2021年10月19日火曜日

日本の電力供給源を歩く〈後編〉

 JBpressに掲載された「日本の電力供給源を歩く」の(後編)です。橋下昇氏の写真と文による「写真ルポ」です。写真をご覧になりたい方は「【写真ルポ】日本の電力供給源を歩く〈後編〉(2021年10月16日)」をクリックし原文にアクセスしてください。文中の写真をダブルクリックすると「写真版」のページにジャンプし、順次一覧できます。
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【写真ルポ】日本の電力供給源を歩く〈後編〉
                     橋本 昇 JBpress 2021年10月16
                         フォトグラファー
 東北から関西へと原発取材を続けた。東北の人達よりも関西の人達ははっきりと物を言う。
“原発銀座”と言われる福井県の若狭湾沿岸で取材した時の事だ。大飯原発のゲートに近づいた途端、たちまち警備員が飛んで来た。
「おい! こら! 何撮っとるんや!」
 と凄い剣幕で怒鳴られた。
 乗せてもらった釣り船の船長は陽気に喋った。
「再稼働するとなったら、今度はゴネるよ。ゴネまくるよ。俺の爺さんは関電からふとい金もらったが、俺はびた一文もらってへんからな」
 民宿の女将は苦笑いしながら言う。
「うちは原電さんと契約してるんやから、はやく運転してもらわんと困るわ。大きな声で言うけど」

温室効果ガス削減には貢献する原発だが・・・
 美浜原発の向かいの海水浴場は都会からやって来る若者や親子連れで賑わっていた。目を上げた対岸には真っ白な原発が夏の光に輝いている。
 名古屋から来たという若者に声をかけた。
「あれは原発だよね」
 すると拍子抜けする答えが返ってきた。
「原発って何?」
 さて、原発が何なのか知っていても知らなくても、私達のこれからの生活が国のエネルギー政策によって支えられるのは確かだ。
 7月に発表されたエネルギー基本計画の原案では2030年度までにCO2の排出量46%削減、再生可能エネルギーと原発で発電量の6割を賄う、という目標が示された。
 しかし、一方で政府は「原発への依存度を可能な限り低減させる」という方針も引き続き示している為、今のところ原発の新設は検討されていない。とりあえずは運転開始から40年を超えた原発の再稼働で切り抜けるしかないようだ。
 それにしても、かって原子力が夢のエネルギーと謳われた時代、原発政策は政治家や企業の利権の温床だった。原発立地の村の人々もある意味ではその巻き添えを食ったのだろう。

里山の景観を破壊するソーラーパネル
 巻き添えという事では国が盛んに推進した太陽光発電の事業でも困惑している人達がいる。
 その取材は2014年に“北杜市の景観を破壊するソ—ラーパネル”という小さな新聞記事を目にした事から始まった。
 実際に小淵沢の現地に行って見た光景は想像を絶するものだった。住宅の目の前をソーラーパネルが埋めつくしている。住人の渡部義明さんに話を聞いた。渡部さんは7年前に鎌倉からこの地に移り住んだという。
「僕は小淵沢を見て歩き、一目でこの土地が気に入りました。雄大な八ヶ岳や甲斐駒ケ岳を眺めながら暮らそうと、ここに移り住んだのです。家が完成した時は終のすみかを見つけたと思いました。四季の変化と鳥の声は心地いいものでした。ところが一年前、突然、家の前の畑一面にソーラーパネルが置かれたんです。何の知らせも無くですよ。驚くやら何やらで、今は絶望しかありません」
 無理もない。ベランダから外を眺めると視野の大半はソーラーパネルなのだ。特に朝はパネルに反射した太陽の光がギラギラと眼を刺すらしい。渡部さんはパネル撤去の訴訟を起したが、設置に対する何の法的規制も事前届け出制度もなかった為、勝訴は難しいようだ。

