。
推進側も、一応、福島第一原発の廃ハ炉作業の被ばく低減対策について気にはしています。作業員アンケートをやって放射線への不安が増えているとわかったとか、元請を集めたワークショップもやっているらしいです。気にはしているけれど、守るというよりは、余計に被ばくさせると仕事ができなくなる、作業員が確保できなくなる、という観点だと思います。
放射性物質には人が近づかないような対策を取るべきなのに、原子炉からやっとこ取り出したデブリも、台車で遠ぶ、と書いてあるんです。いやいや、台車は人が押すんで体が近いでしょ。唖然としました。
1グラムないようなサンプルでも、分析施設に搬入したら、遠隔操作で扱っているんです。遠隔操作で取り扱わなきやいけないものを台車で遠ぶって、どういうことですか? 時間は短いからというんですが、その短時間の作業で年間の被ばく線量全部使うくらいの計画を立てていたりする。
労働者に被ばくさせとくのが一番安あがりという、人海戦術のやり方です。原子力は、放射能が根本的な問題で、被ばくが避けられない。誰かを被ばくさせなければならない。逆に言えば、差別を前提にしているから、被ばくをなくすことが必須にならない。差別しなければ成り立たない労働、そういういう構造でなければできないのが原子力なのです。
もう原子力ルネッサンスみたいな感じになってきて、小型原子炉がすごくいい、みたいな言い方がされるけれど、不思議な感覚ですよね。人間の手に負えない核のゴミが増えていくことは変わらないのに。核・原子力は人間が扱えるようなものではない、という根本的な認識を共有しない人たちをどう説得すればいいのか、全然わからないです。
政治がまず判断しなければ無理ですよね。おそらく官僚は、これがゴールだと決めたら、今は行政交渉で不毛な回答をするだけの人たちも、そっちに向かってガシガシ働いてくれるでしょう。原発ゼロにした台湾でも実際そうだったんじゃないかと思います。
新しくやるのはとにかくやめて、原発の運転は全部やめたとしても、廃炉・廃棄物処理ビジネスがあるから、原子力事業者も食いぶちには困らないはずです。
政治の判断、というめちゃくちゃ高いハードルをどう越えられるかが、問題だと思います。 (以上)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『こどけん通信』のご紹介 (冊子「こどけん通信」裏表紙よりコピー)
●「子どもたちの健康と未来を守るプロジェクト」(通称・こどけん)は、2011年より、お母さんたちとの座談会や勉強会、健康相談会、子どもたちの保養企画などの活動を行ってきました。
●2013年からは、子どもたちのリテラシー講座や、「通学路や子どもたちの遊び場の放射練量がわからなくて不安」という子育て中のお母さんたちの要望で、ホットスポット・ファインダーで測定、データ・マップにして配布する活動も続けています。
●『こどけん通信』は、放射練被ぱくからの防護にかかわる情報を伝える冊子として、2016年8月から発行を始めました。
●読んでくださった皆さんからの感想や、こんな情報がほしい、こんな記事を読みたい、私も記事を書きたい、などのご意見やご希望など、どしどしお知らせいただければうれしいです。
kodoken2@9mail.com までお寄せください。
*(『こどけん通信』の)ご注文もこのアドレスにお送りください。メールをいただければ、新しい号が出たときにお知らせいたします。3、6、9、12月の月末発行です。
※『こどけん通信』プログ http://kodomotatinomirai.livedoor.blog/
カンパのお願い
『こどけん通信』の発行継続をご支援ください
●ゆうちょ銀行からのお振込み
コドモタチノケンコウトミライヲマモルプロジェクト
ゆうちょ銀行 記号10060 番号8791681
●他行からのお振込み
ゆうちょ銀行 金融コード 9900
店名 ○○八(ゼロゼロハチ)
普通 口座番号879168
*領収書などが必要な場合は、お手数ですが、メールでお知らせください。
2026年6月28日発行
頒価300円
●発行者 子どもたちの健康と未来を守るプロジェクト
kodoken2@9mail.(om
●編集責任 石田伸子