2015年9月8日火曜日

核燃料サイクル なぜこだわり続けるのか

 東京新聞は7日、「核燃料サイクル なぜこだわり続けるの」とする社説を掲げました。
 何の技術的見通しも立たず、ましてや経済的なメリットなど何一つない六ヶ所村の再処理工場を運営する日本原燃は、原発を持つ電力10社が共同で設立した株式会社で、その事業費電力各社が(総括原価方式下の)電気料から拠出してきました。
 しかし来年月に電力完全に自由化されると、競争原理が働いて電気値下げされるので、その費用は簡単には捻出できなくなります。
 
 その対策として政府は、自らが直接所管する「認可法人」を電力会社につくらせて、そこから日本原燃へ再処理事業を委託する形をとることにしました認可法人は日銀などと様に国の許可なくつぶすことは出来ないので、核燃料サイクル事業は否応なく維持されることになります。
 
 そもそもこの再処理工場は、当初は1997完成する予定が実にこれまで22回も先送りされて、当初7600億円と見込まれた建設費用は、2000億円にも膨らみましたしかしこれで収まるものではなく、最終的には6兆円を超えるだろうといわれています。
 それだけではなくこの再処理工場からは、一般の原発が1年で排出する放射能をたった1日で、それも毎日その量を海に排出し続けるとされています。イギリスの再処理工場が近海を放射能で汚して深刻な問題になったのは当然のことです。
 
 ところでこの再処理工場とリンクして核燃料サイクルを形成する筈の、もう一方の高速増殖炉「もんじゅ」はどうなっているのでしょうか。
 「もんじゅ」もまたその工程は遅延に遅延を重ね、小出裕章氏などからはこれは永久に完成しない技術だと揶揄されました。
 
 装置自体は1995年に一応完成はしたのですが、実質僅か2百数十日の運転で、“絶対に起してはいけない”ナトリウム漏れを起したため、その後14年間止まりました(配管部の磨耗がナトリウム漏洩の原因とされました)。
 そして2011年にようやく運転を再開したのですが、直ぐに、今度は燃料交換のための装置を原子炉内に取り落とす事故を起して、運転が中断されました。
 数年をかけてようやく落下物を取り出すことが出来ましたが、今度は装置を管理するための書類に膨大な間違い(1万件以上)があることが発覚したため、その対応で再々運転はずっと見合わされたままになっています。
 
 こうした経過を見ても、いまだに満足に動いたことのない(=1kwも発電していない)装置のわけで、再処理工場と同様にとてもまともなものとはいえません。
 
 それだけでなくこの装置は、熱媒体である液体ナトリウムが空気や水と接触すると燃焼したり爆発するので、その恐怖といつも隣り合わせになります(また70℃以下に温度を下げると固体化し、そのときに体積が膨張するので装置を破壊してしまいます)。
 また燃料となるプロトニウムは100万分の1グラムを吸い込むと人間一人が肺癌で死ぬといわれるほどの猛毒性を持っています。
 
 そのため米・英・露・仏などの原発先進国は、いずれも早い段階で高速増殖炉から手を引いたのですが、日本だけは何故か手を引かずに、40年以上に渡ってこの“危険極まる実験”を続けてきました。
 これは一度役人が決めたことは絶対に変更しないという日本の特性でもあるのですが、新たな長期案件が生まれるとそこがたちまち役人の天下り先に設定されるので、途中でやめられなくなるというのがその真相です。
 
 これまでに「もんじゅ」に投じられた総費用は当初の見込みを大幅に上回る1兆1000億円弱に達しています。それだけでなく、「もんじゅ」は休止したままでも日額にして実に5500万円(=年額200億円)という莫大な維持費を要します。
 技術的には何の見通しもなく、ひたすら莫大な費用を消費するだけの「もんじゅ」は廃止すべきだという世論が強まるなかで、昨年4月、「もんじゅ」の装置を当初の高速増殖炉としてではなく、放射性廃棄物の「減害・減容」化の研究用に生かすという名目で生き残らせることにしました。
 
 つまり核燃料サイクルはもはや半分が欠落したものになっているのです。
 それなのになぜ架空の“核燃料サイクル”にこだわろうとするのでしょうか。
 
 東京新聞は昨年4月に、「根拠は何?もんじゅ存続」と題する「こちら特報部」の記事を出しています。こちらは社説ではないので、より率直にズバズバと核燃料サイクルに切り込んでいます。
 やや長い記事ですが、「もんじゅ」を化粧替えして継続させようとすることの欺瞞性を分かりやすく説明しているので併せて紹介します。
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【社説】 核燃料サイクル なぜこだわり続けるの
東京新聞 2015年9月7日
 核燃料サイクルは、経済的にも技術的にも、とうに破綻しているのではないか。なのに、今さら国が関与を強め、電力会社に維持させたいのはなぜか。再処理にこだわり続けるのは、なぜなのか。
 
