東洋経済オンラインが「洋上風力発電で公募入札のルール変更に異論が噴出、大幅見直しの目的は何なのか」とする記事を出しました。
同紙が指摘する問題点のひとつに、早期に運転開始する計画を提示した事業者に対する加点が総合点数の25%を占めるというものがありますが、「1年早く操業を開始することのメリットよりも、1年遅れるが建設費が安いメリットの方が大きいのでは」という意見があることを紹介しています。公募入札のルール変更に関しては、経産省と国交省は電力業者や第三者が納得できる定量的な根拠を示す必要があります。
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洋上風力発電で公募入札のルール変更に異論が噴出、大幅見直しの目的は何なのか
東洋経済オンライン 2022/6/22
2021年12月10日に始まった秋田県八峰町・能代市沖の公募入札手続きは一転、2022年3月18日に唐突にやり直しが決まった。「再エネ主力電源化の切り札」と期待を集めていた洋上風力発電が思わぬ事態に巻き込まれつつある。
【図表】洋上風力事業者選定における「配点」の変更案
所管する経済産業省と国土交通省によると、ロシアによるウクライナ侵略を踏まえて、洋上風力発電所の「早期稼働を促す公募内容とする」ためだという。
ほどなく、経産省と国交省による洋上風力に関する審議会で公募ルール見直しに関する議論が始まったが、この議論が混迷を極めている。5月23日の審議会では政府から見直し案が提示された。これが事業者を選ぶ評価基準を大幅に変更するものだったため審議会の委員からは疑問の声が出たのだ。
同日の審議会では、委員である外苑法律事務所の桑原聡子パートナー弁護士は政府が提示した見直し案について「これまでの議論や第1ラウンド(初の大型洋上風力の公募入札が行われた秋田、千葉県の3海域)の結果の評価を踏まえた適正な方向性といえるのか疑問に思う」と指摘。
加藤浩徳委員(東京大学大学院教授)も「そもそも(洋上風力の公募入札が)どうあるべきかという議論を飛ばして、細かいルールにいきなり入っている印象」と発言。根本の認識についてすり合わせが不十分なまま、評価基準の見直しを進めることに疑問を呈した。
■公募入札ルールを見直す背景
なぜ、役所は突然の公募入札の中止を決め、公募入札ルールの大幅な変更を進めようとしているのか。切っても切り離せない関係にあるのが、2021年12月下旬に公表された秋田県、千葉県の3海域(第1ラウンド)の公募入札結果だ。
この入札では国内外からそうそうたる企業が参加した。千葉では東京電力リニューアブルパワー(RP)が洋上風力大手のデンマーク・オーステッドと組んで札を入れた。他の海域でも大手電力会社や商社などがそれぞれコンソーシアムを組んで参戦。どこの海域もほとんど点差がつかない接戦が予想された。
だが、結果は三菱商事などで構成するコンソーシアム(⇒共同事業体)の圧勝だった。他事業者に圧倒的な大差をつけて3海域を総取りしたのだ。
今度は第1ラウンドに続く、案件として公募入札手続きに入った秋田県八峰町・能代市沖に注目が集まった。評価基準が第1ラウンドと同様であることから、「三菱商事が勝つのが濃厚」(他の洋上風力事業者)だったためだ。だが、3月に公募入札自体をやり直すことが決まり、評価基準も見直すことが決まった。
では何を見直すのか。ポイントは大きく2つある。
1つ目は発電所を早期に運転開始する計画を提示した事業者に対してインセンティブ(⇒褒美)をつけるというものだ。合計240点のうち80点で事業者の実績や施工計画などについて評価することになっていた。この80点の評価内容を刷新し、80点中20点を運転開始時期で評価するとの案が役所から提示されている。
この運転開始時期の迅速化はそう簡単な話ではない。一般的に洋上風力発電所の運転開始までには6、7年を要するとされている。どの事業者が案件を勝ち取ったとしても基礎を打ち、風車を据え付ける工事期間に大きな隔たりが生じるとは考えにくい。大手商社や電力、石油会社が案件を獲得したとしても実際に工事を行うのは大手ゼネコンになるとみられているからだ。
■早期運転開始を実現するポイント
