2017年7月23日日曜日

23- 福島 にぎわいは簡単には戻らない

 もしも日用品すら入手できない地域であれば住民の帰還が進む筈はないし、商店の経営者にすれば定住人口が伸びなければそこに店舗を構えても採算が取れません。両すくみの関係にあるわけです。
 先に帰還が解除された地域は殆どが帰還率が1割やそこらで、それでは商店などが採算が取れないのは明らかです。
 そこにはどんな現実があるのか、河北新報が「福島 遠いにぎわい」と題した3部作の記事で取りあげました。
 この状況がこのまま放置されていては帰還率が上がることはありせん。この現実が継続され地域は衰微するだけです。

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<原発被災地の行方> 生鮮品購入 車が頼り
河北新報 2017年7月22日
 東京電力福島第1原発事故の被災地で、暮らしに欠かせない買い物環境の整備が重い課題となっている。帰還した住民は利便性の低下に不安を募らせ、商店主は避難による顧客喪失に立ちすくむ。にぎわいは取り戻せるのか。福島の現状を探った。(福島第1原発事故取材班)

◎福島 遠いにぎわい(上) 「戻らぬ日常
<いわきへ30分>
 買い物は週1回。気軽に買い足しはできない。先々の献立を考えながら売り場を巡る。
 福島県楢葉町の松本信子さん(67)は4月、いわき市の避難先から自宅に戻った。生活拠点は取り戻したが、食卓を守るのは容易ではない。いわき市まで、車で30分のスーパー通いが欠かせなくなった。
 原発事故前は地元スーパーが2店舗を展開していた。仮設商店街で営業を再開したが、客層は復興事業に携わる人たちが中心。決して広くない売り場を総菜など加工品が占め、生鮮品の品ぞろえは限られる。
 「以前は調理中に足りない食材に気付いても、3分あれば買いに行けたのに」。松本さんが嘆く。
 福島県内の避難指示は今春までに、第1原発が立地する大熊、双葉両町と帰還困難区域を除いて解除された。だが、9月で解除から2年となる楢葉町を含め、地域の小売店再開の動きは鈍い。
 復興庁などが帰還希望者を対象に昨年実施したアンケート(複数回答)では、商業施設の再開・新設や買い物支援を求める声が富岡町で68.7%、浪江町で51.7%に達した。買い物対策は急務だ。
 現状では60代以上が帰還者の多くを占める。車が運転できなくなれば生活が成り立たない現実を前に、住民は危機感を募らせる。

<近所の店休業>
 南相馬市小高区の山間部で暮らす黒木栄子さん(82)は昨年7月、避難指示解除に合わせて帰還した。徒歩圏内にあった商店は休業が続き、周囲では食材を調達できない。軽トラックで隣接する同市原町区のスーパーに出掛けている。
 黒木さんは元トラック運転手。それでも最近は注意力の衰えを実感する。相次ぐ高齢ドライバーの暴走事故が人ごととは思えない。運転免許の有効期限はあと2年。次回更新前に自主返納を考えている。
 家族の好みや献立を考えて食材を選ぶ。買い物は大事な暮らしの一部だった。「いざとなったら同居する長男にお願いするしかないかな」。黒木さんが寂しそうにつぶやく。

<足確保に苦心>
 避難をきっかけに家族が分散し、高齢者だけとなった世帯は少なくない。マイカーに頼る生活も、いずれは限界が訪れる
 このため、県内の被災地は公共交通機関の整備と活用に知恵を絞る。
 南相馬市は大型タクシーで自宅と商業施設などを結ぶサービスを始めた。川内村では今春から無料巡回バスが運行されている。
 「帰還者の多くはまだ運転が可能な世代だが、将来はサ-ビスの需要が出てくるだろう」。南相馬市の担当者は買い物支援がより切迫すると予測する。


<原発被災地の行方> 商店再開も先見えず
河北新報 2017年7月22日
◎福島 遠いにぎわい(中) 「消えた顧客

<売り上げ5台>
 自転車3台とバイクが2台。この半年ほどの売り上げだ。東京電力福島第1原発事故前には自転車だけで30~40台さばけていた。
 「売れたといっても定価の半額。在庫処分みたいなもんだよ」。福島県浪江町で自転車店を営む田河一良さん(78)が淡々と語る。
 全域が避難地域となった町は今春、帰還困難区域を除いて避難指示が解除された。田河さんは一足早く自宅に戻り、昨年11月に再び看板を掲げた。
 商売の厳しさは覚悟していた。帰還住民は一部に限られ、多くを高齢世帯が占める。通勤通学の足を求める若年世代は避難先への定住が進む。
 「町内の同業者も廃業するようだ。俺も80歳になったら店を畳むよ」