 使用済みの核燃料、つまり核のごみに再処理を施して、原爆の材料にもなり得るプルトニウムとウランを取り出し、もう一度燃料として利用する-。それが核燃料サイクルだ。
 このリサイクルの輪が閉じてこそ、核の平和利用という国策は完成される。ところがその国策は、入り口でもうつまずいた。肝心の再処理工場(青森県六ケ所村)完成のめどが立たない
 
 当初は一九九七年の完成予定が、今は来年の三月と、二十二回も先送りされている。七千六百億円と見込まれた建設費用は、二兆二千億円にも膨らんだ
 再処理工場を運営する日本原燃は、原発を持つ電力十社が共同で設立した株式会社で、事業費は電力会社が積み立てている。
 
 今は「総括原価方式」で、その費用を電気料金に上乗せできる。しかし来年四月に電力の小売りが完全に自由化されると、地域独占の壁が崩れて、お互いが競争相手になり、料金値下げの圧力がかかってくる。再処理は、ますます経営の重荷になり、原燃自体を維持できなくなる恐れがある。
 日本は核兵器保有国以外で唯一、米国から再処理を許されている。政府はその権利を手放したくないために、てこ入れをしようというのだろうか。
 
 核燃料サイクルの新たな担い手として、政府が直接所管する「認可法人」を電力会社につくらせて、そこから日本原燃へ再処理事業を委託するかたちをとる。
 日本銀行や日本赤十字社と同じ認可法人は、国の許可なくつぶせない。膨大な費用がかかっても、核燃料サイクル事業を維持したいという、政府としての明確な意思表示と言えるだろう。
 
 だが、再処理工場だけではない。再処理してつくった燃料を燃やすべき高速増殖原型炉の「もんじゅ」(福井県敦賀市)もトラブル続きで止まったままだ。それでも電気代など一日五千五百万円の維持費がかかる
 
 寸断され、閉じる見込みのない再処理の輪の夢からは、もう目覚めるべきである。
 既に大量にたまってしまったプルトニウムや核のごみをどうするかにこそ、知恵と費用を傾けるべき時ではないか。
 
 
根拠は何?「もんじゅ」存続 
 東京新聞:こちら特報部 2014年4月24日
ずさんな管理で運転禁止中の高速増殖原型炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)。初臨界から20年で、稼働したのは250日。1兆円を超す血税が注がれ、いまも1日5500万円が投じられている。いよいよ廃止かと思いきや、今月、閣議決定されたエネルギー基本計画で放射性廃棄物の「減害・減容」化研究の名目で生き残った。この理由は妥当なのか。存続の本当の理由は何なのか。(榊原崇仁、林啓太) 
 
【もんじゅ】 
従来は日本の核燃料サイクルの中核を担う施設と位置付けられてきた。1985年着工、95年初発電。核廃棄物から取り出したウランとプルトニウムなどによる混合酸化物(MOX)燃料を使う。一般的な原発とは違い、原子炉内に液体ナトリウムを入れることで、核分裂を引き起こす中性子を高速で動かせるようにしている。この仕組みを用い、使った以上の燃料を生み出す「増殖」の役割が期待されてきた。
 
◆看板に偽り 実用化「机上の空論」 
廃棄物の減容・有害度の低減のための国際的な研究拠点」。エネルギー基本計画で、もんじゅの役割はそう記された。 
もんじゅは本来、核燃料を使いながら燃やす増殖炉と位置付けられてきた。しかし、巨額の国費を投じながらトラブルや不祥事続きで運転は滞り、与党内でも運転継続に批判が少なくなかった。このため、政府は国民の理解が得やすい「核のごみを減らし、有害性も低くする」という名目にシフトすることにした。 
 
核廃棄物の処分に詳しい神奈川工科大の藤村陽教授(物理化学)によると、核廃棄物の中で厄介なのは長期間、放射線を出す「マイナーアクチノイド(MA)」だ。半減期が214万年のネプツニウム237や7000年余りのアメリシウム243などを指す。 
これらは射程が短いが強力な放射線「アルファ線」を出すため、もし人体に入った際には深刻な内部被ばくを引き起こす。 
核廃棄物の減容化・減害化という場合、このMAに重きが置かれることになるが、どう実現するのか。 
 
もんじゅは中性子を高速で動かす「高速炉」で、核分裂を一定程度、誘発させることができる。この炉内に燃料とMAを入れ、核分裂させることで、半減期が短く、アルファ線を出さない物質に変えることで減害化を図るのだという。 
核分裂でできる物質としては、半減期が30年前後のセシウム137やストロンチウム90などが想定される。100年程度たてば放射能が相当弱まり、熱も下がるため、地層処分する際に集約が技術的に可能になり、処分場の面積も少なくて済むとされている。 
しかし、藤村教授は「夢のような話ばかりではない」とくぎを刺す。 
MAが核分裂でアルファ線を出さない物質になったとしても、新たにできたのがセシウム137なら透過力の強いガンマ線を発するので、これらを扱う作業員らは体外から被ばくしかねない。「それに半減期が短い物質は半減期が長い物質と比べ、短い期間に集中的に放射線を出す。一概に害が少ないとは言えない」 
 
