吉川明日論(よしかわあすろん)氏が、「約10年間、太陽光発電を使ってみてわかったこと」を発表しました。実体験が簡潔にかつリアルに書かれています。
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吉川明日論の半導体放談 第123回
約10年間、太陽光発電を使ってみてわかったこと
マイナビニュース 2020年3月4日
前回は、太陽光ウェハビジネスの経験を中心に語ったが、今回はその続きである。
2011年3月11日、日本を襲った東日本大震災の結果引き起こされた福島第一原発の事故は、原発が制御不可能になった状態の恐ろしさをまざまざと見せつけた。
日々報道される政府と東京電力(東電)の対応を見るにつけて、今まで当たり前のように使っていた電気の問題について自身で何か考える必要性を感じていた。折しも日本は夏に向かっており、次々と稼働を停止する各地の原発と政府が呼びかける節電対策の中で代替エネルギーとしての太陽光発電についておのずと関心が増していった。
米系半導体ウェハの会社で太陽光発電について知るようになった私は、ちょっと前から始まった太陽光発電の「固定買い取り制度」に俄然興味がわき、自宅への設置を即決した。今から考えるとこの決定はかなり経済的に理にかなったものであったが、私の主な関心事は電力のすべてを東電に頼り切らずに太陽光の自家発電でどれくらいの電気ニーズを満たせるのかを知りたかったことがある。その気持ちの中には東電の福島事故への対応についての反発も大いにあったことも確かである。
2011年、自宅に太陽光発電を導入
早速、複数の業者とコンタクトしてリサーチをするといろいろなことがわかってきた。それまで自宅の電気代についてほとんど考えたこともなかったが、自宅の屋根に太陽光パネルを設置し固定買い取り制度を利用すると次のような大きな恩恵があることが判明した。
太陽光パネルの設置には国と東京都からかなりの補助金が出る(当時)。
固定買い取り制度により東電は向こう10年間、1KWHあたり42円で買い取る(当時)。
発電量と自宅の消費電力は発電モニターによってリアルタイムに一目でわかる。
かくして我が家の屋根には太陽光パネルが設置されることとなった。何分狭い面積であるうえに南向きの面しか使用できないので大したことはないが、それゆえにパネルの選定では単結晶シリコンをベースにした発電効率の良いものを選んだ。設置が終わると発電モニターが接続された。これは大変によくできていて、この1つの画面でモードを切り替えることによって現在の発電/売電/消費状況がリアルタイム/時系列/積算でわかるようになっている。
独立発電所として認定
すべてのシステムが設置されたが、業者からは「現在、東電からの承認の手続きをしています。承認取得には約2週間かかりますので、それまでは絶対にスイッチを入れないでください」とくぎを刺された。
が、"やるな"と言われればやりたくなるのが人情である。ましてやかなりの自己資金を投入しての太陽光発電システムの設置である。ちょうど時期は真夏に入っている頃であった。私は待ちきれなくなってとうとうスイッチを入れてしまった。するとモニター画面にリアルタイムの発電状況がすぐさま表示された。
わくわくしながらモニターを操作していると間もなく業者から電話があった。「スイッチを入れてしまったのですね! すぐ落としてください。東電からクレームが来ました。承認取得の最終段階なんですからお願いしますよ!」、という強い調子であったので私は渋々スイッチを切った。
それから暫くたったある日、東電から仰々しい感じの書留郵便物を受け取った。なんだろうと開封してみると「吉川邸発電所開設承認書」と記した厚紙の正式承認証書が入っていた。すぐさま業者に連絡すると「おめでとうございます。ではスイッチをお入れください」と言う返事をもらった。
2011年の8月初旬、吉川発電所の稼働の瞬間であった。その後にわかったことだが、東電は我が家の発電システムから電気を買い受け、自社の送電線(グリッド)に流すこととなるので、東電が保証する良質の電気であるかを判断するために承認手続きが必要だったのだ。総出力わずか3kwhほどの我が家の太陽光発電システムを東電の送電システムにぶら下がる発電所の1つとして認識したという事なのだ。
太陽光発電の経済学
自宅でどれくらいの量の電気を消費していて、自家発電によってどれくらい売買が行われているかを知るのは興味深い。下記に我が家が最近東電から受け取った買電による「請求書」と売電による「領収書」を示す。
冬の時期なので電気使用量は高めの16798円である。ここには見えないが消費量は642kwhである。単純計算してみるとキロワットごとの単価は26円となる。
明細を見ると「再エネ発電賦課金」に1861円とある。使用量の約10%であるがこれは東電が再生エネルギーの普及のために東電利用者"全員"から徴収する一律に課せられる税金のようなもので、太陽光発電をしているかいないかに関わらず徴収される。この賦課金を原資に東電は私の電力を買い上げる。
吉川発電所はこの月に172kwhの発電をした。2月の冬場で日照時間が短いので大きくはない。それを東電が買い取り、結局7224円の売り上げになったという事を表している。単価は42円である。これがFIT(固定買取価格)である。
自家発電は総消費量の27%をカバーしたが、料金の差し引きでは43%をカバーしたことになる。これは買電と売電の単価の違いに起因する。
つまり東電は売電の1.6倍の値段で買電する。このスキームは10年間継続される。
この単純な考察から明らかなように、太陽光発電の普及のためにはこうした先行者利益の事実を作る必要がある(先行者利益を享受している私がこれを言うのはちょっと後ろめたいが)。
こうした政策と並行して太陽光発電に関わる企業はコストダウンの努力を重ね、次第にグリッド・パリティーに近づけ、さらに普及させようというのが政府の狙いである。「固定買取価格」も10年前から順次下がっている。こうした継続した努力によってはじめてサステイナブル(維持可能)な再生エネルギーの供給が現実となるのである。
再生可能エネルギーの普及に必要なこと
私はエネルギー政策と環境問題は密接に関連していて、日本の将来像を考えるためには非常に大事なことであると思っている。そのためには、まず個人が関心を持つことが肝心であると思う。私は自身の経験から下記のようなことを実践した。
車をハイブリッド車にした。これによって燃費は4倍になった。
そろそろガタが来ていた家中の20年ものエアコンをすべて変えた。最近のエアコンなどの家電には省電力化が徹底されていて、昔のものと比較すると消費電力は3分の1程度にもなる。
ヒステリックになる必要はないが地球温暖化に対する関心はかなり増した。それを経済的にどうやって自身で実践するかを考えるだけでも大きな違いがある。
最近では災害対策としての自家発電に関心が移っている。
経済学・社会学では人間の本性をHomo Economics(経済人)と定義するのが主流である。「人間もっぱら経済合理性に基づいて個人主義的に行動する」、という考え方である。自身に経済的メリットがないと実践にはつながらない。実践できなければ継続的ではない。
再生可能エネルギーは今後の日本を大きく変革する大きなチャンスを秘めているように思う。各家庭や事業所の太陽光発電、蓄電池、EVなどを連結し、1か所でコントロールする仮想発電所などのアイディアも出てきている。このスキームによって中央集中型の電力供給と比較して、災害に対する耐性も増し、何よりもより経済的である。これはパソコンを何千台もクラスター接続してスパコンを構築する考え方に似ている。クラウド化の考え方は電力供給にも十分応用できる。身近なところからエネルギー問題を考えるいい機会であろう。固定買取の終了を来年に迎える吉川発電所の次なる期待は蓄電池である。さらなるコストダウンを期待している。
著者プロフィール
吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、2016年に還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。