福島第一原発の処理水の「海洋放出」を巡り、IAEAのグロッシ事務局長が「韓国が海へ流している処理水は17兆ベクレル。日本の130倍」などと発言したとするツイートが日本で拡散され、それにはグロッシ事務局長の海洋放出に関するビデオメッセージを伝えたNHKのニュース画像が使われていました。
しかしNHK広報局に確認したところ、それは「放送内容そのものではなく、メッセージの字幕は意図的に加工されたもの」と分かりました。ファクトチェックをしたBuzzFeed Newsが丁寧に説明する記事を出しました。
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「韓国が流す処理水は17兆ベクレル」福島第一原発めぐり、IAEA事務局長の発言とするツイートが拡散→誤り
BuzzFeed Japan 2022/6/20
東京電力福島第一原発の処理水の「海洋放出」を巡り、IAEA(国際原子力機関)のグロッシ事務局長が「韓国が海へ流している処理水は17兆ベクレル。日本の130倍」などと発言したとするツイートが拡散している。言説の発端とみられるのが、グロッシ事務局長の海洋放出に関するビデオメッセージを伝えたNHKのニュース画像だが、そのメッセージの字幕は意図的に加工されたものだった。NHK広報局も「画像は放送内容そのものではない」と否定しており、このツイートと画像は「誤り」だ。BuzzFeed Newsはファクトチェックした。【BuzzFeed Japan / 相本啓太】
「海洋放出」の経緯を振り返る
経済産業省によると、福島第一原発では、原子炉建屋に雨水や地下水が流入したりして、高濃度の放射性物質を含む「汚染水」が発生している。
汚染水を「多核種除去設備(ALPS)」などに通し、放射性物質を取り除く浄化処理を行っている。この処置が終わったものを「処理水」と呼び、敷地内のタンクに貯めてきた。
しかし、水素の仲間である「トリチウム」は技術的に取り除くことが難しく、処理水に残っている。処理水タンクの貯蔵量に限界が迫っているため、政府は昨年4月13日、処理水を海に放出する方針を決めた。
トリチウムは、世界中の原発で希釈されたうえで海や河川などに放出されており、放出そのものは国際的に珍しいことではない。福島第一以外の日本の原発でも同様に、以前から放出されており、特に問題が起きたこともない。
グロッシ事務局長のビデオメッセージ
政府方針の発表を受け、IAEAのグロッシ事務局長は昨年4月13日、ホームページなどでビデオメッセージ(約2分40秒)を公表。
「私はこの重要な発表を歓迎します。これは福島第一原発の廃炉をさらに進展させる道を開く節目です」とした上で、次のようなことを述べた。
1、海洋放出は国際慣行にも沿っている
2、管理された海洋放出は世界の原子力発電所で日常的に行われている
3、日本の要請に基づき、IAEAは計画の安全性と透明性をレビューする技術支援を提供
できる
日本の海洋放出を「支持」する考え方を示しており、このビデオメッセージは国連広報センターのYouTube公式アカウントなどでも配信されている。
また、各報道機関にも取り上げられ、NHKは昨年4月13日付のニュースで次のように報じた(記事データベース「G-Search」から抜粋)。
「日本政府の決定を受けて、IAEA=国際原子力機関のトップ、グロッシ事務局長は、「海への制御された放出は、世界中で稼働している原子力発電所で、厳格な安全や環境の基準に基づき、厳しい規制管理のもとで日常的に行われている」とするビデオメッセージを出しました」
「13日、公開されたビデオメッセージの中で、グロッシ事務局長は「この重要な発表を歓迎する。東京電力福島第一原子力発電所の廃炉をさらに進めるために道をひらく重要な節目だ」と述べ、支持する考えを示しました」
韓国が海へ流している処理水は17兆ベクレル?