費用対効果の面でも実現の見通しは極めて暗い。 
高速炉1基でMAを減容化・減害化できるのは一般の原発1~2基分にすぎない。ここでいう高速炉はもんじゅのように実験段階に近い原型炉ではなく、開発が進んで規模も大きくなった実用炉を指す。 
京都大原子炉実験所の小出裕章助教は「もんじゅですら巨額を投じてろくに動かないのに、それより巨大な高速炉を何基もつくるのか」と話す。核廃棄物からMAを取り出す技術も実用化はほど遠く「政府がやろうとしているのは机上の空論にすぎない」と語る。 
 
官僚利権の温床 「老後の糧 捨てない」 
もんじゅは現在も停止中だ。原子力規制庁が3月に実施した保安検査で、冷却系の循環ポンプ関連機器の一部に点検漏れがあったことが分かった。内規に逸脱した方法で、機器の点検記録を数百カ所にわたり訂正したことも判明した。 
ずさんな管理は今に始まったことではない。2012年には約1万件の危機の点検漏れが発覚。1995年には国内初のナトリウム漏れ事故を起こした。 
 
だが、いまも多額の国費が投じられる。14年度の維持費は199億円。事業主体の独立行政法人・日本原子力研究開発機構(原子力機構)の職員数は3770人で、年間予算1850億円のうち、政府支出金が9割。血税のむだ遣いといわれる根拠だ。 
 
この大盤振る舞いの背景に何があるのか。核兵器材料のプルトニウムを確保するためともいわれるが、元経済産業省官僚の古賀茂明氏は「官僚の利権を守るためだ」と断言する。 
文部科学省が所管する原子力機構の起源は、ともに56年に発足した旧科学技術庁傘下の特殊法人・旧日本原子力研究所と旧原子燃料公社だ。旧科技庁は省庁合併で文科省になった。 
 
原子力機構の理事長は文科省の任命で、理事長が任命する理事7人のうち、現在は伊藤洋一、山野智寛の両氏が旧科技庁出身の文科官僚。森山善範氏は旧原子力安全・保安院(現原子力規制庁)の出身だ。官僚の身分のままの「現役出向」で事実上の天下りだ。ちなみに原子力規制委員会の田中俊一委員長も同機構の特別顧問を務めていた。 
原子力機構を足場に官僚は自分の天下り先を維持するための世話も焼く。例えば、同機構は10年に、文科省のOBの再就職先を含む原発関連を含む80の公益法人に賛助会員としての「会費」などとして約8600万円を支出していた。 
 
もんじゅについて、古賀氏は「利権構造を守るためにも、官僚としては絶対に廃止させられない」。元外務官僚の梶山恵司氏も「官僚は自分の老後の生活の糧を自ら捨てるようなことはしない」と語る。 
基本計画をめくると、もんじゅ関連の記述には「トラブルが続いた現状を真摯(しんし)に受け止める」 「徹底的な改革を行う」とある。しかし、古賀氏は「そうした低姿勢の表現に官僚特有のまやかしがある」と話す。 
 
「反原発の世論を原発推進に転換させるまでの時間稼ぎだ。放射性廃棄物の有害度を低減させるとか言いながら、批判されても逃げられるようにしている」 
 
ただ、原子力機構が今月18日に発表した職員の意識調査の結果によると、「もんじゅのプロジェクトを進める自信がない」と答えた職員が多かった。「(原子力機構の)改革が進んでいる実感がない」 「役員との距離の遠さを感じている」といった意見が出た。 
 
職員自身に自信がない。「安全に精通した人と相談したり、意見をもらえる体制があると良い」 「社会から期待されるレベルにない」といった答えもあった。職位が低い職員ほど、危機感を募らせ、組織ありきの運営にいら立っていることをうかがわせた。 
 
古賀氏はこう語る。 
「もんじゅについては、多くの官僚はうまくいかないと思っているはず。とはいえ、良心的な人でも、組織の中では正論を述べるリスクは取らないだろう。もし、もんじゅが廃止されるとすれば、現在の核燃料サイクルに代わる利権の仕組みが登場したときだ」 
 
 [デスクメモ] 
「もんじゅ」は無用の長物と、福島事故の前から言われていた。だが、事故後も維持すると決めた。書きにくいことを書く。これは福島事故に関連して亡くなった人々を再び殺すことに等しくはないか。事故が反省の礎になれば、無念も浮かばれるかもしれない。しかし、そのかけらもない。法に触れぬ罪だ。