<定住者は1割>
 解除地域の小売業は苦戦を強いられている。福島県商工会連合会によると、被災12市町村の地元で再開したのは約2割の124事業者(今年6月20日時点)にとどまる。
 地元での事業再開を後押ししようと、県は2016年から店舗改修費などの4分の3を補助している。だが、初期投資を軽減できたとしても、地域住民を失った痛手は大きい。
 避難指示が昨年6月に解除された福島県葛尾村。松本久芳さん(67)は今春、「マルイチ商店」をオープンさせた。生鮮品や日用品を扱う村内唯一の小売店だ。以前の店舗を取り壊し、規模を3分の1に縮小して再起を図った。
 店内を訪れる買い物客は朝夕に5人程度。日中の来店はほとんどない。村の定住者は約150人と、原発事故前の1割程度に落ち込んだのが響いている
 村に戻るまでは隣接自治体に置かれた仮設住宅で仮店舗を運営していた。松本さんは「なじみの客も顔を出してくれていた。当時の方がにぎやかだった」とため息交じりに話す。

<大胆な施策を>
 福島県内で今年、被災7市町村が割り増し商品券の発行を計画している。消費を域内で完結させる試みだが、使用店舗の選択肢が狭ければ需要の創出効果は限られてしまう。
 日用品すら入手できない地域のままでは、住民の帰還は進まない。一方、定住人口が伸びなければ商業者は再投資に踏み切れない。両すくみの中で、商業関係者の焦りは募るばかりだ。
 浪江町商工会の原田雄一会長は「被災地にとって小売業は福祉サービスのようなもの。公費で赤字を穴埋めするなど大胆な施策がなければ、商業再生と住民帰還はおぼつかない」と力を込める。


<原発被災地の行方> 大手誘致人材難の壁
河北新報 2017年7月22日
◎福島 遠いにぎわい(下) 「活路求めて
<好条件を提示>
 手をこまねいているだけでは地域の商業再生は望めない。東京電力福島第1原発事故の被災地で、自治体が先頭に立って大手誘致に活路を求める。
 福島県富岡町が町内に整備した大型商業施設「さくらモールとみおか」。6000平方メートルの店舗面積は域内最大規模を誇る。大手スーパーやホームセンター、ドラッグストアがテナントとして入る。今春、全面開業にこぎ着けた。
 町内の避難指示は今春、一部を除いて解除されたばかり。周囲に帰還困難区域が残る。町は30億円近くかけて施設を整え、3年間の賃料免除といった好条件を提示。出店のハードルを下げた。
 生鮮品から日用品まで買いそろえられるとあって住民の反応は上々だ。近隣自治体からも来客は絶えない。広野町の主婦根本菜穂子さん(49)は「車で25分程度。総菜も充実していて助かる」と笑顔を見せる。
 客足や売り上げは想定を上回るが、人材不足は大きな課題となった。帰還した住民が少ないことなどから、各テナントはパート従業員の確保に苦戦した。

<時給を15倍に>
 スーパーのヨークベニマル(郡山市)は、パートの時給を1250円という高水準に設定している。他地域の店舗の1.5倍程度に引き上げた。従業員の多くはいわき市などやや遠方から通っている。
 初期投資を抑えられたとはいえ、いずれは賃料などの経費が発生する。地元で安定雇用できなければ、採算悪化は避けられない。住民帰還の成否は小売り経営にとっても死活問題だ。
 ヨークベニマル新富岡店の渡辺利彦店長は「地元に戻りたいと思ってもらえる店にならなければ」と表情を引き締める。

<「二兎を追う」>
 被災地に商機を探る流通業者の動きも出ている。今春、一部地域の避難指示が解除されたのを機に、福島県浪江町には大手を含む複数の事業者から物件照会などが舞い込んでいる。
 地元の期待は当然、膨らむ。本間茂行副町長は「買い物環境の整備は帰還策そのもの。地元に戻った人の暮らしを支えたい」と誘致に意欲を示す。
 ただ、大手の進出は再起を目指す地元商業者を消沈させかねない。自治体には、足元のなりわい再生をにらんだかじ取りも求められる。
 町はこれまで、光熱費の補助などで地元業者の再開を後押ししてきた。「大手誘致との両立は困難。それでも町再生のため二兎(にと)を追うしかない」。本間副町長が決意をにじませる。