「環境のためだ、休耕地を売ってくれ」
 道の向こうの畑でネギの収穫をしていた老女からソーラーパネル設置の顛末を聞いた。
「この畑もソーラー業者に売る事にした。息子一家は東京に住んでいて農業を継ぐ気はないので、私一代限り。税金の事やらあるし、私が死んだらどうしようかと思っていたら業者が買い上げてくれた」
 北杜市の景観破壊を憂慮する市民グループの一人の中山さん(仮名)が横で教えてくれた。
「こんなケースが多いんですよ。業者は休耕地や山林の所有者を探して『爺ちゃん婆ちゃん! この土地売ってほしい。お日様がくれる環境に優しい贈り物のためだ』と言って土地を買い漁る。北杜市にはどれくらいのソーラー畑があると思います? 1100カ所ですよ。まだこれから4500カ所以上増やすらしいです。お日様だって苦笑してますよ」
 さらに北杜市内を巡った。山裾の緩やかな坂道を登ると、別荘風のモダンな住宅が数軒並んでいた。その前の斜面にも巨大なソーラー畑が拡がっていた。
 ここの住民にも話を聞いた。
「ここは日当たりも良く、なだらかな斜面で、見ての通り住み心地が良さそうでしょう? それもあれがなければの話ですがね。もうあのパネルのお化けを見ていると頭が変になりそうですよ。市にどうにかしてくれと相談しても、ソーラーパネルは建築審査はいらない。建築基準法でも条例でも取り締まれないと知らんふりですよ」
 全国でも日照時間の長い山梨県は太陽光発電に適した環境だと言える。そこに目をつけた業者が土地を買い漁り事業拡大を目論む。特に震災後、国の電力の固定価格買い取り制度ができてから、業者によるソーラーパネルの設置が急増した。
 杜撰な工事への危惧もある。土手の空き地に建設中のパネルの裏を覗いて見た。アルミの土台に大きなパネルが仰角に留め金で固定されている。
「これは危ない。止め口がしっかりしていない。土台自体が軽いから強風でパネルの下から煽られると簡単に飛んで行ってしまう」
 と、案内の中山さんが顔をしかめた。

太陽光発電事業の煽りで苦しめられる人々
 それにしても巨大ソーラーパネルは里山の風景に明らかにミスマッチだ。火の見櫓の隣、墓地の真横、国道の脇、ここにもある、あそこにもある。あらゆる所にイカ墨スパゲティを巻き付けたような電柱が建っている。
 今月の7月、再び北杜市を訪ねた。渡部さんの家の前はソーラー畑はさらに横に拡がっていた。
「業者は環境の事なんか何も考えていない。ただ金が儲かりさえすればいいという無責任さが熱海の災害を招いたのではないですか? 日本は美しい国だと言われますが、こんな環境破壊を許していて美しい国だと言えますか?」
 と渡部さんは怒りを露わにした。
 今回案内してくれた市民グループの一人の春木さんが言葉を継いだ。
「ソーラー自体がいけないと言ってません。太陽光エネルギーの活用は素晴らしい事だ。ただ所かまわずに設置し、景観や環境を破壊する事が問題なんです。今のままでは一度設置されたら生きている限りソーラーパネルに付きまとわれることになる」
 2019年に北杜市は太陽光発電設備装置と自然環境の調和に関する条例を施行したが、渡部さん達には適用されなかった。
 今年の8月にも市長と面談したが、彼らが納得できる回答は得られなかったという。そしてこの9月5日、東京高裁は渡部さん達のソーラーパネル撤去の控訴を棄却した。
 震災後、国は再生可能エネルギーへの転換を進めた。そして雨後のタケノコのように事業者が参入した。しかし、原発と同じくその陰で苦しんでいる人達もいる。
 再生可能エネルギーの普及と原発への依存度の問題、その他にも水素社会への取り組み、カーボンリサイクルの研究・開発、更なる省エネ対策、と今、エネルギー政策は待ったなしの状況だ。

 もはやエネルギー政策において政治家や企業の思惑が利権と絡んでいる場合ではない。その舵取りはこれからの政権に委ねられる。     筆者:橋本 昇