2021年3月26日金曜日

26- 「原発漂流」第6部 揺れる司法(3)(河北新報)

 河北新報のシリーズ「原発漂流」第6部 揺れる司法の第3回目です。

追記) 「それでも地球は回っている」はガリレオが異端審問に服して地動説を捨てることを誓約した文書にサインをする際に「密かに」発した言葉ですが、それは「異端審問の結論は真理ではない」ことを確信していたことの表明です。社会科学的な法文解釈はいざ知らず、原発の基準地震動という理学・工学分野に関する判決でも同じことが起きている可能性は大いにあり得ることです。
           ~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「原発漂流」第6部 揺れる司法(3)共鳴/先例脱却 「運転否定」も
                         河北新報 2021年03月25日
 「被告は原子炉を運転してはならない」
 2014年5月、福井地裁の裁判長樋口英明(68)=当時、17年退官=は関西電力に大飯原発3、4号機(福井県)の運転停止を命じた。東京電力福島第1原発事故の影響で国内の全原発が止まった後、最初に再稼働したのがこの2基だった。
 原発裁判で各裁判所は、四国電力伊方原発(愛媛県)訴訟の最高裁判決(伊方判例、1992年)をモデルに、国の安全審査手続きの適否に重きを置いてきた。樋口は「迂遠(うえん)な手法」(判決)と評してこれと一線を画し、原発の危険性に正面から向き合った。
 福島事故に衝撃は受けた後も「普通の原発には相応の安全対策があるはずだ」と考えていた樋口。先入観は審理が始まると打ち砕かれた。
 大飯原発の地震対策について関電は「予測の範囲でしか揺れは起きない」と主張した。実際には国内の原発が想定以上の揺れに襲われた事例は過去5回も起きていた。
 原発の具体的な危険性の判断を避けるのは、福島事故後の裁判所に課された最も重要な責務を放棄するのに等しい-。判決でこう強調した樋口は取材に「多くの裁判官は自分の頭で考えず(伊方判例などの)先例に当てはめて判断していた」と語った。
 樋口は同地裁で15年4月にも、原子力規制委員会の新規制基準適合性審査に合格した関電高浜原発3、4号機(福井県)の運転差し止めを決定した。大きな物議を醸した二つの判断は、他の裁判官らの琴線に触れた。
 「単に発電の効率性をもって甚大な災禍と引き換えにすべき事情はない」。大津地裁の裁判長山本善彦(66)=当時、20年退官=は16年3月、樋口に続き高浜3、4号機の運転差し止めを決定した。
 樋口と異なり伊方判例の判断枠組みを参考にしたが「一義的に確定した見解ではない」と考え、独自の解釈を加えた。それは「福島事故に真摯(しんし)に向き合っているのか」という観点だ。
 関電側に規制委の審査に合格した内容だけでなく、福島事故を踏まえた原子力行政や事業者の変化などを主張・立証するよう要求。しかし、関電は事故の教訓をまともに答えようとしなかった。山本は決定で関電の姿勢について「非常に不安を覚える」と指摘した。
 住民側の弁護団長は元判事の弁護士井戸謙一(67)=滋賀弁護士会=だった。井戸も金沢地裁の裁判長として06年、北陸電力志賀原発(石川県)の運転を差し止める判決を出した。
 これまでに原発を止めた司法判断は井戸の判決を含め計9件。その多くは高裁や最高裁で住民側の逆転負けが確定した。その他の原発裁判では、住民側の訴えや申し立ては軒並み退けられている。
 「思い切った判断をして周囲から浮いた存在になるまいと考える裁判官の気持ちはよく分かる」。井戸は後進らの心情をおもんぱかった上で「社会や時代の動向と民意の行方を、裁判官は後追いでなく先取りしてほしい」と望む。(敬称略)