一方、Twitterでは、グロッシ事務局長が「韓国が海へ流している処理水は17兆ベクレル。日本の130倍であり、日常的に行われている」と発言したというツイートが広がっている。
特に、政治評論家の加藤清隆氏が6月10日に投稿したこのツイートは、17日正午現在で2300リツイート、9000いいねとなった。
「IAEAのグロッシ事務局長が「韓国が海へ流している処理水は17兆ベクレル。日本の130倍であり、日常的に行われている」。で、韓国が日本に何か文句言ってるんだって?」
なお、このツイートの前日、AFPBBニュースが韓国・ソウルで行われた「海洋放出」への抗議に関する記事を配信していた。
また、加藤氏は4月10日にも同じようなツイートをしている。
「IAEAグロッシ事務局長が「韓国が海へ流している処理水は17兆ベクレル。日本の130倍であり、日常的に行われている」。これでどうして日本を非難できるのか、ぜひとも説明してもらいたい。」
こちらは、3900リツイート、1・3万いいね(6月17日正午現在)と拡散した。
また、「Share News Japan」も4月10日、加藤氏のツイートを記事にして同様の投稿をしており、1万リツイート、2・5万いいねと広まった。
放送内容とは異なる
では、グロッシ事務局長がこのような発言をした事実はあるのだろうか。
BuzzFeed Newsが調べたところ、処理水の海洋放出が決定した8日後の「FC2ブログ」(昨年4月21日付)に関連記事を発見した。
記事には、処理水の海洋放出決定を受け、NHK「ニュース7」が報じたとみられるグロッシ事務局長のビデオメッセージ映像を切り取った画像が添付されていた。
そして、グロッシ事務局長が「韓国が海へ流している処理水は17兆ベクレル。日本の130倍であり、日常的に行われている」と話したような字幕がつけられていた。
この字幕は加藤氏がツイートしている文言や、Twitterで出回っている画像と同じだ。
しかし、前述の通り、グロッシ事務局長はビデオメッセージの中でこのような発言は一切していない。それは、IAEAのホームページから視聴すれば確認できる。
NHK広報局はBuzzFeed Newsの取材に、ネットで出回ったニュース7の画像は、実際の放送内容とは異なり加工されたものだ、と回答した。
BuzzFeed Newsが調べたところ、このブログ記事以降、Twitter上で同じ画像が出回っており、誤った内容の情報が拡散されたとみられる。
どこから出てきた数字なのか
それでは、「17兆ベクレル」や「130倍」はどこから出てきた数字なのだろうか。
「世界の原子力発電所等からのトリチウム年間排出量」という経産省の過去の資料に、韓国の月城(ウォルソン)原発で「液体放出:約17兆ベクレル(2016)」と書いてあった。
この資料は、世界の原発・再処理施設でもトリチウムは海洋、気中などに放出されていることを示しているものだ。
また、「130倍」についても、この資料から抜き出したものとみられる。
福島第一原発では2015年から、原子炉建屋に流れ込む地下水の量を減らすため、建屋近くに井戸(サブドレン)を設置し、流入前の水をくみ上げている。
この水は浄化処理後、海洋に排水しているが、これにも一定程度のトリチウムが含まれており、その量が約1300億ベクレル(2016年)となっていた。
サブドレンからのトリチウム放出量(液体)1300億ベクレルと、月城原発からの液体放出量約17兆ベクレルを比較すれば、130倍という計算にはなる。
一見、辻褄が合っているように見えるが、大きな間違いが潜んでいる。
拡散したツイートや画像は「韓国が、日本の130倍の処理水を海に流している」とし、国単位で比較している。しかし、韓国には原発が4カ所にあり、月城はその一つにすぎない。
また、福島第一原発のサブドレンからの放出のみを「日本の放出量」とすることも同様に誤りだ。日本各地の原発からの放出量を考慮する必要があり、いずれにせよ「130倍」という計算は成り立たない。
なお、産経新聞(2019年12月29日付)に、安倍晋三首相が韓国の文在寅大統領(いずれも当時)と会談した際、「福島第一原発から排出されている水に含まれている放射性物質の量は韓国の原発の排水の100分の1以下」と指摘したとある。
これも月城原発の2016年放出量とサブドレンを比較したものとみられるが、この記事以降、処理水に関連した「100分の1」「130倍」というキーワードがTwitter上でみられるようになった。
現在は韓国、中国が上回る
経産省は2021年5月、近隣アジア諸国・地域のトリチウムの年間放出量を更新している。
それによると、日本、韓国、中国の原子力施設全体の放出量(液体、単位:兆ベクレル)は次のような結果になっていた。
2010年:日本全体(370)、韓国全体(295)、中国全体(215)
2018年:日本全体(110)、韓国全体(202)、中国全体(832)
2019年:日本全体(175)、韓国全体(205)、中国全体(907)
原発事故前の2010年は、日本が韓国、中国よりも多いが、2018、2019年は韓国と中国が日本よりも多くのトリチウムを液体として放出している。
福島県産食品の輸入規制は撤廃や緩和の動き
海洋放出を巡っては、東電は来年春頃に実施することを目指しているが、「風評被害」を懸念する地元の理解は十分に得られていない。
一方、福島県産品の輸入規制を巡っては、各国で撤廃や緩和の動きが進んでいる。
原発事故後、最大55か国・地域が福島県産食品の輸入規制を実施したが、現在は41か国・地域が規制を撤廃。
イギリスのジョンソン首相も、6月末にも県産食品などの輸入規制を撤廃する方針を岸田文雄首相に伝えている。
BuzzFeed JapanはNPO法人「ファクトチェック・イニシアティブ」(FIJ)のメディアパートナーとして、2019年7月からそのガイドラインに基づき、対象言説のレーティング(以下の通り)を実施しています。
ファクトチェック記事には、以下のレーティングを必ず記載します。ガイドラインはこちらからご覧ください。
また、これまでBuzzFeed Japanが実施したファクトチェックや、関連記事はこちらからご覧ください。
・正確 事実の誤りはなく、重要な要素が欠けていない。
・ほぼ正確 一部は不正確だが、主要な部分・根幹に誤りはない。
・ミスリード 一見事実と異なることは言っていないが、釣り見出しや重要な事実の欠落などにより、誤解の余地が大きい。
・不正確 正確な部分と不正確な部分が混じっていて、全体として正確性が欠如している。
・根拠不明 誤りと証明できないが、証拠・根拠がないか非常に乏しい。
・誤り 全て、もしくは根幹部分に事実の誤りがある。
・虚偽 全て、もしくは根幹部分に事実の誤りがあり、事実でないと知りながら伝えた疑いが濃厚である。
・判定留保 真偽を証明することが困難。誤りの可能性が強くはないが、否定もできない。
・検証対象外 意見や主観的な認識・評価に関することであり、真偽を証明・解明できる事柄ではない。