元福井地裁裁判長の樋口英明さんは、14年5月に関西電力大飯原発3、4号機の運転差し止めを命じる判決を、さらに15年4月には高浜原発3、4号機の再稼働差し止めの仮処分決定を出しました。3・11以降、原発運転の差し止めは初めてでした。
その樋口さんが著書:「私が原発を止めた理由」(旬報社)を出版しました。
「裁判官は弁明せず」と言われているなかで、敢えて伝統を破った理由は、「現在の原発が全く見当違いの低い耐震性で設計、建造されていて」「原発の危険性があまりにも明らか」だからとしています。
「桁違いに危険な状況では、原発を止めるしかない。感情の問題ではなく、論理の問題」と言い切っています。
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大飯差し止め判決の元裁判長 「私が原発を止めた理由」とは
毎日新聞 2021/3/3
元福井地裁裁判長の樋口英明さんが「私が原発を止めた理由」(旬報社)を出版した。「多くの原発の耐震性が一般住宅より低く、その低さの根拠が不可能とされている地震予知に基づくことは間違いなく電力会社が最も国民に知られたくない事実」と指摘している。東京電力福島第1原発事故から間もなく10年。今もなお多くの人が避難を続け、古里に帰れない現実がある中、「事故から学ぶもの」を鋭く問いかけている。【塩田敏夫】
三重県出身。京都大法学部卒業後、35年間裁判官を務めた。2014年5月、福井地裁裁判長として関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)の運転差し止めを命じる判決を出した。「3・11」以降、原発運転の差し止めは初めて。さらに15年4月、高浜原発3、4号機(同県高浜町)の再稼働差し止めの仮処分決定を出した。17年に名古屋家裁部総括判事で定年退官した後、与謝野町をはじめ、全国で講演活動を続けている。
「裁判官は弁明せず」。こんな格言がある通り、裁判官は自分が関わった裁判については論評しないのが伝統だ。しかし、樋口さんは伝統を破った。その理由について「原発の危険性があまりにも明らかだった」と断言している。
樋口さんも3・11以前は「原発は安全」と思っていた。福島第1原発事故の甚大さを知った後も、「原発はそれなりに安全に、すなわち事故発生確率を抑えて造られているはず」と思っていたという。それが「原発の耐震性」でひっくり返る。
「原発における事故確率が低いことは、原発に高い耐震性があること」だが、阪神大震災を契機に地震観測網が整備されるようになった結果、「現在の原発が全く見当違いの低い耐震性で設計、建造されたことが判明した」と指摘。「桁違いに危険な状況では、原発を止めるしかない。感情の問題ではなく、論理の問題」と言い切っている。
現在は新型コロナウイルス感染症や所得・教育格差などさまざまな問題が議論されているが、「原発の過酷事故が一度起きると、こうした社会問題を議論したテーブルはテーブルごとひっくり返る。原発は最も重要な問題」と警鐘を鳴らしている。
伊方原発判決、黒い雨訴訟も検証
原発運転が許されない理由は「極めてシンプルで当たり前」という。原発事故がもたらす被害は極めて重大 ▽これゆえに原発には高度の安全性が求められる ▽地震大国・日本では原発の高度の安全性があるということは、原発の高度の耐震性があることにほかならない ▽わが国の原発の耐震性は極めて低い ▽よって原発の運転は許されない――との論理展開だ。
本書では、「奇跡が重ならなければ東日本が壊滅した」とされる福島第1原発事故をはじめ、伊方原発最高裁判決の影響、広島地裁の「黒い雨訴訟判決」などについても「理性と良識」を貫いてきた裁判官の目で詳細に検証している。
樋口さんは「原発の本当の危険性を知ってしまった以上、それを皆さんに伝えるのが自分の責任」という。「裁判では法の精神を体現せよ」。先輩裁判官の教えを胸に刻んで歩んできたことを振り返り、後輩の裁判官にエールを送った。
「裁判官の本分は、ひとつの仕事が社会の一隅を照らすことにあるのかもしれない。しかしごくまれには、社会全体が進むべき道を照らす仕事が与えられることもある。毅然としてその本分を尽くしていただきたい」