では、どこで運転開始時期に差をつけられるのか。1つには環境アセスメント手続きがある。これは洋上風力発電所を建設した場合、周辺にどのような影響を及ぼす可能性があるのかを調べる作業で、4年程度を要する。
あらかじめ入札がかけられそうな海域の環境アセスメント手続きを進めておけば、無理な工期を設定しなくても運転開始時期を早めることができる。
これは反面、事前にさまざまな海域に環境アセスメントをかけておいた事業者に大きく加点するということでもある。となれば、有望な海域では環境アセスメント手続きを進めようと各事業者が一層入り乱れることになる。
異なる事業者によって海上での調査が繰り返され、事業者ごとに住民説明会が行われることになれば、地元に負担をかけるだけでなく混乱を招きかねない。
国はこうした動きを抑制しようとしてきたはずだった。洋上風力で先行する欧州では、国が調査を行い事業者にデータを共有。事業者や地元の負担を軽減することで案件を推進しているのだ。
山形県遊佐町沖では、環境省が環境アセスメントに必要なデータ収集を実施。事業者や地方公共団体に情報提供を行う実証事業を2022年度から始めた。
ゆくゆくは洋上風力が急速に普及した欧州に倣って、こうした情報収集などを国が一手に引き受けることで事業者のリスクを軽減する「日本版セントラル方式」を目指しているからだ。だが、各事業者に先手を打つことを促す、ルール変更はこれまで積み上げてきた洋上風力のあるべき姿とは相反するものだ。
運転開始がより早い事業者をなぜ高く評価するのか。役所は「2030年度のエネルギーミックス(電源構成)に資する計画であること」をポイントとして挙げている。
2021年4月、菅義偉首相(当時)は2030年度に温室効果ガスを46%削減(2013年度比)することを表明。この数値に基づいて日本のエネルギー政策が策定されている。あるエネルギー関係者は「2030年度に向けて少しでも再エネ電源を積み増したいのではないか」と推測する。
問題はこうした発電所の早期稼働方針とコスト低減が両立できるかだ。
経産省の再生可能エネルギー大量導入・次世代電力ネットワーク小委員会の岩船由美子委員(東京大学生産技術研究所特任教授)は「今後の国民負担を考えれば2030年はカーボンニュートラルに向けた通過点でしかない。運転開始が1年遅れたとしても、その(提案で)再エネが安くなるならいいのではないか」と指摘。30年ありきの考え方に警鐘を鳴らした。
洋上風力発電のコストが高くなれば、それは国民負担に直結することになる。早期運転開始に固執するあまり、発電コストが上がればバランスを欠くと言わざるを得ない。
■関係者からルール変更に懸念の声
ルール変更案のもう1つのポイントは複数区域で同時公募が行われた際の落札制限だ。「多数の事業者への参入機会を与える」ため、公募参加者1者当たりの落札制限を設け、上限を超える応札については無効とするというものだ。いわば、ある事業者が「総取り」するような事態を避けるための規定といっていいだろう。
ただ、どこの海域がいつ公募にかけられるのかは分からない。第1ラウンドに参加したJERA(東京電力フュエル&パワーと中部電力の合弁)の担当者は、5月30日に開かれた審議会で「コンソーシアム組成は公募前に決めることがほとんどで、案件ごとに異なるパートナーとの応札も考えられる」と説明。「コンソーシアム組成に制約を付すと自由な競争環境が著しく悪化する」と懸念を表明した。
三菱商事エナジーソリューションズも「各企業・事業者ごとに事業開発・運営を行うリソースには限界があるため、応札するかどうかの判断は(各事業者に)委ねられるべきだ」とする。
審議会の桑原委員も「落札制限は適正公正な競争を歪める懸念があるが、その中で入れるだけの合理的な説明が不十分だ」と疑問を呈する。
公募入札ルールの見直し案は近くまとまる見通しだ。日本の洋上風力市場の安定性、公正さに疑念を抱かれかねない見直し案となれば重大な事態だ。機運が高まってきた洋上風力市場にとってブレーキとなりかねない。官民を挙げて急速に推進してきた洋上風力だが、ここにきて雲行きが怪しくなりつつある。 大塚 隆史 :東洋経済 記者